10話 ジェット12歳
ふぅ、今日はこんなもんか。
集めたミスリルを『亜空間収納』に放り込む。
リディに教えて貰ったこの魔術はとんでもなく便利なものだ。
リディ曰く夢の中の先生から習ったのだとか。
『分析』の時と言い、夢の中の先生って一体何者なんだろうか……
この『亜空間収納』は俺には劣化版しか使えないらしい。
まあ、劣化版とは言えとても便利なものに違いないんだけど。
安全性は大丈夫なのか、とリディと一緒に色々実験もした。
その中で色々なことが分かった。
まず、この中には生き物を収納出来ない。ただし、死体や収穫済みの植物なんかは大丈夫みたいだ。
自分の魔力で作った空間だからか自分の腕くらいなら中に入れることは出来る。まあ、無理矢理突っ込み過ぎると弾き飛ばされるけど。
次に、中途半端に空間からはみ出した状態で空間を閉じるとどうなるかも試した。
その状態で空間を閉じると、はみ出していた物が凄い勢いで外に弾き飛ばされた。
そこでふと疑問に思う。
自分の腕を突っ込んだ状態で空間を閉じてしまったらどうなってしまうのか、と。
流石に自分の腕で実験はしたくなかったので髪の毛で試してみる。リディに協力して貰った結果、髪の毛もちゃんと生物と判定された。抜け落ちた物は普通に収納可能だったけど。
実験の結果、髪の毛の場合でも凄い勢いで外に弾き飛ばされた。勢いがあり過ぎて首を痛めるかと思った程だ。
一応中身も確かめたけど、髪の毛が切断された様子は無かった。
まあ、だからと言って腕で同じことはしたくない。リディにも絶対に腕を突っ込んだ状態で空間を閉じるな! と言い聞かせた。
で、何が劣化版なのかも調べた。
まず、俺の『亜空間収納』はリディのものと比べ、圧倒的に入る量が少ない。リディのものはどれだけの量が入るのか調べ切れない程だった。
次に、リディの『亜空間収納』は中の時間経過が存在しないようだった。俺の方は普通に時間経過する。これは、二人で拾ったどんぐりをそのまま忘れてそれぞれの空間に収納していて判明した。
俺の方は中身が腐ってボロボロになっていたのに対し、リディの方は拾った時のままの綺麗な状態だった。
試しに母さんに作って貰ったおにぎりをリディの空間に収納してみたんだけど、数日後でも作りたての暖かいままだった。
そしてもう一つ。
大きな物を収納する時にはそれ相応の魔力が無いと無理だと分かった。
これに関してはリディはまだまだ魔力量が少ない為、俺の方が圧倒的に優れている部分だ。
ただ、大きい物を収納しようとしても容量の問題があるからなあ。容量も広げてみようと色々やっているけどなかなかすぐには難しいみたいだ。
さて、そろそろリディを呼び戻すか。
「おーい、リディ。 こっちは終わったぞー」
……呼び掛けてみるがリディからの返事は無い。
ちょっと遠くの方まで行っちゃったのかな? 全く、父さん母さんに似てお転婆に育っちゃったな。
俺はリディの向かって行った方向へと歩き出した。
おかしい、あれから色々な場所を探して声を掛けているが何処にもリディが見当たらない。
俺は今、『身体活性』を使って目と耳も強化している。それでも全く見付けることが出来ない。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!
焦りばかりが募っていく。
何処か隙間の中にでも入っちゃったのか、それとも崩れた瓦礫に埋もれてしまったのか……
もしかしたら、森に入ったりしたんじゃ……
俺はリディから目を離してしまったことを酷く後悔した。
このままじゃ埒が明かない。
村に戻って母さんたちに説明してリディを一緒に捜してもらおう。
勝手に村の外に出たことはバレちゃうけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
「きゃぁぁぁ――」
急いで村に戻ろうとした丁度その時だった。
森の奥の方から女の子の悲鳴が木霊した。
間違いない! あれはリディの声だ!
くそ! 何かあったんだ! 急いで助けに行かなきゃ!
俺はボロボロの剣を取り出し、それを握り締めて悲鳴の聞こえた森の中へと駆け出した。
いた!
でも、そこにいたのはリディだけじゃない。
リディの方に腕を伸ばしているあれは!
黒い肌、笑みを浮かべた醜悪な顔、俺より大きい体つき、あれは……ゴブリンだ!
実際にゴブリンを見てみると、正直言うと凄く怖い。
心臓の音がうるさい。どんどん恐怖心が湧いて来る。
でも、ここで俺がやらなきゃ誰がリディを助けるんだ!
理性と兄貴の維持で恐怖心を無理矢理抑え付ける。
そして剣を構え、一気にゴブリンに飛び掛かった!
「人の可愛い妹に触ってんじゃねええええええええええええ!!!!」
くそ、踏み込みが浅かったか!
俺の攻撃はゴブリンの腕に多少の傷を負わせる程度で終わった。
「ギュエッ!?」
俺のことは全く目に入っていなかったらしく、斬り付けられて一瞬驚いたゴブリンだったが、素早く距離を取って俺のことを睨み付けてきた。
「おにい……ごめんなさい」
その場にへたり込んでしまうリディ。
身体は震え、涙は止まらないようだ。
今すぐここから逃げ出すのはとてもじゃないが無理だろう。
……良かった。どうにか間に合って本当に良かった。
この子に何かあったら俺は一生自分を許せなかったに違いない。
「無事で良かった……ちょっと待ってろ、あいつをどうにかする!」
剣を構えゴブリンを睨み付ける。
初めての魔獣を前に心臓が飛び出してしまいそうだ。
でも、リディを置いて逃げ出す訳にはいかない!
「ギュエギギギギッ!!」
不快な鳴き声と共にゴブリンが飛び掛かって来た!
後ろにはリディが居るので避ける訳にはいかない。
『エンチャント』を使った剣でゴブリンの拳を受ける。
ぬぐぐぐぐ、なんて重い拳だ!
でも、『身体活性』をフルに活用すればどうにか耐えられる。
「ギゥ? アギギギャギュオッ!!」
ゴブリンは一撃で俺を仕留められなかったことに驚いたようだった。
すると、今度は何度も拳を剣に叩き付け始めた。
このままじゃ剣の方が持たない!
何か、何か無いのか。
必死で考えを巡らせる!
ああ、そうだ! 一つ思い付いた!
でも、ゴブリンの拳を受けながらじゃ無理だ。
くそっ! こうなったらあいつの拳に無理矢理魔術を叩きこんでやる!
俺は咄嗟に手に火の魔力を集める。
すると、集めた魔力が剣に一気に流れ込んだ。
剣の刃から凄まじい勢いで炎が溢れ出る。
「ギ? ギェエアアァァアアアア!!」
あまりの熱さにゴブリンの拳が焼け爛れる。
堪らず後ろに飛び退くゴブリン。俺も予想外の事態にびっくりする。
でも呆けている場合じゃない。よし、今だ!
俺は『亜空間収納』を発動し、中から幾つもの剣や槍を半分程取り出す。
勿論刃の方をゴブリンに向けてだ。
そしてそのまま空間を閉じる。
「アガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
勢いよく弾け飛んだ武器たちがゴブリンの体を貫いていく!
一部狙いが甘かったものもあったけど、思った以上に大ダメージを与えられたようだ。
ゴブリンが膝をつく。
「うおおおりゃあああああああああああああああ!!!」
ゴブリンの脳天目掛けて思い切り燃え盛る剣を振り下ろす。
「ぬぐぐぐぐ……だあああああああああああ!!」
剣に抵抗を感じたが、構わず力を振り絞り続ける。
次第に剣は、ゴブリンの頭に深く沈み込んでいく。
頭を割りそのまま体を焼きながら、剣はゴブリンを真っ二つに斬り裂いた。
そして、役目を終えたかのように崩れ落ちた。
「はあ、はあ、はあ」
しばらく呆然と立ち尽くす。
そうか、俺はゴブリンに勝ったんだ、リディを守り切ったんだ……!
相手が力任せに向かって来るだけの知性の無い魔獣で助かった。
それでも、その力自体が驚異的なものだったけど。
改めてゴブリンの死体を見下ろす。すると、周りが所々燃えているのが目に入る。
俺は慌てて水魔術で消化を始めるのだった。
◇◇◇
「それで、何で勝手に森の中に入ったんだリディ?」
その後、リディを連れて遺跡まで急いで戻って来た。
ゴブリンの死体も『亜空間収納』で運んできた。
刺さった武器も回収したかったし。
どうにか俺の容量でも入って助かった。まあ、中身全部をリディの方に移してギリギリだったけどな。
「ごめんなさい、おにい……あのね、この子がたすけてってあたしのこと呼んでたの。それで……」
うん、さっきからずっと気になっていた。
リディが抱えている薄鈍色のプルプル。あれは、
「これスライムか」
「そうなの? さっきのゴブリンに虐められてたんだけど……」
抱えたスライムをリディが撫でる。スライムは嬉しそうにぷるぷる震えている。
スライムって言うのは魔獣の一種で、主に動物や魔獣の死体を食料にしている。
基本的にはこちらから手出ししなければ安全な奴だ。まあ絶対とは言えないみたいけど。
体内に核と呼ばれるものがあって、そこが心臓みたいなものらしい。
ただ、スライムが呼んだってどういうことだ? どう見てもコイツ声なんて出せないだろうし。
それに、こんなに人に懐くものなんだろうか?
そんなことを考えていると、リディの抱えているスライムが膨れたり萎んだりしている。
そのよく分からない行動に、俺は警戒心を強める。
「ん、どうしたの? え、お腹空いた? うーん、ちょっと待ってね」
「リディ、そいつの言ってる? こと分かるのか?」
「うーん、何となくだけど理解出来るような?」
そう言いながら亜空間から色んな物を取り出すリディ。
どんぐり、果物、おにぎり。蝉の抜け殻なんかもあるようだな。
今のうちに俺はゴブリンの処理をすることにした。
亜空間から死体を取り出す。
うぇっ。我ながらグロい殺し方をしたもんだ。真っ二つになった体から色んなものが飛び出している。せめて血抜きが森で出来てたのが救いか。
さっさと終わらせよう。俺は死体から刺さった武器を抜いていく。
そうだ、あの火の『エンチャント』も今度要検証だな。
抜いた剣を使ってゴブリンの心臓付近から魔石を取り出す。
魔石って言うのは魔獣にとっての魔力の源だそうだ。この石を大量に使って村の魔物除けを維持してるって村長が言っていた。
生活する上でも魔石は欠かせない。灯りの道具なんかも魔石を利用してるし。
動物と魔獣の違いは魔石のあるなしらしい。魔獣は中には魔石の魔力を使って魔術を使ってくる奴も居るし、全体的に狂暴なのが多いのだとか。
回収した武器と魔石を亜空間に放り込む。
リディの方に移してた分も後で入れ替えないとな。
「お、おにい! この子がミスリル食べた! え? もっと欲しい!?」
な、なんだと!?
スライムが金属食べるなんて聞いたことないぞ?
しかもミスリルなんて……おのれ、贅沢なスライムめ!
う、リディが何かを訴える目でこっちを見て来る。
…………はぁ。
「……ちょっとだけだぞ」
「! うん!」
今日回収したミスリルの大半を食べ尽くした後、スライムはゴブリンの死体も食べ尽くした。
うん、あのでかい死体をちょっとずつ溶かしていく様は中々くるものがあった。
リディも青褪めて口元を押さえている。今日の晩御飯は肉以外がいいな……
そろそろ村に帰ろうかと思ったけど、
「おにい、この子連れて帰りたい」
妹よ、何を言ってるんだい?
抱えてるスライムは喜んでるのかめっちゃぷるぷるしてるな。
確かにスライム自体は死体処理なんかで人にとって益にもなる魔獣だ。
こいつはリディにも懐いてるっぽいし。
でも、村に入れてもいいものなんだろうか。
う、そんな潤んだ目でこっちを見るんじゃない妹よ。
心なしかスライムも同じような目でこっちを見ている気がする。まあ、スライムに目なんて無いけどな。
「……父さん母さんは自分で説得するんだぞ」
「うん! ありがとうおにい!」
はぁ、俺もつくづく妹に甘いな。
とりあえずこのスライムは川を流れてきたものを拾ったら懐かれた、と言うことにしておいた。
◇◇◇
「あ、先生。今日は起こしてくれてありがとう!」
『うむ、いい出会いがあったようじゃの。しかし、まさかゴブリンまで一緒におるとはのう』
「そうだよ! くっさいパンツ投げられるし殺されるかと思ったんだから」
『お主の兄が一緒なら大丈夫とは思ってはいたが……結果的に危ない目に遭わせてすまんかったの』
「ううん、あたしが一人で飛び出しちゃったのが悪かったんだし……それに、今日あの子に会えてなかったら、あのままゴブリンに殺されてたかもだし」
『くふふ、ではお詫びに従魔について教えるとしようか』
「本当? やったー」




