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116話 救援依頼③

「どけっ!」


 俺はトレントと化した木を一刀のもとに斬り倒す。

 こいつら、まだトレント化して間もないせいかそれ程強くはない。

 他のトレントが使ってきた吸収攻撃は使えないみたいだし、動きもまだまだぎこちなく行動も鈍い。

 正直言ってこの程度の相手だったらまず負ける気はしないんだけど……


「新手です! これじゃ助け出す暇がありません……!」


 そう、ウォードを捕らえているボストレントが更に周囲の木を新たなトレントと化しているのだ。


「うぅぅ……あがぁ……」


「ウォーードーーーーッ! くそっ! 木の化け物が! ウォードを返せ!」


 しかもその度にウォードから養分を吸収しているようで……

 このまま殲滅を続けていれば、いずれ周囲の木が尽きて邪魔者はいなくなる。

 だけど、その前に捕らえられたウォードの命の火が尽きるだろう。それでは意味が無い!


「おにい! まずはあの根を斬った方が良くない!?」


「それも考えたんだけど……トレントって多少の傷くらいなら再生してただろ!? 下手にあいつ自身を傷付ければ傷付ける程、再生の為にウォードから養分を吸収される恐れがある」


「それに、闇雲に本体を攻撃をしてもウォードを盾にされる可能性もある……」


 そう、その影響で迂闊にボストレントを攻撃出来ない。

 ウォードを幹から引き剥がすこと自体は邪魔さえなければそれほど難しくはないと思う。

 その為には、どうにかウォードからの養分吸収を止めつつ奴の注意を他へ逸らさなきゃいけないんだけど……


 ああ! 考えが纏まらない!

 トレントへの対抗策は色々と皆で考えたけど、こう言った時の対処法なんて全く想定していなかった。

 しかも、状況的にあまり時間を掛けることも出来なくて……


「あー! 一か八かだ! ウォードの代わりに俺が餌になる!」


「「「「えっ!?」」」」


 俺の発言にリディ、レイチェル、アガーテだけでなくケーンまで間の抜けた声を出す。


「アガーテ! 周囲の足止めを! リディとレイチェルは奴に隙が生まれたらウォードを引っ張り出してくれ!」


 三人に指示を出し、腕に魔力を集中させながら俺は奴の木の根目掛けて走り出す。


「さあ、お前の大好物だ!」


 そして、集めた魔力を水属性、地属性、光属性に変換していく。

 すると、周囲の木をトレント化させていたボストレントの木の根が一斉に俺に向かって来た。


「お、おにい!?」


「し、師匠! そんなことしたら!」


「くっ、仕方ない! 何をする気か分からんが絶対に成功させろ、ジェット!」


 アガーテは俺の指示通り周囲のトレントの足止めを始めてくれた。

 最初こそ困惑した様子のリディとレイチェルも、その様子を見て覚悟を決めたようだ。


「そら! お前にくれてやる!」


 俺は向かって来る木の根を払いのける……ことなくそのまま受け入れる。

 俺の右腕に木の根が絡みついて、そこから体力と魔力を吸収し始めた。


 ぐおっ……今までのトレントより吸収する力が強い!

 それに……その影響だろうか? 俺の中から生きる為に必要な活力そのものが奪われていく感覚が何となく理解出来る。

 命とか生命力、と言った方がいいだろうか? これを奪われることで体力や魔力を失っていたんだろう。

 時間と共に身体の力が徐々に抜けていく。


 成程……こうやって奪った他者の生命力を利用して、普通の木をトレントとして活性化させているんだな。

 ウォードがやつれているのも犠牲者がカラカラに干上がっていたのも、こうやって生命力を奪い取られた結果なんだろう。

 草や苔が森に無かったのも同じ理由か。


 俺はどうにか干渉してみようとするも、多少生命力の流出を抑えられたに過ぎない。

 嫌な汗は止まらないし、少し立ち眩みもし始めてきた。


 だけど、俺からの吸収に集中するあまりウォードからの吸収は抑えられているみたいだ。

 ウォードからの生命力が抜けている様子は見れない。


 さて、このまま闇属性の魔力を食らわせたり、さっきみたいに水属性を与えたと見せかけて内部を凍らせたりしたいんだけど……一つだけ大きな誤算があった。

 ボストレントの生命力吸収が思ったより強すぎたのだ。

 今はどうにか抵抗しているのもあって何とか持ち堪えているけど、ここで他の属性魔力を扱おうとしたらその隙に一気に生命力を奪われてしまう可能性が高い。


 俺もこいつと同じように生命力を奪えたらいいんだけど……その感覚が理解出来ない。

 そりゃそうだよな。生命力なんて今初めて感じ取ったものだし。

 それに……火や水、光とか雷みたいに目に見えるものじゃない。風のように肌で感じることも出来ない。誰でも持っているけど誰もそこにあると認識出来ていない。俺たちにとっては全くの未知の存在なんだ。


 予想外に抵抗する俺に業を煮やしたのか、ボストレントは更に俺に対して根を差し向けてきた。

 ぐぅあっ……流石に両腕から一気に吸収されるのはキツイな。

 このまま無策に待つだけだと、俺も干からびた犠牲者と同じ末路を辿るだろう。


 だけど、これでいい。

 余程俺の生命力が気に入ったのか、今ボストレントは俺以外のことが目に入っていない。

 捕らえているウォードのことも、虎視眈々と隙を狙っている俺の自慢の妹と弟子のことも!


《リディ! レイチェル! あいつは今完全に俺に集中している! あいつに直接黒水をぶち込んでやれ!》


《っ!? わ、分かった! ルカ!》


 俺からの急な『念話(テレパス)』に少し驚いたものの、リディは即座にレイチェルとも『念話(テレパス)』を繋ぎ、そしてルカに指示を出す。

 念の為、今の会話はボストレントには聞かれたくなかったからな。

 『念話(テレパス)』を使う時、隙が出来て生命力をボストレントに多く奪われたけど……必要経費みたいなもんだ。


《キュキュキュゥゥゥウウウウウ!》


 ルカが周囲の黒水を操り、それを槍のような形にしていく。

 クラーケンに食らわせたミスリルの槍での『光の矢(パニッシュレイ)』をイメージしてるのかな?


《レイチェル! ボストレントの幹に傷を!》


《は、はいっ!》


 気配を殺してボストレントに接近していたレイチェルが、風の『エンチャント』を発動したナイフでボストレントの幹を斬り付ける。

 それと同時にルカが黒水の槍をレイチェルが付けた傷目掛けて発射する。


 バシュゥンンンッ――


 黒水の槍はボストレントの幹に突き刺さり、傷口から吸収されていく。

 すると、黒水の効果はすぐに出始めた。


 傷口の部分から徐々に黒ずみが広がり、ボストレントの体を蝕んでいく。

 黒ずみが人の頭ぐらいの大きさに広がった時、ボストレントからの生命力吸収が弱まった。どうやら体の異変を感じ取ってこちらに集中出来なくなったようだ。


 チャンスだ!

 こっちからも闇属性の魔力をくれてやる。遠慮せず受け取れ!


 俺は木の根を伝って闇属性の魔力をボストレントに流し込む!

 それによって幹の黒ずみがさらに広がっていく。

 ウォードを捕らえている幹の部分も例外ではない。

 ボストレントはどうにか黒ずみが広がるのを抑えようとするも、徐々に黒ずみは広がり続ける。


 よし、今だ!


「レイチェル! その幹からウォードを引き摺り出せ!」


「は、はい!」


 レイチェルがボストレントの幹にナイフを突き立て、黒く染まった幹を斬り剥がしていく。

 腐った幹はミスリルナイフの切れ味の前に簡単に剥がれていく。

 そして、ある程度幹を剥ぎ取って所でレイチェルはウォードを引っ張る。


「んんんんん……わぁっ!」


 レイチェルによってウォードが幹から引き摺り出される。

 勢い余ったレイチェルは尻もちをついてしまっていた。


「ウォーードーッ!」


 そこへ堪らずケーンが駆け寄って来る。


「は、早く向こうへ運びましょう!」


「わ、分かった!」


 レイチェルとケーンによってウォードが運ばれていく。

 それに気付いたボストレントが邪魔しようとするも、そんなことは俺が許さない!


「ほら! お前の相手は俺だろ?」


 俺の腕から離れ、レイチェルたちの方へ向かおうとする根を取り押さえる。

 そこから更に闇属性の魔力を注ぎ込む!


 ん? こいつ、また根を俺の腕に絡みつけて……うおぁっ!

 腐りきる前に俺から生命力を全て奪うつもりか!

 しかも、さっきまでより更に吸収する力が強い!

 どうにか抵抗を試みるも、生命力の流出が止まらない。


 あー、今回は素直に負けを認めるよ。

 この生命力の扱い方については現時点の俺ではお前には勝てない。正直取っ掛かりが無さすぎてどう扱っていいのかまるで分らないし。

 このままだとお前が腐り落ちるより先に俺の命が尽きるだろう。


 そう、このままの状況が続けば、だけどな。


「『闘気槌(アグレッサー)』!」


 あまりの衝撃にボストレントの体が大きく歪み、闇属性によって黒く腐っていた部分が砕け散る。


「遅くなった」


 アガーテの一撃によって、根の拘束と生命力吸収が緩まる。

 その隙に俺は火魔術を発動し、腕に絡みついていた木の根を焼き払う。

 ボストレントは焼き尽くされる前に根を地面に引っ込めた。


「助かったよ、ありがとなアガーテ」


 俺は周囲を見回す。

 すると、何体ものトレントが吹き飛ばされ倒れているのが目に入った。

 おそらくアガーテが槌か盾で殴り飛ばしたのだろう。


 その時、再び俺目がけて地面から木の根が飛び出してきた!

 地面に逃げ込んだことでさっきの火魔術による火は既に消火されている。


 ヂュィイインッ


 そんな音と共に、ボストレントの木の根が宙を舞った。

 そして、残った木の根には炎の触手が叩き込まれる。


「ナイスタイミングだ、キナコ、ポヨン」


 恐らくリディがこっちに向かわせたのだろう。

 キナコが回転円盤でどんどん木の根を斬り裂いていき、更にポヨンが燃やしていく。


 流石にこのままでは勝ち目は無いと悟ったのか、ボストレントは逃げる素振りを見せ始める。


「逃がすか! 皆、行くぞ!」


 俺は再び剣を持ち、火属性『エンチャント』を施す。

 その炎の剣を構え、逃げようとするボストレントに一撃を叩き込む!


「はぁぁぁあああああああああ!」


 俺の攻撃のタイミングに合わせ、アガーテがボストレントに槌による一撃を叩き込む。

 更に、ポヨンとキナコもダメ押しの攻撃を放つ。


 ミシミシッメキメキメキメキズオォォオオオオオオオオン――


 俺たちの連撃をその体に受け、ボストレントは轟音と共に折れる。

 その後暫くもがき苦しんでいたけど、徐々に動きが鈍くなり最後には完全に沈黙したのだった。


 ふぅ……こいつが多分トレントの親玉だよな? これでトレント騒動も……ん?

 今残った生命力がボストレントからどこかに流れていったような……

 俺の気のせいかそれとも……


「おにい!」


 リディの声ではっと我に返る。


 そうだ!

 今はそんなことよりウォードだ!


 俺たちは急いでウォードの元に駆け寄る。


「さっきから光魔術で治療してるんだけど……ほとんど効果無くて」


 光魔術による傷の治りも遅いしやつれた姿はそのままだ。もちろん目を覚ます気配なんて無い。

 俺もリディと共に光魔術での治療を試みるも、まるで手応えが無い。

 大きく穴の開いた桶に水を注いでいるような感じだ。


「師匠でも駄目なんて……」


 多分、生きる為に必要な活力が残っていない状態で光魔術を使っても、本来の治癒力を発揮することが出来ないんだろう。光魔術で生命力を瞬時に補うことは出来ない。

 思えば俺がヌシ退治に行って死にかけた時もそうだった。光魔術での治療では俺が目を覚ますまで三日掛かった。

 それと、『限界突破(オーバードライブ)』で無茶した後遺症もこれに近いんだと思う。ヌシの時はその両方だった訳だけど……

 改めてずっと看病してくれていた母さんやリディには感謝しかないな。


 って、昔を懐かしんでいる場合じゃない!


「ウォード……俺とティムが不甲斐ないばかりに……ぐぅぅ」


 ティムって言うのはもう一人のメンバーのことか。

 ケーンは最早助ける術がないと悟ったのか、ウォードの手を握って涙を流す。


「いや、まだだ!」


 俺はウォードの心臓の辺りに手を置く。

 今にも止まってしまいそうな鼓動が掌に伝わって来る。


 今のウォードは生きる為に必要な活力、生命力が枯渇している状態だ。

 こんな状態では治療もままならない。


 ならばどうすればいいのか?

 失った生命力を補ってやればいい!


 俺はウォードの体の中に魔力を流していく。

 だけど、これだけじゃ駄目だ。俺の魔力が一時的にウォードの体内に移った、ただそれだけだ。

 トレントは他者の生命力を魔力を伝って奪い、そして自分の養分と化していた。

 それなら、逆に他者に与えることだって可能な筈だ!


 俺は意識を集中し、ウォードの中の命を感じ取ろうとする。

 思い出せ、あのトレントに奪われていたものの感覚を!


 そうやって暫く魔力を使ってウォードの体をくまなく探っていると、ウォードの体の中心に今にも消えてしまいそうな何かを感じ取った。

 これがウォードの命の火なのか……!


 そこ目掛けて単純に魔力を注いでみるも、特に変化は感じられない。


 そのまま魔力を渡すだけじゃ駄目だ……

 この小さな命の火を再び燃え上がらせるようなイメージを……


 今度は火に油のような燃料を注ぐイメージで魔力を流していく。

 ゆっくりと、だけど力強く。


 そうやって数分同じことを続けていると……

 命の火が少しだけど大きく燃え上がった!

 それと同時に土気色だったウォードの顔に色味が戻る。


「おにい! もしかして……」


「ああ。まだ安心出来る状況ではないけど……最悪の事態は免れたんじゃないかと思う」


「よ、良かったぁ」


「ケーン! 喜べ! ウォードは死なずに済むかもしれん!」


「ぐぅう……ありがどう……ありがどう……」


 ケーンはどうにかそう声を絞り出す。


「ここだ! 気を引き締めて……って、もう終わってたか……」


 ふう、どうやらサリヴァンさんが率いる救援部隊も到着したようだ。

 後のことはサリヴァンさんに任せ……よう……


 緊張の糸が切れた俺は、ここで意識を手放してしまった。


 これは後で聞いた話だけど、この時の俺はとてもやり切った表情をしていたんだとか。

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