110話 俺たちの拠点
「ここが……」
「ええ。現在売りに出されている土地付き物件よ」
ライナスを発ってから十数分歩いたくらいだろうか?
なだらかな丘の上に到着すると、俺たちの前に高めの塀に囲まれた二階建ての一軒家が姿を現した。
周囲は森と言う程ではないけど木に囲まれていて、ある程度近付かなければこんな場所に家があるなんて分からなかった。
「うわぁ、結構おっきい家だねえ」
「わたしたちで使うには広すぎるくらいかもですね……」
この家は俺たちの実家は勿論レイチェルの実家よりも大きい。まあ、流石に宿屋の方まで含めるとレイチェルの実家の圧勝だけど……
こんな場所にこんな家建てるの相当大変だったろうなあ……
あ、でも家には石材だけでなく木も結構使われているみたいだから、材料の調達はそこまで不便も無かったのかな?
「ここを建てた人はそれなりの人数で住む予定だったみたいよ」
「町が広がる前からこんな家を建てるとは……余程舞い上がっていたのだろうな」
「当時、あまりにも行動が早すぎて誰も制止出来なかったそうよ」
フランさんが鞄から鍵を取り出し門扉を開く。
敷地内に入ると、周囲にはかなりの高さの草が生え散らかっていた。寒さからか所々枯れている部分もあるけど、やはり雑草は生命力が強いな。
門扉から家までは一直線に草が刈り取られていて、そこだけはどうにか歩くことが出来る。
「むぅ、物凄い雑草だな」
アガーテは自分の身長程もあろうかと言う雑草を見て少し悔しそうな表情を浮かべていた。
「最初の頃はある程度整備もされてたみたいなんだけどね。段々と最低限の管理しかしないようになっていったみたいで……」
雑草の無い場所を通り、俺たちは家の前に到着する。
所々痛んでいる部分あるけど、修理すれば問題無く使えそうな感じだな。
フランさんが別の鍵を取り出し玄関の扉を開く。
うっ、中は少し埃っぽいかな。
その後、フランさんの案内で部屋を一通り見て回る。
台所や食堂もあるし、部屋数は俺たち全員で使っても余るくらいある。
流石に風呂は無かったけど、それは自分たちで用意出来るし特に問題無い。
そう考えると拠点として使う分には申し分ない家だな。こんな場所にさえ無ければ……
「ギルドに所属する私がこんなこと言うのは駄目かもだけど、本当にこんな場所でいいの? 流石に何かと不便過ぎると思うんだけど……」
「おにい、どう?」
「そうだなあ」
俺は一度庭の方へ出る。
そして、試しに地魔術を使って雑草を根ごと地中から押し上げる。
すると、アガーテの背丈程もあった雑草が綺麗に地面から押し出されてきた。
「魔力消費は特に問題無いな」
流石にこの辺りにあのトレントたちはいないようだ。
「あ、おにい、地面のずっと下にちゃんと地下水も流れてるみたいだよ」
リディが地中を調査したようだ。
おお、それなら井戸を掘ることも出来るな!
水魔術があれば水自体は作り出せるけど、井戸があればそれはそれで利用出来る。
「……は? え、今何をやったの!?」
その様子を見ていたフランさんが呆然と立ち尽くしている。
「あー、フラン。あの程度のことでいちいち驚いていたらジェットたちの担当など務まらんぞ?」
「いや、あの程度って……もしかして、彼も部長と同じく魔法使いなの!?」
「魔法使いではなく魔術師だな。先程言わなかったか?」
「いえ、アガーテが勝負を挑んで負けたことくらいしか……」
「うっ、そ、そうだったか。ちなみに、リディとレイチェルもジェットと同じく魔術師だぞ」
「あはは、まだまだ師匠には及ばないけど……」
「そ、それとな……私もジェットに弟子入りしている」
アガーテの一言にフランさんが固まる。
そして、俺、レイチェル、アガーテの順に視線を向ける。
「……ちょっとこっちへ。少し二人を借りるわね」
「? ああ」
フランさんがレイチェルとアガーテを引き連れて向こうへ行ってしまった。
何だろう?
なんか時折レイチェルもアガーテも顔を真っ赤にしたり焦ったりしながら何かを話してるけど……流石に聞き耳を立てるのも良くないよなあ。
「おにい、家の中も綺麗に出来る?」
「水魔術と風魔術、それと光魔術で出来ると思うぞ。水魔術と風魔術は俺がやるよりはリディとレイチェルがやった方が小回りが利いていいだろうな」
「石壁の部分とか家の周りの塀は地魔術で修理と補強も出来るしね」
「ゴミは火魔術で燃やせばいいし、雑草なんかは闇魔術で発酵させて庭の土に混ぜればいい栄養になるだろうしな」
「周りの木も材料に使えるし、ある程度自由に広げられるし!」
「井戸が掘れたら池みたいなの作ってもいいかもな。夏場はそこで泳いだり出来るやつ!」
「キュッキュゥゥゥウウッ!」
ルカが早くやれ、とヒレで催促してくる。
ポヨンとキナコは……どうやら庭に何を作るか真剣に話し合っているようだ。
周囲から見ると、スライムと人形が遊んでいるだけにしか見えないけど……
うーむ、細かい必需品は亜空間に仕舞っているものを使うかライナスで購入するかすればいいし……ここなら魔術の修業なんかも周囲を気にせず出来るよなあ。
いずれ黒獣の森に挑む時も、町の門が閉まるのを気にせず好きな時間にここに帰って来ることも可能だし。
あれ? 俺たちにとってはメリット多くないか?
「お待たせしました」
丁度そこへフランさんが戻って来た。
レイチェルとアガーテも一緒だけど……なんか二人とも顔が赤くなって妙に疲れてるような?
何があったんだ?
「ああ、気にしないで下さいな。ちょっと色々とお話ししただけですので……いずれ、リディちゃんも含めて女子会を開く必要があるわね……」
最後なんかボソっと言ってたけど……あまり追及するのも危険な気がするから止めておこう。
「あ、ああ。レイチェル、アガーテ、二人はどう思う?」
「ひゃいっ!? わわわたしは悪くないんじゃないかなーと」
「そ、そそそうだな! 細かいものはライナスで揃えればいいし……と、特に反対する理由は無いな!」
……一体フランさんと何の話をしたんだ!?
「どうするの、おにい?」
リディとポヨン、キナコ、ルカが期待に満ちた目で俺を見てくる。
「フランさん、ここって幾らになるんだ?」
「えっと……これよ」
フランさんが鞄から資料を取り出し俺に見せてくる。
うん。余裕で買えそうだな。と言うか、安すぎない?
まあ、それくらいギルドでは管理が面倒だからさっさと手放したいんだろうな。もしこのまま売れ残り続けたら、最終的にこの家は解体でもされるんじゃないだろうか?
「もう一度確認するけど……本気で買うの? もしいらなくなって手放すとなれば、おそらく更にお金が必要になるわよ?」
どうやらこの物件を紹介してしまった責任を感じているのか、フランさんが心配そうな顔で念押ししてくる。
「大丈夫。色々考えてみたんだけど、この物件って俺たちにとっては色々と都合がいいんだ」
「おにいがいれば好きに改造出来るしね!」
「あ、もし長期的にここを離れることになった時はここの周囲の管理って頼めるのか?」
「そうねえ……あなたたちが依頼と言う形で報酬も用意するなら問題無く受理されるんじゃないかしら?」
だったらエルデリアに帰り着いた後も問題無いだろう。
それに、アガーテの家がライナスにあることを考えると、時折ここに来ることにもなるだろうしな。
「よし、それじゃあここは俺たちが使わせてもらうことにする」
「やったー!」 「キュッキュゥウ!」
リディはポヨンを高く放り上げ、落ちてきたポヨンを見事キャッチする。
その様子を見てキナコが拍手をする。
「そうと決まれば掃除もしなきゃですね」
「ライナスで必要になりそうな家具や魔道具も購入しなければな」
「はぁ……本当にここが売れちゃうとは……流石はアガーテが加入するようなパーティーね。何もかもが普通じゃないわ……」
その後は、ライナスのギルドまで戻り物件の購入契約を進めていく。
フランさんの用意した書類へ俺たち全員がサインを書き、そしてパーティー用の資金から必要代金を納める。
それを確認したフランさんからあの土地の所有証明書が手渡され、あの土地は正式に俺たちモノクロームのものとなったのだ!
今日の所は一旦ライナスで宿を取り、アガーテの案内であの家に必要になりそうな家具や魔道具を購入していく。
色んな店に行く度にアガーテが来たことで驚かれ、リディが『亜空間収納』を使ったことで更に驚かれ……
そんなことを繰り返しながら町を巡っていると、いつの間にか周囲は薄暗くなっていた。
「それじゃあ、アガーテは今日は実家に顔を見せに行くんだな?」
「ああ。どうやら色々と心配を掛けていたようだからな。無事なことを報告しに行ってくる」
「わたしたちも挨拶とか行かなくても平気?」
「今日の所は私だけで問題無い。それに、特に父がそれなりに忙しい人だからな……また折を見て、と言うことになると思う…………それに、心の準備が……」
「ん? 心の準備?」
「い、いや! なんでもない! 明日はまた皆に合流するからよろしく頼む。その時は宿まで迎えに行こう」
「アガーテ姉、今度どんな家か見せてね!」
「わ、分かった。では、また明日な」
アガーテと別れ、俺たちは今日の宿へと向かう。
宿の近くまでは案内してもらっていたので迷うことなく辿り着けた。
今日はもうこれ以上することも無いので、宿に戻った後は頼んでおいた夕飯を食べ、日課の魔力操作の修業をし体を拭いてベッドに潜り込んだ。
あー、明日が待ち遠しいぜ!
◇◇◇
「ふわぁ……おはよぅ……」
「おはよう」
「おはようございます。なんだか眠そうですね、師匠……」
「ああ。拠点をどう改造するか色々考えてたら、目が冴えちゃってなかなか眠れなかったんだよ……」
どうにか起き上がった俺は、リディ、レイチェルと共にいつでも宿を出られるよう準備を整える。
準備を整え部屋で暫く待っていると、コンコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「私だ。もう起きているか?」
やはりアガーテだったか。
「ああ、大丈夫だ。それじゃ行こうか」
アガーテと合流し宿を出る。
そして拠点への移動中、話題は自然とアガーテの家のことになっていった。
「それじゃあ、ちゃんと家族に無事な姿を見せられたんだな」
「ああ。皆変わらず元気そうで私も安心した…………父上も母上も兄上も、特に何も追及してこなかったのが逆に不気味だったが……」
「ん? 何か言った?」
「い、いや、大したことじゃない。そ、それでだな、皆の事を今度招待したいそうだ。まだ日程はきちんと決まってはいないが……」
「わぁ、そうなんだ! 楽しみだね!」
「わ、わたしはちょっと緊張してきたかも……」
「そんなに気負う必要は無い。普段通りで大丈夫だ。日取りが決まり次第連絡をくれるそうだ」
「分かった。ちゃんと挨拶しとかないとな」
「う、うむ。ま、まあそう言う訳だからその時はよろしく頼む」
その後も俺たちは取り留めのない会話を続け、気が付いたら昨日購入した拠点の前へと辿り着いていた。
俺はフランさんから受け取っていた鍵を取り出し門を開く。
「さて、いきなり全部をやろうとしても無理だから、まず今日はここで寝泊まり出来るようにしていこう」
「家の中の掃除はあたしとレイチェル姉に任せて!」
「頑張りますね!」
「アガーテは俺と一緒に庭の整備と塀と壁の補修だな。地魔術のいい修業になるぞ」
「あ、ああ。あの『野菜ごっこ』とやらに比べれば何も問題は無い」
アガーテは以前のことを思い出したのか、少し遠い目をしていた。
「ポヨンとキナコとルカはあたしたちを手伝ってね」
「キュッ!」
従魔たちが一斉に手を上げ返事をする。
さて、役割分担も決まったことだし早速やっていこうか!
こうして、俺たちは拠点の整備に取り掛かるのだった。




