109話 ライナスの名物料理
俺たちは再びアガーテに案内されると言う形で町中を移動している。
ここまで来て暫くは黒獣の森に入ることが出来ないのは正直言うと結構ショックだ。
だけど、だからと言ってここで腐っていても仕方ない。今は自分たちに出来ることからやっていこう。今までだってそうやってここまで来たんだからな。
それに……やはり町並みってのは場所によって全然違うから見ていて飽きないな。黒獣の森に入れないってことは、予定していたより長くこの町の雰囲気を楽しめるって考えることも出来る。
このライナスの町並みは華美な雰囲気は無く、まさに質実剛健と言った雰囲気だ。この建物の壁とかゴーレムの攻撃でもある程度は凌げるくらい頑丈なんじゃないか?
黒獣の森と言う危険なダンジョンが少し離れているとは言え存在することや、多くの高ランク冒険者が拠点にしていることがこういった雰囲気を作る一因になっているんだろう。
特に俺とリディ、キナコは周囲の光景に自然と視線を奪われていた。
「それにしても……あなたたちが部長と既知の間柄だったなんて。しかも部長と一緒に依頼を受けて、部長の魔法を間近で見たりもしたんでしょ? あー、羨ましいわ!」
「あはは……偶々成り行きでそうなっちゃっただけですよ……」
「あっ、別に変に畏まる必要は無いわよ。アガーテと同じように接してもらって問題無いわ」
「フランはな、幼い頃からサリヴァンのファンなのだ」
「そりゃそうよ! 火魔法の使い手にしてBランク冒険者! 数々の功績を上げて若くしてライナス本部の部長に異例の大抜擢! それに、もし部長職に就いていなかったらAランク冒険者に至ったのは確実なのよ!? 私たちの世代にとってはまさにヒーローそのものなんだから!」
確か、アガーテもサリヴァンさんの魔法に憧れてたって言ってたしな。
「あ! そう言えばアガーテ姉も昔サリヴァンさんのまほ」
「おほん! おほっおほんっ!」
アガーテがわざとらしく咳払いをする。
リディは一瞬意味が分からない様子だったが、少ししてアガーテの咳払いの意味を理解したようだ。
アガーテの過去についてそれ以上口にすることは無かった。
「やっぱり、サリヴァンさんて凄い人だったんだな」
「たはは、本人が聞くと恥ずかしいだけだがねえ。かなり美化されちゃってる節もあるし……実際は仕方なく親の跡を継いだってだけだよ」
と本人は言うけど、サリヴァンさん自身が優秀でなければそもそもそんな選択肢は無かったんじゃないかと思う。
その後も女性陣の話は尽きることなく続く。
話題は俺たちとアガーテの出会いに移ったようで、フランさんに詳細を追及されたアガーテは細かい部分を誤魔化しながらしどろもどろに答えていた。
その間、俺とサリヴァンさんは互いに目配せし、苦笑しながらその話に耳を傾けていた。
そうやって皆で歩いていると、ふいに何かの匂いを嗅ぎ取った。
なんだこの匂い? 幾つかの香りが混ざった感じの少し刺激のある匂いだけど……それは全く嫌な臭いという訳ではなく、むしろずっと嗅いでいたくなるようなクセになる匂いだ。
それに……この匂いを嗅いでいたら異様に食欲が刺激される。
口の中に唾が溢れ、急激に腹が減る。そんな匂いだ。
くぅぅぅ~~
あ……我慢出来ず腹の虫が鳴いてしまったようだ。
それはリディとレイチェルも同じだったらしく、二人とも羞恥に頬を染めていた。
「キュッキュ~~~~ッ!」
ルカもこの匂いを感じ取ったらしく、少し興奮したような様子を見せる。
ポヨンも鞄から外を覗き、この匂いを感じ取っているようだ。
キナコは単純にこの匂いの元に興味があるみたいだな。
「たはは。やっぱりこの匂いに抗うのは無理だよなあ」
「やっぱり、ライナスと言ったらこれよね」
「ふふ、ほら、あそこの店だ」
俺たちはアガーテの指さした店へと足を踏み入れる。
うおおおおおお、さっきまでの匂いが更に濃厚になった! ここが出所で間違いないみたいだ!
対応してくれた店員はアガーテとサリヴァンさんの顔を見て少し驚いた後、二人に気を使ってか奥の個室へと案内してくれた。勿論ポヨン、キナコ、ルカの入店の許可も貰っている。
「アガーテ……こんなヤバイ匂いを出す料理って……」
この匂いの暴力は、あのヴァラッドで食べたウナギと負けず劣らずのいい勝負だ。
「ふふふ、ここはな、カレーと言う料理を扱う店だ」
「カレーって言うのは、黒獣の森から採れた香辛料や果物なんかをふんだんに使った料理よ。他にもお肉や野菜なんかの具材が入っていて、それがトロトロになるまで煮込まれているの。後引く辛さが病みつきになって本当に美味しいのよ!」
なんだそれ!?
話を聞くだけで絶対不味い訳ないじゃないか!
「しかもだ。君たちには嬉しいことがあって、なんとメインを米とパン、好きな方から選べるんだ。それに、味は主に甘口、中辛、辛口とあって色んな客のニーズに応えられるって訳だ」
「よし! 早く注文しよう!」
「もう我慢出来ないよ!」
「あはは……わたしも早く食べてみたいかな」
「わ、分かったからそんなに焦るな!」
そして、それぞれがメインと辛さを選んで注文していく。
米は俺とリディとポヨン、それとフランさん。パンはレイチェルとアガーテとルカ、それとサリヴァンさんだ。
辛さは迷ったらまずは中辛がいいと教えてもらったので、俺とレイチェルとポヨン、それからサリヴァンさんが中辛を。リディとアガーテとルカが甘口。フランさんが辛口を選んだ。
キナコは普通の食事が出来ないから、今回もいつも通りリディからの魔力供給が食事代わりだ。
注文してからは店の中に充満するカレーの匂いの暴力に耐えながら料理が運ばれてくるのを待つ。
ポヨンもルカも微動だにせずその時を待っている。
俺たちがあまりに必死な表情をしていたのが面白かったのか、アガーテとフランさん、サリヴァンさんに笑われてしまった。
そして、暫くするとついに待ちに待った時が訪れる。
「お待たせいたしました」
俺たちの前にどんどん皿が並べられていく。
少し深めに作られた楕円形の木皿に米がよそわれていて、それに半分掛かるように濃い飴色をしたスープのようなものが注がれている。少しとろみもあるようだ。肉や野菜も入っているみたいだし、これがカレーの正体なんだろう。
そこに木のスプーンも用意されている。
他の皿も見てみると、リディの選んだ甘口は中辛に比べると色が少し明るいようだ。逆に、フランさんの辛口はもっと黒に近い色の濃さになっている。
そして、パンはカレーとは別の皿に用意されているようだった。
「よ、よしっ! 食うぞ! いただきます!」
「「「いただきます!」」」
フランさんが俺たちの方を見て不思議そうな顔をしている。
どうやら「いただきます」がよく分からなかったようだ。カレーに集中してしまっている俺たちの代わりにサリヴァンさんが解説してくれていた。
まず俺はカレーだけをスプーンで掬って口に運ぶ。
何はなくともこいつの味を確かめてみたかったんだ!
カレーを口に含んだ瞬間、口の中に複雑に絡み合った香辛料の味、果物の甘さやまろやかさ、溶け込んだ肉や野菜の旨味、そう言った味の数々が一気に広がって来る。
なんだこれうまぁああああああああああああああああああああああああああいっ!!
今度は米と一緒に食べてみる。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 米にカレーの味が絡んで滅茶苦茶美味い!
ヤバイ! 幾らでも食えるぞこれ! フランさんが病みつきになるって言っていたのも納得だ!
俺は一心不乱にカレーを食べ進める。
どうやらリディとレイチェル、ポヨンとルカも同じだったようで、皆物凄い勢いでカレーを口にしていた。
キナコもリディから魔力供給を受けて幸せそうな顔になっている。
やはり、魔力からリディの食事の味を感じ取っているのだろうか?
そんな俺たちの様子を、ライナギリア出身の三人が自分たちの食事を進めながら微笑ましいものを見る目で見ている。
そして、気が付くと皿は既に空になっていた。
あー、まだ足りないぞ!
「ふふ、余程気に入ったようだな。足りないようなら追加注文を」
「「「するっ!」」」 「キュキュッ!」
俺たちは食い気味にそう答える。
ポヨンとルカもまだまだ食べ足りないようだ。
◇◇◇
「ふぅ、ごちそうさま」
「「ごちそうさま」でした」 「キュキュキュ」
結局、あの後俺は甘口と辛口もそれぞれパンと米で注文してしまった。
リディは甘口をパンで、レイチェルは中辛を米でそれぞれ追加注文した。
ポヨンは辛口のパン、ルカは甘口の米だな。
アガーテ、フランさん、サリヴァンさんは既に食べ終わっており、俺たちが食べ終わるのを待ってくれていた形だ。
いやぁ、どの辛さもそれぞれに違った良さがあり、実に美味かった! ちょっと調子に乗って食べ過ぎちゃったけど……
「ふふ、満足してもらえたようだな」
「いやぁ、気持ちのいい食いっぷりだねぇ」
「さ、流石に三杯も食べるとは思わなかったわ……」
俺も自分で驚きだ。
「この後は物件を確認しに行く訳だけど……俺はギルドに戻らなきゃならないからフラン君、引き続き頼んだよ」
「はい! お任せください!」
「しっかし、まさかあの物件を見てみたい、なんて冒険者が現れるとは思わなかったよ」
「まあ、ジェットだしな……」
その一言で片付けるのはどうなんだろうか?
「あー、まだそこに決めた訳じゃないんだけど……フランさんにも聞いたけど、土地自体を好きに改造してもいいんだよな?」
「ああ。ま、町や他人に迷惑が掛からない範囲なら周囲も好きにしてくれて構わないさ。どうせ誰も使わない土地だしな」
「どんな場所なんだろうね~?」
「キュッキュ~」
リディと従魔たちは見事に燥いでいるな。
これで思ったより駄目な物件だったらガッカリするだろうな。
「場所が町の外だからなあ。フラン君の護衛は……必要ないか」
「私たちがいるからな」
「後のことはこんなとこかねえ。よし、今日は俺の奢り……だ」
今回の食事代はサリヴァンさんが奢ってくれるみたいだ。
だけど、食べたカレーの量を思い出して顔を引きつらせている。
あー……俺たちに加えポヨンとルカも食べてたし、皆おかわりしてたしな。俺なんて三杯だし……
なので、ポヨンとルカを除く俺たちの一食分だけ奢ってもらうことにした。おかわりの分とポヨン、ルカの分は自分たちで払う。
サリヴァンさんには全員でお礼をしておいた。
「いやいや、もしかしたら君たちにはまた世話になるかもしれないからね。あ、お嬢、ちょっと……」
「……ああ。フラン、先にジェットたちを門の方へ案内してやっててくれ。話が終わったら急いで向かう」
「分かったわ。それじゃ行きましょうか。部長、行ってまいります!」
「ああ、頼んだぞ」
俺たちは店を出て、フランさんの案内に従って門の方へと向かった。
早く町の地形を覚えなきゃな。
◇◇◇
「で、どうしたのだサリヴァン? まぁ、薄々何かは分かるが……」
「ええ、お父上たちへの報告はどうします?」
「あー……うむ、後で自分で報告に行く。色々と面倒なことになりそうだがな……」
「特にジェットは苦労しそうですねえ……とりあえず、あまり先延ばしにしない方がいいですよ? 特にお父上と坊ちゃんがお嬢のことを心配していました。俺一人でライナスに帰って来た時も、お嬢がいないのをどやされましたよ」
「……何と言うか、すまんな」
「いえいえ、ある意味慣れっこですから。あー、それと。サイマールでの一件、全てお母上の耳にも入っているそうですよ?」
「うっ……全てと言うのは……あのジェットとの決闘も」
「ええ、勿論。そう言う訳なので覚悟はしておいた方がいいかと」
「ううう……自業自得とは言え、気が重いな……」
「たはは、ご武運を。それじゃ、俺からはこれで終わりです。彼らの所に行ってあげて下さい」
「ああ。また何かあったらよろしく頼む……」
◇◇◇
門の手前で暫く待っていると、アガーテとぼとぼと歩いて来た。
なんかちょっと打ちひしがれているような気がするけど……何があったんだ!?
「お、おい、大丈夫か?」
「アガーテ姉!? どうしたの?」
「何か問題でもあったの?」
「い、いや、そう言う訳ではないから大丈夫だ。さあ、早く行こう」
フランさんの方を見ると、なんとなく理由を察しているような雰囲気だった。
うーむ、あまりしつこく聞くのも良くないか。もし助けが必要なら、今のアガーテならちゃんと言ってくるだろうし。
そして、俺たちは門での手続きを終え町の外へ出る。
今回は流石に詰所に通されることは無かったから安心だ。
「さて、物件の場所はここから少し北西です。周囲の討伐はされているので魔物は出ないとは思いますが……よろしくお願いしますね?」
「ああ」
俺たちはフランさんを守りながら、物件のある町の北西へと向かった。
さーて、どんな物件なのかねえ。




