130話 拠点の異変?
「あ、ねえ、あなたたちこの後と明日は予定は決まってる?」
資料探しを一旦終えギルド内に戻って来ると、ふいにフランさんからそう声を掛けられた。
「それなりの時間になっちゃったし、この後はそのまま拠点に戻るよ。明日はもう少し資料室を見てみようと思ってるけど……もしかして何か依頼でも?」
「ああ、違う違う。私明日お休みを貰えることになってね。それであなたたちが大丈夫そうなら拠点に遊びに行きたいなあって思って。アガーテたちが普段どんな風に生活してるのかも気になるしね」
「そう言うことか。俺としては別に問題無いけど……」
「あたしもいいよー」
「わたしも大丈夫です」
「別にこれと言って面白いものは無いと思うぞ、フラン」
「それはきっとアガーテの感覚が麻痺しちゃってるだけだから大丈夫。それじゃあもうお仕事終わるから……ああ! 着替えも用意しなきゃ! 急いで家から持ってくるからちょっと待ってて!」
そう言ってフランさんは物凄い勢いで城の奥へと引っ込んで行った。
「全く慌ただしいなフランは。暫くそこで待っていよう。そう掛からず戻って来る筈だ」
俺たちはギルド内に用意されたテーブルに着いてフランさんを待つことにした。
「そう言えば拠点に人が来るのって初めてですね」
「そうだな。まあ部屋は余ってるし問題無いだろ。折角だし明日は予定を変えて休みにしようか」
「美味しいもの用意しなきゃだね」
そうやって取り留めの無い会話をしながら暫く待つ。
すると、私服に着替えたフランさんが宿泊用の荷物を持って現れた。
「ぜぇ、はぁ、はぁ、お、お待たせ。久々に全力で走って疲れたわ……」
おお、ギルドの制服姿しか知らなかったけど、普段着だとまた印象が変わるな。
フランさんの服はシンプルなワンピースのドレスで、ドレスと言っても華美さより動きやすさや取り回しの良さを重視したもののように思える。
かと言って仕立て自体がいいのか安っぽくは見えない。
フランさんの高身長もあってとても似合っているな。少しつばの部分が広い帽子もいいアクセントになっている。
こう言った服をさらっと着てくるあたり、やっぱりフランさんもいい家の出身なんだろうな。
「わぁ、フランさん綺麗!」
「やっぱり高身長だとこう言った服が良く似合って羨ましいなぁ」
「うふふ、ありがとう。さあ行きましょうか。道中よろしくね」
ただ、いい加減周囲の男冒険者から羨ましがられていた所へ一時的とはいえフランさんまで加わってしまった。
すると、
「くっそう! ジェットの奴ついにフランちゃんにまで手を……」
「決めた! 俺もパーティーに入れてもらう!」
「はっはっは! 俺やお前じゃあの変人パーティーについて行くのは無理だよ」
「ジェットー! モテるコツを教えてくれー!」
こんな感じの声が周囲から響く。
「いや、別に手を出してる訳じゃないぞ!? 人聞きの悪いこと言うな!」
「くっそう、ただジェットなら仕方ないと思ってしまっている自分がいるのが悔しいっ!」
この前の巨大トレントの一件もあり、何だかんだで認めてくれている人は増えた印象だ。
ただ、それでも……
「あのハーレム野郎……もげろもげろもげろもげろもげろもげろもげろ……」
「けっ、ちょっとつえぇからって調子乗りやがって……」
あまり気にしても仕方ないから無視してるけど、こんな感じの小声も聞こえてくる。
「はいはい! あなたたちは用事があるならさっさとしなさい。そうやって人数が溜まると受付は大変なんだからね!」
フランさんのその一言に受付嬢たちは一斉に首を縦に振る。
それを見た冒険者たちは慌てて受付へと並んだ。
「ほら、今のうちに早く行きましょ」
周囲の注意が逸れたその隙に、俺たちは急いでギルドを後にした。
ただ……私服のフランさんまで引き連れた現状は嫌でも目立ってしまう。
顔見知りの男冒険者からは羨ましがられ、良く知らない男冒険者からは嫉妬の視線を向けられる。
少しでも落ち着ける場所まで移動する為、俺たちは足早に町を駆けて行った。
門を出て暫く拠点に向かって移動していると、流石に周囲に人がいなくなる。
そこで俺たちは一度立ち止まった。
「はぁ、はぁ、ぜぇ、はぁ……あ、あなたたちは、息一つ……ぜぇ、乱してないのね」
フランさんが荒い息を吐きながら喋る。
……ごめん、フランさんの移動スピードを考慮するの忘れてたよ。
「はぁ、ふぅ……よし、もう大丈夫。何と言うか、ジェット君は大変ねえ」
「あー、やっぱり男が一人だけの冒険者パーティーって珍しいもんなのか?」
「そうねえ。逆はちらほら見掛けるけど」
「冒険者は筋力勝負や体力勝負になることも多い。その影響でやはり全体的に男の方が多くなるからな」
「普段見掛ける冒険者パーティーも男の人ばかりって言うのが多いですよね」
ただでさえ女冒険者の数が少ないのに、それを俺が独り占めしてるみたいに思われるのかねえ。
それに、女冒険者って言っても結構ゴツイ人ばかりなんだよな。アガーテの言うように筋力勝負や体力勝負になるから仕方ないんだろうけど……
レイチェルやアガーテみたいな華奢な女冒険者ってランクが上になればなるほど希少な存在なんだろうな。
『――てくれぇぇ……』
その時、微かな声が俺の耳に届いた。
なんだ? どこから聞こえた!?
「どうしたのおにい?」
急に俺がきょろきょろし始めたのをリディが不審に思ったようだ。
「さっき微かに声が聞こえた。いきなりだったから方向までは分からなかったけど……」
「え? 私は何も聞こえなかったけど」
フランさんと同じく皆にも聞こえてなかったようだ。
「誰かが魔物にでも襲われているのか……それとも」
「まさか……拠点に忍び込もうとした物取り!?」
「現時点では分からないな。レイチェル、気配に注意しておいてくれ」
「は、はい!」
俺は注意深く耳を澄ませる。
ほんの僅かな音も聞き逃さないつもりで。
『誰かぁぁあ、助けてくれぇぇええ』
聞こえた!
やはり誰かが魔物に襲われているのか!?
ただ、声が聞こえてきたのは拠点の方角からだ。となると、本当に物取りが罠に嵌っている可能性も……
「拠点の方からだ! ただ、本当に物取りの可能性も考えられる。アガーテはフランさんの護衛を、リディとレイチェルは周囲の警戒を!」
「うん!」 「はい!」 「ああ!」
「す、凄い息ぴったりねあなたたち」
俺たちは警戒しながらも素早く移動する。
すると、少しずつ声が鮮明になっていく。
『誰かいないのかぁぁあ』
「むっ、私にも聞こえたぞ」
「え? 何も聞こえないんだけど……」
「レイチェル、周囲に気配は?」
「はい、拠点の方から感じるだけで、それ以外には特にありません」
『おぉぉおい、誰かぁぁあ』
「あ! あたしにも聞こえた。んー、なんか聞いたことある声のような……」
そう。
聞き取りやすくなって思ったんだけど、どこかで聞いたことある声なんだよなあ。
それに、魔物に襲われて死に物狂いって感じでもない。
となると、拠点の周囲の落とし穴に落ちている可能性が高い。
そうこうしているうちに拠点の近くまで辿り着く。
あれから声は聞こえなくなってしまった。
念の為周囲を確認するも、魔物や野盗の類はいないようだ。
「レイチェル、気配はどっちの方だ?」
「えっと、左手の塀の方です!」
「よし、俺が様子を見てくる。皆はここで何があってもいいように待機していてくれ」
「気を付けてね、おにい」
「ああ」
皆をその場に残し、レイチェルが気配を感じた方向へと向かう。
すると、設置した柵と塀の間に穴があいている場所があった。
やはり、誰かが『設置魔術』を踏み抜いて落とし穴に落ちてしまったようだ。
ふぅ、侵入者対策しておいて良かったな。
まあ、入られた所で金目のものなんて何も無いんだけどな。
俺は穴の前まで移動する。
すると、俺の足音に気付いたのか、落とし穴の中から誰かが俺に語りかけてきた。
「だ、誰かそこにいるのか!? た、助けてくれぇぇえ」
……あれ? やっぱり聞いたことある声だ。
「俺たちはここの持ち主の友人なんだ! 別に怪しいもんじゃない!」
いや、寧ろその台詞は逆に怪しいと思うが……
うーん、さっきと違う声だけどやっぱり聞いたことある。
「せめて冒険者ギルドにここに俺たちがいることをことを教えてもらえないだろうか!!」
もう一人いた。やっぱり聞いたことある声だ。
もしかして……
俺は光魔術を使って穴の中を照らす。
「「「眩しっ!?」」」
穴の中の三人組が眩しさに目を瞑る。
はぁ、やっぱりこいつらか。
「ウォード、ケーン、ティム、そんなとこで何やってるんだ?」
「その声は兄貴? 兄貴っ!」
「はぁ、今出してやるからちょっと待ってろ」
地魔術を使い穴を広げる。
そして、穴から脱出出来るように一部を階段状に作り替える。
「うおぉおおおおっ! 兄貴すげぇぜ!」
「はぁ、助かったぁ……もう下手したら一生出れないんじゃないかと」
それなりに深く掘ってたからなあ、あの落とし穴。
今回のことで有用性は証明されたけど、万が一無関係の人が落ちると危ないか。
警告の立札か何か設置しておくべきなのかもな。
「ありがとう、兄貴」
「いや、まあそれはいいんだけど、ここで何してたんだ? 流石にウォードたちが物取りをする訳ないと信じたいけど……」
「いやいやいやっ!? 命の恩人の兄貴に対して物取りなんて出来る訳がねえ!」
「依頼の帰りに偶々この近くを通ったから寄ってみたんだ」
「そしたら兄貴たちは留守で……」
それで中の様子でも確認しようとして『設置魔術』の罠に掛かったのかな?
「そ、そうだ兄貴! 俺たちこの塀の向こうから物音を聞いたんだ! それでどうにか中の様子を確認してみようと思って柵を越えたんだけど……」
「そうしたら地面が急に爆発して……」
「気が付いたら深い落とし穴に嵌ってて……」
成程、大体の事情は分かった。
やっぱり、何かしら柵を越えるなって警告は必要だな。
それはそうと、今気になることを言ってたな。
「物音? 聞き間違いとかじゃなくて?」
「ああ! 確かに聞いたんだ! 何の音かまでは分からなかったけど……」
「俺たちは全員外に出てたからなあ。もし本当だとすると、空から何かが侵入したのか?」
周囲は塀や柵で囲めても、流石に上はどうしようもないからな。
無理矢理蓋くらいなら出来るかもだけど、そんなことしたら不便なだけだし。
「声が聞こえると思ったら犯人はウォードたちか」
「全く、何やってんのあなたたち」
どうやらウォードたちの声を聞いて皆移動してきたようだ。
丁度いい。
「レイチェル、塀の向こうに何か気配は感じるか?」
「いえ、特に何も」
「ひゃああ、姐さんそんなことも分かるんですかい!」
「ひっ! は、はい!」
レイチェルは急に大声で話し掛けられてびっくりしたようだ。
ここにいても仕方ないので穴を元に戻し、全員で門の前まで移動する。
その間に中の物音についても皆に説明しておいた。
「よし、それじゃ開けるぞ。念の為注意しておいてくれ」
ガチャリッギィィイイイイ
門を開いて中の様子を確認する。
うーむ、荒らされているとか特に変わった様子は無いな。
「どうだジェット?」
「うん、特に変わったことは無さそうだ。入っても大丈夫だと思う」
少し警戒しながらも全員が門をくぐる。
「全く、ウォードたちは人騒がせなんだから」
「ちょっ、本当に聞いたんだって! 信じてくれよぉ兄貴ぃ」
「わ、分かったから落ち着け!」
「それにしても……あの雑草まみれだった庭がこんなにも綺麗に」
「中を見るともっと驚くと思うぞ、フラン」
フランさんが深呼吸を始める。
「すぅぅう……はぁぁぁ……よし、心の準備は出来たわ」
そんな大げさな……
「あ! おにい!」
その時、リディが何かに気付いたようだ。ある場所を指さしている。
俺たちはその方向に視線を向ける。
「わわわ、もうこんなに育ってる!?」
「まだ一日しか経っていないと言うのに……」
そう、植えた果実の種が更に成長していたのだ。
昨日は芽の状態だったのに、もう既に俺の膝より少し低いくらいまで育っている。
「おお、これだったらそう遠くないうちにあの実を収穫出来るくらいまで育つかもな」
「え? 何の話?」
フランさんとウォードたちが首を傾げる。
「あー、後で詳しく話すよ。ウォードたちも寄って行くか?」
「え、いいのか兄貴? ひゃっほう!」
「それじゃ先に家に案内しておいてくれ」
リディに家に鍵を渡す。
「いいけど、おにいは?」
「俺はこいつらの世話をしてから行くよ」
そう言って少し育った木を指さす。
「分かった。それじゃ皆こっち」
リディの案内で全員が家に向かう。
さて、俺もこいつらの世話をしておこうか。
ほら、早く美味しい実を付けるんだぞ。
土に魔力を送り、水をやって、木の一本一本に生命力を分け与える。
気のせいだろうか? なんとなく木が嬉しそうに揺れているような気がした。




