106話 首都ライナス
「おおおおお! あれがライナギリアの首都ライナスか!」
「すっごい高い壁! あんな壁初めて見た!」
「大きなお城もありますね。ちょっと要塞みたいにも見えますけど……」
俺たちは今、ライナスを見下ろせる小高い丘の上にいる。
アムールからここまではトレントに遭遇するようなことも無く、野営を行いながら順調に歩いて来ることが出来た。
もうライナスは目と鼻の先だ。
「壁が高いのは黒獣の森の魔物対策だな。黒獣の森の手前にも防壁は存在するが、どうしても強力な個体だと何かしらの手段で抜けて来ることがあるからな。あの城は住民たちの避難場所と言う側面もある。絢爛な造りではなく、要塞のような頑丈な造りをしているのはそれ故だな」
「ねえねえアガーテ姉、あのお城ってライナギリアの王様が住んでるんでしょ?」
「いや。あそこはどちらかと言うと王の勤務先のような場所だ。まあ、肩書は王と言うことにはなっているが、実際の役職はライナギリア冒険者ギルドのギルドマスターだ。他の国のような華やかな王族を想像しているとしたらガッカリしてしまうかもな」
「とは言え、俺たちは他国の王族なんて見たことも無いからなあ」
「わたしも見たことないですね。わたしみたいな一般人は、王族や貴族様なんて目にする機会も無いですから。ちょっと怖そうだし、あまり会いたいとも思いませんけど……」
「やっぱりお姫様もいるのかなあ」
そう言ってリディは目を輝かせる。
「ま、まあ、いることはいるが……さっきも言った通り、他国の姫君や物語に出てくるような姫君とはまるで別物だぞ? 他国に対する肩書が姫と言うだけで、実際は特別な権限など何も無いのだからな」
「そうやって聞くと、ライナギリアって全然わたしが住んでた国とは違うんだね」
「そうだな。ライナギリアでは公爵と呼ばれるものが畑を耕していたり、伯爵や侯爵の肩書を持つものが普通に冒険者をやっていたりする。他国ではまず見られない光景だろうな」
「国が冒険者ギルドを運営しているって聞いていたけど、言葉通りだったんだな」
「ああ。私の父が生まれる前からずっと今の形で続いているそうだ。国自体がライナギリア冒険者ギルド、と言う訳だな」
おそらくだけど、アガーテもそう言った貴族と呼ばれる家の出身なんじゃないかな。
サリヴァンさんみたいな高ランク冒険者が教育係だし、周囲からは様付けで呼ばれてるし……
特に権限は無いとは言っても、やはり周囲は多少特別扱いしてしまうんだろうな。
まぁ無理に聞かなくても、いずれ本人から語ってくれると思うからこちらからは聞いたりはしない。
そうこう話している間にライナスの入り口が近付いて来た。町に入る為に俺たちは列の最後尾に並ぶ。
おお、ヴォーレンドでも冒険者風の出で立ちの人が多かったけど、ライナスはそれ以上だな。
周囲にはブルマンさんや、ヴォーレンドで配達依頼を頼んだアイアンハートみたいな屈強な人たちが当たり前のように存在している。
女の人も、歴戦の女傑と言った人たちばかりだな。少なくとも、レイチェルやアガーテみたいな可憐な女冒険者は周囲にはいない。
「うっ、なんだかとんでもない場違い感が……」
周囲の雰囲気に、レイチェルはすっかり委縮してしまっているようだ。
「ライナスは黒獣の森に挑む冒険者が他国からも多く集まって来るからな。それ故、どうしても屈強な人物が多く存在するが……なに、堂々としていればいい」
アガーテは流石ライナギリア出身の冒険者と言った所か。
周囲の雰囲気に一切呑まれるような様子は無い。
小柄な体格ながら、堂々とした様子も相まって少し大きく見える。
「あ、あの人テイマーかな? かっこいいワンちゃん連れてる!」
「キュッ!」
リディは特に物怖じするような様子は無い。
ここまでの旅で随分精神面が鍛えられたようだな。
そして、リディの発言にポヨン、キナコ、ルカが何かアピールを始める。
それは自分の方がかっこいいだろ? と言っているようで……
だけど、お前たちはどっちかと言うと可愛らしいの分類だと思うぞ。
「数多く冒険者が集まることで、ライナギリア内にはそれなりにテイマーも存在する。そんな事情もあるから、宿や飲食店でもテイマーやその従魔に対応した店が多いのだ」
成程な。
俺たちみたいなのにとってはありがたい話だ。
それはそうと……
「さっきから気になってたんだけど、随分と注目されているような……」
特に絡んでくるようなことは無いけど、周囲の屈強な冒険者たちは頻りに俺たちの方を気にしているように思える。
リディの珍しい従魔たちが注目されているのか、それとも……
「ほら、次は私たちの番だ。行くぞ」
そして、列が進み俺たちの番がやってきたようだ。
「身分証の提示を。初めての者は入国許可証も……ってアガーテ様!? おかえりなさいませっ!!」
アガーテの存在に気付いた衛兵たちが一斉に頭を垂れる。
その様子に周囲にはざわめきが広がる。
「今帰った。それに、何度も言っているが変に畏まらなくていい。それより手続きを頼む。こちらの三人はライナスは初めてだから、それも含めてな」
「はっ! おい、アガーテ様とそのお連れの方々を別室にお通ししろ! くれぐれも失礼の無いようにな!」
「はっ! こちらです、どうぞ」
すると、何故か俺たちは近くの詰所と思われる建物に案内された。
えっ、どうなってるの?
詰所の一室へ通されると、そこではお茶と茶菓子が用意された。
そして、俺たちのカードと入国許可証を渡すと、「しばらくお待ちください」と言って案内してくれた衛兵が出た行ってしまった。
「はぁ……普通に対応してくれればいいものを……」
アガーテがため息を吐く。
「さっきの凄かったね……」
レイチェルはすっかり圧倒されてしまった様子だ。
「このお茶菓子美味しい~」
「キュッキュ~」
リディ、ポヨン、ルカはお茶菓子に夢中だ。
キナコも魔力を分けてもらい、何やら美味しそうな表情になっている。
「マイルズ、アムール以上にライナスだとアガーテに対する対応が過剰だな」
「まあ、あまり気にしないでくれ。皆は周囲に流されず普通に接してくれると嬉しい」
「それは大丈夫だけど……」
コンコンコンッ
その時、扉がノックされる音が聞こえた。
「入ってくれ」
アガーテがそう言うと、さっきの衛兵より身なりのいい人物が俺たちのカードと入国許可証を持ってやって来た。
さっきの衛兵の上司かな?
「お待たせいたしました。まずはカードと入国許可証をお返ししますね」
いや、全然待ってないんだけど……
俺たちは手渡されたカードと入国許可証をそれぞれ受け取っていく。
「普通に対応してくれればよかったのだがな、ロイ」
「いえ、アガーテ様とそのお連れ様方を待たせる訳にはいけませんから。お父様やお兄様もアガーテ様の帰りを心待ちにしておりましたよ?」
「う、うむ……あ、私が帰って来たことは二人に伝えなくてもよいぞ。後で自分で伝えに行くから……」
「畏まりました。それでは……皆様、ようこそライナスへ。皆様の冒険に幸多からんことを」
そう言ってロイさんは恭しく頭を垂れる。
俺たちじゃなくてアガーテに向かってなんだろうけど……ここまでされるとちょっと落ち着かないな。
「分かったから普段通りに接してくれ!」
「いえいえ、私は普段通り接しているつもりですよ?」
そう言って、頭を上げたロイさんはアガーテにウインクをする。
あー、これはあれかな。アガーテを少し揶揄った感じなのかな?
二人とも知らない間柄でもなさそうだしな。
「全く……! さあ行くぞ!」
そう言ってアガーテは足早に詰所を出て行ってしまった。
仕方ないので俺たちもロイさんに頭を下げてそれに続く。
「皆さん、サリヴァン殿から皆さんのことはある程度伺っております。どうかアガーテ様のこと、よろしくお願いしますね」
最後にそうロイさんに声を掛けられた。
そのロイさんの言葉に対し、俺たちは揃って頷くのだった。
詰所の外に出ると、アガーテが俺たちをどんどん引っ張って足早に歩いていく。
これは少し照れている様子だな。
「おーいアガーテ、ストップストップ! そんなに引っ張られたら全然町並みが楽しめないよ」
「そ、そうか。そう言えば皆はライナスは初めてだったな。すまん」
そして、どうにか落ち着きを取り戻したアガーテに案内されてライナスの町を巡る。
「へぇ。城だけじゃなく、全体的に建物の造りが頑丈に出来てるんだな」
今まで見てきた町並みに比べると、全体的に武骨で頑強そうな建物が多い。
町の防壁がそのまま家の壁になっているような、そんな町並みが広がっていた。
「そうだな。黒獣の森が近いこともあって、段々とこう言った防衛力に特化した町並みが形成されていったそうだ。実際に住んでみると、特に不便は感じないがな」
「ねえねえ、お昼まではまだ時間があるけど、先に宿を探すの?」
「それとも冒険者ギルドにトレントを持ち込みますか?」
「ここからだと冒険者ギルドが近い。時間帯的にも人は少ないだろうし、まずはトレントを持ち込んだ方がいいだろう。宿については冒険者ギルドで拠点となる建物の賃貸契約も行っているから、皆の場合はそちらの方がいいかもしれないな」
「ちんたいけいやく?」
「えっと、お金を払って家とか部屋とかを一時的に借りることが出来るんです」
「わぁ! それだったらポヨンとキナコとルカも伸び伸び出来るね!」
「キュゥゥ~~」
リディの言葉にポヨン、キナコ、ルカは全身を使って喜びを表現する。
「その分宿のようなサービスは無いから全て自分たちで行わなければならないが……まあ、それについては何も問題無いだろう。もし気に入ったのなら少々値は張るが買い取ることも可能だ」
「成程なあ。それだったら、折角だしその賃貸契約ってのをやってみようか。黒獣の森の探索はそれなりに時間が必要になるだろうしな」
「「さんせーい!」」
「じゃあこのまま冒険者ギルドへ向かおう。その後は何か食べにでも行こうか」
「アガーテ姉がいい店に案内してくれるって言ってたけど」
「ああ。今回は他の地域ではなかなか食べることが出来ない料理を出す店へ案内しよう」
「楽しみですね、師匠」
「だな! うーん、色々想像してたらちょっと腹が減ってきた。ちゃちゃっと冒険者ギルドで用事を済ませよう」
そして、俺たちは冒険者ギルドへ向かって町をどんどん歩いて行く……んだけど、何故か城の方へ向かっているような。
「なあアガーテ、なんか城に向かっているみたいなんだけど」
「ああ。っと、見えたぞ。あそこがライナスの冒険者ギルドだ」
俺たちはアガーテが指さした方向を見る。
そこは……あの城じゃないか!
確かに剣と魔物のシルエットの看板はあるけど……
「えーと、本当に?」
「こんな時に嘘など吐いてどうする? あの城がライナスの冒険者ギルドだ。城の一部が一般開放されていて、そこで他の冒険者ギルドと同じことが可能だ。他の場所は避難場所だったり、ギルドの幹部たちの仕事場所だったりと様々だな。稀にだが他国の要人が来た時に対応したりもする」
「王の勤務先って言うのはそう言うことだったのか……」
「その通りだな。ほら、呆けてないで早く行こう」
予想外の冒険者ギルドに圧倒された俺たちは、アガーテに後押しされて歩き出す。
立派な城門を通り抜け、一般開放された城の中へと歩を進めるのだった。




