122話 冒険者対トレント③
「これで止めだ!」
俺に殺到していたトレントの最後の一体を剣で斬り倒す。
ふう、これでこの周辺のトレントは全部片付いたかな。
「ははは……サリヴァン殿からある程度話は聞いていたが、実際に自分の目で見てみるとまるで理解が追い付かないな」
「流石だぜ兄貴! 俺たちが一体を倒している間に一人で二体も三体もトレントを倒すなんてよう!」
「いや、ある程度トレントを分断してもらえてたお陰だよ」
さて、他の場所ではどうかな……
俺は周囲の戦場を見渡す。
おお、ここから見える範囲では冒険者たちが有利に戦っているみたいだな。
中にはトレントに何本もの紐を括りつけ、数人がかりで引き倒して攻撃を加えている冒険者たちの姿も見える。
少なくともこの付近だと救援を必要としている部隊は無いだろう。
《――い、おにい、こっちは――た付いたよ》
そんな時、リディからの『念話』が届く。
距離が離れている影響が少し聞き取りづらいな。
《こっちも周辺のトレントは倒した。ただ、距離が離れているせいか『念話』が途切れ途切れになる。アガーテとも連絡を取りたいし、一旦中央付近まで戻って来てくれ》
《――かった、すぐにも――ね》
よし、多分通じただろ。
「ジェット君、君はこの後どうする?」
「一度この付近でパーティーメンバーと合流する予定だ。あれの対策も考えなきゃならないし……」
そう言って俺は巨大トレントを指さす。
巨大トレントは元の位置から一切動かず、その場に悠然と君臨したままだ。
時折魔力が地面を伝って俺に触れてくる。どうやら俺の位置を確認しているみたいだな。
「了解した。我々は一度後方に戻る。先程の戦いでそれなりに消耗してしまったからね」
「分かった。救援助かったよ」
「兄貴! 休んだらまた戻ってきやす!」
「おう、あんまり無理すんなよ」
「へへっ、兄貴に助けてもらったこの命、無駄になんかしたら罰が当たらぁ!」
他にも何人かの冒険者たちと言葉を交わし、彼らを見送る。
そうこうしているとリディとレイチェル、それと従魔たちがこちらに走って来る姿が目に入った。
うっ、レイチェルの胸部が暴力的な動きを……
いかんいかん! ちゃんと緊急依頼に集中しろ俺!
「お待たせおにい、ってここだけ凄い数のトレントだね」
「あ、ああ。本当にトレントの狙いは俺だったみたいだな……」
「あはは……キナコちゃんの推測は当たってたんですね」
その言葉にキナコが胸を張る。
「リディ、アガーテにも『念話』を頼む。一度合流しよう」
「分かった」
それから暫くすると、アガーテとサリヴァンさんがこちらに向かって来るのが見えた。
「すまない、待たせたな」
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ひぃ……き、君たちのペースに合わせるのは……普通の冒険者だとちょっと厳しいねえ……ふぅ」
ローブの袖で汗を拭いながらサリヴァンさんがそう語る。
あー……やはり魔術を扱えるのって何をするにも相当有利なんだろうなぁ。
サリヴァンさん以外は全員多少汗を掻いているくらいで息は上がってないし。
「サリヴァンは置いておくとして、この周辺は随分多くのトレントがいたのだな」
アガーテが周囲を見回しながらそう語る。
「あー……やっぱりキナコの推測が当たってたらしい」
「な、成程。こうまでして攻めて来るとは……余程ジェットの生命力が気に入ったのだろうな」
「ふぅ。まあ、お陰で完全なトレント化をされる前に叩けているんだ。怪我の功名ってやつさ」
「もし、今攻めて来たトレントたち全部が命属性を完全に使いこなしていたら……」
「ライナスどころかライナギリア全体が未曽有の危機だったろうねえ」
この国の至る所に干からびた死体が転がっているのを想像してしまった。
改めて思うけど、今回のトレントって相当珍しい変異体なんだろうな。こんな危険な奴だったらもっと色んな人に知られているだろうし。
「とりあえず、私たちの向かった方面では冒険者たちが戦況を有利に進め始めた。孤立した部隊も無くなったし、この前のウォードを捕らえたトレントのような個体でも現れない限りはなんとかなるだろう」
「わたしたちが向かった方面も同じような感じです」
「他より強いトレントもいたけど、皆でやっつけてきたよ!」
リディの言葉にポヨン、キナコ、ルカが胸を張る。
「ま、君たちのお陰で被害は想定より少なく済みそうだ」
「それなら良かった。となると、問題はやっぱりあれだよな……」
俺たちは遠くに悠然と佇む巨大トレントを見る。
その幹は、おそらく今ここにいる俺たち五人全員が手を広げても届かないくらい太い。
「少し疑問に思っていたのだが、あのトレント自身は何もしてこないのだな。確か、最初に出遭った時もそうだったか」
「確かに、あの木の下でわたしたち休憩とかもしてたのにね」
言われてみれば確かに。
今だってあの巨大トレントが攻めて来たら、俺たち冒険者側には甚大な被害が出そうだけど……
「決め付けるのは良くないけど、もしかしたらあのトレントは眷属を支配することだけに特化したトレントなのかもねえ」
「今もこの平原に存在する全てのトレントを奴が支配しある程度操っているとすると……その上で自身まで動き回るのは無理があるのかもな」
「おにい、仮におにいが命属性をもっと使いこなせるようになったとして、あのトレントみたいにこの辺り全部のトレントを支配しながら自分も戦うことって出来ると思う?」
うーむ、どうなんだろう?
実際は出来たとしても近距離限定なんだけど……それについては考慮せず、頭の中で色々と想像してみる。
「正直、今より使いこなせるようになったとしても出来る気がしないな。一体二体ならまだしも、大体全部で数十から百体前後か? その数は流石にな……」
「成程ねぇ。ま、今はその可能性があるってことぐらいにしておこうか。で、ジェット。君だったらあのトレントを倒すことは出来るか?」
「やってみないと何とも言えないけど……普通の攻撃手段だけだと厳しいかもしれないな」
巨大トレントは溢れんばかりの生命力に満ちている。
多少傷付けた所で即再生されそうだ。
「あれだけ大きいと、斬ったり叩いたりしても効果は薄そうですね……」
「燃やすのも樹液で即消火されそうだし、闇属性もあれだけの巨体だと行き渡らせる前に再生されそうだ」
生命力が尽きるまで攻撃すればそのうち倒せるだろうけど……
流石に無策で現れた訳じゃないよなあ。
「師匠! 新手のトレントです!」
巨大トレントの方から十体前後のトレントが送り込まれてくる。
あれ完全に俺を狙ってるよな。
「ま、何にしても奴に接近しなくちゃどうにもならない。少しずつ前へ進んで行きますか。いいタイミングでこっちも戦線を押し上げたみたいだし」
後ろを振り向くと、冒険者の一団がこちらに向かって来ていた。
その中にはさっき後ろに下がったウォードたちの姿も見える。
「よし、流石に俺たちだけであの巨大トレントまで到達するのは消耗が激しすぎる。周囲と足並みを揃えて進んで行こう」
こうして、再び俺たちは他の冒険者たちと協力しながら戦いを進めていく。
◇◇◇
「うわぁっ!!」
トレントの木の根が冒険者の一人を襲う。
急に地面から現れた木の根に驚いた冒険者は尻もちをついてしまった。
「させるかっ!」
俺はその冒険者とトレントの間に滑り込み、トレントの木の根を斬り裂いていく。
そこへリディとレイチェルが、火属性と風属性の『融合魔術』を放つ。
炎の渦はトレントを焼き焦がし、その体の大部分を炭と化していく。
その隙に俺はトレントへと急接近し、トレントの幹を一閃し斬り倒す。
「す、すまない、助かった!」
「いや、困った時はお互い様だよ」
俺たちは着実に巨大トレントに向けて歩を進めていた。
だけど、やはり強力な個体を周囲に配置していたのか、巨大トレントに近付くにつれて周囲のトレントが強くなっていった。
そうなってくると、周りの冒険者たちも激戦や生命力吸収によって疲労が蓄積し、少しずつ被害が広がっていく。
それでも、部隊を交代しながらどうにか戦い、徐々に戦線を押し上げる。
「よぅし、もう巨大トレントは目と鼻の先だ。それに、ここまで接近しても攻撃してこない所を見ると、やはりさっきの推測はあながち間違っていないんだろうねぇ」
サリヴァンさんの言う通り、俺たちはそろそろ巨大トレントに迫ろうとしていた。
ただ、それでも巨大トレントは悠然とその場に佇んだまま自身は攻撃をしてくる気配が無い。
それに、生命力の吸収も周囲のトレントは使ってくるんだけど、あの巨大トレントが使う気配は無い。
「命属性について識った今なら理解出来る。あの巨大トレント、自身の器の限界まで生命力を蓄えているんだ。だからこれ以上吸収が出来ない……」
そして、その生命力が魔力を伝って周囲のトレントと繋がっている。
やはり、奴は眷属を支配することに特化した王のような存在なのだろう。
「『闘気槌』!」
冒険者たちが引き倒したトレントにアガーテが槌を叩き付ける。
トレントの幹は砕け、横倒しになったまま沈黙する。
「よし! あのデカブツへの道は開けたぞ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
数人の冒険者たちが巨大トレントへ勢いのまま向かって行く。
そして、それぞれが手に持った武器で巨大トレントを攻撃する。
「くそっ、かってぇな!」
それでも、少しずつ奴の生命力を削れてはいるようだ。
かなり大変だけど、ずっと攻撃を加え続けていればいつかは……
その時、巨大トレントの中で何かが蠢くのを感じた。
あれは……命属性の魔力か!?
「あいつ! 何かする気だ!」
そこへ接近していた冒険者の一人が手に持った斧を叩き付ける。
その次の瞬間、
「ぎゃぁああああぁぁぁ……っ」
「なっ、一瞬で干からびて……ひぃぃいいいいいっ」
攻撃を加えた冒険者の生命力が巨大トレントによって一息に吸収されてしまった。
今までの冒険者たちの攻撃で失った巨大トレントの生命力が元通りになる。それと同時に攻撃によって出来た傷もたちまち塞がってしまう。
なんて自己再生能力だ……!
「くっ! 全員一旦下がれ! そのままそこにいたら死ぬぞ!」
サリヴァンさんが声を張り上げる。
その声を聞いて冒険者たちは退却を始めるも、数人は腰を抜かしその場から動けなくなっていた。
「ひ、ひぃぃいいいいいいいいっ!」
「早く退却しろ!」
腰を抜かした冒険者たちは思うように立ち上がれない様子だ。
周囲も先程の吸収攻撃を目にして下手に助けに向かえない。
もう駄目か……
周囲がそう考えるも、それとは裏腹に特に何も起こる様子は無い。
腰を抜かした冒険者たちは、その間に死に物狂いになって這いながらこちらまで逃げて来た。
「どうなっている? 何故奴は何もしない!?」
周囲の冒険者からそんな声が上がる。
ただ、もう巨大トレントに向かって行く冒険者はいない。
「師匠、何か分かりますか?」
「おそらく、吸収して自身に溜め込んでおける生命力の量に限りがあるんだ。さっきの攻撃で減少した生命力が吸収したことよって元通りになった。今にも溢れそうなくらいの量に」
「自身の生命力が減ると先程のように吸収をしてくるのか。そうなると、迂闊にこちらから攻撃を加えるのは危険と言うことか……」
桁外れの生命力で相手の攻撃を耐え続け、相手から生命力を吸収することによって攻撃と再生を同時に行う。しかも今までのトレントとは比較にならない程卓越した命属性の扱いで……
「でも、攻撃しないと倒せないよ!? それに、放っておいたらまたトレントを生み出しちゃうし!」
「さて、どうしたもんかねえ……遠距離からの攻撃なら……」
「いや、それも危ないと思う。あいつはあの位置から魔力を使ってライナスの近くにいた俺に触れて来ていた。魔力をかなり遠くまで動かすことが出来るんだ。そう考えると、多少離れたくらいの距離だとさっきと変わらないくらい一気に吸収される可能性が高い。下手をすればライナスにまで被害が出る」
今も魔力を使って奴は地面から俺に触れてきている。
まるでその味を確かめるように。
おそらく、確実に俺を捕らえる為に限界いっぱいまで生命力を確保してきたのだろう。
他のトレントたちを使って目的を達成出来ればそれでよし。それが無理でも自身が確実に目的を達成する為に……
俺を捕らえた後は、あの時のウォードのように身体に取り込んで徐々に絞り尽くすつもりか。もしかしたら、ここにいる冒険者全員も一緒に……
その生命力を使って、奴は新たなトレントを大量に生み出すつもりなんだろう。それこそ、今回失ったトレントが惜しくない程の数を。
どうする!?
どうやって倒せばいい!?
奴に攻撃を加えず倒すなんてそんなこと……
巨大トレントは悠然と佇み葉をざわめかせる。
『諦めて餌になれ』
まるで俺にそう語りかけるように。




