120話 冒険者対トレント①
「おお、凄い人数だな」
冒険者ギルドである城の城門前には軽く二百人近くの人が集まっているように見える。
後から続々と増えているし、多分もっと大人数になるんじゃないかな?
「他に依頼に出ている者や黒獣の森に入っている者も存在するからな。これでも少ない方だぞ」
「これで少ないのか……」
この時点で既にエルデリアの人口より多い気がするんだけど……
「あ! 兄貴!」
俺たちに気付いたウォードたちが駆け寄って来る。
「ウォード。あれ? ケーンとティムって確かDランクじゃなかったっけ?」
「俺とティムは町の安全確保と後方支援に回るんだ」
あ、さっきサリヴァンさんもそう言ってたな。
てことは、流石にここにいる全員がCランク以上って訳じゃないのか。
「あー、緊急依頼への参加ご苦労さん。まだ増えるとは思うけど、時間も無いしとりあえず今集まった冒険者に概要を説明しようか」
サリヴァンさんの言葉に周囲のざわめきが消えていく。
お、あの重厚なローブを着てるってことは、サリヴァンさん自身も参加するんだな。
「現在、ライナスはトレントに狙われている。ひと際巨大なトレントの姿も確認されている。そこで、このまま町に迫られる前にこちらから打って出ることにした」
その後もサリヴァンさんから詳細が語られていく。
どうやら、高ランク冒険者を中心とした部隊を幾つか編成し、基本的には一対多数の形でトレントを各個撃破していくらしい。
その際、基本はパーティーメンバーで固まって編成される。ただ、ウォードたちみたいにパーティーがばらける所も出てくるから、そう言った冒険者たちは指揮が得意な高ランク冒険者が率いるとのことだ。
そうやって多くの部隊を編成して、交代しながら戦っていくようだ。
単純な疲労もあるし、トレントには生命力吸収もある。そのことを考慮した作戦のようだ。
「あれ? あの人って確か衛兵の……」
「ロイか。あの男は衛兵長でありBランク冒険者でもある。部隊への指揮には慣れているから今回は冒険者として動くようだな」
「お? 俺ロイさんの下か。兄貴と一緒に行きたかったけど……まあしゃーないか」
「ウォード、お前じゃ間違いなく足手纏いになるぞ……」
ケーンがそうしみじみと語る。
「わ、分かってらぁんなことは! お前らも気合入れろよ! それじゃあ兄貴、いってきます!」
「それじゃ、俺たちも後方支援部隊の方に移動するか」
「兄貴たちも頑張って」
「おう、三人とも気を付けてな」
ウォードたちを見送った後、俺はふと疑問に思ったことを口にする。
「なあ、俺たちはどうすればいいんだ?」
他の冒険者たちは指揮官役の冒険者やギルド職員の案内でそれぞれ部隊に編成されていく。
だけど、俺たちに対しては一切何も言及が無い。
「あたしたちは勝手に動けーってことなのかな?」
「それか、師匠が指揮官になるんじゃないですか?」
「そんな話全く聞かされてないけど……」
いきなりやれって言われてもなあ。
正直そんなこと出来る気がしないぞ!?
「いや、そうではないようだ」
アガーテの視線の先を辿ると、フランさんが俺たちの方に駆け寄って来ている所だった。
「いたいた、おーい。部長が呼んでるよ。案内するからついて来て」
「サリヴァンさんが? まあ、行ってみようか」
フランさんの案内に従ってサリヴァンさんの元へと向かう。
「お、来たな。そんじゃそう言った感じでよろしく」
サリヴァンさんは丁度ギルド職員に指示を出していた所みたいだ。
指示を聞き終えた職員の男がサリヴァンさんに礼をして足早に去っていく。
「部長! モノクロームの皆さんをお連れしました!」
「ご苦労フラン君」
「なあサリヴァンさん。俺たちはどうすればいいんだ?」
「あー、まあ慌てんな。それを今から説明していく。とりあえず、俺は指揮官って名目で君たちについて行くからよろしく。ま、足手纏いにならないようにするので精一杯だろうけどね」
「そんなことはないと思うけど……でも、サリヴァンさんの指揮なら心強いよ」
「いんや? さっき言っただろ? 指揮官って名目で君たちについて行くって。基本はジェット、お前がリーダーだ。俺は困った時の相談役ってポジションさ」
「え? そうなの!?」
「ああ。実際の所、君たちをどう扱うのかは結構悩んでねえ。誰かの指揮下に入れても絶対に指揮官は扱いきれないだろうし、かといって指揮官にするにも経験的に未熟だ。何より他パーティーとの力量差がありすぎて歩調が合わない。そんな勿体ない使い方をするくらいだったら、いっそ君たちだけで自由に暴れてもらおうと思ったのさ。そこで戦闘面以外の部分を俺がサポートするって訳だ。俺だったら君たちのことはそれなりに把握出来てるからね」
おおう、結構色々考えてくれてたみたいだなあ。
「さーてと、周囲も移動を始めたし俺たちも行こうか」
他の冒険者の移動に合わせ、俺たちも移動を開始する。
「それにしても……こうやってトレントが現れたと言うことは、多くの木々が完全なトレント化をしてしまった、と言うことなのか?」
確かに、今の状況を考えるとアガーテの言葉通りのような気もするけど……
「いえ。斥候からの報告を聞く限りでは、どうもそう言う訳じゃないみたいですよ? ただの木に近いトレントまでいて進軍ペースも遅いみたいですし、おそらく別の原因があるんじゃないかと。まあ、その原因は不明なんですけどね」
「他の町は大丈夫なんですか?」
「ああ。マイルズもアムールもトレントが現れたりはしていないらしいよ。近隣の農村には通信用の魔道具を持った職員が、早馬を飛ばして様子を見に行っている。場合によっては安全な所に避難させるつもりだけど、今の所どの農村からもトレントの報告は無かった筈だ」
「それじゃあ、完全にライナスだけを狙って現れたってことか……」
「そう言うこと。まあ魔物の考えることだ。俺たち人間には理解出来ないような……」
その時、リディが抱きかかえているキナコが身振り手振りで何かを訴えてきた。
「どうしたのキナコ? ふんふん。あー……あり得るかも」
「リディの嬢ちゃん、キナコは何て?」
「えっと……」
《サリヴァンさん、こうやって声だけ届けるね。一応周囲には聞かせない方がいいかもだから》
リディからの『念話』が聞こえてきた。
一瞬サリヴァンさんは目を見開いて驚いていたけど、状況を理解したのかリディを見て小さく頷いた。
《キナコが言うには、多分おにいが原因なんじゃないかって》
レイチェル、アガーテ、サリヴァンさんが一斉に俺の方を見る。
は? 俺?
《ちょ、ちょっと待て! 別に俺は何もしてないぞ!》
《ほら、おにいがウォードを助ける時、トレントにいっぱい生命力を吸収されてたでしょ? それと、倒したトレントから残った生命力がどこかに流れて行ったって。多分、その時おにいの生命力の味をトレントが知ったんじゃないかな? その味はトレントにとって最高のご馳走だったんじゃないかって。キナコ曰く、人によって魔力の味って色々違うんだって》
な、何てことだ……
確かに、あまり周囲には聞かれたくない内容だな。聞きようによっては今回の襲撃は俺のせいとも取れるし……
《キナコちゃんは普段からリディちゃんに魔力を貰っているから、その可能性に気付いたんだね……》
《人によって魔力の味が違うのなら、生命力もそうである可能性が高いと言う訳か。それで、ジェットの生命力を探り当ててライナスに向かって来たと……》
《え? 本当に俺のせいなの!? いや、だってあの時は》
「考えようによってはお手柄なのかもな」
俺たちだけに聞こえる声量でサリヴァンさんが呟く。
俺たちの視線がサリヴァンさんに集中する。
「その推測通りだとすると、食欲に突き動かされたお陰で不完全なまま現れたってことだからな。むしろこの件をここで終わらせるチャンスが巡って来たとも考えられる」
おお、流石はサリヴァンさん。ありがたいフォローだ。
そうこうしている間に門を抜け町の外へやって来た。
「うっわぁ……ありゃ凄いな」
ライナスからアムール方面へ向かう平原には木の大群が見える。
そして、その後方には……
「あれが巨大トレントか」
他のトレントとは一線を画す大きさのトレントが鎮座していた。
凄い大きさだな。ライナスの外壁より高さがあるんじゃないか?
それに、俺が命属性を識ったことが原因か、あの巨大なトレントから溢れんばかりの生命力を感じる。更に、周囲の木々との間に魔力が通っているのが視えた。
やはり、あの巨大なトレントが周囲のトレントを操っていると見て間違いないだろう。
「師匠、あの大きな木って最初にトレントに襲われた森で師匠が登った木じゃ」
「そう言われてみれば……」
「既に私たちは一度トレントの主と出遭っていたのだな」
その時、足に何か違和感を感じた。
「ん? なんだ!? 今何かに地面の下から触られたような……」
そう、まるで誰かの魔力そのものに触れられたようなそんな感じが。
その時、風が吹いた訳でもないのに巨大トレントの葉がざわめいた。それはまるで歓喜を表現しているようで……
「なんか、あのおっきなトレント喜んでいるみたいだね……」
うわぁ……認めたくない。認めたくないけど、キナコの推測はどうやら当たっているのかもしれない。
「えっとな、さっき多分あのトレントの魔力が俺に触れてきた。それで……」
「「「「あー……」」」」
リディ、レイチェル、アガーテ、サリヴァンさんが声を揃える。
「っと、そんなこと言ってる場合じゃないな。よし! それじゃ手筈通り、各部隊は一対多数の形でトレントを各個撃破していってくれ! それと、手柄に逸って無暗に突っ込むんじゃないぞ? 必ず交代しながら戦うことだ! では諸君、トレント殲滅作戦開始だ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
冒険者たちの雄叫びが平原に響き渡る。
そして先鋒を務める部隊が一斉に飛び出した!
それと同時にトレントたちの進軍速度が上がった。
最前列で冒険者たちとトレントがぶつかり合う!
冒険者たちは数人がかりでトレントの攻撃を受け止め、その隙に他の冒険者がトレントに一撃を加えていく。
他の部隊も同じように戦っているのが見える。あれが対トレントの基本的な流れなんだろうな。
「よし、俺たちも行こう!」
「ジェット、このまま全員で向かうか?」
うーん、俺たちしかいないならその方がいいだろうけど、今は冒険者とトレントが乱戦状態だ。
そうなると、俺たちもある程度別れて手薄になっている所を手伝っていった方がいいのかもな。
「今の状況で固まっていても効率が悪い。一旦三手に別れよう。リディ、いつでも『念話』を使えるようにしていてくれ」
「分かった!」
「たはは、さっきのは自分の頭がおかしくなったのかと思ったよ。本当、君たちを見てると飽きないねえ」
「あははは、わたしだけちょっと場違いな感じですけど」
「……レイチェルの気配察知、あれは十分普通ではないからな」
さて、どう組み分けしようかな?
やはり、お互い手の内が分かっている者同士の方が連携も楽だろうし、そうなると……
「それじゃあ、リディとレイチェル、アガーテとサリヴァンさんでそれぞれ手薄な場所に向かってくれ! リディ、何かあったら『念話』で連絡を!」
今回俺は単独で行動だ。
本当にトレントの狙いが俺なのか見極めたいってのもある。
「あいよ。お嬢、あれからどれだけ成長したか見せてもらいますよ」
「ああ。サリヴァン、以前までの私ではないことを見せてやろう」
「はい。リディちゃん、ポヨンちゃんとキナコちゃんとルカちゃんもよろしくね」
「うん。レイチェル姉がいるんだったら皆に前を任そうかな」
「キューイッ!」
ポヨン、キナコ、ルカも『任せろ!』と胸を張る。
「それじゃ、パーティー『モノクローム』出撃だ!」
そうして、俺たちは三手に別れ冒険者とトレントが戦う平原へと駆け出して行った。




