129話 勇者と賢者の物語
「はい、これが今回の報酬よ。解体手数料の分引かれてるから確認しておいてね」
黒獣の森で採取した素材と討伐した魔物の納品を行い報酬を受け取る。
入り口付近のものだから報酬額についてはそれなり、と言った所だ。
「どうだった、初めての黒獣の森は? 思ってたより大変だったんじゃない?」
ふいにフランさんがそんなことを聞いてくる。
「そうだなあ。まだ入り口付近を探索しただけだけど、出て来る魔物がそこらの魔物より一回りも二回りも厄介で驚いたよ」
「まあ、それでも今回くらい色々持ち帰って来るのは流石、としか言いようがないけどね。またすぐに森に向かうつもり?」
「いや、一度皆で資料室に行ってみようと思って。黒獣の森の魔物についてもっと色々調べてみようかなって」
「あなたたちが救助したパーティーが何者かに襲われたって話ね」
その言葉に頷く。
昨日黒獣の森で救出したパーティーに話を聞いてみた所、彼らは森の中層から帰還してきた所だったそうだ。
死にそうだった男は急に腹部に強烈な痛みを感じ、腹から血が止まらなくなったんだとか。
その時周囲には特に何もいなかったとも。
実際に俺たちが遭遇した訳じゃないし、単に彼らが攻撃に気付かなかったと言う可能性もある。
ただ、俺はどうにもこの話を軽視する気になれなかった。
今まで出遭った強力な魔物たちの攻撃にだって最初はよく分からないものもあった。
だけど、そのどれも何かしらの手段によって行われていた攻撃だ。
だからこの件に関しても、何か変わった攻撃手段を持った魔物が存在する、と言った前提で考えることにしたのだ。
そう言ったこともあり、昨日は門の宿場で宿を取って、今日調べ物をする為にライナスまで戻って来たのだ。
「数え終わりました。特に問題無いみたいです」
「お疲れ、レイチェル」
「では皆で資料室に行ってみようか。フラン、もしギルドの方でも何か気になる情報が入ったら教えてくれ」
「分かったわ。気を付けておく」
フランさんと別れ、アガーテの案内でギルドの資料室へと向かう。
解体場と同じく、資料室も城の隣に併設された施設のようだ。
「着いたぞ。ここが資料室だ」
資料室に入ると、インクや古くなった紙の独特なにおいが俺たちを迎えてくれる。
「おおお、凄い資料の数だな!」
「うわぁ、これ全部目を通すのにどれくらい時間が掛かるんだろう?」
広い資料室の中には幾つもの棚が設置され、その棚にはびっしりと資料が並べられている。
この前はレイチェルとアガーテに資料室のチェックを任せてたから、俺とリディは来るのは初めてだったりする。
そして、珍しいもの好きなキナコも俺たちと同じく目を輝かせていた。
「ライナギリアが国になる前からの資料も存在するからな。これら全てに目を通そうと思ったらどんなに早く見積もっても数年は掛かるだろう」
「「数年!?」」
俺とリディの声が綺麗に重なった。
「あはは、資料は種類別にきちんと整理されてましたし、必要なものだけを調べるなら大丈夫ですよ」
ほっ。
まあそりゃそうか。
この中からあても無く欲しい資料を探すなんてこと、いくら何でも無理だしな。
「黒獣の森の魔物については向こうだな。行こうか」
資料室を移動していると、俺たち以外の冒険者の姿もちらほら確認出来る。
中には大量の資料を持ってテーブルに着き、それを熱心に読み進めている冒険者の姿もあった。
「着いたぞ。この辺りが黒獣の森の魔物関連の資料をまとめた棚だ。奥へ行く程古い資料になるから手前から見ていった方がいいだろうな」
おおお、この付近の棚だけでも埋もれたら窒息しそうなくらいの量があるな。
早速目の前の資料に目を通してみる。
これはここ数年の素材納品の多い魔物についてまとめられたものかな。
昨日出くわした黒角兎やトレントについても記されている。
ふんふん、やっぱり黒獣の森に出現するトレントって昨日見たような蔓を操ったりする種類が多いんだな。
おっ、あの硬い木の実って殻を割れば食用になるんだな。アガーテが納品出来るって言ってたのはこう言うことだったのか。
てっきり投擲用の弾にでもするのかと……
次々資料を捲っていくと、他にもビッグディアの固有種とか門で死体だけ見たグリムバッファローとか食用になりそうな魔物が色々と記されていた。
やっぱりみんな美味い肉が食いたいんだろうな。かく言う俺も、あのグリムバッファローはちょっと食べてみたい。
「リディは何を見てるんだ?」
「えーと、黒獣の森の珍しい魔物って資料。ほら、こんなのもいるんだって」
リディの指さした場所を読んでみる。
「えーと、体表の色を周囲に同化させる魔物……か」
「変色竜って呼ばれてるんだって。実際の分類は竜じゃないみたいだけど」
「キュッ!」
竜と言う言葉にルカが反応する。
ああ、そう言えばこいつ、一応海竜だったなあ。
「そんなのがいるんだなあ。あのパーティーを襲ったのもこいつだったりするのか?」
「うーん、どうだろう? でも、こんな簡単に資料が見つかる魔物だったら分かるんじゃないかなあ」
「それもそうか」
「あたしはこのまま読み進めてみるね。あっ、黒猫みたいな魔物も目撃されたことがあるんだ」
リディが目を輝かせながら資料を読み進める。
その横ではキナコも資料を見てるけど……お前、見て分かるのか?
俺は読んでいた資料を棚に戻す。
流石に素材納品の多い魔物の資料をこれ以上見た所で、彼らを襲った何かについて分かることは無いだろう。
次に俺は少し奥へ移動し、やや古めの資料に手を出す。この辺の資料は大体今から遡ること五十年前後の記録かな?
えーと、なになに。
勇者ライナスと賢者ギリアムの英雄譚?
数百年前に実在したと言われる勇者と賢者の物語……か。
これ収納する棚を間違ってないか?
だけど、なんかちょっと中身が気になるな。少し読んでみようか。
ふむふむ。
とりあえず、ある程度要所だけ読んでいくとするか。
『ある所に強大な力を持つ魔王がいた。魔王はその圧倒的な力と支配する眷属の力を使い、あらゆるものをその手中に収めようとし世界中を絶望の淵に追いやる』
魔王……なんかどこかで聞いたことあるような無いような……
俺の記憶違いか?
『だが、そんな魔王の企みを阻止せんと立ち上がった者たちがいた。それが人々の希望の剣、勇者ライナスと全てを識る者、賢者ギリアムである。二人の元には数多くの人間たちが集い、次第に魔王による支配を押し返していく』
勇者ライナスってのも聞いたことあるような……
あっ! 今いるこの町が『ライナス』じゃないか!
偶然なのか?
『勇者と賢者に率いられた人々は魔王の棲む島まで攻め込むも、地の利があり強力な魔王の軍勢には一歩及ばない。そこで、ライナスとギリアムは少数の精鋭だけを率い、強大な魔物が蔓延る危険な海を越えて魔王の根城を奇襲する』
「ジェット、何か見つけたのか?」
「うおっ!? アガーテか、びっくりした」
「す、すまん。何やら熱心に読み込んでいたのが気になってな」
そう言いながらアガーテは少し背伸びをして俺の持っている資料を覗き込んでくる。
「これは……勇者と賢者の物語か。有名な昔話だ。誰かが間違ってここに仕舞っていたのだろうな」
「え? わたし聞いたこと無いんだけど……」
どうやらレイチェルは知らなかったらしい。
勿論俺だって知らないし、リディも同じだろう。
「な!? そんな訳ないだろう? 小さい頃に大人から語ってもらったりしなかったのか!?」
「うん。そんな昔話があるの今初めて知ったよ」
「な、なんだと……だ、だが言われてみれば海の向こうでは一切この物語についての本や資料は無かったような……」
アガーテはこの昔話が知られていなかったことが余程信じられなかったようだ。
「ちょ、ちょっと待っていてくれ。サリヴァンに確認してくる!」
そう言い残し、アガーテは資料室を後にした。
「い、行っちゃいましたね……」
「そ、そうだな。気になるから続きも見てみるか」
レイチェルも一緒になって覗き込んで来る。
えーと、どこまで読んだかな……ああ、海を渡って奇襲する所だ!
『さしもの魔王も勇者と賢者に懐深くまで切り込まれては敵わず討ち取られることとなる。だが、死の寸前魔王は呪いを放つ。呪いに囚われた勇者と賢者は帰還すること叶わず、魔王の呪いは世界を病魔として蝕んでいく。それでも、勇者と賢者の元に集った人々は彼らの生存を信じ、彼の地にていつまでも待ち続けるのだった』
要点だけを並べるとこんな感じだけど……あれ? これで終わり?
続きは無いのか?
「なんだか、寂しい終わり方ですね」
「そうだな。これを大人が子供に語って聞かせるとは思えないんだけど……」
「ねえねえ、何見てるの?」
どうやらリディも俺たちが読んでいたものが気になったようだ。
「勇者と賢者の昔話らしいけど、読んでみるか?」
「うん!」
資料をリディに渡す。
すると、リディは時折目を輝かせたり難しい顔になったりしながら物語を読み始めた。
「な、何と言うことだ……」
丁度そこへ資料室を出ていたアガーテが戻って来た。
何だかえらく肩を落としてるけど……
「サリヴァンに確認してきた。どうやらこの勇者と賢者の物語は、ライナギリア内でしか知られていない物語のようだ……私はこの勇者ライナスと賢者ギリアムの元へ人々が集う所が大好きなのだがな。その感動を他の国は知らなかったなんて……」
相当ショックだったようだ。
多分、アガーテはこの勇者と賢者の物語が好きなんだろうな。
「なあ、これって子供に聞かせるにはちょっと最後が寂しいような」
「ん? ああ、それは原典のものだな。実際に出回っている物語は、後に勇者も賢者も帰還するものが主流だ」
「ねえアガーテ、この勇者ライナスってこの町の名前と一緒だけど、偶然なの?」
「いや、この町の名はその物語の勇者ライナスから名付けられたと言われている。もっと言えば、ライナギリアと言う国の名前が勇者ライナスと賢者ギリアムから取ったものだと言う話だ」
勇者ライナスと賢者ギリアムで『ライナギリア』ってことか。
「少し飛躍した話にもなるが、一部の研究家の間ではその勇者と賢者の元に集った人々が私たちの祖先なのではないか? と言った説もある」
「それは……どうなんだろうな?」
「もしそれが本当だとすると、ここには魔王って恐ろしい存在が元々いたってこと?」
「さあな。実際のことは何も分かっていない、と言うのが現状だ。勇者ライナスと賢者ギリアムが実在の人物だったであろうことは確からしいが……」
まあ、国の名前とか町の名前以外に共通点があるにはあるんだよなあ。
ライナギリアも島国だし、確か周囲の海って船も出せないぐらい危険だって。
「むぅ……なんか思ってた終わり方じゃない」
どうやらリディも最後まで読み終わったようだな。
まあ、俺としてもリディの言いたいことは分かる。
「よし、ならば今度ライナギリアに出回っている物語を読ませてやろう。きっと皆も気に入ってくれる筈だ!」
アガーテが目を輝かせながらそう語る。
本当にこの物語が大好きなんだな。
その後、ギルド職員に資料を渡し本来の場所に返してもらう。
そして俺たちは、本来の目的である黒獣の森の魔物についての資料探しに戻ったのだった。




