108話 冒険者の国の掟
「たはははははっ、モテモテですねぇお嬢」
サリヴァンさんの言葉にアガーテの顔が見る見る茹蛸のように赤くなっていく。
俺たちは現在、城の奥にある部長室へと通されている。
そこで今回のトレント運搬に至った経緯を説明していた。
見知ったサリヴァンさんの前なので、ポヨンとキナコ、ルカは完全に寛ぎモードに入ってしまっている。
そして、その流れでさっきのウォードとの決闘のことにも話が及んだ訳で……
ちなみに、ウォードはパーティーメンバーと思われる男たちが、アガーテとサリヴァンさんに土下座した後回収していった。
周囲に集まっていた冒険者たちも、サリヴァンさんが一声かけると慌てて散っていた。
サリヴァンさんはフランさんが淹れたお茶を一口飲む。きっちり着こなしていた制服も今は着崩している状態だ。
その後、幾つかの書類に何やらサインを書き込んでいた。
そしてその書類をフランさんが受け取り、隣の部屋に通じているであろう小窓に通す。
「よーし。職員に通達をしておいたから、後で件のトレントを受け取ろうか。依頼達成ご苦労さん」
その言葉を聞いてフランさんがやや訝しげな表情になる。
まあ、まだトレントを渡してないのにサリヴァンさんが依頼達成にしちゃったもんな。
サリヴァンさんにはリディの亜空間に放り込んでることを説明してるから大丈夫なんだけど、フランさんにしたら意味不明もいいとこだろうし。
「ああ、それとお嬢のモノクローム加入処理も行っておいた。フラン君にカードを渡して更新をしてもらってくれ」
「そっか、助かったよサリヴァンさん。それじゃこれ、よろしく頼む」
俺たちは揃ってフランさんにギルドカードを渡す。
「は、はい! 承りました! それでは一度失礼します!」
フランさんは俺たち全員のカードを受け取ると、サリヴァンさんに頭を下げ足早に退室していった。
「まさか……サリヴァンさんがここの部長だったなんてな……」
「たはは、驚いてくれたかい?」
「アガーテ姉は知ってたんでしょ?」
「まあな。ただ、サリヴァンに口止めされていたからな」
「サイマールの時はあくまでもBランク冒険者サリヴァンとして動いてたからな。それに、正体を知られてよそよそしくされちゃうのも寂しいだろ?」
「でも、今にして思えば色々納得出来ますね……あれ? それじゃ、師匠をBランクに推薦した偉い人ってもしかして」
「当たりだレイチェルの嬢ちゃん。俺がジェットをBランク冒険者に推薦したのさ」
成程……
サリヴァンさんだったら俺たちがやってたことを近くで実際に見てた訳だしな。
ただ、サリヴァンさんの正体を知った後だと一つ疑問に思うことがある。
「少し疑問に思ったことがあるんだけど、どうしてサリヴァンさんみたいな偉い立場の人がサイマールにいたんだ?」
「そうだなあ。君たちは違法奴隷や商品を扱っていた裏ルートの一つが冒険者ギルドによって殲滅されたことを知ってるかい?」
「ああ」
俺とリディ、レイチェルが同時に頷く。
俺たちがヴォーレンドに向かう途中に遭遇した、野盗を率いた偽商人を捕らえたことがきっかけだったんだ。
忘れたくても忘れられる訳ないよな。
「その作戦にライナギリア代表として参加してたのさ。どうにも、その件はライナギリアも他人事じゃなかったみたいでね。ライナギリアからもそれなりの立場にある俺を派遣することで本気度を示したって訳だ」
「サリヴァンの他にも数パーティーが参加していてな。私もそれについて行って海を渡っていたのだ。サリヴァンはライナス本部の部長であり優秀なBランク冒険者、更に他国に対する肩書として侯爵の身分を持っている。これ程の適任は他にいなかったのだ」
こうしゃく……『こうしゃく』って二つあったと思うけど……確かどっちとも貴族の中でもかなり偉い身分のことだったよな。
ん!? サリヴァンさんって貴族だったのか!?
俺たちの驚きを感じ取ったのか、サリヴァンさんが苦笑する。
「あー、侯爵って言ったも形だけのもんさ。前にも説明した通り、他国みたいな貴族としての特権は無いよ。ま、貧乏くじを引かされて面倒事を押し付けられたってだけさ。それで、折角なんで作戦が終わった後、冒険者たちは先にライナギリアに帰して向こうの色んなギルドの視察をしてたのさ。で、お嬢がそれに無理矢理ついて来てなあ」
「わ、私だって色々とよそを見てみたかったんだ! こんな機会でもないとそうそう出来なかったからな!」
「たはは。まあ、それでライナギリアへの帰りに先の異変に巻き込まれたって訳だ。後は君たちの知っての通りさ。まあ……君たちと言う存在に出会えたことを考えると、案外貧乏くじでもなかったのかもな」
……そんなこと言われるとちょっと照れるじゃないか。
すると、サリヴァンさんが何やら思案顔になる。
「あれ? さっきの話で思い出したんだが、確かその裏ルートを潰すきっかけになった情報を持ち込んだのって、黒髪に白髪の兄妹と水色の髪の少女のパーティーだって……」
サリヴァンさんの視線が俺たちの頭の上に移る。
「ああ。偽商人をギルドに突き出したのは俺たちとヴォーレンドの商人と職人だ」
「……たはは。世間は広いようで案外狭いねえ」
その時、部屋の扉がノックされた。
それにサリヴァンさんが応えると、扉が開きフランさんが戻って来た。
「失礼します。お待たせいたしました! アガーテのパーティー加入処理が完了しました!」
そう言ってフランさんは俺たちにカードを返してきた。
カードのパーティー欄にはリディ、レイチェルの他に、新しくアガーテの名も刻まれていた。
それを見てアガーテは嬉しそうに笑う。
「お嬢、良かったですね」
「ああ!」
「はぁ……アガーテ、後で色々詳しく聞かせてもらうからね!」
そこで、サリヴァンさんが姿勢を改める。
「さてと。とりあえず、本題に移ろうか」
その様子を見てフランさんが退室しようとするが、サリヴァンさんがそれを制する。
「あー、フラン君もそのままでいい。君は彼らモノクロームの担当になるだろうからね」
「は、はい!」
どうやらライナスでの担当受付も決まりみたいだな。
「まずは……そうだなあ。船でもある程度話したが……君たちの目的地、黒獣の森について説明しておこうか。フラン君」
サリヴァンさんがフランさんに声を掛ける。
「はい! お任せ下さい! おほんっ」
フランさんは咳払いをして、俺たちに黒獣の森の説明を始めた。
「黒獣の森はライナギリア冒険者ギルドが管理する森林型ダンジョンです。強力な魔物が数多く発生、棲息する危険地帯ですが、そこからもたらされる数々の食材や素材がライナギリアを潤す恵みの森と言う側面も持っています」
これは既にアガーテとサリヴァンさんに聞いた話だな。
「この黒獣の森の入場にはランク制限が設けられていて、Cランク以上の冒険者限定となっております。パーティーの場合はメンバー全員がCランク以上でないと入場が認められません」
ふむふむ。
俺たちモノクロームは……俺とアガーテがBランク、リディとレイチェルがCランクだから特に問題は無いな。
あれ? もしかしてサイマールで俺たちのランクアップがあったのって……
俺はサリヴァンさんの方を見る。俺の視線に気付いたサリヴァンさんはウインクを返してきた。
「それともう一つ、ライナギリア内で実績を積んでライナギリア冒険者ギルドからの入場許可を貰うことが必要になります」
「それについては私がモノクロームに加入したのだから問題無いだろう」
「いや、駄目に決まってるでしょ! アガーテだけが入場するのならそれでいいだろうけど」
「なっ!? そうなのかサリヴァン!?」
「まあ、俺としては君たちのことはある程度理解してるつもりだし、心情的にはすぐにでも許可を出してやりたいんだが……ライナギリアの決まりだからねえ。下手に特殊な前例を作る訳にもいかないし」
サリヴァンさんが頭を掻きながら、少し申し訳なさそうに俺たちにそう言ってきた。
な、何てことだ……もう少しでエルデリアに辿り着けるかもしれないのに……
最悪、無断侵入や強行突破も出来なくは無いだろうけど……でも、そうすると俺たちはともかくレイチェルやアガーテにまで多大な迷惑が掛かる。
それに、今まで俺たちに良くしてくれた冒険者ギルドの恩人たちの顔に泥を塗ることにもなる。
流石にそんなことはしたくない。
「前にお嬢も言ってたけど、黒獣の森はライナギリアの生命線だ。そんな訳だから、ライナギリア内での信用が無い冒険者を通すことが出来ないんだ。すまないねぇ……」
「いや、サリヴァンさんが謝るようなことじゃ……えーと、それじゃあ黒獣の森に入る為には、まずはライナギリア内で多く実績を積んでいけばいいんだな」
「そう言うこと。ま、君たちならそう時間は掛からないと思うけどね」
「黒獣の森の説明については以上です。細かい情報なんかはギルドの資料室にもありますし、ギルドで取り扱いもしていますからよろしければ是非!」
ヴォーレンドのダンジョンと同じくギルドで情報を取り扱っているみたいだな。
これについては後で買っておこう。そのうち資料室にも行ってみないとな。
「そんじゃ次はトレントの件だな。いやぁ、まさか既に君たちが関わってくれているとはねえ。優れた冒険者には厄介事の方から寄って来るって言われることがあるけど、まさに君たちの為にあるような言葉だ」
そう言ってサリヴァンさんはくつくつと笑う。
何だそれ……全然嬉しくないぞ!
ただ、今までのことを思い返してみると強く否定も出来ないんだよなあ……
「君たちはこの件についてどれくらいのことを知っている?」
「えっと、農村からの依頼が発端だったこととか、森が現れたり消えたりだとか」
「既に犠牲者が出てカラカラに干上がっていたとも。その辺りのことをサンドラから聞いている」
「成程。それだったら改めて説明する必要は無いか。かく言う俺も、まだ詳細を把握しきれていないんだよね」
サリヴァンさんはそう言って首を横に振る。
「今までの報告やさっき君たちに聞いた話から考えると、どうもそのトレントたちは他の生物から養分を吸い取って勢力を拡大しているみたいだな。ただ、森が現れたってのはトレントが増えたってことで理解出来るが、森が消えたってのがよく分からないんだよねえ。これもトレントの仕業だとして、トレントが根こそぎ森の木から養分を奪ったのか……」
「サリヴァン、とりあえずトレントを調べた方がいいんじゃないのか?」
「そうですねえ。そんじゃ移動するとしますか」
サリヴァンさんとフランさんに案内される形で、俺たちはギルドの解体場へと向かう。
どうやらこう言った施設は城の隣に併設されているようだ。
解体場に到着すると、一斉に職員たちがサリヴァンさんに挨拶をする。
その後、俺たちの方を見て驚いた様子を見せた。多分、アガーテが俺たちと行動を共にしているのが原因だろうな……それと、視線を辿ってみた感じキナコとルカにも注目が集まってたみたいだ。
サリヴァンさんが手を叩くと職員たちがはっと正気に戻る。それから、サリヴァンさんが周囲の職員たちに指示を出し始めた。
「よーし、そんじゃリディの嬢ちゃん、この辺に頼む」
「うん」
サリヴァンさんの言葉にフランさん含め、周囲の職員たちが首を傾げる。
まあ、トレントを持ち込むと言っておいて手ぶらでここまでやって来ているんだからな。しかも、俺たちの中で一番幼いリディに何かをさせようとしている訳だし。
そんな周囲の視線などお構いなしにリディは亜空間からトレントを取り出し並べていく。
その様子を見て周囲からどよめきが起こる。フランさんに至っては腰を抜かして尻もちをついて、アガーテによって引っ張り上げられていた。
「えっと、こっちの二体が襲ってきた奴で、こっちがトレントだったんじゃないかと思う木だよ」
「いやぁ、相変わらず見事だねえ。そう言う訳だ。こいつらについて徹底的に調べてくれ」
「「「はっ、はい!!」」」
とりあえずトレントの運搬に関してはこれで終了かな。
あとは調査次第ってとこか。
ギルドでの用事を済ませた俺たちは、丁度昼休憩に入るサリヴァンさんとフランさんも交え、皆でお昼を食べることになった。
そして、その後は紹介された土地付き物件を見に行ってみる予定だ。
さて、どんな食べ物が出て来るんだろう? 今から楽しみだな!




