104話 木の魔物
俺は剣に火属性『エンチャント』を発動する。
本来なら森の中で火属性なんて延焼の可能性を考えてそうそう使えない。大百足の時みたいに周囲が水場だったりしたら話は別だけど。
しかし、幸いこの森は何故か草も生えてない。周囲にいるのはレントだけなので、燃え移った所で何も問題は無い。
「どうしていきなり動き始めたのでしょう!?」
「多分、俺の地属性の魔力を根から大量に吸収したからだと思う。それで活発になったんじゃないかと」
そう考えると、地属性はあいつらには逆効果だろうな。
「他の動いてない木もトレントなのかな?」
「そう思って行動した方が良さそうだ。アガーテ、トレントってこの辺じゃよく出るのか?」
「稀に黒獣の森から出てくるトレントは存在するが……ここまでの数が一気に出て来たなど聞いたことが無い!」
トレントたちがじわじわと包囲を狭めてくる。
どうやら木の根が足代わりになっているみたいだ。
「キュゥゥゥ……」
その時、ルカが少し苦しそうな声を出す。
「ルカ! どうしたの!?」
よく見ると、ルカを包んでいる水球が少しずつ小さくなっているようだった。
そしてその水球からは、水属性の魔力がある方向に流れていっているのが視えた。
「トレントだ! トレントがその水球から魔力を吸い取ってる! ルカはそれで苦しそうなんだ!」
それを聞いて、リディが慌てて水球からルカを引っ張り出す。
「キュゥウウ」
「もう大丈夫? はぁ、良かった」
おそらく、水球と同時にルカからも魔力を吸い取っていたんだろう。
こいつら水属性も吸収するのか。まあ、木だから当たり前と言えば当たり前だけど……
そうなると、今回は水属性に特化したルカには頼ることが出来ないな。
「なんだか、トレントたちが更に活発になっているような……」
水属性の魔力を吸収した影響だろうか、それぞれ反対の方向から二体のトレントが一気に俺たちの方に襲い掛かって来た!
「こっちは俺がやる! そっちは任せた! 水属性と地属性は絶対に使うなよ!」
「うん! ポヨン、『魔装変形』! キナコはルカを守ってあげてて!」
リディが従魔たちに指示を出す。
そして右腕に装着されたポヨンに火属性『エンチャント』を施した。
「ならわたしは……」
レイチェルは二刀のミスリルナイフに風属性の『エンチャント』を施す。
風属性なら吸収されることも無いだろうし、切れ味が飛躍的に増すからトレントに効果的だろう。
そうこうしている間に俺の方にトレントが迫って来ていた!
トレントは太い枝を腕のように使って俺を打ち据えようとしてくる。
「そんな攻撃が効くか! これでも食らえ!」
俺はその枝を炎の剣で斬り付ける!
思った通り、剣はトレントの枝を容易く斬り落とした。
その斬撃で切り口に火が移ったものの、それはトレントが自ら樹液を出して消火していた。
やはり火が怖いのか、トレントは少し後退する。
だけど、それを見逃したりはしない!
俺はトレントへと距離を詰め、炎の剣で滅多切りにする。
トレントはどうにか枝を使って対抗しようとしてくるも、全て炎の剣で斬って燃やし尽す。トレントの幹にも炎の斬撃を何度も浴びせ掛ける。
トレントは樹液でどうにか消化し傷を塞ごうとしているものの、段々と火の勢いの方が強くなる。
そして、俺は一気に踏み込み根元を一閃する!
ミシミシッメキメキメキッ
炎の剣はトレントの幹を深く切り裂いた!
すると、その斬り口からトレントの幹が少しずつ折れていく。
ズドォォオオオン……
根元から折れてしまったトレントは暫くもがいていたものの、次第に普通の木のように動かなくなっていった。
ふう、俺たちを取り囲んでいる周囲のトレントはまだ動いていないな。
あっちはどうなった? まあ、三人がかりだし大丈夫だろうけど。
俺はリディたちの方を振り返る。
すると、少し予想外の光景が広がっていた。
「ぐっ! こいつ、また更に強く……!」
「駄目! 斬ってもまた再生される!」
「火も樹液で消化されちゃう!」
なんと、三人は更に活発になったトレントに苦戦しているようだった。
俺が戦ったトレントはあそこまで強くなかったぞ!?
一体どうして……
「『闘気盾』!」
アガーテが盾でトレントの攻撃を受け止める。
だけど、トレントはそのまま力尽くで押し込もうとしてくる。
徐々に力を増しているように見えるけど一体どうして……
加勢しようとトレントの方に向かう。
その時、アガーテの盾からトレントに向かって魔力が流れているのが視えた!
あれは……光属性の魔力か!
そうか! 植物の成長には日の光が欠かせない。それは木の魔物であるトレントも同じことなんだ!
「アガーテ! 光属性の魔力が吸収されている!」
「な!?」
俺はアガーテを押し込んでいたトレントの枝を炎の剣で斬り裂いた!
先程のトレントの枝より強い抵抗を感じたけど、それでもその枝を斬り落とすことに成功した。
更に幹も斬り付けてやると、トレントは堪らず後退した。
「くっ、すまない。無意識に光属性を使ってしまっていたようだ。まさか私のせいで強くなっていたとは……」
アガーテは魔術を覚え始めてからまだ日が浅い。
そう言うこともあって、最近よく使っていた光属性の魔力を無意識に使ってしまっていたんだろう。
「いや、お陰で光属性が逆効果なことが分かった」
「アガーテ! 大丈夫!?」
「ああ、問題無い」
「あれ、あのトレント、変な動きを始めたんだけど……」
トレントの様子を見てみると、その場から動かずに根を蠢かせていた。
何をする気だ!?
トレントの様子に警戒していると、いきなり地面から木の根が飛び出してきた!
「うおっ!? 危ない!」
俺は咄嗟に隣にいたアガーテを突き飛ばす。
そして向かって来る木の根を炎の剣で斬り裂いていく。
目の前から迫って来る根は斬り落とせたものの、更に俺の足元から木の根が生えてきて、その根が俺の脚に絡みついてきた。
「ぐぁっ!? 魔力が……吸い取られる!?」
なんと、トレントは木の根から俺の魔力を吸い取って来た!
どうにか吸い取られまいと抵抗するものの、少しずつトレントに魔力が流れてしまう。
それに、魔力だけでなく体力も少しずつ吸収されている感覚がある。森を歩いていた時の疲労の原因はこれか!?
更に……木の根から感じたことの無い魔力を感じる……!
俺の魔力や体力は、この木の根の謎の魔力へと引き寄せられている感覚がある。
これは……何か俺の知らない属性を扱っているのか!?
「ジェットッ!!」
アガーテが悲痛な面持ちで俺の名を呼ぶ。
うーむ……この木の根の謎の魔力が俺の魔力と体力を奪い取っているのは間違いない。
ただ、何故かこの木の根の中に俺の魔力を感じないんだよなあ。
この謎の魔力が原因なのか?
「おにい! あっ」
よし、逆に俺もこいつから吸収を……駄目か。
単純に魔力を操作して動かしている訳ではなさそうだな。
そういった特性を持つ属性ってことなのか!?
「師匠! 早くその木の根……を」
リディとレイチェルも俺を心配してこちらに駆け付けようとしていたけれど、俺の様子を見て足を止めてしまった。
「なっ!? ジェット! 何故そんな状況で笑っているんだ!?」
あー、やっぱり顔に出ちゃってたか。
どうやら、トレントの扱う謎の属性を前に、俺は知らずに笑みを零してしまっていたようだ。
「あー、アガーテ姉は初めてだったね」
「し、師匠~! 時と場合を考えて下さい!」
確かに、レイチェルの言う通りまずはこの状況をどうにかした方がいいだろうな。
流石に今のままではいずれ根こそぎ魔力と体力を奪われてしまうだろう。
非常に……非常に名残惜しいけれど!
まあ、折角俺の魔力を吸収してるんだ。
こいつもくれてやる!
俺は、闇属性の魔力を木の根からトレントに向けて思い切り流し込む!
すると、トレントは木の根からどんどん黒ずんでいき苦しみ始めた。
濃厚な闇の魔力を体に取り込んでしまって腐り始めたようだな。
予想通り、闇属性の魔力は吸収出来ないようだな。
もし吸収されるようなら火属性の魔力を流し込んでやろうかと思ってたけど……
「今だ! 奴をぶち折ってやれ!」
「うん! ポヨン!」
「はい! やぁぁああああああ!」
「ああ! 『闘気槌』!」
三方向からそれぞれ火属性、風属性、無属性の渾身の一撃を叩き込まれたトレントは、体が徐々に腐っていたこともあり根元からボッキリと折れて倒れた。
その後暫くもがいていたものの、先に倒していたトレントと同様次第にその動きを止めていったのだった。
俺は絡みついた木の根を払っていく。
トレントが死んだ影響か、木の根は簡単に外すことが出来た。
「ふう、後は周囲の奴らを……あれ?」
残りのトレントたちを始末しようと周囲を見渡すと、そこには葉の落ちた動かない普通の木だけが残されていた。
「なあ、あいつらってさっきまで確かに動いてたよな?」
「うん。それに、葉っぱも付いてた筈なんだけど……」
「あ、ずっと感じてた視線が無くなった? もしかして、さっき倒したトレントが親玉だったんでしょうか?」
「ふぅむ……ジェット、一度周囲の木を調べてみた方がいいのではないか?」
「そうだな。リディ、トレントたちは回収出来そうか?」
「うーん、枝を払えば多分大丈夫かな」
俺はリディが『亜空間収納』で仕舞えるよう、トレントたちの枝を払っていく。流し込んだ闇属性の魔力も浄化しておこう。
俺が回収してもいいんだけど、流石に二体は収納出来ないし、ちょっとでも劣化は少ない方が何をするにしてもいいだろう。
「こんなもんか。それじゃ頼む」
「分かった」
リディにトレントたちの回収を頼み、俺たちはさっきまでトレントだったであろう木へと近付いていく。
「どう見ても普通の木ですよね……」
「ちょっと試しに魔術を使ってみる」
俺は地魔術で軽く地面に穴を掘る。
すると、普段通りの魔力消費で穴を掘ることが出来た。
「うん、特に魔力が吸い取られている感じは無いな」
「おにいー、回収終わったよー」
リディが従魔たちと共にこっちに走ってやって来る。
「なんかトレントたちを倒したからかな? ちょっとした疲労感が無くなったね」
「そう言われてみれば確かに……さっきまでは妙に疲れやすさを感じていたが……」
「ああ、それは多分――」
俺は、トレントが何か体力や魔力を吸収する手段を持っていることを皆に伝えた。
その時、おそらく俺たちの知らない属性が扱われていたことも。
「成程……私たちは知らず知らずトレントたちに体力と魔力を吸い取られていたのか」
「ああ。多分、地面や森の空気を伝ってちょっとずつトレントに体力や魔力が流れていたんだと思う。木の魔物って特性上、火属性とか風属性、闇属性の魔力は吸収出来ないみたいだけどな」
「それじゃ、この辺りに草とかが一切生えていないのって……」
「冬ってこともあるだろうけど、やはり一番の原因はトレントの吸収だろうな」
「うーん、『分析』でおにいを視てみたんだけど、雷属性の時みたいに新しい属性が視えるようにはなってないね」
「多分だけど、まだその属性について俺たちの知識や経験が足りないんだろうな」
「師匠が嬉しそうな顔してた理由がよく分かりました……」
「? どう言うことだ?」
「そっか、アガーテ姉は知らなかったんだったね。えっと……」
リディとレイチェルによって、俺が雷魔術を習得しようとライトニングホーンの雷を受け続けたエピソードが語られる。
「あの雷魔術にそのような背景があったとは……何と言うか……以前は私もそれなりに無茶をしたことがあるが、ジェットに比べると大したことなく感じてしまうな……」
「そうか? 普通のことだと思うんだけどなあ」
「おにいの普通は普通じゃないからね」
レイチェルが力強く首を縦に振る。
……どうやら、この場では俺の分が悪そうだ。
「うぉっほん! とりあえず! 確認の為この木も一本回収していこう」
そう言って、俺は風属性『エンチャント』で切れ味を鋭くした剣で木を一本斬り倒す。
木は特に抵抗したりすることも無く斬り倒せた。
「やっぱり、どう見ても普通の木ですよね」
「レイチェル、もう視線も気配も感じないのか?」
「はい。あれからは一切感じません」
「となると、もう普通に森を抜けられるかもしれん。このことはギルドに報告せねばな」
「どうルカ? 何ともない?」
「キュゥゥウ!」
再び水球を纏ったルカは元気いっぱいの様子だ。
「よし、これ以上ここにいても仕方ないし、森を抜けよう」
その後、道を確認しながら進むと、俺たちは特に何事もなく森を抜けることに成功した。
やはり、トレントたちが景色を少しずつ変えて俺たちを惑わしていたんだろうな。
それからは目立ったトラブルも無く、多少現れた魔物を倒す程度だった。
途中野営を行いながら、俺たちは問題無く中継地点の町アムールに到着し、今回のことを報告すべくアムールのギルドへと向かったのだった。




