1話 ジェット4歳
是非読んで頂ければ嬉しいです。
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「うー、どうしよう……」
四歳になったばかりの僕は今、人生最大のピンチを迎えている。
僕の家にはとっても綺麗な宝石がある。見る角度によって色の見え方が変わる不思議な宝石だ。
なんでもずっと昔から我が家に伝わる物のようで、お父さんがうちの家宝だ! なんて言ってたっけ。
その家宝が……はい、今僕の足元で真っ二つに割れています。
普段は神棚の上の箱に入れられて祀られている。
僕じゃとても届かない所に置かれているんだけど、今日は棚を修理するために降ろされていたんだ。
いつもは近くで見られないのもあって少し燥いでいたのもあると思う。
でも、自分でもよく分からないんだけど宝石に呼ばれたような気がしたんだ。
手に取ってよく見てみようと思ったら……ツルっと落としちゃいました。
「はやくどうにかしないとおとうさんたちかえってきちゃう……ごはんつぶでひっつかないかなぁ」
涙目になりながら証拠隠滅しようとするもそんな上手くいく筈もなく、徒に時間だけが過ぎていき、僕は次第に嗚咽を漏らし始める。
◇◇◇
その日の始まりは特に普段と何も変わらないものだった。
いつも通りお母さんに起こされて、いつも通りお父さんお母さんと朝御飯を食べて、そのままお昼まで遊んでお昼御飯を食べて、その後はウトウトしてきたらお昼寝を始めて……
そんな風にいつも通りの一日になる筈だったんだ。
「ねえあなた、そろそろ神棚をきちんと修理した方がいいんじゃない?」
「そうだなあ。ずっと応急処置し続けるよりは一気に新品にでもしちまった方がいいか。よし、今日は休みだし一気にやってしまうか。ナタリア、ちょいと手伝ってくれ」
「ええ。ジェット、お母さんたちはお外で棚の修理をしてくるから大人しくお昼寝でもしてるのよ」
「はーい」
その後お父さんが神棚を下ろし、そこに載っていた箱を机の上に置く。
あの中って綺麗な石が入っていたんだっけ。ちょっと見てみたいけど怒られちゃうかなあ。
棚を持って外へ出て行く両親を見送る。
そうこうしていると、お腹がいっぱいになったことで少し眠気が襲ってくる。
特にやることもないのでお母さんに言われた通りお昼寝でもしようかと思ったんだけど……
『――か』
ん?
『――か、こ――ら』
何だろう? お父さんたちの声?
でも、声が聞こえて来た方向は違う気がする。
微かに聞こえてくる声の出所を探ってみる。
あの箱の中から聞こえてくる?
声に導かれるように箱に近付いていく。
少し躊躇したけど、好奇心に勝てず箱の封を解く。
うわぁ、前にも見せてもらったけど本当に綺麗な石だなあ。白く見えたと思ったけど、こっちから見ると黒くも見える!
他にも赤や青にも見える宝石を眺める。
『そこに――かいる――、わ――をこ――から』
もしかして……この石が喋ってる?
そうして僕は箱の中の宝石へと手を伸ばした……
◇◇◇
後悔と共に今朝からの記憶が蘇る。
今はそんなことしてる場合じゃないのに……
そんな時だった。真っ二つになった宝石から黒い靄のようなものが飛び出てきたのは。その靄は次第に人の形を作っていき……それと同時に眩しい光が辺りを覆う。僕は咄嗟に目を閉じる。
「ふぅ、お主のお陰でようやくあそこから出ることが出来たわ。ん? いつまで目を瞑っておる」
頭の上からとても綺麗な声が聞こえる。女の人みたいだ。お母さんの声じゃないな。
僕は恐る恐る目を開く。すると、いつの間にか真っ白な空間の中にいた。
「えっ!? ここどこ?」
びっくりし過ぎて涙も引っ込んでしまう。そして僕の目の前には……女神様がいた。
透き通るような綺麗な肌。流れるような髪は僕から見て左側は僕と同じ黒、右側は白に分かれていてとても神秘的だ。少し気の強そうな大きな目は右目は青色の、左目は赤色の宝石のように輝いている。綺麗に通った鼻筋にとても柔らかそうな唇。よく見ると耳は少し先が尖っている。
髪と同じ白黒を基調にしたドレスと鎧を合わせたような服を身に纏い、優雅に立つその姿から目が離せない。……うん、お母さんと同じく胸も大きい。僕は一瞬で虜になってしまった。
「くふふ、何を呆けておる? ここは……何と言ったらよいか。お主の頭の中、と言った感じかの。まあそれはよい、礼を言おう。お主のお陰であの忌まわしき封印からようやく解き放たれた」
悪戯っぽく笑う顔も凄く魅力的だ。
「我が名はリディアーヌ。魔族の頂点に立つ者、魔王リディアーヌである。お主の名は?」
「ぼくはジェット。えーと、おとうさんのアベルとおかあさんのナタリアのむすこ、よんさいです」
女神様の名前はリディアーヌさんらしい。よし、覚えた! 他にも難しいことを言っていたけどよく分からない。
「くふふ、丁寧な挨拶痛み入る。ジェットか、良い名じゃな」
わざわざ屈んで僕に目線を合わせてくれる女神様。うわっ、睫毛長っ!
この頃にはもう僕の中から宝石を割ってしまった後悔は消え去っていた。
「えへへ。ありがとう! リディアーヌさんってあのほうせきのなかにはいっていたの? ぼく、あのほうせきからなんだかこえがきこえたきがしてそれで……」
「うむ、その通りだ。悪い奴にあの中に閉じ込められてしまっていてのう。……恐らくあれから五百年以上は……最早誰も残っておらんか……憎き賢者の奴め……」
後の方はよく聞き取れなかったけど、女神様は悪い奴のせいで苦労したようだ。僕がお父さんみたいに強かったらそんな奴やっつけてやるのに!
「最早託す者も残ってはおらぬ、このまま消え行くのみか……が、妾の声が届いた、となるとお主には素質があるのやも知れぬな。ジェットよ、手を出すのじゃ」
言われた通りに手を出すと女神様の美しい手が僕の手を包んだ。女神様の手から暖かい何かが物凄い勢いで流れ込んでくる。とても心地いい。
「問題無さそうじゃな。妾を救ってくれた礼じゃ。ジェットよ、妾の力をお主に託そう」
女神様の暖かい気が全身を駆け巡る。凄い! 今なら何でも出来そうな気分になる!
「す、すごいよめがみさま! なんだかすごくちからがわいてくる!」
「女神様? 妾が? くふふ、あーっははははは! 良いな、実に良い! ならばそう言うことにしておこうか」
次第に女神様から流れてくる気が緩やかになってくる。
「ふう、こんなものか……やはり時間経過と封印による悪影響か。全て、と言う訳にはいかなかったようじゃな……さてジェットよ、お主に女神の祝福を授けよう」
「めがみのしゅくふく?」
「そうじゃ。お主が努力すればするほど魔術が巧くなっていく祝福じゃ。本来なら妾の力の全てを授けたかったのだがのう……それは無理だったようじゃ」
「ううん、ありがとうめがみさま! これでいっぱいがんばってつよくなって、めがみさまをいじめたわるいやつをぼくがやっつけてあげるね!」
「くふふ、そうか。期待しておこうジェットよ」
女神様が僕の頭を撫でてくれる。その時、女神様の体が透けてきた。
「どうやらそろそろ時間切れのようじゃ。改めて礼を言おう、ジェットよ。この恩は忘れぬ」
「え、めがみさま、きえちゃうの?」
「ああ、この体はもう消えてしまう。だが、もしかしたらいずれ違う形でお主と相見えることもあるかも知れぬのう。その時は宜しくな?」
「うん、そのときはいっしょにあそぼうねめがみさま!」
「ああ、約束じゃ」
女神様の小指が僕の小指に絡みつく。何だかちょっと恥ずかしいや。
そして女神様が現れた時みたいに眩しい光が辺りを包む。しばらくして恐る恐る目を開けると女神様は何処にもおらず、僕はいつも通りの家の中に立っていた。あれは夢だったのだろうか?
「よーし、後はこの新品同様の棚に我が家の家宝を祀れば完成だ! ナタリアー、こっちもちょっと手伝ってくれー」
どうやら棚の修理を終えたお父さんが帰って来たみたいだ。
……あ。
「お、ジェット、ここにいたのか……ってお前、その前髪どうしたんだ? 何でそこだけ白くなってって、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
お父さんが僕の足元を見て絶叫する。そうだ、僕の足元には割れた宝石が、あれ? 宝石から色が抜けて透明になっちゃってる。
「じぇじぇじぇじぇ、ジェットォオオオオオオオ!」
「うわあああああ、ごめんなさい、おとうさん!」
「どうしたのあなた? そんな大きな声出して、ってジェットどうしたのその前髪?」
僕の前髪がどうしたんだろう? お父さんも何か言っていたけど。
「ごめんなさい……ほうせきおとしてわっちゃった」
「あらあら、綺麗に半分こに割れちゃったわねえ。何で透明になってるのかしら?」
「あのね! われちゃったらなかからすっごくきれいなめがみがでてきてね! それでぼくに」
「少しは反省しろ馬鹿息子がああああああああ!!」
「ひぃいい、ごめんなさい!」
もちろん女神様のことは信じてもらえず、その後僕は大いに叱られるのだった。
ようやくお許しを貰えた頃には外は真っ暗になっていた。
「まあ、手の届く所に置いていた父さんにも責任はあるしな。もう勝手に取り出したりするんじゃないぞ、ジェット」
「はい、ごめんなさい」
「うーむ……割れたのは仕方ないとしても、何で色が無くなってるんだ?」
お父さんがウンウン唸りながら二つに割れた宝石を眺めている。
あの綺麗な色は女神様の色だったのかなあ。
「ねえおとうさん。そのほうせきってどうしてうちのかほうなの?」
「……知らん」
えぇ……
「ジェットの前髪も不思議ねぇ。何でここら辺だけ白くなっちゃったのかしら?」
お母さんが僕の前髪を撫でる。ちょっと擽ったい。
「まあ考えても分からないものは分からないわね。ほらほら、早く晩御飯食べちゃいなさい」
こうして今日一日が終わっていった。
◇◇◇
そしてそれからしばらく時は流れ、僕が五歳になる少し前、僕に新しい家族が増えた。
リディと名付けられたその妹は、僕と同じく前髪の一部が白くなっていたのだった。