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123話 今の俺に出来ること

 あの巨大トレントは俺の生命力の味が気に入って、ある種の食欲のようなものに突き動かされてここまでやって来た。それは今までの状況から考えてほぼ間違いないことだと思う。

 更に、ちょっとやそっとのことでは倒されないよう限界いっぱいまで生命力を蓄えてくると言う用意周到ぶりだ。


 それに、以前のウォードの一件から学習したのか……現在この巨大トレントは周囲の冒険者たち、そしてライナスの町全体を人質にしているようなものだ。

 迂闊に手を出せば一瞬のうちに誰かが犠牲になる。それはもしかしたらリディやレイチェル、アガーテだったりするのかもしれない。


 かと言って、これだけの生命力に満ちた巨大な相手を何もさせることなく倒すと言うのはいくらなんでも無茶だ。

 俺自身がこいつより命属性というものに精通していれば妨害なんかも可能かもしれないけど、それは今の俺に出来ることじゃない。


 俺に触れてくる奴の魔力から奴の言葉が聞こえてくる。

 俺にはリディみたいなテイマーの資質は無いけど、それでもはっきりと感じる。


『諦めて餌になれ。お前をクワセロ』


 冗談じゃない!

 リディと一緒にエルデリアから外の世界に飛ばされて、そこでは俺たちの常識は何も通用しなくて……

 それでも、レイチェルやアガーテと言った新たな仲間に出会い、色んな町の人たちに助けられながらここまで来たんだ! もしかしたらエルデリアがあるかもしれない黒獣の森の目の前まで!

 もう少しで父さんや母さん、村の人たちに俺たちの無事な姿を見せることが出来るかもしれないってのに……


 今の俺に出来ること……

 一つ目は諦めてこいつの餌になること。ただ、そんなことをしたらここにいる冒険者全員も道連れにしてしまうかもしれない。

 それに、俺も含めて人ってのは生命力が無限にある訳じゃない。食事や休みもなく吸収され続けたら必ずいつか全てを吸い尽くされる。そうなると、こいつは新たな餌を求めてまた現れるだろう。

 そんな問題の先送りに意味は無いし、俺はそんなことをするつもりは無い!


 二つ目はこのまま徹底抗戦すること。こいつが周囲から生命力を吸い尽くす前に倒すことが出来れば、これ以上こいつによる犠牲者は出ないだろう。

 ただ、こいつを倒しきる前にどれ程の犠牲が出てしまうか計り知れない。そうまでしても倒せない可能性だってある。そうなれば俺も含めてこいつの餌になって全滅だ。


 今から俺や誰かが新たな能力に目覚めて何もさせず一瞬でこいつを倒す、なんてことが出来ればこの場を簡単に切り抜けられるんだろうけど……そんな都合のいい展開ある訳がない。

 もし俺にそんな都合のいい能力を生み出すことが可能なら、とっくにリディを連れてエルデリアに帰っている。


 周囲の冒険者にも動揺が広がっているようだ。

 ああでもないこうでもないと巨大トレントを退ける方法を模索しているようだけど、いい方法は思い浮かばないようだ。

 一部逸った冒険者が巨大トレントに攻撃を仕掛けようとしていたけど、周囲の冒険者によって取り押さえられていた。


「ほら、闇雲に攻撃しようとするんじゃない。さっきの見ただろう? 無策に奴を傷付けても無駄に犠牲者が増えるだけだ」


「でもサリヴァンさんよう、じゃあどうすりゃいいんだよ!? このまま待ってたって何の解決にもならねえだろ!?」


「そうだそうだ! 結局あのデカブツをどうにかしねえと俺たちが危ねえじゃねえか!」


「あぁ!? だからって適当に攻撃したらこっちが殺されるんだぞ!? てめぇの勝手で俺が死んだらどうしてくれんだ!?」


「じゃあお前がどうにかしてくれんのかよっ!? 腰抜けは黙ってろ!」


「なんだとテメェ!」


「おいアンタたち! こんな時にやめな!」


「くそぅ……なんだってこんな奴が現れちまったんだよ」


 周囲の冒険者たちが言い争いを始めてしまった。

 一部は今にも殴り合いの喧嘩に発展しそうな雰囲気だ。

 もしこの状況で奴が俺を狙って現れた、なんて知られたら……袋叩きにでも遭いそうだ。


 そんな冒険者たちを尻目に、巨大トレントは何をするでもなく悠然と佇む。

 自分がやられることが無いのを理解し、まるで慌てる必要が無いんだろうな。


 その間にもどんどん冒険者たちの間に険悪なムードが広がっていく。

 このままだといつ暴走する奴が現れても不思議じゃない。

 そうなると、犠牲になってしまうのはリディやレイチェル、アガーテかもしれない……!


 どうする!?

 やはり一度俺を餌にして今はこいつを引かせるべきか?

 でも、その後は!? それに、仲間たちまで餌にされてしまったら意味が無い。

 何より、こいつに取り込まれてしまったら、その時点で逃れることは不可能になるだろう。


「っざけんじゃねぇぞコラァ!?」


「上等だよ! 先にてめぇから伸してやるよ!」


 ああもう、周囲がうるさくて集中出来ない!

 冒険者同士で争っている場合じゃないだろう!?


「あー……君らいい加減に」


 サリヴァンさんが冒険者たちを止めに向かおうとしたその時、小柄な人影がサリヴァンさんの前に立ち、大きく息を吸い込んだ。


「静まれっ!!」


 よく通る綺麗な声が周囲に響き渡る。

 その声の圧力に、争っていた冒険者たちは一斉に静かになる。


「この状況で味方同士で争って何の益がある? 今我々のすべきことは仲間割れをすることではない! 奴をどのように退けるか考えることであろう? もし納得がいかぬ者がいるなら前に出ろ。私が相手になる!」


 毅然とした態度でアガーテがそう言い放つ。

 肩書だけとは言え流石は冒険者の国の姫、言葉に力がある。


「す、すみませんアガーテ様」


「何も妙案が浮かばなくて、ついイライラして……」


「落ち着いたようだな。この後きっとお前たちのその力を借りることになる。その時はよろしく頼むぞ?」


「「は、はい!」」


「たはは、お嬢がいると立場が無いねえ」


 そう言いながらもサリヴァンさんは冒険者たちを再びまとめていく。


「し、師匠、やはり他のトレントと同じように倒すのは難しいのでしょうか?」


「そうだな。あれだけ大きくて生命力に溢れていたら燃やすのも腐らせるのも時間が掛かり過ぎる。斬ったり殴ったりなんて更にな」


 デカいってのはそれだけで強力な要素だ。


「勿論、その間にあいつが何もしないならどうにでもなるんだけど、あの命属性を利用した生命力吸収……あいつが傷付いた瞬間誰かが犠牲になる。今の俺じゃあれに対抗することは出来ない……」


「むぅ……どうにか攻撃せずにあいつをやっつけられたらいいのに……!」


 リディがふくれっ面で無茶なことを言っている。

 それが出来たら苦労は……

 その時、俺の脳裏に子供の時のある失敗の記憶が蘇った。



 ◇◇◇



「あ! こらジェット! 畑にそんなに魔力を注いだら駄目よ!」


 あれは確か母さんに水魔術と地魔術について教えてもらった後だったかな。

 俺は魔術が使えるようになったことが嬉しくて、夢中で畑の野菜に魔力の栄養を与えてたんだよな。


「えー、なんで? 野菜って栄養があった方が育つんでしょ?」


「何事もやり過ぎは駄目よ? ジェットが栄養をあげた野菜を見てみなさい」


「あれ? 野菜に元気が無い!? どうして!?」


「あっはっはっは、野菜だって生き物だ。水や栄養をやり過ぎても良くないのさ。ジェット、あんたも腹いっぱいの所に更に食べ物を食わされたって苦しいだけだろ? それと一緒さ」


「そうだったんだ……ごめんなさい、野菜を駄目にしちゃって」


「あっはっはっは、なーに、誰にだって失敗はあるもんさ。そうやって人ってのは成長していくのさ」


「ジェット、いい勉強になったわね。次からは同じ失敗を繰り返しては駄目よ?」


「うん! 分かったよ、母さん、おばちゃん」



 ◇◇◇



 懐かしい記憶だ。

 あれ以来、畑に魔力の栄養をやる時はやり過ぎに気を付けてたっけ。


 俺は改めて巨大トレントの方を見る。

 やはり今にも溢れ出しそうな程生命力に満ちているな。

 命属性のことを識ってなんとなく生命力ってものが分かるようになったけど……そりゃこんなにあればこれ以上はいらないだろう。

 やはり、今こいつは生命力吸収を行わないんじゃなくて行えないんだろうな。


 俺は巨大トレントに向けて一歩進む。


「おにい?」


「どうしたんですか師匠?」


「ジェット、何か妙案が?」


「ああ、やってみないと分からないけど……多分上手くいくと思う。ただ、それをすればおそらくトレントが増える。俺はあいつに集中しないといけないから、増えたトレントの足止めを頼みたい」


「お、おい! 大丈夫なのか!?」


 周囲の冒険者たちにざわめきが広がる。


「あー、ジェット、勝算はあるんだな?」


「ああ!」


 サリヴァンさんに力強く答える。

 俺はこんな所で立ち止まっている場合じゃないからな。


「ならいい。よーし、聞いての通りだ。これからここにいる者たち全員でジェットの援護に回る」


「な……サリヴァンさんよう、そんなこと急に言われても」


 一部冒険者は納得がいかない様子だ。

 まあそりゃそうだろうな。よく分からない奴が巨大トレントに何かしようとしてる訳だし。


「私からもどうかよろしく頼む」


 そう言ってアガーテが冒険者たちに頭を下げる。


「ちょっ、アガーテ様!?」


「あ、あの! よろしくお願いします!」


「お願いします!」


 レイチェルとリディもアガーテに続く。

 ポヨン、キナコ、ルカも一緒だ。


「俺からも! 兄貴を信じてやってくれ!」


 ウォードまでもが皆に続く。


「あー、責任は俺が持つ。だから納得してくれないかい?」


「……あーもう、分かりましたって! どっちみち俺たちじゃ何も方法なんて思い付かなかったんだ! おい! 何する気か知らねえけど、やるからには絶対成功させろよ!」


「分かった!」


 俺を信じてくれた仲間たちの為にも、絶対に成功させなきゃな!

 決意を固めて俺は巨大トレントへと近付いていく。


 俺が近付いたのを諦めて餌になりに来たと思ったのか、巨大トレントの魔力から歓喜の感情を感じる。

 奴の傍らに辿り着くと、幹に人ひとりが入れそうな穴が開く。ここに入れってことか。


 俺はそこに向かい、そして巨大トレントに直接触れる。

 おお……実際に触ってみるとよく分かる。体の隅々まで生命力に溢れかえっているな。

 いったいどれ程多くの生き物から生命力を奪ったのだろうか……


『いずれお前もこの中の一部になるのだ』


 トレントの葉がざわめく。


 ああ、そうだな。

 その為に俺はここへ来たんだ。

 さあ、受け取れ。


 今ここでな!!


 巨大トレントに触れた部分から奴の生命力に干渉していく。

 そして、ウォードの時と同じように巨大トレントの命の火を燃え上がらせる。

 巨大トレントは俺の魔力を直接受け悦びに震える。

 だけど、そんな余裕いつまで持つかな?


「おにい!? 何でそいつを喜ばせるようなこと……」


「あれ? 何かトレントの様子がおかしいです!」


 ビシッ


 巨大トレントの体の一部に亀裂が入る。

 先程とは違い、巨大トレント自身の意思で出来たものではない。


「むっ!? ジェットの言った通り、新手のトレントか!」


 少し離れた森からトレントたちがやって来る。


「よーし、そんじゃあさっきまでと同じように交代しながら」


「出来れば倒さずに抑えててくれ!」


 俺はそうサリヴァンさんに叫ぶ。


「たはは、無茶言ってくれるねえ……そう言う訳だ、各部隊気合でトレントを抑えてくれ」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 意気込んだ冒険者たちがトレントたちを抑えに向かう。

 ちゃんと俺の注文通り、出来るだけ攻撃しないよう抑えてくれているみたいだな。

 どうやらアガーテもそっちへ向かったようだ。


「し、師匠は一体トレントに何をして……」


「おにいは……トレントに命魔術を使って更に生命力を溢れかえらせてる!」


「ええ!? それって逆効果なんじゃ」


「いや、そうでもないみたいだ。おそらく、行き場を失った生命力が奴自信を傷付けている。新たにトレントが発生したのも、その生命力をよそへ分け与えた結果だろう」


 そう、リディの言う通り俺は命魔術で巨大トレントの生命力を活性化させている。

 その結果、元から満ち溢れていた生命力がさらに溢れかえり、限界を超えた生命力が行き場を失って巨大トレント自身を傷付け始めたのだ。

 その傷はすぐに再生されるけど、それによって消費される以上に生命力は増え続ける。やがて再生が追い付かなくなるだろう。


 それに、傷付いたと言っても奴自身の生命力が減った訳ではない。むしろ今この瞬間も増え続けている。

 だから、奴は生命力吸収も行うことは出来ない。

 まさに、リディが言った通り()()を行わずに奴を倒す手段だ。俺は巨大トレントに命魔術を使って栄養を与えているだけだからな。


 流石に巨大トレントもこのままではまずいと思ったのか、生命力を遠くの木へ逃がし、その結果トレントが増えた。

 だけど、流石にそれだけでは処理しきれなかったらしく、生命力の暴走は止まらない。


 どうもこいつ、他者から生命力を奪うことは得意でも、木以外に分け与えることは出来ないみたいだな。

 おそらく、相手の生命力に合わせて変換することが苦手なんだろう。


 魔力と同じで生命力も一人一人ちょっとずつ質が違う。分け与えるなら、相手に合ったものに変換してやらないといけない。

 俺は、そのコツはウォードを助ける時になんとなく掴んだ。だから今もこうやってこいつの生命力に干渉出来ている。


 巨大トレントは増え続ける生命力をどうにかしようとするも、まるで処理しきれていない。

 ただ、正直俺も結構きつい。

 まだまだ命属性に慣れていないのもあって、魔力の消費効率がすこぶる悪い。


 俺の魔力が尽きるのが先か、それともお前が自分の生命力に溺れるのが先か……

 さあ、根比べだ。

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