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107話 モノクロームとアガーテ

「うわっ、本当に城の中が冒険者ギルドになってるんだな」


 城の中へ足を踏み入れるとそこには受付があり、依頼が貼り出された掲示板があり、依頼を吟味したり素材を持ち込んだりしている冒険者たちがいたり、他の町で見た冒険者ギルドと変わらない光景が広がっていた。


「流石に酒場は併設されてないんですね」


 レイチェルが少しホッとしたように呟く。


「一般開放されているとは言え城の中だからな。周囲を酒臭くする訳にもいかん」


「ヴォーレンドも受付の数が多かったけど、ライナスはそれ以上だね」


「昼夜を問わず主に黒獣の森から素材が持ち込まれるからな。これでも時折対応しきれない時があるくらいだ」


 そう言いながらアガーテは周囲をキョロキョロ見回す。

 誰かを探しているのか?


「むっ、あそこか。では行こうか」


 アガーテはある一つの受付へと迷わず歩を進めていく。

 俺たちも置いて行かれないようアガーテの後に続いた。


 辿り着いた受付にいたのは、薄茶色の長い髪をしたやや大人びた印象の美人受付嬢だった。

 やっぱりライナスでも受付嬢は美人が務めるものらしい。


「ライナス冒険者ギルドへようこそ! ご用件は……ってなんだ、アガーテか」


「なんだ、とは随分な挨拶だなフラン」


「アガーテ相手だと今更でしょ?」


 そう言ってお互いに笑うアガーテと受付嬢。

 どうやら二人は気心の知れた仲らしいな。

 そして、フランと呼ばれた受付嬢がアガーテの後ろにいた俺たちの存在に気付く。

 一瞬、俺とリディの頭に視線が行って驚いていたものの、すぐに何事も無かったかのように笑顔を浮かべていた。


「ライナス冒険者ギルドへようこそ! ご用件は何でしょうか?」


 さっきまでの悪戯っぽい態度は鳴りを潜め、いかにも出来る受付嬢と言った態度に急変したフランさん。

 この人オンオフが激しいな……ヴォーレンドのジャネットさんに近い感じか?


「はぁ……相変わらずの猫かぶりっぷりだな……」


 アガーテがため息を吐き、呆れたように呟く。


「むっ!? おほんっ!! それで、用件は……って、アガーテが他のパーティーと行動を共にしてる!?」


 やはりここでもそのことで驚かれたようだ。

 以前のアガーテしか知らない人たちには余程ビックリすることなんだろうな。


「そ、その、サイマールで色々あって……な」


 アガーテは、少し照れたのか伏し目がちになりながら頬を染める。


「……怪しい。これは後で詳しく聞く必要がありそうね……」


「わ、私のことはいい! それより、依頼達成の手続きと拠点となりそうな物件の賃貸契約を頼みたい」


「賃貸契約? あなた、家があるでしょ?」


「あー、それは俺たちが頼みたいんだ」


「あっ、そう言うことか。それじゃ、まずは依頼達成の手続きから行いましょうか。依頼書とギルドカードの提示をお願いします」


 俺たちはフランさんにトレント運搬の依頼書とギルドカードを渡す。

 俺たちのギルドカードを見たフランさんは信じられないものを見たかのような表情になる。

 だけど、どうにかこうにか平静を保ったまま確認を続けた。


「え、えっと、皆さんのパーティー、モノクロームとアガーテが合同で受けた依頼なのね。それと、このことは部長に知らせるようにって注意事項があるわね。ちょっと待っててね」


 フランさんは立ち上がり、近くの職員と何かを話し始める。

 おお、フランさん割と高身長だな。小柄なアガーテと比べると結構な差があるように見える。

 だけど、胸部の膨らみに関してはアガーテの勝利みたいだ。


「フランさんってアガーテ姉の友達?」


「まあ、所謂幼馴染と言うやつだな。何かと気を使わなくて済む楽な相手だ」


「それでアガーテはフランさんのいる受付を探してたんだね」


「そうだな。むっ、戻って来たようだ」


「お待たせ。今部長は会議中で対応に少し時間が掛かるみたい。先に賃貸契約の方を進めましょうか」


 そう言ってフランさんは何やら書類の束を取り出した。


「まずは、どう言った物件がいいのかしら? 何か希望はありますか?」


「えーと、そうだなあ……周囲に気を使わずメンバー全員で寛げる家がいいかな。あと、自由に使えるスペースがあれば嬉しい」


「あー……」


 フランさんはキナコとルカを見て納得したような表情を浮かべる。

 まだ他にも変わったスライムもいるんだよなあ。


「となると、それなりの広さのある庭付きの一軒家ってとこね。えーと……」


 フランさんがどんどん資料を捲っていく。

 やがて、一枚の資料を抜き出し俺たちの前に置いた。


「今残っている物件の中だと、これが一番該当するかしら? ただ……」


 フランさんが言葉を濁らせる。

 その様子を見てアガーテが資料に目を通す。すると、アガーテの表情が段々険しくなっていった。


「フラン、もう少しマシな物件は無いのか?」


「そう言われてもね……どうしてもいい物件から選ばれていくから」


「えっと、そんなに酷いのか?」


「ああ。庭付きの家で広さは悪くないのだが、まず場所が町の外なのがな。当たり前だが近くに店など何も無いから何をするにしても不便な立地だ」


「井戸も無いから水を用意するのも一苦労。それに、防壁の外だから安全性の保障も無い。そう言った理由もあって、ずっと借り手がいなかったの。魔物やならず者が居付かないようにギルドで最低限の管理はされているけど……今ではほぼ投げ売り状態の土地付き物件よ」


「投げ売り? ここは貸し出しではなく買い取りになっているのかフラン」


「ええ。ギルドとしてもさっさと手放したいんでしょうね」


「ちょっと疑問なんだけど、どうしてそんな場所があるんだ?」


「昔の話だけど、ライナスを広げる計画があったらしいの。それでその場所も広げる範囲に含まれていて、その土地を買った人が町が広がる前から嬉々として家を建てたそうなの」


 そんな状態で家を建てるとか……無計画過ぎるだろ……

 家を建てらされた職人たちはさぞ迷惑だったろうな。


「でも、丁度同じ時期に黒獣の森の防壁が大きく壊されることがあってね。そちらに資金が回ることになって町の拡張は勿論中止。土地の代金も払い戻されることになって、それでその家だけがぽつんと残っちゃったらしいわ。ただ、折角家はあるんだから土地付きの賃貸物件として扱ってみたみたいなんだけど……ねぇ」


「お、おう……」


「な、なんか嘘みたいな話ですね……」


「最初のころは物珍しさもあって借りる人もいたらしいんだけど、どうしても不便さや安全性の低さが目立っちゃってね。周囲の魔物は定期的に討伐されるとは言え町の外だし……」


「まあ、そんな訳だ。流石にこんな所選ぶのは」


「でも、おにいだったらそこ使えるように出来るんじゃない?」


 リディのその言葉にレイチェルとアガーテがはっとした表情になる。

 フランさんだけは何が何だか分からない様子だ。


「た、確かに……ジェットなら荒れた土地などどうとでも出来るだろうし、飲み水の問題など無いに等しいか……」


「それに、師匠なら防壁だって自力で用意出来るし、リディちゃんもいるから頻繁に買出しに出る必要もないし……」


「広い土地だったらポヨンもキナコもルカもいっぱい自由に遊べるしね!」


「キュゥウウイッ!」


 ポヨン、キナコ、ルカがリディの言葉に色めきだつ。


「えっと、フランさん。その土地って好きに弄ってもいいのか?」


「え、ええ。それに場所が場所だから、周辺の何もない場所なら自由にしても文句は言われないと思うわ。え? 本当にここにするの!?」


「師匠、一度見てみてからでもいいんじゃないでしょうか?」


「そうだなあ。そうしてみようか。リディもそれでいいか?」


「うん!」 「キュッ!」


 ポヨンとキナコも同時に頷く。


「あー、アガーテはライナスに家があるんだったよな? そうなると、少し離れちゃうのが問題と言えば問題か」


 やはり、一緒に依頼や冒険に出たり、魔術の修業をする時なんかが不便だよなあ。

 『念話(テレパス)』でやり取り出来るくらいの距離だといいんだけど……


 すると、アガーテが何やらモジモジし始めた。

 少し顔が赤くなっているようにも見える。


「そ、そのな。私も皆と同じ拠点で過ごそうと考えていてな……」


「は? アガーテ、どうしちゃったの!?」


 そんなアガーテの様子を見てフランさんは椅子から立ち上がり身を乗り出す。


「そ、それとな。ずっと考えていたことなのだが……そ、その……も、もし迷惑じゃなければ、私も正式にモノクロームの一員として加えてもらえないだろうか?」


 アガーテの一言に俺たちだけでなく周囲まで静まり返る。

 どうやら周りの人たちにも会話を聞かれていたようだ。

 フランさんに至っては目を見開き大口を開けたままアガーテを見つめている。


 そして、俺たちもアガーテの言葉を聞いて驚いたことがある。

 最近は当たり前のようにずっと一緒に行動していたもんだから完全に忘れてたんだけど、アガーテってモノクロームに加入してた訳じゃなかったんだったな。

 どうやらリディとレイチェルも俺と同じようにそのことを今思い出したらしい。


「い、いや、迷惑なら断ってくれてもいいんだ。ただ、それでも魔術の修業や依頼が一緒に出来れば私は……それ、で……」


 アガーテの声が段々と消え入りそうになる。

 しまった! 驚いて黙ってしまってたのを迷惑がっていると勘違いさせちゃったか!


「ああ、違う違う! 別に迷惑だなんて思ってない! ただ、ちょっとビックリしちゃってな」


「うん。そう言えば、あたしたちって正式にアガーテ姉とパーティーを組んでた訳じゃなかったんだなぁって」


「わたしも。最近はずっと一緒に行動してたからそんなことすっかり忘れちゃってて……」


「そ、それでは……」


「俺たちは何も問題は無い。寧ろ、アガーテさえ良ければ俺たちとパーティーを組んでくれ」


「……ああ、ああ!」


 その言葉にアガーテは花が咲いたような笑顔を見せた。

 そんなアガーテにリディとレイチェルが駆け寄る。


「えへへ、改めてよろしくね、アガーテ姉」


「一緒に頑張ろうね」


 キナコとルカもそれぞれアガーテに触れて歓迎の様子を見せる。

 ポヨンも鞄から体を出し、一部を伸ばしてアガーテの肩に触れていた。


「えっと、そう言う訳だからアガーテのパーティー加入処理もお願いしたいんだけど……もしもーし?」


「あ、あのアガーテが……」


 どうやらフランさんにとっては相当信じられないことだったようだ。

 この様子じゃフランさんが正気に戻るまでもう少し時間が掛かりそうかな?


「ふっざけんな!! んなこと認められっかよ!!」


 その時、俺たちの周囲で様子を見ていた冒険者の一人が大声を出して近付いて来た。

 結構大柄な男冒険者だ。少なくとも俺よりは断然大きい体をしている。グレンの奴といい勝負か?


「ウォードか。お前には関係の無いことだろう?」


 アガーテがその男冒険者に鋭い視線を向ける。


「そ、そんなことはないですぜアガーテ様! 元々アガーテ様にパーティー加入を申し込んでいたのは俺たちなんだ! それをぽっと出のこんなヒョロい奴に横から掠め取られたとなっちゃ黙ってらんねえ!」


 ヒョロい奴……

 もしかしなくても俺のことだよなあ。

 確かに俺って今まで見てきた冒険者の男たちに比べるとかなり細い自覚はあるけど……改めて言われるとちょっと凹むな。


「その話は何度も断った筈だが? それに、私に負けたら潔く諦めると言って地面を舐めていたのはどこの誰だったかな?」


「そ、それは……お、俺もあれから実績を重ねて今はあの頃の俺じゃねぇんだ! 少なくともそんな野郎には負ける気はしねえ! おい、てめぇ俺と勝負しろ! 俺が勝ったらアガーテ様は返してもらうからな!」


 そう言ってウォードと呼ばれた冒険者は俺に掴みかかってきた。

 うーん、ここで避けたらフランさんの方に突っ込んじゃいそうだな。

 こんなことがあってもフランさんはまだ呆けたままだし……


「ぶべっ!?」


 そう考えていると、アガーテが盾を手に取りウォードを殴り飛ばしていた。

 殴られたウォードは吹き飛んで仰向けに倒れる。

 その隙に、俺はさりげなく移動して出来るだけ周囲に迷惑が掛からない位置をキープする。


「ちょっ、何すんですかアガーテ様!?」


「それはこちらの台詞だ! そもそも私がどこのパーティーに加入しようと貴様には関係の無いことだ! それを勝手な言い分で」


「あー、いいよアガーテ」


「お、おい、いいのかジェット!? あんな一方的なこと」


「さっきはあんたが勝った時のことしか言ってなかったけど、俺としてはアガーテを渡すつもりはない。俺が勝ったらあんたにはアガーテのことは綺麗さっぱり諦めてもらう。それでいいならその勝負、受けてやるよ」


 こんな時は一発殴り合うに限る。

 母さん式解決法だな。実績は既にグレンとアガーテで証明済みだ。


 すると、アガーテが盾を下ろす。

 何故かちょっと顔が赤くなってるけど……


「そ、その……き、気を付けてな」


 そう言ってアガーテは足早にリディとレイチェルの元に向かう。


「へっ! いい度胸じゃねえか! いくぜぇ!!」


 起き上がったウォードは再度俺に向かって突っ込んで来る。

 だけど、そのスピードは特別早い訳でもない。


 無属性魔術の修業の為、時折レイチェルやアガーテと模擬戦をしたりもしてるけど……それに比べるとどうしても劣って見えてしまう。

 確かに、こいつは体格も優れているし力もあるんだろう。多分、冒険者としてはそれなりに優秀なんだと思う。


 だけど、俺には魔術がある。子供の頃から今まで、ずっと腕を磨き続けてきた魔術が!

 その力を使って今までも強力な魔物を倒してきたんだ。体格の差程度のことでこんな奴に負ける気はしない!


 俺は突進してくるウォードの懐に素早く潜りこみ、雷を纏った拳をウォードの腹に叩き込む!

 ウォードは俺の動きに全く対応出来ず、俺の拳は綺麗にウォードの腹に突き刺さる。

 そして、そこから雷魔術が発動し、ウォードの体に雷が流れる。


「うげぁああばばばばばばばばばばば」


 ウォードはその場に膝をつき、そしてうつ伏せに倒れた。

 安心しろ。威力は調整してるから暫く体が痺れるだけだ。


 そして、俺たちの戦いの一部始終を見て周囲がざわめき立つ。


「はっ! 私としたことがってええええ!? 一体何が起こったの!?」


 このタイミングでフランさんは我に返ったようだ。

 何が起こったのか分からず焦っている。

 うーん、この状況どうしたもんか。


「たはは。いやぁ、早速派手にやっているねぇ」


 その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「サリヴァン!」 「部長!」


 そうそう、サリヴァン部長……って部長!?


 俺はサリヴァンさんの声がした方へ視線を向ける。

 すると、上質なギルド幹部の制服を着たサリヴァンさんが城の奥から出て来て、俺たちに向かって手を上げ挨拶をしていたのだった。

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