118話 アガーテの家族たち
「よし、では行こうか」
「あ、ああ……」
気が付いたらアガーテの家に訪ねる時間になっていた。
今はアガーテの家を訪ねる為、拠点からライナスまでやって来た所だ。
昨日のオーウェンのことやフランさんの警告を思い出してしまい、正直少し気が重い。
「……そ、その、兄がすまんな」
アガーテが申し訳無さそうな表情になる。
いかん、乗り気じゃないのが思いきり顔に出ていたようだ。
「い、いや! アガーテが謝るようなことじゃ」
「あはは……師匠は災な……じゃなくて、大変でしたもんね」
「あ! よく考えたら、あたしたちって全員妹なんだね」
「俺は妹じゃないぞ?」
「それは分かってるよ!」
「レイチェルにも兄がいたのか?」
「うん。兄さんはカーグの実家で宿屋の手伝いをしてるよ」
カーグのヴァンさんだな。
そう言えばゴーレム風呂は使ってくれたのかな?
「そ、その、レイチェルの兄もあんな感じなのか?」
「ど、どうだろう? 可愛がってもらってたのは確かだけど……」
「そ、そうか」
「えっと……アガーテ姉のお兄さんって昔からあんな感じなの?」
「うーむ……兄のあんな行動を見たのは初めてだな。ただ、私の正式なパーティー加入はモノクロームが初めてだから、実際昔はどうだったのかは何とも言えないが」
ウォードよ、もしアガーテがお前たちのパーティーに加入してたらかなり大変だったと思うぞ。
その後も雑談を交えながら町を歩く。
すると、次第に周囲は閑静な住宅地へと移り変わっていった。
なんか宿屋みたいに大きい家もちらほらあるんだけど……
「えっと、アガーテ。こっちで間違いないのか?」
「ああ。特に畏まる必要は無い」
アガーテは慣れてるだろうからなあ。
俺とリディとキナコにとっては興味を引く珍しい光景だし、レイチェルは今の段階でかなり緊張してきているように見える。ポヨンとルカに関しては全くの普段通りだ。
俺たちはそのまま閑静な住宅地を歩く。
暫くすると、アガーテがとある屋敷の前で立ち止まった。
「えっと、ここだ」
「え? こんなデカい家に住んでるのか!?」
「あ、ああ。時折ライナギリアに来た国外からの要人を招くこともあるからな。それなりの大きさでないと格好がつかないんだ」
「アガーテ姉って二十人家族くらいだったり?」
「いや、私以外は父と母と兄だけだ。まあ、屋敷の管理の為に数人の使用人を雇ってはいるが……」
「これだけ大きいと、家の掃除も一苦労だろうしね……」
やはり、思っていた通りアガーテはライナギリア内でもかなりいい家の出身だったようだ。
「ライナギリアの事情でこんな家に暮らしてはいるが、私含め家族自体は普通の家族だ。だから、普段通りにしてくれて何も問題ない。では家に入ろうか」
広い庭を横切って屋敷へと向かう。
おお、なんだあの水が噴き出してる置物は!? 風呂にしては変な形だし、池の代わりか何かか?
向こうには綺麗に刈り込まれた生垣も見える。かくれんぼなら隠れる場所には困らなそうだ。
ここでも俺とリディとキナコは周囲のものにどんどん目移りしていく。
レイチェルは益々緊張してしまったのか、歩く時同じ側の手と足が同時に出てしまい、どうにも動きがぎこちない。
そうこうしているうちに玄関前に辿り着く。
アガーテが扉を開き、俺たちを中へと招き入れる。
「おお! よく来てくれたね!」
俺たちが中へ入ると、よく通る声が俺たちを出迎えてくれた。
声の方に視線を向けると、そこにはにこやかな表情の金髪の小柄な中年の男性、同じく金髪で隣の男より少し背が高い微笑を浮かべた綺麗な女性、それとその少し後ろにオーウェンが立っていた。
おそらく、この状況的に中年の男性がアガーテの父、綺麗な女性がアガーテの母なのだろう。特に、綺麗な女性はまさにアガーテが歳を重ねるとこうなるんだろうな、と思わせるような容姿だった。
アガーテの胸の大きさもこの女性譲りなようだ。
それに、三人とも見るからに上質な服を着ているな。
俺が見ても分かるくらいだから相当な質なんだと思う。
すると、中年の男性が俺たちの方に歩み寄り右手を差し出してきた。
これは握手ってことかな? 俺も右手を差し出しアガーテの父と思われる男と握手する。
うおっ!? なんかただの握手とは思えない力で握ってくるんだが!?
これは冒険者の国ライナギリア特有の挨拶なのか? お互いの力を確かめる、みたいな。
だとすると俺はこの人に試されている、と言うことか。
アガーテの師となったからにはきちんと応えないとな。
とは言え、本気でやるとこの人の手を握り潰しちゃう可能性もあるから、『身体活性』の出力を少し上げて相手の握手を耐えつつ、同じくらいの力で握り返しておこう。
「むぐっ!?」
男は少し苦痛に顔を歪めたけど、すぐににこやかな表情を取り戻す。
そして、更に力を込めて握り返してきた。それに合わせて俺も握り返す。
しばらくそんな握手を続けていると、
「あなた、いつまで握手している気なのかしら?」
後ろに立っていた女性からそう声が掛かる。
男は一瞬ビクっとした後、握手の力を緩めた。それに合わせて俺も力を緩め手を離す。
その後、男はリディとレイチェルとも握手をしていた。だけど、そっちは普通の握手だったように思える。
結構汗もかいているし、ちょっと息が上がっているから俺との握手で力を使い果たした、とかかな?
そう考えると、俺は無事最初の挨拶を終えられたと言うことだろう。
「ぜぇ、はぁ、はぁ……は、はじめまして。アガーテの父のアルバートと言う。一応、ライナギリア冒険者ギルドのギルドマスターも務めさせてもらっている」
アルバートさんか。やはりアガーテの父だったようだ。
……ん? 今さらっと凄いこと言ったような……
「はじめましてモノクロームの皆さん。アガーテの母のフローラです。いつもアガーテがお世話になっております。皆さんのご活躍はアガーテやサリヴァンより色々と伺っておりますよ」
そう言ってフローラさんは俺たちに微笑みかけてくる。
この人もアガーテの母で間違いなかったようだ。
ただ、さっきのアルバートさんの発言が……
「僕のことは知っているだろうから自己紹介は」
「オーウェン」
フローラさんが冷たい声を放つ。
その声を聞いたオーウェンは、一瞬飛び跳ねた後姿勢を正して自己紹介を始めた。
「アガーテの兄のオーウェンです! ギルドマスターである父の補佐をさせていただいております!」
どうやらこの家で一番力があるのはフローラさんのようだな……
それに、やはり聞き間違いじゃなかったか……
「ギルドマスター……」
「えっと、ライナギリアのギルドマスターって確か……王様?」
「と、と言うことはアガーテは……あわわ、あわわわわわわ」
「あ、えっと……その、隠していてすまん……」
どうやら、俺たちはライナギリアの王族の家に招待されていたようだ。
◇◇◇
「はっはっはっは、なぁに、王族と言ってもそれは他国に対する建前の肩書だ。現実はただのギルドマスターの一家に過ぎんよ。昔、まだライナギリアが国ではなかった頃に他国から国と認めさせる為、今のような肩書だけの王族や貴族が出来上がったそうだ」
ただのギルドマスターの一家ってのもあまりピンと来ないんだけどなあ。
俺たちは客間に通され、そこでアガーテの家族たちからのもてなしを受けている。
「ですので、私たちへの接し方は普段通りにして頂いて問題ありません。アガーテも皆さんによそよそしくされることは望んでいないのでしょうし」
「そ、その、今まで言い出せなくてすまなかった。このことを話して、それで急に態度が変わられたり、もしかしたらガッカリされるのではないかと思うと……」
アガーテがどんどん俯いていく。
全く、アガーテはそんなことを考えていたのか。
普段の堂々とした態度とは裏腹に、こう言った部分では結構臆病な所もあるんだな。
まあでも、それくらい俺たちのことを離れがたいと思ってくれているんだろう。
俺は俯いたアガーテの手を握る。
「確かにちょっと驚いたけど、それでも俺たちにとってアガーテはアガーテだ。大切なモノクロームの一員で俺の自慢の弟子だよ」
俺の言葉にリディとレイチェルも笑顔で頷く。
ポヨン、キナコ、ルカもそれぞれがアガーテの肩を叩く。
「ジェット……皆……」
「おっほん! おほっうぉほん!」
うおっ、びっくりした!
どうやらアルバートさんの咳だったようだ。
なんか頬が引き攣ってこめかみに青筋みたいなものが見えるけど……
「そ、それはそうと、君たちはなかなかの活躍ぶりだそうだね。報告書や資料も色々と見させてもらっているし、サリヴァンからの報告も受けている」
「私、是非サイマールでのことを聞いてみたかったの。良かったらお話しして下さらないかしら?」
サイマールのことか。
海の戦いのことでいいんだよな?
「分かった……じゃなくて、分かりました」
「ふふ、普段通りの言葉遣いで結構ですよ?」
はぁ、俺もなんだかんだで緊張していたみたいだ。
「えっと、俺たちが海の異変の原因を知れたのは、ここにいるルカから助けを求められたのがきっかけで――」
それから、俺たちは身振り手振り、時には実演も交え、タイダリアの救助や沈没船に潜んでいたクラーケンのことを語っていく。
それを聞いたアガーテの家族たちは、
「まあ、そんなことが……! それで、その後はどうなったのです?」
フローラさんはとても熱心に俺たちの話に耳を傾けてくれて、
「はっはっはっは! アガーテはやはり天才だな!」
「流石は僕の自慢の妹だ!」
アルバートさんとオーウェンはアガーテが活躍する度にこんな調子だ。
当のアガーテは少し居心地が悪そうだ。
「あなた、オーウェン」
その度にフローラさんが窘めてはくれてるけど……
あー、サリヴァンさんが言っていた周囲がアガーテを煽てるって言うの、この二人が最大の原因なんじゃ……
「皆さん、大変興味深いお話でした。ありがとうございます」
「ああ、アガーテの活躍が聞けて満足だ!」
「僕もアガーテのことを誇りに思うよ」
「は、ははは……ど、どうも」
う、うーん。やりづらい……
「そう言えば、皆さんとアガーテが出会ったのもサイマールだったとか」
フローラさんのその言葉にアガーテがビクっと反応する。
アルバートさんとオーウェンからは何故か鋭い視線が俺に……え? なんで?
「あ、ああ。ある依頼で一緒になったことがきっかけで、それから行動を共にするようになって」
俺は当たり障りの無いことを答える。
今更当時のアガーテを非難するのもな……
「ふふ、気を使わなくて良いのですよ。アガーテが皆さんに無礼な態度を取ってしまったことは存じております」
「フローラ、何も今そんなことを言わなくても」
「そ、そうだよ母上。アガーテだって悪気があった訳じゃ」
「私は今モノクロームの皆さんと話しているのです。少し黙っていなさい」
フローラさんの言葉にアルバートさんとオーウェンが固まる。
うおぉ……怖えぇ。なんかちょっと怒ってるのか?
「は、母上……その……私は……」
ここはちゃんと俺もアガーテの仲間としてフォローしとくべきだろう。
「えっと、そのことについてはアガーテからも謝罪してもらっているし、俺たちもそれを受け入れている。だから……俺たちはそのことで今更アガーテのことを責めるつもりはない」
「それに、アガーテ姉にはいっぱい助けてもらったし」
「ライナギリアでもわたしたちはアガーテに良くしてもらっています」
「キュキュゥウウ」
ポヨン、キナコ、ルカも加勢する。
「皆……」
すると、フローラさんはにっこりと笑った。
「ふふふ、アガーテ、素敵な出会いだったようですね。皆さん、私はアガーテを責めるつもりはありませんよ?」
あれ? そうなの?
「アガーテ、以前のままのあなただったら、自分の非を認め皆さんに謝罪することなど決してしなかったでしょう。母はあなたの心の成長を嬉しく思いますよ」
フローラさんはアガーテに暖かい視線を向け微笑む。
「母上……」
ちゃんとアガーテのことを見てくれている……いい母親だなフローラさん。
「それに比べて」
フローラさんはアルバートさんとオーウェンに視線を向ける。
先程までの暖かな視線が嘘のような冷たい視線だ。
「何ですかさっきのあなたたちの態度は!? あなたたちがアガーテだけを持ち上げるせいで、アガーテが居心地悪そうにしていたのを気付いてましたか!?」
「い、いや、そんなつもりは」
「ぼ、僕たちは良かれと思って」
「黙りなさい! 今まではあなたたちの事情も考えて、あまり口煩く言うのを躊躇っていましたが……どうやら私が愚かだったようです」
あー、フローラさんの逆鱗に触れてしまったみたいだ……
アルバートさんとオーウェンは完全にパニック状態だ。
「そもそも、あなたたちはアガーテの父親と兄でしょう!? 真にアガーテのことを想うなら、道を踏み外す前に時には心を鬼にして叱ってあげることだって必要です! それをあなたたちはただただ煽てるばかりで……アガーテが増長してしまっていた責任は私やあなたたちにもあるのですよ!? それをちゃんと理解していますか!?」
えっと、この状況どうしたらいいんだ!?
「そ、その、こうなった母上を止めるのは至難の業だ。一度ここを出よう」
「えっと、いいのか?」
「ああ。私の部屋へ案内する。母上が落ち着くまでそこでお茶でも飲んでいよう」
アガーテに従い、俺たちは一言断って客間を後にする。
アルバートさんとオーウェンの捨てられた子犬のような目を出来るだけ見ないようにしながら……
◇◇◇
「その、すまなかった。ただ、父上と兄上にも事情があってな……」
廊下を移動中、アガーテがふいにそんなことを言ってきた。
「さっきもフローラさんも少し言っていたな」
「ああ。父上も兄上もな、冒険者になるのが夢だった。だが、見ての通り我が家の人間は決して体格には恵まれていないし、サリヴァンのように特別な才能がある訳でもない。二人は自分の夢を諦め、別の形でライナギリアを支えることを選んだのだ」
「それでギルドマスターに……」
「曾祖父の代からギルドマスターを務めている、と言うこともあったからな。ただ、その中で私だけが闘気……『身体強化』に目覚め、冒険者として歩んで行けるようになった。二人はまるで自分のことのように喜んでくれてな……」
「あの二人、アガーテ姉のこと褒める時本当に嬉しそうだったもんね」
「アルバートさんとオーウェンさんにとって、アガーテが夢を託せる希望そのものだったんだね」
アガーテが頷く。
もしアガーテが冒険者になっていなかったら、その時はフランさんのようにギルドの受付嬢にでもなっていたのかもな。
それはそれでちょっと見てみたかったような気も……
「その……勝手なことを言っているのは重々承知しているつもりだ。ただ、出来れば二人のことを悪く思わないでやってくれ。あれでも私にとっては大切な家族なんだ」
「分かってるよ。なあ、リディ、レイチェル」
リディもレイチェルも俺の言葉に頷く。
「……ありがとう」
その後俺たちはアガーテの私室へと通され、そこでお茶を飲みながら暫くまったりとした時間を過ごすのだった。




