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不屈の勇者と過去のない少女  作者: みつきここのつ
はじまりの国、サニスタ
8/8

ユウとルミ、それにカノ






「……つまり、そなたらはこの10年我らに仇を成してきた森の主を、討伐したのだな?」


 太陽が完全に昇ってから、ボクとルミ、そして記憶を失った女の人――いい加減何か呼び方を考えた方が良いかも――は王様に、正しく言うと兵隊さん5人に呼ばれて城に連れていかれた。それから一度も険しい表情を崩さない王様に、ボクたちの行動を詳しく説明したんだ。相変わらず後ろに控える女性は無表情で、もしかしたら寝てるのかも、なんてボクは思ってる。



「はい。最後は黒い霧となり、空へと消えていきました」


「うむ、わかった。この知らせはサニスタだけでなく、隣国ディランにも走らせよう。()の国もまた、魔物に苦しめられてきたからな。

 だがその人の言葉を話す魔物、その者の語る内容は非常に興味深いな。真偽は不明だが、ともすればこの世を永久に魔王の手から守ることが出来るようになるやもしれぬ」




「……王様、お尋ねしたいことがあります。王様は迷いの森に、先代勇者さまの霊廟があることをご存知だったのでしょうか」


 それを聞いて、王様の補佐として後ろにいた女性が目線を上げて、ボクの事を見た気がした。森の奥深くに眠る、あの大きな霊廟。綺麗な石は、放置していたらすぐに汚れていく。絶対に誰かが手入れしてるはずなんだ。


「……知っておったよ。だがごく一部の臣下を除き、誰にも伝えておらん」


「何故ですか?」


「何故だろうな。儂にもわからぬよ。ただ先代の王から言い伝わっていた数々のうちの一つであるから従ったまでだ。

 だが、以前内部を調査させてみたことがあるが、そこには何もなかった。武具も装飾品も、当の勇者の棺もな」


 どこか腑に落ちないところもあった。だけど霊廟では亡くなった人を祭って、本当のお墓はその人の故郷に置いてあるのかもしれない。




「王様、私からも一つお尋ねしたいことがあります。こちらの彼女は記憶を失っていて、かつ、言葉が通じないのです。何かご存じないでしょうか」


 ルミが顔を上げて、椅子に座る王様を見上げた。


「……その話、他の者には?」


「いえ、言葉を話せないのは秘密にさせています」


 王様は目を閉じて、何かを考えてる。



「人間の言葉を話せない、という事は擬態した魔物である。アカデミーで習うことであったな」


「はい……ただ、この人は幼い姉妹を人さらいや森の主から、文字通り体を張って助けました。それに森の主と違い、赤い血を流しました。だからきっと、この人は魔物なんかじゃないと思っています」


 ルミと一緒にボクも顔を上げて、王様に釈明する。もしも魔物だって思われてしまえば、地下の牢獄にボクたち共々閉じ込められてしまうかもしれない。


 だけど王様は、ボクたちにそう確認しただけで、この人が魔物だと思ってるわけじゃないみたいだ。ゆったりと腰かけたまま落ち着いて、ゆっくり目を開ける。



「そなたらがそう判断したのなら良い。記憶を失ったというのは、自らの過去を何一つ覚えていないということか?」


「はい。自分の名前も、どこから来たのかも。町医者のロブさんによると、彼女はナクナ砂漠を南下してきたのではないかと」


「随分な長旅であるな。だが私も長らく生きてきたが、記憶を失った者が言葉まで失するとは聞いたことがない。その者が喋れないのは、過去を失ったこととは別の出来事によるものだろう」


 さすが王様だ。長いこと生きてるだけあって、いろんなことを知ってる。だけどそうか、記憶喪失になった理由と、言葉を喋れなくなった理由は別にある……いったいなんだろう。少なくとも今のボクには、全く想像がつかない。






「森の主を討伐したのは褒めて遣わす。今宵は祝宴を挙げようではないか。

 だが門番に睡眠魔法をかけ、たとえひと時であろうと門を開け放ち、この国を危険に晒した事実がある。それは大罪に値するだろう」


 覚悟はしてた。万が一門が開いている間にモンスターが入ってきたら、中で眠ってる人たちが襲われてたかもしれない。ルミの張った結界があるし、その可能性はかなり低いと思ってボクたちは行動した。でも絶対じゃない。兵隊さん一人ひとりを大切に考える王様なんだから、その“もしも”を怒るに決まってる。





「ユウ、ルミ。明日両名に、保護した二人の少女の護送を任せる。明朝この国を出て、彼の者らを平穏な生活が送れるよう育ての者を捜索せよ」




「えっ、あ、はっ、承知しました」


「はい、承知しました!」


 頭を深く下げて、ボクは内心安堵する。最悪、地下牢に繋がれることも覚悟してたからだ。まるで危険な任務を押し付けたみたいに言うけど、要するに姉妹の親を探しにディランに行って来いってこと。これが罰なら、喜んで受けよう。





「その任務に、彼女を連れていくことを認めてくださらないでしょうか」


 ルミの言葉で、それまではいまいち話の流れを理解できてなかった女性が、見様見真似の姿勢を崩し、びっくりして顔を上げた。


「その者の生まれ故郷でも探す腹積もりか? うむ、構わぬ。だが他の者はやめておけ、あまり人数が増えてしまえば、それだけ荷物や行軍の時間が増える」


 頷いて広間からの退出を命じられる。頭を下げて振り返り、外に続く扉に手をかけた時だった。



「ユウ、ルミ。兵士長オリバーによく感謝を告げておくがよい。そなたらが幼き姉妹を救い、森の主を倒したこと。今朝から町医者のロブを始め何人かがそなたらへの恩赦を訴えに来たが、中でも強く訴求したのは彼だった。『あの二人でなければ女の子を助けることが出来なかった。私たちは無垢な魂を見殺しにし、唯一神ポーによる恩寵を賜る機会を永久に失するところだった』と言ってな。神への信仰を楯にされては敵わんよ」


 お城に入るときにオリバーさんと会ったけど、そんなこと一言も言ってなかったから知らなかった。頷いて扉を閉めると、5人も6人も横に並んで歩けそうな廊下をまっすぐに進む。










「とりあえず、あとでオリバーさんにお礼を言わないとね」


「だね。あとさ、この人のことなんだけど、いつまでも『この人』とか呼ぶわけにもいかないし、ボクたちで名前を付けてあげない?」


 自分の事について言われてるのはわかってるらしく、きょとんとボクの顔を見てる。


「んー……そうね、いいと思う。何かいい案でもあるの?」


「そうだなー、じゃあイチメとかは?」


「…………イチメ?」


「うん。あの姉妹と合わせて、森で出会った三人の中で一人目だから、イチメ」


 ボクとしては結構いい出来だったんだけど、ルミはすごく微妙そうな顔だ。


「じゃあ、タツミとか、サマンサとか」


「……別にユウの事を否定するわけじゃないんだけど、ちょっとこの人とは合わないんじゃない?」


 そうかなぁ。全然いいと思うんだけど……



「……カノ、は?」


「カノ?」


「そう。別に特別な意味なんかないけど、呼び名を決めるだけなんだしいいんじゃないかなって」


 そっか、思い出せないってだけで名前がないわけじゃないんだから、ボクたちが勝手に名前を付けるのは迷惑だもんね。


「カノ……私、カノ?」


 自分を指さしながら、その名前を繰り返す。


「うん、そう。私たち、これからあなたの事をカノって呼びたいんだけど、いい?」


「カノ……うん、私、カノ!」


 笑顔で頷いて、ボクたちの前を歩く。この人は……ううん、カノはすごい速さで言葉を覚えてて、身振りを少し交えれば簡単な会話なら出来るようになった。舌を巻くボクたちのことは知らずに、無邪気に笑ってるその姿は、まるで年上の様には見えなかった。ボクより少し背の大きなカノが子供みたいで、何となく不思議な気持ちだ。



























「おうヒロぉ、飲んでるかー?」


「飲みました! 飲みましたからもう許してください!」


 赤ら顔のオリバーさんが、麦酒の泡を口に付けながらボクの肩に腕を回す。年に一度の成人祭はいつもこうやって広場の噴水の周りで大人たちがお酒を飲むから、夜は町中お酒臭くなるんだ。今まではすごく気になってたけど、こうして祭りの主役として飲んでみると気にならなくなることがわかった。少なくとも臭いだけは、だけど。


 ボクたちの周りに集まってくる町の人たちは、皆口々に森の主を退治したことを褒めてくれて、その言葉の量だけボクたちのコップにお酒を注いでく。ルミは早々に離脱して、カノがお水をゆっくりと飲ませてあげるのが人の頭の間に見えた。





「いやーにしても、これでお前らも無事に成人したわけか! いやーめでたい」


「そうですね、大人になる一歩手前が一番大変でしたけど」


「ははっ、確かにな。だけどまあ、成人する儀式としては、森の主を退治するなんてのは立派過ぎるじゃねえか、ええ?」


 さっきから何度も同じことばっか言ってる。ボクは少しだけ疲れた笑顔を浮かべると、酔っぱらったふりをして広場のはずれの方に向かおうとした。




「ユウ、こっちおいで」


 だけどその途中、お母さんに呼び止められる。皆笑顔なのにお母さんだけは、腕を組んで不機嫌そう。


「ん、なにお母さん?」


「……あんた、森の主を倒したんだってね?」


 お城に行く前も、町の皆が成人祭兼森の主の退治を祝う祭りの準備をしてる間も、お母さんには伝えてなかった。別に驚かせたかったからとかじゃなくて、ただ、言いつけを守らず森の中央に行ったことを怒られたくなかったから。


 だからお母さんが知ったのは、王様がお触れを出した時。小さな姉妹とカノを助け出したって、ボクとルミがお城のエントランスに立った時だ。



「う、うん。ごめん、夜中に黙って抜け出して。でも、あの子たちを見捨てて眠ることなんて出来ないから……」


 突然お母さんが両腕を出して、ボクに近づいてくる。びっくりしたボクは動けずに、されるがまま抱きしめられた。


「バカ、あんたがそんな危ないこと、する必要ないのよ……! そんな無茶して、全てが上手くいく保障なんてないんだから……!」


「……ごめん」

「謝らなくていい。あんたは私の誇りよ……!」


 顔が熱いのは、強く抱きしめられて息が苦しいからで、お酒を飲んだからであって、別に照れてるとかじゃない。



「だからって、ルミちゃんを危険な目に遭わせたのは良くないわね」


「いてっ」


 でこぴんされたけど、そんなに痛くはない。


「明日にはいなくなるそうじゃない。それを黙ってた罰よ」


「いなくなるって言っても、女の子たちを送り届けるだけだから、一二週間で帰ってくるよ。別に魔王退治に行けって言われたわけじゃないんだしさ」


「……そうね」


 別の国って言ったって、ディランは森を抜けたすぐ先だ。森を迂回していけば長くて片道四日くらいだと思う。だけどお母さんは冴えない表情のまま、今度はルミとカノの方に向かっていった。何かを話してるのが見えるけど、肝心の内容は騒ぎのせいで聞こえない。



「ねえユウ、こっちに来なさいな! 一緒に踊りましょ!」


 噴水を回るように踊る女性がボクの方に手を出す。ボクはそれを取ると、噴水の冷たい飛沫を感じながら、上手く回らない頭と裏腹によく動く足で、生まれてから何度も刻んだステップを踏んだ。今日はとりあえず楽しもう。







































「………頭痛い」


 次の日、最悪な目覚めで起きたボクは、近くに置いてあった水を一気に流し込む。お酒飲むとこんなことになるんだ……。


 外を見てももう明るい、多分十時くらいかな。昨日ルミと約束した出発の時間だ。お小遣いと水を入れる水筒、それに荷物を入れる袋を急いで集めて、部屋を出る。家を出る前にお母さんにお別れを言っておきたかったけど、その姿はどこにも見えなかった。庭で家畜の世話をしてるのかとも思ったけど、そうじゃないみたい。


 後ろ髪が引かれる思いだけど、またルミを怒らせるわけにもいかないから、ボクは家を出て門の所へ向かうことにした。遅くても二週間すれば会えるんだし、いいよね。








「ユウ! また遅刻!」


「はっ、はぁっ、ごめんルミ!」


 門の前には、もうみんな集合してた。姉妹は無理やり枷を抜け出したせいで両手両足に包帯が巻かれてるけど、その表情は元気そうだ。初めて見た時の怯えた表情は、柔らかい笑顔に変わってる。


 包帯と言えば、カノもすごい。服はとっくに見慣れた布の服になってるけど、その裾や首元、それに足には包帯を巻きつけてるのがちらちらと見えた。ボクの視線に気が付くと、「気にしないで」って言うように首を横に振る。その背中には革で出来た大きな袋と、出会った時から持ってた金属の箱。こんなにたくさん荷物を持ってて、疲れないのかな。


 反対にルミは目立った荷物も持たないで、いつもの黒ローブを羽織ってるだけだ。だけど昨日の話を信じるなら、野営用の天幕や火おこしに、干し肉を用意しておいてくれてるらしい。ボクも何か用意するとは言ったんだけど、「ユウは子供たちを守る役なんだから、荷物は持たなくていいの!」って人差し指を突き出されたから、諦めてルミにお任せした。



「ごめんね、お待たせ皆。2人とも準備は良い?」


 お姉ちゃんは頷いて、妹の身だしなみを調える。妹の方は眠そうだ、ボクみたいにお酒を飲んだわけじゃないし、疲れちゃってたんだろうな。


 門番のおじいさん――昨日ルミが眠らせたからすごくボクたちを睨んでる――に謝って門を開けてもらうと、森の隣の道に向かって歩き出す。小さな姉妹のために十分な休憩を取っても四日で着く道だ、夜は火を絶やさなければ大抵のモンスターは避けられるし、問題なさそう。


 ただ、唯一の問題は……軽い背中に違和感が拭えない。もう使い物にならなくなっちゃった剣は部屋に置いてある。だからボクの武器になりそうなのは、木の棒くらい。










「ユウ!」


 門が閉まっていく音に紛れて、確かに、ボクを呼ぶ声が聞こえた。振り返って人一人分開いた門の隙間を見つめる。そこには肩で息をする、髪を乱したお母さんがいた。


「ほらっ、使いな!」


 思い切り振りかぶって、空高く、細長い何かを放り投げる。それはくるくる回りながらゆっくりと落ちてくると、両手を広げたボクの胸元に飛び込んできた。


「……! これ!?」


「それはあんたの誕生日祝いよ! 鍛冶屋のおじさんに二か月かけて作ってもらったんだから、使いなさい!」



 それは新しい剣だった。綺麗な青色の鞘は今までのと違って細身で、とっても軽い。抜いてみると、薄い刀身はどうやら玉鋼で出来てるみたいだ。細いし薄いけど、攻撃の受け方をきちんと考えれば、森の主の一撃だって壊れることなく受けられそう。鍛冶屋のおじさんが言ってた『仕上げなきゃいけない仕事』ってのはこれのことだったんだ、今まで見た中で間違いなく一番かっこよくて、多分強い剣。



「これ、いいの!?」


「いいの! ただし、絶対に帰ってきなさい! 私はここであんたの帰りを待ってあげるから!」


 大きく手を振って、ボクたちを送り出してくれる。それにボクは剣を掲げて、その鋭い光を照らして見せた。





これにて第一章は完結です。良ければご意見ご感想、評価お願いします。

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