127話 黒い魔獣
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「おおお……あの先が黒獣の森なのか」
「凄い……南北にずっと石壁が続いているんですね」
ライナスから更に東に一時間程度歩いただろうか。
俺たちはライナギリアが管理する森林型ダンジョン、黒獣の森の前に築かれた防壁が見える場所までやって来た。
「あれくらいしないと黒獣の森から魔物が溢れた時に対処出来んからな。あの石壁は百年以上の歳月を掛けて、魔物を退けながら少しずつ築かれていったらしい。今でも少しずつ壁を補強しているそうだ」
「あ、入り口の辺りってちょっとした宿場みたいになってるんだね」
「そうだな。どうしても管理や見張りの為にギルド職員や雇われた冒険者が詰めることになる。その時の不便を少しでも軽減するようにと考えられたものだ。今では黒獣の森に入る冒険者も利用する為、それに合わせて大きくなっていったそうだ」
そりゃそうか。
誰かが見張ってないと、何かあった時すぐに対処なんて出来ないもんな。
「ここの他にも見張りや入り口の管理をしている場所は幾つかある。ただ、それだけやってもこの前のトレントのように何かしらの手段で壁を越えられることもあるのだがな」
「これだけ広い場所だと流石になぁ」
この南北にずっと続く壁を完璧に見張ろうと思ったら、ギルド職員総出でも人数が足りないだろうな。
そうやってアガーテの説明を聞いているうちに入り口前の宿場に辿り着いた。
「おお、当たり前だけど周りは冒険者ばかりだな」
「ここにいる一般人など一部の商人や職人くらいのものだな。ギルド職員もいざと言う時の為に元冒険者の者が大半だ」
「屋台とかは出てないんだね」
「匂いに釣られて魔物がやって来る恐れがあるからな。だからこのような場所ではどうしても匂いが少ない食事が多くなってしまう」
その時、黒獣の森の入り口と思われる門が開いた。
中からはパーティーと思われる冒険者たちと、他にもギルド職員たちが何かを引っ張りながら出て来る。
彼らの後ろには、ちょっとした小屋くらいの大きさの黒い魔物の死体が横たわっていた。どうやらあれをそりに乗せて引っ張っているみたいだ。
その魔物の死体が門を通過した所で門扉が閉ざされる。魔物の死体を見た周囲の冒険者たちからは歓声が上がる。
「おお、なんかデカい獲物を仕留めたみたいだな」
魔物を引っ張って来た冒険者たちは、よく見ると鎧も傷だらけだし所々流血もしている。
だけど、皆がどこか誇らしい顔をしていた。
「おそらくあれはグリムバッファローだ。突進攻撃が得意な牛型の魔物だな。その肉はとても美味だが討伐は相応に難しい。丸ごと引っ張って来れたと言うことは入り口付近に現れた、と言うことか」
「あんな大きな魔物、森の奥からじゃとてもじゃないけど運べないだろうしね……普通は」
そう言ってレイチェルとアガーテは俺とリディを見る。
「いや、あれだけデカいと結構大変だぞ? 俺の場合は容量と時間経過が問題になるし」
「あたしも丸ごと収納は難しいかなあ。ある程度切り分けたら大丈夫だと思うけど」
「……普通はある程度切り分けた中でも一部しか運べないのだがな」
「それに、運んでいる最中に痛んじゃったりもするし……」
そうやってしばらく眺めていると、魔物の死体は近くの大きな建物へと運ばれていった。
どうやらあそこが保管庫とか解体場なんかになってるんだろうな。
「よし、門の付近も静かになったし俺たちも早速入場してみようか」
「うぅ、あんな魔物がウヨウヨ出るんですよね……」
「流石にあのレベルが入り口付近にウヨウヨは出ないと思うが……」
門の前に移動すると、詰所の係員がこちらに気付いた。
おお、いかにも元冒険者って風貌の厳つい男だ。ギルドの制服が筋肉ではち切れそうになっている。
「入場希望か? ギルドカードと入場許可証を……ん? ア、アガーテ様!?」
「ご苦労。そのまま普通に対応してもらって構わん」
「と言うことは……あんたらがライナスをトレントから救たって言うモノクロームか。あんたたちがいなきゃ危なかったってサリヴァン殿から話は聞いているぞ。それにしても……本当に白黒なんだなぁ」
係員はまじまじと俺とリディの頭を見る。
「あっと、すまない。えーと、何だったっけ……そうそう、ギルドカードと入場許可証を。アガーテ様も決まりなので……」
「構わん。これを」
「俺たちも、これ」
係員にギルドカードと入場許可証を渡す。
一瞬俺たちのカードを見て驚いていたけど、特に何事も無く手続きは進む。
「よし、これでいい。ほら、ギルドカードと入場許可証を返すぞ」
係員からギルドカードと入場許可証を受け取る。
「ところで、先程グリムバッファローが運び出されていたが、近くに現れたのか?」
「ええ。どうやら奥から流れて来た個体のようでしてね。さっきのパーティーがそれを見事討ち取ったんでさあ。他の個体は確認されてないので大丈夫かと」
どうやら付近にはもういないみたいだな。
肉が美味いってアガーテが言ってたからちょっと興味があったんだけど仕方ないか。
「ああ、それと。ライナスを救ってくれて感謝する。ライナスには俺の家族も住んでるからな。俺はここを離れられなかったから……あんたたちに会えたら感謝を伝えておきたかったんだ」
きっとあの時、この人は気が気じゃなかったんだろうな。
こう言った門に配属されている大半の職員や冒険者もそうだったのかもな。
「ああ。どうにかなって良かったよ」
「へへっ。おっと、引き留めて悪かったな。今門を開ける」
そう言って係員の男はさっきの大きな門の隣にある小さな門の前に移動する。
壁の上にいる係員に何やら手で合図をする。
壁の上の係員が同じように手で合図を返してきたのを確認した後、門が開かれた。
どうやら門の向こう側の安全確認をしていたようだ。
「分かっているとは思うが、ここから先は危険なダンジョンだ。決して無茶するんじゃないぞ」
「ああ、行ってくる」
「無事帰って来いよ」
俺たちが通り抜けると、再び門は固く閉ざされる。
そして、ここから少し先には深い森が広がっていた。
「あそこが黒獣の森か。あの先にもしかしたらエルデリアが……」
「森の中から色んな気配を感じます……」
「魔物だけでなく植物の中にも厄介なものはある。用心しながら進むぞ」
「ポヨン、キナコ、ルカ、あたしたちに力を貸してね」
「キュッキュゥウ!」
ポヨン、キナコ、ルカがそれぞれリディの周囲に陣取る。
「よし、行こう!」
「うん!」 「はい!」 「ああ!」
俺たちは黒い獣たちの棲み処へと足を踏み入れた。
◇◇◇
「あ、おにい! あそこアケビが生ってるよ!」
「おお! よし、取って来るから待ってろ」
黒獣の森では季節に関係なく、場所によって色んな果実や薬草、香辛料なんかが採取出来るようだ。
この入り口付近ではアケビや野イチゴ等、野生の果物が多く採れるみたいだな。
野イチゴって言ってもその中で結構当たり外れがあるんだよなあ。
俺もリディもオレンジ色に熟す野イチゴが好きだ。確かエルデリアでは黄イチゴって呼ばれてたっけ。
甘酸っぱくて美味しいんだよな。あれだったら幾らでも食べられる。
意気込んで黒獣の森に入ったものの、今の所は果物が採れること以外は他の森と大差ない印象だ。
こんな調子でさっきから食べられそうな野生の果物を見付けては採取している。
ちょっと歩いただけでもすぐに見付かるんだよなあ。確かに、ライナギリアにとって恵みの森と呼ばれるのも理解出来る。
「黒獣の森内でも他の場所だと栗やキノコなんかも採れるそうですよ」
「キノコについては有毒なものも少なくない。食べる前に鑑定してもらった方がいいだろうな」
光魔術で解毒しながら食べることも出来るだろうけど、あまりやりたくはないな。
俺はアケビを採って木から降りる。
「リディ、頼む」
「うん。ねえ、一個食べていい?」
「そうだな。折角だし皆で食べようか」
アケビを皆に渡していく。
おお、割れた皮から覗く白い果肉が美味そうだ!
「わぁ、カーグの森でも秋に採取出来たんですよね。時期になるとよく宿でも食事に出してました」
「初めてこれを見た時には食べ物だとは思わなかったな……」
確かになあ。
アケビのこと知らない人が見たら結構強烈な見た目してるよな。
食べてみたらあっさりとした甘さが美味いんだけどな。
皮の中から白い果肉を取り出し口に運ぶ。
口の中でねっとりとした果肉の食感を味わう。
はぁ、ほのかな甘みが口の中に広がる。
ここのアケビはエルデリアで食べていたものと比べるとやや淡白な味わいだ。
果肉を味わった後は、種を吐き出す。
この種から油を取ったりも出来るんだよな。
皮も工夫すれば食べることが出来る。
意外と捨てる所が無いんだよな、アケビって。
まあ、今回に関しては種は吐き出したままにしておく。
そうしたらそこから次のアケビの蔓が生えてくるしな。
暫くそうやってアケビを味わっていると、
「ん? 師匠、多分魔物です」
レイチェルが指さした方向の茂みが揺れる。
俺たちはそれぞれ武器を構え、戦闘態勢に入る。
そして、茂みの奥から一匹の魔物が現れた。
大きさは俺の顔より少し大きいくらいか?
体は真っ黒な毛に覆われていて、その頭からは一本の角が生えている。
そして、長い耳をピンと立て周囲を警戒しているようだ。
「なんだ、角兎か」
体毛が黒いこと以外はそこらで見た角兎と変わらないな。
角兎は俺たちに気付くと、角を向けて威嚇してきた。
「角兎程度だったら今更……ん? 角に魔力が……っ! 避けろ!」
俺の指示を聞いて皆が左右に飛び退く。
そして、そこへ角兎が勢いよく飛び込んで来た!
幸い皆避けていたので何事も無かったが、角兎の角を受けた木には見事な風穴があいていた。
「うわっ!? こんな威力、もう角兎じゃないですよ!」
「おにい、また突っ込んで来るつもりだよ!」
再度角兎が強靭な後ろ足を使って飛び込んでくる。
よし、すれ違いざまに剣を叩き込んで……
「ここは私が!」
アガーテに任せ、俺はその場から飛び退く。
アガーテは角兎の突進を躱し、大盾で角兎を殴りつける!
「ギャピュッ」
「止めだ!」
俺はすかさず地面に叩き付けられた角兎に剣を突き刺す。
うおっ!? この状態でもまだ暴れるのか!
そこへキナコが近付いて行き、手に仕込まれたミスリルの刃で角兎の首を撥ねる。
それでようやく角兎は沈黙するのだった。
「ふぅ、角兎でこれか……本当に危険な魔物の棲み処なんだな」
「そうだな。以前見た黒角兎には盾に穴をあけられたからな。油断は禁物だぞ」
採取に浮かれて気が抜けてたな。
気を付けないと。
その後黒角兎の血抜きを行い、リディに回収してもらってから俺たちは少し慎重に森の奥へと向かって行った。




