105話 森を抜けて
「――という訳で、マイルズとアムールの間にある森がトレントの住処となっていたのだ」
「成程……今度はそこに移動していたのですわね……何はともあれ、アガーテ様たちが無事森を抜けられて良かったですわ」
現在俺たちは首都ライナスへ向かう途中、マイルズとの中継地点にあるアムールと言う町の冒険者ギルドに来ている。
この町でもアガーテのことはよく知られているようで、アガーテが話を通すと簡単にここの支部長であるサンドラさんの元へと通された。
サンドラさんはきっちりとギルドの制服を着こなしたいかにも出来る女性、と言った風貌だ。
年齢は母さんと同じかちょっと若いくらいかな? それに、大体アガーテと同じくらいだろうか。なかなか悪くないものをお持ちだ。
応接室と思われる部屋でアガーテがサンドラさんにトレントたちのことを説明していく。
サンドラさんは時折ポヨンやキナコ、ルカのことを気にしながらも熱心に話を聞いていた。
ん? さっきサンドラさんはちょっと気になる発言をしていたな。
「今度はそこに移動したってさっき言ってたけど、他の場所でも同じようなことがあったのか?」
「少なくとも私は今までそのようなこと聞いたことなかったのだが……どう言うことだサンドラ?」
「ええ……この問題が表面化したのはアガーテ様たちがライナギリアを発った後でしたから。事の発端はライナス近隣の農村からの依頼でしたわ。作物や家畜が日に日に弱っていく、村人の中でも子供や老人を中心に似たような症状が出てどうにもならない、原因を調査して解決してくれ、と」
「その症状って……」
「ああ。俺たちが森でトレントにやられたことと似たような感じだな」
「ええ。その後ギルドで調査隊が組まれ、この問題を調査することになりました。その時、アガーテ様たちと同じようにトレントに襲われ、その時はそれを撃退したそうです。その後、農村は徐々に活力を取り戻していき、この件はそれで解決したかに思われましたが……」
「他の地でも同じようなことが起こった、と」
「ええ、その通りですわ。その発生地点もライナギリア国内のどこかと言うこと以外は関連性は無し。どこまでがこの件に関連するのかは分かりませんが、中には何も無かった所に急に森が現れた、森の木々が忽然と姿を消した、との報告も受けておりますわ」
「では、私たちが踏み入った森も……」
「そうですわね。そのような場所にそんな迷う程の森は無かった筈。おそらくはアガーテ様たちが討伐したトレントの仕業でしょう」
どうやらアガーテの記憶は正しかったようだな。
「今回の一連の件、既に冒険者や近隣の住民にも行方不明者や犠牲者が出ておりますわ。犠牲者は皆等しく全ての生命力を搾り取られたようにカラカラに干上がっていたと……命からがら逃げ帰った者も、やはりトレントたちに襲われ何かを吸い取られそうになったと」
生命力……か。
奴らの扱っていた謎の属性と何か関連があるのかな?
「あ、あのぅ」
レイチェルがおずおずと口を開く。
「アガーテがトレントは黒獣の森にいるって言ってましたけど、そこのトレントも同じようなことをしてくるのですか?」
確かにな。
でも、今回のこのトレントの一件がライナギリア内で問題になっていることを考えると……
「いいえ。トレントには植物を使った攻撃をしてくる種も存在しますが、このようなケースは今回のことが初めてですわ」
「ふぅむ。サリヴァンが急いでライナスに向かうことになったのもこれが原因か」
「そうですわね。そうだ、確かアガーテ様たちはトレントの回収に成功したと。一度見せてもらうことは可能ですか?」
「ああ。襲い掛かって来た二体分と、トレントだったと思われる木だ。どこに出せばいい?」
「いえ、トレントを職員たちに運ばせますので置いている場所を教えていただけたら」
「あー、それは問題無い。説明が難しいから見てもらった方が早いだろう」
「はぁ……分かりましたわ……? ではついて来て下さい」
サンドラさんはやや訝しげな顔になりながらも、それ以上のことを追及してくることは無かった。
俺たちは、サンドラさんの案内でギルドの倉庫と思われる広い建物へと移動した。
「えーと、それでトレントはどこに?」
「リディ」
「うん」
リディが亜空間からトレント二体、トレントだった木を一本取り出し倉庫の床に並べる。
それ様子を、サンドラさんは驚愕の表情で見つめていた。
どうやら驚きすぎて声も出せなかったようだ。
「こ、これは一体……それに、まるでさっきまで生きていたかのよう……」
「あー、見たままだサンドラ。このリディはこうやって鮮度を保ったまま物を運ぶことが出来る」
「これだけ大きなものを……何がどうなっているのかよく分からないですが、凄まじいですわね……ん、リディ……? 確かそちらのお二人はジェットさん、レイチェルさんでしたわね」
「ああ」 「はい」
「そうでしたわ……最速Bランク到達や未成年最年少Cランク到達を成し遂げた魔術師パーティー『モノクローム』……それが彼らだったのですわね」
やはり、マイルズの時同様ライナギリア内には既に知れ渡ってしまっているみたいだ。
「流石はアガーテ様が率いるパーティー……ただものでは無かった、と言う訳ですわね」
「あー……私が率いている訳ではないぞ? むしろ私がジェットに弟子入りしている形だ」
「えっ!?」
すると、さっき以上に驚きの表情を浮かべてサンドラさんの時が止まった。
やはり、以前のアガーテしか知らない人にとっては衝撃的なんだろうな。
「そこまで驚くことか!? ん? サンドラ?」
どうやら、ロギンスさんの時と同じく再起動まで少し時間が掛かりそうだな……
◇◇◇
「し、失礼いたしましたわ」
復活したサンドラさんが申し訳無さそうに頭を下げてくる。
「全く……ロギンスと言いサンドラと言い……」
アガーテは多少不満を口にするも、以前の自分のことを自覚してか強くは言い返さない。
「まあいい。それで、このトレントたちはどうだ?」
「え、ええ。これ程綺麗な状態で運び込まれたトレントは今までありませんでしたわね……どうしても戦いが長引いてボロボロに傷付いておりましたし、運ぶ為にある程度細かく切り分ける必要もありました。何より、運搬する時間はどうにもならず、運び込まれる頃には多少劣化しておりましたわ」
俺たちの運び込んだトレントは払った枝も含めてほぼ丸ごとだからな。
細かい傷はトレント自身が再生していたし、目立つ傷と言えばトレントを根元から斬ったり叩いたりして折れた時の傷くらいだろう。
「これならむしろ……アガーテ様、このトレントをそのままライナスまで運んでいただくことは可能ですか?」
「元々ライナスへと向かっていたのだからな。問題無いとは思うが……ジェット、どうだ?」
「俺たちなら何も問題無いよ」
俺の言葉にリディも頷く。
「だそうだ」
「それならば、このトレントのライナスまでの運搬をお願いいたしますわ。これについてはアガーテ様とモノクロームの皆様への指名依頼とさせていただきます」
「それはいいんだけど、でもどうして……」
「ライナギリアの冒険者ギルドはライナスに本部がある。それ故、ライナスの方が人員や設備が整っているのだ」
「その通りですわ。今回の件に関しては、ライナギリア全体の問題です。それならば、ここまで綺麗な状態のトレントでしたら本部で調査した方が分かることも多いでしょう」
成程。それなら納得だ。
俺たちはトレントの運搬を正式に依頼として受注することになった。
報告と手続きを終えてギルドを出る頃には既に日が傾き始めていた。
丁度アムールにいることだし、今日はアムールの宿で一泊していくことに決定した。
アムールの宿でもマイルズの時と同じく、アガーテの知名度のお陰で話がすんなりと纏まった。
俺たちの場合、どうしてもリディの従魔たちも一緒に宿泊する必要があるからな。
きちんと従魔登録をしているとは言え、やはり宿によっては宿泊を断られる時もある。
まあ、その時は野営をすればいいだけだから困り果てると言うことは無いんだけど……町の出入りを考えると、宿に泊まれた方が何かと便利なのも確かだ。それに、宿によっては他では食べられない美味しい料理を食べたりも出来るからな。
ここでも俺たち全員が同じ部屋を使うと言ったら随分驚かれてしまったけど、マイルズの時と同じくアガーテが強引に話を進めるのだった。
部屋に通された俺たちは、ポヨン、キナコ、ルカも含め思い思いに寛ぎ始めた。
「はあ、全く。毎回宿で同じ説明を繰り返すのも面倒なものだな」
「アガーテ、もし気になるんだったら今からでも別の部屋を用意してもらっても」
「いや、そのような気遣いは無用だ。それに……こう言ったことには早めに慣れておいた方がいいし……」
どうやら余計なお節介だったみたいだ。ただ、後半はごにょごにょ喋っていたせいで上手く聞き取れなかったけど……
「アガーテが納得しているんだったらいいけど……」
「それにしても、どこへ行ってもアガーテ姉の知名度が凄いね」
「本当だよねえ。それにロギンスさんやサンドラさんみたいな偉い人が様付で呼ぶんだもん。わたしびっくりしちゃったよ」
「前に少しは顔が利くって言ってたけど、実際はそれどころじゃないよな」
「ま、まあ、色々あってな。その分、面倒事も多いがな」
「マイルズとかアムールでこれなんだから、アガーテ姉の家があるライナスだともっと凄いんだろうなあ」
「そ、それより! あのトレントの騒動はあれで終わりだと思うか?」
露骨に話題を変えてきたな。
何か隠しておきたいことでもあるんだろうか?
「あたしはまだ終わりじゃないと思うかな」
「そうだなあ、俺もそう思う。確かに倒したトレントはそれなりに強敵ではあったけど、あの程度だったら既に誰かが全滅させてても不思議ないからなあ」
「森が姿を現したり急に消えたりってサンドラさんが言ってましたよね。やはり師匠が感じた謎の属性が関係してるんでしょうか?」
「うーん、今は何とも言えないかな。機会があれば是非もう一度受けてみたいんだよなあアレ。その時はもっと色んなことを試してみて――」
「……ジェットはいつもこうなのか?」
「そうだね。おにいは子供の時からずっとこんな感じだよ。例えばね」
その後、リディによって俺の子供時代のエピソードが色々と語られていく。
俺としては別に普通のことをやっているつもりだったんだけど、どうやらアガーテにとってはそうではなかったらしい。時折信じられないものを見るような目で俺を見てくる。
レイチェルも初めて聞く話だとアガーテと同じような様子だった。
特に、素っ裸で嵐の夜に飛び出して迷子になって震えていたエピソードが衝撃的だったようだ。
だけどな、素っ裸になってやってたことなんて他に幾らでもあるぞ?
例えば積もった雪の中に潜り込んで雪だるまになってみたり、真冬の川の中に飛び込んでそのまま数時間は泳いだり……やはり肌で直接感じた方が理解が進むんだよなあ。
「でも、俺が今魔術を使えているのはそう言った色々な体験のお陰なんだからな。そうだ! 二人にもいずれは色々と体験してもらうのもいいかもな」
まあ、流石に裸で嵐の夜に放り出すとか無茶なことをさせる気は無いけどな。
「うっ……そ、その、お手柔らかにお願いしますね?」
「私も……出来れば恥ずかしくない方法で……」
その後もエルデリアでの数々の俺のエピソードで盛り上がり、日課の魔力操作の修業を終え体を拭いて眠りに就く頃にはすっかり夜が更けていた。
そして翌日、俺たちは首都ライナスを目指して再び出発するのだった。




