119話 トレントの秘密と命を司る者
「成程ねぇ、それでマスターと坊ちゃんの元気が無かった訳か」
「いやぁ、そこらの魔物なんかより怒ったフローラさんの方がよっぽど怖かったよ」
普段の態度とのギャップが凄いんだよな。ウチの母さんと似たようなタイプの人みたいだ。
アガーテの家を訪れた翌日、俺たちはサリヴァンさんからの呼び出しを受けてギルドの部長室まで来ている。
サリヴァンさんも俺たちが昨日アガーテの家を訪ねたことは把握していたようで、自然とその話題になったのだ。
ちなみに、あの後はアガーテの家で夕食をご馳走してもらった。
俺たちの為に色々と料理を注文してくれていたらしく、そのどれもがとても美味しかった。勿論、ポヨンやルカの分も用意されていた。
そこでも色々な話に花が咲き、終始和やかなムードで過ごすことが出来た。
アルバートさんとオーウェンもフローラさんにこってり絞られた影響か、アガーテ以外のことにも積極的に興味を示そうとしていたことが印象的だったな。
それと嬉しいことに、俺たちがカレーを気に入ったことを知ったフローラさんが、なんと今度カレーの作り方を教えてくれると言うのだ!
なんでもライナスでは家庭ごとに色んなカレーの味があるらしく、フローラさんも家族の為にカレーを作ることがあるらしいのだ。
これには俺だけでなくリディもレイチェルも大喜びだ。
更にアガーテが一緒に習いたいと言うと、フローラさんは最初は心底驚いた顔をしていたけど、どこか嬉しそうな様子でもあったな。
「まぁ、マスターと坊ちゃんには悪いがいい薬にはなったと思うよ。そろそろ娘離れ妹離れしないと後が大変だしなあ」
これについては俺だって他人事じゃない。
いずれリディが成長したら同じ問題にぶち当たるんだからな。
その時俺はちゃんと妹離れ出来ているんだろうか?
コンコンコン
その時、部長室の扉がノックされた。
サリヴァンさんが応えると、フランさんが何かを持って部長室に入って来た。
「部長、お待たせいたしました!」
「あいよ、ご苦労だったねぇ。さて、態々君たちを呼び出したのは雑談する為だけじゃない。君たちにとって嬉しい報せがあってね。それを早く伝えてやりたくて来てもらったのさ」
俺たちにとっての嬉しい報せ……
このタイミングで考えられることは一つしかない!
「もしかして……」
「はい! 冒険者パーティー『モノクローム』のメンバー全員に黒獣の森入場の許可が下りました! おめでとうございます!」
そう言ってフランさんが俺、リディ、レイチェルに一枚のカードを渡していく。
「おめでとう。それが黒獣の森への入場許可証だ。無くしたら再発行に時間と金が掛かるから気を付けろよ?」
「ああ! よっしゃああああああああああっ!!」
「やったねおにい!」
「これでいつでも黒獣の森に行けますね!」
「ふふ、おめでとう」
俺たちは喜びを爆発させる。
ポヨン、キナコ、ルカも俺たちにつられて喜びを表現する。
これで……これでようやくエルデリアに帰ることが出来るかもしれないんだ!
「たはは、喜んでもらえたようで何よりだ」
おっと、ここはギルドの部長室だったな。
流石に大声で騒ぎ続ける訳にはいかないな。
「ごめんサリヴァンさん。嬉しくてつい」
「あー、気にすんな。そうなるだろうと思ってここに呼んだんだからな。それで、すぐにでも黒獣の森に向かうのかい?」
「いや、まだ黒獣の森について何も調べられてないんだ。ギルドから情報も買いたいし資料室も見てみたい。町で探索の準備もちゃんとしておきたいし、それに……」
「たはは、君たちがただの無鉄砲じゃなくて安心したよ。フラン君、ギルドで購入可能な資料は後で用意してあげてくれ」
「はい! 了解しました!」
「後は……ジェットが気になっているのはトレントだな? 確かあの時倒したトレントから生命力だったか? それがどこかへ流れて行ったって言う」
サリヴァンさんの言葉に頷く。
多分なんだけど、あの時のボストレントも生み出されたトレントの一体だったんじゃないかと思うんだ。
トレントを生み出し操る本体がまだどこかにいる。その可能性が高いんじゃないかと俺は考えている。
「とりあえず、トレントについて分かったことを教えておこうか」
サリヴァンさんがそう言うと、フランさんが資料を俺たちに渡してきた。
「これは、トレントについての資料かサリヴァン?」
「ええ。そこにも書かれているけど、君たちが持ち込んでくれた新鮮なトレントのお陰で色々と興味深いことが分かってね。順を追って説明していこうか。まず、今回調べた全てのトレントに言えることだが、まだ完全に魔物化していた訳ではないみたいなんだ」
え? どう言うことだ?
「む、ここにも記載されているな。トレントから魔石のなり損ないが発見された……強力なトレント程本来の魔石に近いものになっていた、か」
「その通り。それでマイルズのロギンスさんにも頼んで、君たちが最初に襲われた場所の木を調べてもらったんだ。で、君たちが斬った木の隣の木を同じように調べてみると……そこからクズ魔石は見付からなかったそうなんだ」
「あの木の隣か……確かに同じように動いていた筈なんだけど……」
「それと、君たちが見たトレントがトレントを生み出す能力。少し推測も混じるんだが、木を完全な魔物に変える為にはその能力をかなり長い時間、もしかしたら年単位くらいで使い続ける必要があるんじゃないかと思われる。その能力が途絶えると、時間経過と共に普通の木に戻ってしまうんだろう」
生み出されたばかりのトレントの動きが鈍かったのはその影響か……
そして、そうやってトレントを生み出す為に他者から生命力を奪う、と言うことか。
「森から消えた木も手下のトレントを増やす為に移動させられたんだろう。森が現れたのはトレントの棲み処になったり、相性の悪い木を捨てていったんじゃないかと考えられている。これも君たちから聞いた報告と調べたトレントからの推測さ」
「ルオル近辺の木が消えた場所は確かにトレントの形跡があった。多分その推測は間違ってないと思う」
「でも、そうだとしたら……まだどこかにトレントになりかけの木が大量にいるんじゃないでしょうか?」
「そう、今ギルドもそれを懸念してるんだ。正直、本気で木に擬態されたら普通の冒険者では簡単に気付くことは難しい。かと言って、片っ端から木を斬り倒す訳にもいかないしな」
そう言って頭を掻くサリヴァンさん。
「ま、それもこれもジェットがトレントの能力を暴いたお陰さ。どうだ? あれからもっと使いこなせるようになったかい?」
「いや、まだ十分には……」
そう、俺はあのトレントが使っていた謎の属性を識ることが出来た。
このことは既にパーティーでは共有しているし、サリヴァンさんにも報告済みだ。
その甲斐あって、
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ジェット 15歳
身体能力:B
【属性】
火:S 水:S 地:S 風:S 雷:S
光:S 闇:S 命:S 無:S
亜空間収納:劣化版
【素質】
魔力操作
女神の祝福
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こうやってリディの『分析』での確認も可能になった。
そう、今回新たに識った属性は『命』属性。
文字通り、魔力を使って命そのものに干渉出来る。
はっきり言って、他の属性より明らかに異質だ。正直、識ってしまって良かったんだろうかとも思う。
確かに他の属性だって使い方を誤れば命に関わることもある。
だけど、この命属性はそんな次元の話ではない。
多分だけど、これを極めていけば他者の命そのものを術者の自由にすることだって可能なんだと思う。流石に死んだ相手を生き返らせるなんてことまでは無理だとは思うけど……それでもトレントのようにそのものの在り方を捻じ曲げてしまうことくらいなら十分可能だろう。
勿論そんなことをするつもりなんて一切無いけど……
そう言ったことも可能だと考えると、正直俺はこの属性のことが怖くなってしまった。
このことは、まだ誰にも話せていない。
「ふぅむ? なんだからしくない顔してるねえ」
どうやらサリヴァンさんには見抜かれちゃってるみたいだな。
この機会にこのことについてサリヴァンさんも含め、皆に相談してみるのも悪くないのかもな。俺一人でいくら考えてたって答えは出なさそうだし……
「えっと、皆にちょっと聞いてもらいたいんだけど――」
俺は今思っていることを素直に皆に打ち明ける。
皆は俺の命属性に関する悩みを黙って最後まで聞いてくれた。
そして、俺の話を聞き終えたサリヴァンさんが口を開く。
「ふぅむ。君たちの顔を見ていると、そのことでジェットが悩むのは意外……って訳でもなさそうだな」
「うん。確かにおにいは魔術のことに関しては、ちょっと理解不能なくらいのめり込む所はあるんだけど、それ以上に優しいから」
り、理解不能……
「リディちゃん程長い時間ではないけど、わたしも師匠をずっと見てきましたから」
「成程ねぇ」
そう言ってサリヴァンさんはお茶をのむ。
「ふぅ。ま、俺としちゃその怖さをちゃんと理解出来てるんなら大丈夫だとは思うがね。それに、その命属性だっけ? 何もそれ自体が悪い訳じゃない。使い古された言葉ではあるけど、要は使い手次第ってことさ」
「えっと、私は正直難しいとこは全然分からないけど、ジェット君がその力を使えるようになったお陰でウォードを助けることが出来たんでしょ? それはジェット君がその力を正しく使えているから、ってことなんじゃないかな?」
サリヴァンさんとフランさんの言葉が俺の中に染み渡っていく。
「ジェット、安心しろ。もしジェットがその力を間違ったことに使おうとしたら、その時は私たちが全力で止めてやる」
「アガーテ……」
「あはは、返り討ちに遭っちゃうかもですけど……わたしだって同じ気持ちです!」
「レイチェル……」
「ほら、皆ついてるんだから、おにいはいつも通りのおにいでいいんだよ」
リディの言葉と同時に、ポヨンとキナコとルカも俺を軽く小突いてくる。
「リディ、ポヨン、キナコ、ルカ」
「それに、敵を知り自分たちを守ることにも繋がる。ジェットのお陰で今回のトレントの秘密が分かったんだ。今後また命属性を使って同じようなことをする相手に出遭った時、対処法を知ってるのと知らないのとじゃ大違いだろ? ま、そう考えると許される範囲で」
バタンッ!
その時、部長室の扉が勢いよく開かれた。
「ぶ、部長! ぜぇ、はぁ、た、大変です!」
息を切らしたギルド職員がサリヴァンさんの元へ駆けつける。
「うわぁ、聞きたくないけど聞かない訳にもいかないよなあ。何があった?」
「アムール方面からライナス周辺の平原にトレントの大群が現れ……こちらに向かっています! 更に、巨大なトレントの姿も確認されたとの報告も……」
「うわぁ……話をしていた矢先にこれだ。マイルズ、アムールからは何か?」
「いえ、現時点では何の報せも……」
「となると、ライナスだけが狙われている可能性が高いか……緊急依頼を発動。Cランク以上の戦える冒険者を大至急集めてくれ! Dランク以下の冒険者は後方支援と町で住民の安全の確保を! マイルズ、アムールとも連絡を取って可能なら救援要請を!」
「は、はいぃい!」
さっきまで嫌そうにしていたサリヴァンさんが的確に指示を出していく。
やっぱり、この人はなるべくして今の立場になったんだろうな。
「その巨大なトレントってのが親玉かねえ。ま、そう言う訳だ。モノクロームにも存分に働いてもらうぞ?」
「ああ。寧ろ望む所だ。ここで後顧の憂いを断つ!」
俺の言葉に全員が頷く。
さあ、トレントども。
今回の騒動もこれで終わりにしようか!




