124話 芽吹き
「お、おい……あのデカいトレント、急に花が咲いたけど大丈夫なのか!?」
「こんな状況じゃなきゃ、アタイも花でも見ながら酒飲んで騒ぎたいけどねぇ……」
俺が巨大トレントの生命力に命魔術で干渉を始めてからどれくらいの時間が経過しただろう?
多分、十分やらそこらじゃないかと思うんだけど、体感的には数時間くらい経過したように感じる。
巨大トレントは溢れすぎた生命力を自分の中で処理する為に花を咲かせ始めた。
どうやらよそへ逃がすのも難しくなってきたようだ。
少し怖かったのは、自棄になった巨大トレントが手当たり次第に周囲から生命力を吸収して道連れを作る可能性があったことだ。
だけど、俺の推測通りこいつは今の状態で生命力吸収を使うことは無かった。
これについてはやはり魔物故の生存本能が働いた結果だろうと思う。今の状態で生命力吸収を使ってしまうと自分が危ないことを本能的に知っていたんだろう。
もし相手が人間だったらさっき考えたようなことも起こっていたかもしれない。
そうなったらそうなったで、俺も後先考えず一気に生命力を溢れさせてやる所だったけど。
それに、こいつが眷属を生み出し支配することに特化した個体で助かった。もっと正確に言えば命属性の扱いにだけ特化した個体って感じか。
この状況でこいつが他のトレントと同じように暴れ回っていたら手が付けられなかっただろうと思う。
ただ、思っていた以上に粘られていることで正直魔力的にきつくなってきた。
更に、魔力を補うために自分の中の生命力がどんどん消費されているのも分かる。限界まで魔力を使うとぶっ倒れるのってこれが原因だったのかな。
「師匠、周囲のトレントはアガーテや冒険者たちがどうにか抑えてくれています! きっともう一息です! 頑張って下さい!」
「おにい、あたしたちにも出来ることはある!?」
そうだな……
可能だったら少し誰かに交代してもらいたいけど、生憎命魔術が使えるのは俺だけだ。
それだったら……
「少し……力を分けてもらいたい」
勿論、感情的な意味ではなく魔力的な話だ。
トレントたちが行っていた生命力吸収、あれを使って少しだけ元気を分けてもらう。
「……出来るの?」
「多分な。今のままだとこいつを倒しきるのには魔力が持たない」
「……分かった! どうすればいい?」
今両手は巨大トレントに対応する為に塞がっているからな。
それだったらリディから触れてもらった方がいいか。
「俺の背中に手を当ててくれ。そう、そんな感じだ」
「うわぁ、おにい凄く体が熱い!」
背中にひんやりした感覚を感じる。これがリディの手かな?
命魔術を使い続けている影響で体が熱くなり、リディの体温を冷たく感じ取ってしまったみたいだ。
さて、少しだけリディに力を分けてもらおうか。
リディの手を伝って命属性の魔力を流す。
おお、リディの中の命の火を感じる。やはり妹のものだからだろうか? そばにあるととても落ち着く感覚だ。
その命の火を少しだけ命属性の魔力を使って持ち出す。焚火から松明に火を移すイメージだな。
「ぷっ、あはははは、く、くすぐったい~~」
どうやら命の火を分けてもらう作業がリディにとってはくすぐったかったようだ。
魔力操作の時もそうだけど、自分以外の魔力ってちょっと変な感じなんだよな。
俺はリディから譲り受けた命の火を自分に取り込む。
その時に自分に合ったものに変換することも忘れない。そうしないと上手く馴染まないからな。
「お、少し体が軽くなった。無事に力を分けてもらえたみたいだ。リディ、体は何ともないか?」
「うん、ちょっとだけ疲れた感じがするけど、これくらいならどうってことないよ。もっと力を分けた方がいい?」
「いや、あまりやりすぎると悪影響が出る恐れがある。これくらいにしておこう」
「うん、分かった」
リディの手が背中から離れる。
「わたしの分も使って下さい! わたしも師匠のお役に立ちたいです!」
その直後別の手が俺の背中に触れる。
「おう、ありがとなレイチェル。じゃあちょっとだけ貰うぞ」
「は、はい! どうぞ!」
リディの時と同じ要領でレイチェルから命の火を分けてもらう。何というか、包み込まれるような温かさを感じる。
「ひゃぅんっ!? ん、んんん……ぁっ!」
……あー、魔力操作の時と同じく艶っぽい声が漏れちゃってるな。
いかんいかん! 集中しろ俺!
「そんじゃ、次は俺の分も持っていきな」
サリヴァンさんも命の火を分けてくれるみたいだ。
ありがたい。
「ぬおっ! ん、こ、これは癖になっちゃいけない感覚だねえ……」
どうやらサリヴァンさんもレイチェルと同じく、体の中に何かが入って来る感覚に身をよじったようだ。
べ、別にわざとやってるんじゃないんだぞ!?
「兄貴! 俺の分も持っていってくれ!」
次はウォードか。
おお、以前とは違ってちゃんと命の火が燃え上がっているな。
「ぬ、ぬほぉぉおおおおおっ!? あ、兄貴が俺の中をまさぐって……にゅおおおおおおおっ!? 今まで知らなかった世界が」
「き、気持ち悪いこと言うな!」
まあでも、お陰で多少は持ち直した感じか。
だけどこれだけじゃまだ……
「よ、よく分からないが、俺の分も使ってくれ! 助けてくれたあんたへの恩返しだ!」
この声はトレントから助けた冒険者かな?
ありがたく力を分けてもらおう。
「ぬわっ!? お、おおぉおおおおお」
……何だろう、妙に尻の辺りがムズムズするこの変な感覚は……
その後も、彼らの行動を見て何人も冒険者たちが俺に力を分け与えてくれる。
純粋に厚意からの人もいるし、怖いもの見たさの人もいる。中にはトレントを倒すために渋々、と言った人もいたけど、動機が何だろうと俺にとっては助かる話だ。
「ぬおぉおおぉおおんっ!? はぁはぁ」
「あっひゅぅぅうううううんっ」
「あっ……あぁぁあああああんっ!」
……まあその度にこんな声が周囲に響き渡る訳だけど、気にしたら負けだ。
勿論全員が全員協力してくれる訳じゃないけど、それも仕方ないことだと思う。
それよりも、協力してくれた人たちに感謝したい。かなり持ち直すことが出来た。
「お、おおお、トレントが果実を実らせている……」
どうやら行き場を失って暴走する生命力を果実にしたようだ。
それでも消費される生命力より溢れる生命力の方が多い。
ビシッミシミシミシ
「トレントの葉がだんだん黄色く……」
「おっと、君たちは前線部隊とそろそろ交代を」
サリヴァンさんが冒険者たちに指示を出していく。
「兄貴ー! あっちは任せてくれ!」
「うおおおお! この行き場の無いムラムラ感をトレントで発散するぜ!」
な、なんか変なこと言ってる奴もいたけど……
ま、まあいい、集中だ!
「ジェット! 話は聞いたぞ。私の分も使ってくれ!」
アガーテも戻ってきたようだ。
どうやらリディとレイチェルが状況を説明してくれたらしい。
「いいのか? さっきまでトレントたちを抑えてたんじゃ」
「ふっ、このくらいどうと言うことは無い。私はお前の弟子なんだからな」
そう言いながらアガーテは俺の背中に手を当てる。
折角そう言ってくれているんだ、その言葉に甘えよう。
おお、アガーテの命の火は勇ましく燃え上がっている印象だ。
「んんっ!? あっ……んんぁっ!」
……落ち着け俺! 今気を抜いたらこいつを倒せなくなるぞ!
その後もサリヴァンさんの説明を受けた冒険者たちが命の火を分け与えてくれる。
「はぁうぅううんっ!」
「いゃあんっ!」
「ほおおおおおおおおおおおおっ!」
時折尻の辺りがムズムズするんだけど……
俺、間違ったことしてないよな?
ボトッボトボトボト
「熟した果実が落ちて来たぞ! う、美味そうだな……」
周囲に果実の甘い香りが広がる。
巨大トレントが生命力を注いだ影響か、赤い色をしたとても瑞々しくて美味そうな果実だ。
大きさは俺の頭より少し小さいくらいか。見たこと無い果実だけど食べられるのか?
ビシビシビシビシッ
もう逃がす当てが無くなったのか、いよいよ行き場の無くなった生命力が巨大トレントの身体を一気に蝕み始めた。
幹の至る所に亀裂が入り、黄色く染まった葉と熟した果実が雨のように降り注いでくる。
「「「「うおおおおおおおおおお! いけぇえええええええ!!」」」」
ミシミシビシッバギャンッ
ついに巨大トレントは溢れすぎた生命力に耐え切れなくなり、その巨体が左右に割れた。
「おおおおおおおおっ! た、倒れるぞおおおおおお!! 散れぇぇええええええええっ!」
ズゴゴゴゴゴゴドォンドォォオオオオオンンン……
縦に真っ二つに割れた巨大トレントが、それぞれ左右に倒れる。
そして、行き場を失っていた生命力が勢いよく上空へと飛び出し、雨のように周囲の平原に降り注ぐ。
「や、やった! おにい、やったよ!!」
「うわぁぁああああ! 師匠ぉぉおおお!!」
「ジェ、ジェット! よくやった、よくやった!」
「み、みんな……ってうおぶっ!?」
三方向から妹と弟子たちに抱きつかれ、俺たちはそのまま後ろに倒れる。
むぐっ、所々から幸せな感触が……
「あー、おほん。どうやら、周囲のトレントたちも活動を停止したみたいだねえ」
どうやら巨大トレントからの命魔術が途絶えた影響でトレント化が収まったようだ。
そして、今の状況に気付いたレイチェルとアガーテが急いで飛び退く。
それに合わせてリディも立ち上がり、真っ二つに割れた巨大トレントの様子を見に行った。
ああ……幸せな感触が……
「この後も問題は色々山積みだけど、これでこのトレント騒動も収束しそうだねえ。皆おつかれ」
「「「「おおおおおおおおおお!」」」」
周囲から雄叫びが上がる。
冒険者たちは体全部を使って喜びを表現していた。
「だけど、こんなデカい個体がどうやって黒獣の森から出て来たんだろうねえ」
そうか、トレントって基本は黒獣の森に棲息しているんだったな。
こんなデカい奴なら見逃しようが無さそうだけど……
それとも、何らかの手段で出て来ていた個体が年月を経て大きくなったとかか?
もしくは、突然変異で黒獣の森の外で生まれたか。
「あれ? こんな大きいトレントなのに魔石ってこんなに小さいの?」
どうやらリディが巨大トレントの魔石を見付けたようだな。だけど、少し様子がおかしいみたいだ。
その言葉を聞いて、サリヴァンさんがそっちに向かう。
「どれどれ……これは……君たちが持ち込んだトレントのクズ魔石と同じ……」
な!?
と言うことは、この巨大トレントも操られていた木に過ぎなかったのか!
じゃあ本体はどこに……
「ん!? 何か微かに気配が……あ! あれ!」
レイチェルが指さした方向を見る。
すると、そこには小さな黒いトレントがこっそり逃げようとしている姿があった。
微かだけど、あいつから命属性の魔力も感じる。
「そいつだ! そいつが命属性を操っていた本体だ! 逃がすな!」
俺は起き上がろうとしたけど上手く起き上がれない。
くそっ、さっきのでかなり消耗してしまったみたいだ。
「任せて!」
「逃がしません!」
「ケリをつける!」
リディ、レイチェル、アガーテが同時に小さな黒いトレントへ向かう。
トレントは急いで逃げようとするも、あっと言う間に追い付かれ……
「「「やぁぁあああああああああああっ!」」」
バシュッズバンドゴァッ
三人娘の攻撃をその身に受け、あえなく撃破された。
「たはは、頼もしいねえ」
「はは、本当に」
俺とサリヴァンさんはその場で笑い合うのだった。
◇◇◇
「どうやら、他の木に寄生するヤドリギのようなトレントだったみたいだねえ。こいつが何かしらの方法で黒獣の森から出て来たんだろう。これだけ小さければ難しいことではなさそうだ。お、ちゃんとした魔石もあるな」
サリヴァンさんが小さな黒いトレントの死体を調べている。その大きさはキナコやルカとそう変わらないくらいか。
魔石もあったようだし、これで本当にトレントの本体を倒せたってことだろう。
「サ、サリヴァンさん! 倒したトレントたちが芽を出して……!」
倒したトレントたちの回収を行っていた冒険者が慌ててやって来る。
「あー、どう言うことか分かるかジェット?」
うーん、トレントとは言っても、実際は普通の木が操られていたんだよな。
それとさっきの生命力の雨。俺にしか見えてなかったみたいだけど、あれが原因だとすると……
「多分だけど、あの巨大なトレントを倒した時に周囲に溢れ出した生命力が木に宿ったんだと思う。それで芽を出して新しく成長しようとしてるんじゃないかと」
「成程ねえ……よし、芽の出ているものとそうでないものに分けて回収してくれ。芽の出ているものの取り扱いは慎重にな」
「は、はい! 周りにもそう伝えて来ます!」
そう言って報告に来た冒険者は走り去っていった。
「サリヴァン、どうするつもりだ?」
「折角芽が出てるんだ。全部とはいかないだろうけど、木々の無くなった森に還せないかと思いましてね。そんなことをした所で元通りになる訳じゃあないけど、それぐらいのことはしておいてもいいんじゃないかと」
「うん、あたしもきっとそれがいいと思う!」
「あの倒したトレントたちも被害者みたいなものですしね」
「分かった。この後も忙しくなりそうだな」
「あーいやいや。君たちにまでやらせるつもりはないよ。丁度マイルズとアムールにも救援要請を出してたことだし、この件はライナギリア全体で取り組まさせてもらうよ」
そっか。それだったら、お言葉に甘えて少し休ませてもらおうかな。
俺はそのまま平原に仰向けに寝転がる。
その横にリディ、レイチェル、アガーテが腰掛ける。
そうして、俺たちは心地よい風を受けながら暫く空を眺めていた。




