131話 侵入者
「うっひゃぁああ、うめぇぇえ! まさかマイルズに行かずに海の幸を食べられるなんて思わなかったぜ!」
「俺たちまでご馳走になっちゃってなんか悪いなぁ」
「別にいいよ。この前の緊急依頼ではウォードに協力してもらったからな。そのお礼だ」
成長した木に魔力の栄養をあげた後、念の為家の中も一通り調べてみたけど特に不審なものは見付からなかった。
なので、ウォードたちが聞いた物音は空からやって来た鳥が原因だろう、と言うことで落ち着いた。
で、そのままウォードたちだけ帰すのも気が引けたので夕食に誘ってみたのだ。
そうしたらウォードたちは興奮気味に了承してきた。
だけど、ポヨンとルカも含め、急遽十人分の食事を作るのは流石に大変だ。
そこで、今回はリディの『亜空間収納』に仕舞ってある出来合いの料理を色々出しているのだ。
例えばさっきウォードが食べていたのは、サイマールでアントンさんに作ってもらった海鮮スープだな。
俺も久し振りに食べたんだけど、やっぱり美味い!
「へえ、じゃあルカは姉御が釣り上げたんだ」
「そうだよ。それが無かったら、あたしたちライナギリアには来れてなかったかもしれないね」
「そう言えばサイマールとの航路を復活させたのはあなたたちだったわね。何と言うか、話のスケールが大きすぎて私の頭じゃ理解不能だわ」
「いーや、兄貴たちだったら当然だ! あのトレントとの戦いを一緒に経験した俺が言うんだ、間違いねえ!」
「いやー、フランさんの言うことも理解出来るなあ。俺だって兄貴たちの戦いはウォードを助ける時に間近で見たけど、俺の頭じゃまるで理解が追い付かなかったし」
そこから話題は俺たちの冒険の話に移っていく。
カーグでの黒ゴブリンのことは、やはりライナギリアでは知られた存在なのもあって凄く驚かれたし、ヴォーレンドのダンジョンでの出来事は、ミスリルで装備を制作したことに男連中が目を輝かせていた。
黒獣の森でも鉱物は採れることは採れるみたいだけど、いいものを手に入れるにはそれなりに奥にある洞窟なんかに行く必要があるらしい。
だから、ライナギリアでは魔物素材の装備が主流なんだとか。
サイマールのことに話が及ぶと、やはり海の中での戦いに皆驚いていた。
『潜水魔術』を実演してみせるとウォードたちから歓声が上がる。
「うおおおおおおおっ! 流石兄貴だ! 普通の奴はそこで海に潜る手段を考えるなんて絶対しねえよ!」
「今までの話って、あなたたちのことある程度知っていなきゃ全部嘘みたいに聞こえるわね」
「あはは、でも全部事実なんですよこの話」
「私も世界は広いと言うことを思い知らされた」
「それに、一見兄貴だけがヤバいみたいに聞こえるけど、姉御と姐さんも十分おかしいんだよなあ」
「俺も姉御みたいに賢い従魔が欲しいな」
その後も会話が弾み、気が付けば外は既に真っ暗になっていた。
「ああ、しまった! もう外真っ暗じゃねえか!」
「やっちまった……ライナスの門は既に閉じられてそうだな」
「依頼の報告は明日でも大丈夫だけど、今日の寝床が……」
すると、ウォードたち三人が捨てられた子犬のような目で俺たちを見てくる。
「な、なあ兄貴。もし良かったら物置でもいいから今晩だけ泊めてもらえねえかな?」
「最悪庭でも構わないから」
「お願いします!」
「いや、普通に部屋は貸すよ。まだ幾つか使ってない部屋もあるしな」
流石にこのまま放り出すのは良心が痛む。
それに、
「お前たち、ずっと依頼に出てて風呂にも入れてないだろ? 風呂も貸すよ」
時折三人からは汗の臭いがしてたからな。
まあ、今はまだ冬だからそこまででもなかったけど、これが夏だったら問答無用で風呂に放り込んでた所だ。
「そう、そのお風呂よ! アガーテから話を聞いて一度入ってみたかったのよね!」
どうやらフランさんはゴーレム風呂を楽しみにしていたようだ。
「うおおおお! 風呂なんて何ヶ月ぶりか分かんねえぜ!」
「ライナスに共用の浴場もあるけど、金掛かるから普段は体拭くぐらいで済ませてたからなあ」
「夏なんかは川でぱぱっと済ませたりな」
その話を聞いて女性陣が後退る。
「ちょっ!? だってしょうがないだろ!?」
「冒険者はそんなものだって頭では理解出来ても心が拒否するのよ!」
「あまり不潔なのはちょっと……な」
「あはは、お風呂がそう簡単に入れるものじゃないのは理解してますけど……」
「ほら、おにい早くお風呂の用意してあげてよ。あたしたちはここを片付けておくから」
散々である。
やっぱり可能な限り清潔にしておくに越したことは無いな。
今回の一件で俺は強くそう思ったのだった。
そう言うことなのでこの場は女性陣に任せ、俺はウォードたちを浴室へと案内する。
「はぁ……傷付くぜぇ。やっぱ女ってのはそう言う所を気にするのかねえ」
「そう言えば、兄貴って普段も全然汗臭かったりしないよな」
「なんか兄貴がハーレムを率いれている理由がちょっと分かった気がする」
そう言いながら三人はウンウンと頷く。
「ちょ、確かに普段から色々気は使ってるけど、別に俺はハーレムを率いている訳じゃないぞ!?」
「兄貴! 今日は兄貴からモテる男ってのを学ばせてもらいます!」
「ま、兄貴を参考にするのは俺たちにゃレベルが高そうだけどな」
「でも、目標を高く掲げることは大事だと思う」
「だからそんなんじゃなくてだな……おっと」
勢い余って行き過ぎる所だった。
俺は脱衣所に入り、勢いよく浴室の引き戸を開けた。
「ほら、ここがこの家の浴室だ」
「「「ひゃっほぉぉおおお!」」」
浴室を見たウォードたち三人が大興奮で裸になって突撃していく。
「お、おい! 脱ぐの早すぎだろ!? それにまだ湯も張ってないのに……しょうがないな」
風邪をひかれても困るので、俺は急いで浴槽に湯を張っていくのだった。
◇◇◇
「いやぁ、生き返った気分だ!」
あの後、結局俺もウォードたちと一緒に風呂に入ることになった。
リディたちの要望で浴室と浴槽は広く造っておいたからな。四人くらいだったら問題無く入れる。
ただ、こうやって大きな浴槽を造るのにゴーレム鋼を幾つも組み合わせて使っちゃったから、残りの数が少なくなってきたんだよなあ。
父さんと母さんにあげる分の浴槽は既に作成してあるから問題無いんだけど、残りの分は考えて使わなきゃな。
今は俺たちと入れ替わって女性陣が風呂に入っている。
俺たち男連中は居間で飲み物を飲みながら寛いでいる所だ。
偶にはこうやって男同士で過ごすのも悪くないな。
そこまで変に気を使わなくていいから楽だし。
「まさか、あんなに湯が黒くなるとは思わなかったなぁ……」
ケーンが少し落ち込んだようにそう言う。
まあ、暫く体もまともに拭けてなかったらしいしな。仕方ないだろう。
「それにしても、あの浴槽凄かった。なんか体中の汚いものが全部取れた気がするよ」
「おう! それに、なんか疲れも吹っ飛んじまったぜ!」
「あの浴槽はゴーレム鋼で作ったんだ。あの浴槽には軽い疲労回復効果があって、人によっては気持ち良くなって湯船で寝ちゃったりしてたな」
「ゴーレムかー。ライナギリアじゃ見たこと無いんだよなぁ」
どうやらゴーレムはライナギリアにはいないようだ。
そう考えると、今すぐは無理でもいずれまたヴォーレンドに行った時はゴーレム鋼をかき集めなきゃな。
ガサッ
ん? なんだ?
裏手の方から何か聞こえたような……
「なあ、外から何か聞こえなかったか?」
「え? 俺は何も……」
ケーンとティムも首を横に振る。
ガサガサッ
「やっぱり何か聞こえる!」
「え? あ、もしかして俺たちが聞いた物音はやっぱり鳥じゃなかったんじゃ……」
「ああ、そうみたいだな」
「も、もしかして覗き……」
「確かに……今はアガーテ様たちが風呂に入ってるし……」
ここに造った浴槽は雨のことを考えて天井は作ってあるから上から覗くことは出来ない。
ただ、高い所だけど換気用の小窓はあるし、もしかしたら何かしらの手段で壁に穴をあける可能性も……
「リディたちが危ない!」
俺はいても立ってもいられず、玄関に向かって走り出す!
「あ、兄貴! 待ってくれ! 俺たちも行く!」
ウォードたちもついて来ているようだけど、構わず走る。
玄関から庭に躍り出て、光魔術で周囲を照らしながら家の裏手に増築した浴室の方に向かう。
『――――』
浴室から女性陣の楽しそうな声が聞こえてくる。
浴室の周囲を軽く見回すも、特に怪しい人物はいない。
「ぜぇ、はぁ、はぁ、兄貴……早すぎ」
どうやらウォードたちも追い付いて来たようだ。
あ、いかん! このままじゃレイチェルの気配察知で俺たちがいるのがバレてあらぬ疑いを掛けられる!
《リディ! 俺だ!》
《うわっ! びっくりした! おにい?》
《ああ。今ウォードたちと一緒に浴室の外まで来ている》
《えっ? まさか覗き……》
《ちょ、違う! 外から不審な物音が聞こえてな。それで気になってこの辺りを調べてるんだ。レイチェルに事情を説明して周囲の気配を探ってみてくれ!》
《わ、分かった!》
ふぅ、危なかった……
これで誤解されずに済むだろう。
あ、こら! ウォード、ケーン、ティム! 浴室の壁を凝視するんじゃない!
《師匠! リディちゃんから話は聞きました! 今お風呂の外に感じる気配は師匠たちだけです!》
《念の為、私たちも風呂から上がっておいた方が良さそうだな》
《そうか、分かった。俺はこのままこの辺りを探るから後で来てくれ》
《りょうかーい》
これでとりあえずリディたちは大丈夫だろう。
「なあ、ここに来るまでに怪しいものは見なかったか?」
「はぁ、ふぅ、い、いや、俺は何も。ケーンとティムは?」
「ぜぇ、ぜぇ、お、俺も特には」
「はぁ、俺も見てない」
うーん、やっぱり何かが空から入って来てたのかねえ。
暫く周囲を探ってみるも、特にこれと言ったものが見付かることは無い。
念の為、布を退けて堆肥の小山も調べてみる。
「あれ? なんか量が減ってるような……」
昨日種を植える時にこの小山の堆肥は使わなかった筈だけど……
「兄貴、それ何ですか?」
「これか? これは堆肥って言って雑草を肥料に作り替えてるんだ」
「おにい」
丁度そこへ風呂上がりの女性陣が現れた。
急いで出て来たからだろうか、まだ髪はきちんと乾かせていないようでほのかに水気を含んでいる。
肌も湯船で温まった影響か、ほんのり桜色に染まっている。
なんか、普段と違う姿に少し……って違う、今はそれどころじゃない!
俺は堆肥が減っていることを皆に説明した。
「じゃあ、その物音の犯人が堆肥を盗んだんですか?」
「状況的に見ておそらく。ただ、堆肥が必要な相手ってのが……」
どうしても、ここ最近何度も戦ったある魔物の姿が頭を過る。
「植物……トレント」
そう、どうしてもトレントのことがちらついてしまう。
「ね、ねえ、あなたたち、トレントが作った果実の種を植えたって……」
あー、やっぱりそこに思い至るよなあ。
あの果実の種を植えていることはフランさんやウォードたちにも説明済みだ。
「様子を見に行ってみよう」
俺たちは庭の方へと移動する。
木が生えている場所に光を当てると、特に変わらない様子で六本の木が生えている。
「パッと見た感じは特に異常は無さそうだけど……」
その時、リディの頭の上に乗っていたポヨンが動き出し、六本ある木のうち真ん中手前の木の前まで移動する。
何をする気だ?
すると、ポヨンは自身の身体から数本の触手を伸ばし、目の前の木を触り始めた。
……この行動に何の意味が……ん!?
その時、ポヨンに触られていた木が身をよじる。どうやらくすぐったかったようだ。
ってそうじゃない!
「う、動いた!?」
動いてしまった木は焦ったようにもう一度木のふりを始める。
だけど、よく見るとその体は小さく震えているのだった。




