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不屈の勇者と過去のない少女  作者: みつきここのつ
はじまりの国、サニスタ
6/8

秘密を抱えた森の主と、国で一番の魔法使い



 たくさんの鳥が飛び立って、遠くの枝が揺れるのが見える。ジャガール三匹を倒して前に進むボクたちは、前で起きたその何かの気配を見て、すぐに走り出した。怖がってる暇はもうない。ただあの姉妹の無事を祈りながら、森の奥に進むしかないんだ。



「もう、大分進んできたけど……」


 水筒の水を飲むルミが、額の汗を拭いて辺りを見渡してる。歩いてきた感じ、もう森の主と遭遇した場所よりは結構奥に進んできた気がする。


「もうどこにいてもおかしくないから、これまで以上に注意して進もう」


「もちろん。……今更だけど、もし主と遭遇したら、どうするつもりなの?」


 数分の休憩のあと、さっき鳥が飛んだ方向に向かって進む。最初に目印にした北に光る星と照らし合わせても、順調に森の奥に進んでるみたいだ。



「ボクたちは森の主を倒したいんじゃない。目的は一つ、あの女の子たちを助ける。避けられるなら出来るだけ戦うのは避けるよ、戦うのは森の主と女の子がすぐ近くにいて、そうしなきゃいけないときだけ」


 あの女の人のナイフですら駄目だったんだ、折れた剣じゃ――折れてなくてもだけど――魔物を倒すなんて出来っこない。


「じゃあ、あの姉妹が隠れてて、私たちの前にたまたま現れることを祈ろうかしら」




 ため息まじりに呟く声と一緒に、木の本数が減って目の前の視界が開ける。月に照らされるそこは、今朝ルミが匂いに色を付けた広場と比べても全然広い場所だった。それに綺麗に長方形に切られた石が、四方に散乱していた。どうやら鳥が飛び立ったのはここみたいだ。



「なんだろう、あの石は……」


 神殿に使われるような大きくて白い石だけど、こんな森の奥に神殿があるとは町の大人は誰も言ってなかった。至る所に散らかってるのは、配置してるっていうよりは壊れて捨てられてるって感じだ。


「……ユウ」


 肩をつつかれて、木に寄りかかるルミの伸ばす人差し指の先を――二つ支えあうように傾いた石のふもとを見る。そこには森の主が、石の周りを回りながらそこにいた。最初に見たときは赤い線が体中に走ってることしかわからなかったけど、よく見ると手の甲とか肩とか、いくつかの場所では線が一周して丸くなってるみたいだ。その模様が黒い毛のせいで浮いて見えるから、とても強そうに見える。


 そしてその赤い線が通る目の先には、震えながら石に座り込んだ姉妹がいた。2人とも手を取り合って、震える全身を必死に抑えようとしてる。




「いた……! 二人とも無事だ!」


「ずっと石の上にいたのね……あの大きな主が乗っちゃうと石が崩れちゃうから、今まで助かってたのかな。良かった……」


 だけど女の子たちの心も体力ももう限界みたいだ。妹がさっきからうとうとしてて、お姉ちゃんが何度も起こしてるのが見える。あの様子だと、いつ足を踏み外してしまってもおかしくなさそうだ。



「あの様子だと、今すぐにでも落ちちゃうかもしれない。ユウ、どうする?」


 少なくとも戦わないと、森の主は移動しそうにないよ。そう言おうとルミを見ると、痛いほどスタッフを握りしめてるのがわかった。落ち着いて話すから忘れてしまっていたけど、ルミは怖がりなんだ。


「なにか作戦を練らないと……闇雲に突っ込んでも女の子たちを助ける隙は作れない」


 ボクはひとつ考えてることがあった。あの森の主のことだ。もしボクの予想が合ってるなら少なくとも女の子たちを助けることは出来るけど、そうじゃなかったら……




「あっ、危ない!」


 突然、ルミが叫ぶ。何が起きたのかボクが見ると、さっきまで石の上にいた女の子たちが、今ではお姉ちゃんしかいなかった。妹がついに足を踏み外したんだ。石の端っことお姉ちゃんの手を掴んだ妹が、足をバタバタさせて必死に登ろうとしてる。ピクリと反応した森の主が、ゆっくりと二人に近づいていっていた。


 もう駄目だ、考えてる時間はない。ボクは剣を左手に、鞘を右手に持つと、自分の膝を叩いてから勢いよく飛び出した。


「ルミ、ボクが引き付ける、女の子たちをお願い!」


「えっ、ちょっと!」


 森の主に鞘を投げつけて、ほんの一瞬でも気を逸らさせる。ボクの事に気付いたならそれでいい。




「2人とも! もう少しだけそこで耐えてて! 必ず助ける、必ず!」



 大声で姉妹に呼びかける。声をかけたのは森の主の注意を引くためでもあるけど、それよりあの二人を一刻も早く安心させてあげたかった。この数十時間、ずっと不安だった? 怖かった? それとも、すぐに後を追って助けてくれなかったボクたちのこと、怒ってた? それももう終わりだから、すぐにボクたちが助けるから。



 ボクは近くの石に飛び乗ると、次々とより高い石へ飛んでいく。それから女の子たちのすぐ横、森の主の背中に着地して、妹をお姉ちゃんの隣に乗せてあげる。だけどボクはそこから背中を思い切り蹴りつけると、更に森の奥へ目掛けて飛び降りた。大丈夫、君たちの事を見捨てるわけじゃない。


「さあ、こっちだよ! 早く来ないとこの森の一番奥まで行っちゃうからな!」


 剣をまっすぐ伸ばし、森の主と視線を合わせる。昼間、ボクを追い詰めたこいつは、その右足を振るだけで簡単にボクを倒せてしまえたにもかかわらず、駆けだしたこの姉妹を追いかけて消えてしまった。だから今度はボクが“逃げ出す”番だ。逃げる獲物を追う習性があるのか、それとも“森の主”として森の奥深くに行かれるのが嫌なのかはわからない。だけど間違ってもないはず。さっきまでずっと姉妹を睨んでいた目は、今はボクに向いてるんだから。



「ルミ、後は任せたよ! 絶対に二人を助けて!」


 踵を返し、木と木の間をすり抜けて走り出す。後ろは振り返らない。怒り狂った唸り声が気にぶつかりながら追いかけてきてるのがわかったし、ルミ――それとランなら絶対に二人を守ってくれる。そう確信してるから。
































「はっ、はっ、はぁっ、はぁっ……っ!」


 どれくらい走っただろう。よく見えない地面を幹なんかにつまずかないよう気を付けながら、後ろから着実に近づきつつある殺気から逃げるように走り続けるのはすごく疲れる。胸が苦しい。足は次の一歩でもう無理だと悲鳴を上げて、指先は雪に突っ込んだみたいに冷たい。全身から力を抜いて寝ころんだら、きっとこの身を切るような風は心地良く感じるんだろう。それでも、ほんの少しでも時間を稼ぐために足を前に出して、剣を握る手は固まってしまったかのように力を込めて、決して開かない。まだだ、まだ諦めちゃだめだ。



 視界の先に、さっきのような広場が微かに見える。でも今度は、石が傾いてたり埋まったり、欠けてたりしてないみたいだ。もしかしたら誰か人が来ることがあるのかもしれない、そう思えるほど綺麗な状態の石が、丁寧に組み合わさり連なってるのがわかった。


 地面を滑るように足を止めて、振り返ると同時にしゃがみ込む。視界いっぱいに広がった森の主の爪は、ボクの後ろの木に三本の傷跡を付けた。ここにはボクと目の前の敵だけ、集中すれば避けることくらいは出来る。


 動きをよく見て、息を調えながら常に木の傍にいるよう立ち回る。大きな森の主は木に邪魔されて存分に力も速度も出せてないんだ。これが昼や目の前みたいな広場で戦ってたら、息が切れるまで攻撃を避け続けるだけで、数十秒で体力が尽きてたと思う。


 左足に体重をかけた時は、右前足を斜めに振り下ろす。そのまま振り払うように手を戻すこともあるから、絶対に近づいちゃいけない。逆に右足に体重をかけた時は気を付けないと。ボクから見て右半分を薙ぎ払うだけじゃなくて、自分の右脇から手を出して爪で引っかかれそうになった。その代わりボクの剣が右後ろ足を刺したけど、森の主には大して効いていないみたいだ。怯むことも痛がることもしないで、ちょこっと鳴いたかと思えば強烈な一撃を繰り出してくる。慌てて距離を取って、木の陰に隠れた。



 少しずつ、少しずつ情報を集める。よく観察して隙を見つけなきゃ、勝ち目はない。表皮は決して固くはないから、この剣でも力を込めれば簡単に突き刺さる。だけどそれで少しずつ弱まらせるのは無理だ、斬るより突く方が抜かなきゃいけない分隙が多い、ボクの体が吹き飛ぶ方が早い。一撃とはいかなくてもいい、怯ませられるような急所はどこかに……


 そこでボクは違和感に気が付いた。なんだろう、何かが漂ってる……?


 森の主の一撃を髪の毛を少し犠牲にすることで避けると、何度か耐えてくれていた木の一本がついに折れる。それと同時に満月の明かりがボクたちの元に差し始めて、違和感の正体は明らかになった。顎だ。森の主の顎から黒い霧が漂っているんだ。




「あれは……」



 忘れたわけじゃない。魔物は赤い血を流す代わりに、黒い霧を出す。そしてあそこは昼間、女の人がナイフを深々と突き刺した箇所だ。その時斬りつけた腕からは出てないのを見ると、人と同じで頭が弱点なのかもしれない。


「そんなに単純……?」


 皮膚は柔らかいから、あの大きなナイフなら切っただけでもかなり深い傷になると思う。これだけ振り回してたら、普通は絶対に出血する。それにも関わらず腕からも、たった今刺した後ろ足からも黒い霧が出ない。顎が弱点に近いのは明らかだった。もう何度か深く刺せば、体力を削り切れるかもしれない。



 決意を固めて剣を握りなおす。チャンスは右足を振った直後。ボクを吹き飛ばすために思い切り振った右前足を滑って掻い潜る。ボクの鼻先を掠めて、森の主の足が一瞬で横切っていく。怖がって顔を覆っていたら、ボクの腕はどうなってたかわからない。


 だけど森の主は渾身の振り払いが空振ったせいでほんの少し態勢を崩してる。自分の真下に入り込まれたのが嫌なのか、唸るような声を上げた。ボクは体を引き起こし、あの女性の様に、しゃがみ込んだところから足に力を入れて、地面を蹴りだすように立ち上がる。剣は顎に一直線に伸びて、黒い霧、黒い皮膚を切り裂いた。だけど油断は駄目だ、すぐに後退しなきゃ。


 剣を引き抜いて後ろに跳躍しようとした時だった。左から風を切る音が聞こえて、反射的に身を守る。直後、ボクの体は宙を舞っていた。


「ぐっ、がぁっ!」


 幸いにして木に当たることなく森を抜ける。もし堅い幹にぶつかっていたら、昼の女の人みたいに気を失ってしまってただろう。何度も地面をゴロゴロと転がって、全身に擦り傷を作っていく。やがて広場の入り口、門の様に立った石にぶつかって止まった。





 すぐに立ち上がって、木の間から出てくる森の主を見る。おかしい。昼間と比べて攻撃が早すぎる。ボクと同じように森の主も慣れたと思えばおかしくはないかもしれないけど、でもあの速度はそんなんじゃないと思う。あれは慣れたわけでも、ましてや痛みを我慢してるようにも見えない。


「ふぅ……ふぅ……全く、効いてない……?」


 ボクが足を刺したときと同じだ。痛がる素振りも見せず、漏れ出る黒い霧の量も濃さも大して変わってるようには見えない。あそこが弱点じゃなかった……?


 石に背中を付けて、呼吸を整える。森の中なら木に隠れてやり過ごすことで体力を回復できたけど、ここだとそうはいかない。しかもこっちの攻撃は虫刺され程度にしか感じてないみたいだ。



「あれからどれくらい経ったんだろう……」


 ルミはもう2人を町まで連れ帰ってあげられたのかな。それともまだ戻ってる途中? いや、それがわかってももうどうしようもないか。ここから町まで走って戻る体力もないし、森の主が町までついてくるかもしれない。


 つまりボクは、この手くらいの長さしかない剣で、この森の主を倒す以外に道はないんだ。





 ゆっくりと爪の間合いまで近づいてくる。ボクは石の後ろに下がって、次の一手を模索しようとした。だけどそこで振り返って、初めてこの石の意味に気付いた。


「……これ、まさか……」


 ボクの目の前や背中にある石は、ボクに見えてるほんの少しでしかなかった。この広場の奥にはボクよりも、まして森の主よりも何倍も大きい石の遺跡が広がっていたんだ。通路の中心には火が絶えて久しい松明、その奥には中心部が擦り切れてへこんだ階段。先には大きな建造物が見える。


 この様式をボクは知ってる。この世界の住民ならみんな知ってるはずだ。階段を降りることで現世に下り立ち、松明の火を頼りに進み、百年後にその土地を守護する守り神とならん。


「これは……霊廟……?」


 誰か昔の偉い人を祭ってるお墓だ。こんな森の奥にそんなものがあるなんて町の人は誰も言ってなかった。普通は絶対に言い伝えで残ってるはずなのに。



「……? 攻撃が、来ない?」


 目の前の建造物について考えすぎてしまったと思ったけど、石の反対にいるはずの森の主からは何の気配も感じない。不審に思って顔だけを出すけど、そこには誰もいなかった。


 諦めてくれたのかとも一瞬思ったけど、それは違った。再び視線を戻すと、ボクと霊廟の間、丁寧に敷き詰められた石の上に、森の主はいたんだ。まずいと思ってすぐに後退するけど、森の主はすぐには襲い掛かっては来なかった。様子がおかしい。ついには後ろ足を畳んで座り込んでしまった。その姿はまるでこの霊廟を守っているようで、ボクは森の奥に行かせたくない理由をなんとなく察する。



 今のうちにボクは、刺激しないようゆっくりと後ずさる。何がなんだかわからないけど、動かない今のうちに逃げよう。もしかしたら霊廟に危害を加える意思がないことに気付いて、見逃してくれるのかもしれない。


















「…………違う、駄目だ!」






 森の主をじっと見つめながら後退をしていたけど、それに気づいたとき、ボクの足は目の前に駆け出していた。



 森の主はボクを見ていなかった。ただひたすらに目を閉じて、項垂れている。四本の足は全て石畳の上。大人しく口を閉じて座ったまま。


 確信なんかない。あるのは嫌な予感だけ。石を駆けあがって、剣を逆手に持つ。狙うのは森の主の頭、空高く飛んだ勢いと力で突き刺す。


「うああぁぁーー!!」


 渾身の力を込めて、頭上に掲げた剣を振り下ろす。直前。森の主の閉ざされた目が開いて、右足を石畳に叩きつけ、そしてボクの体が吹き飛ぶほどの声量で、人生で一度も聞いたことのない大きさの音で、吼えた。






 軽々と吹き飛ばされたけど、なんとか無事に着地して、一風変わった周りにさっと目を走らせた。霊廟が仄かな光を帯びてる。その光が四方に散ると、この霊廟を取り囲むように、黒色の壁が生まれ始めた。



「しょ、障壁!? まさか魔法を使うなんて……!!」


 よく考えたら何もおかしくない話だった。魔物は他の魔物か魔王に力を注ぎこまれた結果生まれる種族。その体は変貌して、闇の象徴のように黒く染まり、力の象徴のように赤い線が入る。そんな魔物だ、魔力で出来てると言っても過言じゃない。


 どこを見ても森の中に黒い壁がある。広場の外側にある数本の木までが範囲みたいだ。上に行くほど透明になっていって月明かりを邪魔してない事だけが不幸中の幸いで、そうじゃなかったらきっと目の前は真っ暗だった。魔法障壁なんか生まれて初めて見たから、実際はどうなのかわからない。だけど間違いなく、あれに触れたら死んでしまう。そんな禍々しい気配を感じた。



 だけどそれ以上に警戒しなきゃいけないのは、正面にいる森の主だ。この障壁の展開と同時に足元に黒い影が生まれるのが見えた。この暗闇の中、それにこの距離でもはっきりとわかる影だ、良い兆候じゃないのだけは確か。


「これ、もしかして森の主自体も強くなって……」


 その言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。石畳の上にいたはずの森の主が、消えたんだ。慌てて左右を見渡すけど、その姿はどこにもない。まさかと思い後ろも振り向いたけど、その気配はどこにもなかった。


 ふと、足元を見る。漆黒の影がボクを呑み込むように大きくなっていく。上だ。上に飛んだんだ。



 慌てて後ろに飛んで、上から押しつぶすように落下してくる体を間一髪で避ける。だけどボクに出来たのはそこまでだった。気が付けばボクの体は左足で押さえられてて、顔よりも大きな爪がボクの左右に並んでる。体がつぶれるような圧迫感で、息すらできない。



 頭がぼーっとしてくる。ただでさえ暗い目の前が、黒で塗りつぶされていく。抜け出せない。振り上げられたもう片方の爪はどうやっても避けられない。


 諦めるわけにはいかない。だけど……そう思ったとき、ボクはルミの事を考えてた。きっともう町にいるはずだ、もしかしたらお城で女の子たちを保護してもらって、オリバーさんなんかにボクの助けを頼み込んでるかもしれない。いや、一人で森に戻ってきてる可能性だってある。


 例えボクは無理でも、ルミまで危険を冒す必要なんてない。せめて叫んで、来ちゃ駄目だって言おう。そう思ったのに、胸を圧迫されてるせいで、叫ぶことができない。




「ぜっ、たいに……まもらな、きゃ……ボク、が……ボクがルミを、守るんだ……!!」


 口に出来たのはたったそれだけ。しかも目の前の森の主くらいにしか聞こえない程度の大きさ。ああ、みっともない。最後の悪あがきがこんなのだなんて。


 目を閉じて、目の前に広がる爪を見ないようにする。そうすることでまるで、痛みを感じないみたいに。



















「…………?」




 いつまで経っても覚悟した一撃が来ない。うっすらと目を開けると、森の主は片足を振り上げたまま止まっていた。その目は大きく揺れていて、何かを耐えているようにも、何かを思い出そうとしているようにも見える。だけどそれが何を意味するのかは問題じゃない。大事なのはボクを押さえつける足の力が弱まってること。


 最後の力を振り絞って、剣を握ったまま押さえつけられていた右手を、ボクを覆う足の裏に思い切り突き刺した。


 揺れていた目が突如止まり、再び咆哮を上げる。だけど今度のそれはさっきと違って、とても弱弱しかった。まるで痛くて泣き出す子供みたいだ。




 更に不思議なことに、ボクを拘束していた足を上げて後ずさる。その瞬間ボクには見えた。突き刺した左足の裏、黒い霧の噴き出すそこに、赤い線で出来た大きな円があるのを。



「これだ……これが弱点か!!」



 今にもばらばらになりそうな体を支えて、ボクは立ち上がる。そうだ、昼間女の人が顎を突き刺す直前も、確かにあった。全く意識してなかったけど、赤い線が何本か顎に集まって、円を作ってた。


 だけど今更弱点がわかったところで、森の主はもうさっきまでの弱弱しさが消えて、足の一振りでボクを殺してしまう気で満々みたいだ。それに赤い円は他にもまだまだある。右足の甲や両肩、そしてボクに跨ったときにちらりと見えた、顎の更に下、胸元にも。


 せめてこの情報を誰かに伝えられたら。そしたらボクのこの戦いも、無駄じゃないよね。だけど目の前に振り下ろされようとする爪は、ボクのそんな想いすら叶えさせてくれないようだった。




 そうボクが戦うのを諦めた時だ。一陣の風がボクの頬を撫でた。森の主の動きで作り出される乱暴な風じゃない。目に見えなくても目の前にあるような、ボクの体を包み込むような、優しい風。


 それを感じた時、ボクは地面を蹴って前に駆け出し、寸前で脇をすり抜けていた。きっと森の主は不思議に思ってるはずだ。まさかボクがこの期に及んで懐に飛び込んでくることも、ましてや避けるなんて思ってもいなかったに違いない。


 ボクだって避ける予定じゃなかった。ボク一人じゃ爪が早すぎて避けられないし、ましてや敵に飛び込むことなんてできない。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()




「これが完全詠唱よ、食らいなさいっっ!!」



 聞き慣れた声。その直後、ジャガールに放った無詠唱の火球なんかより余程小さな青白い光が、矢のように森の主にぶつかった。



 一瞬の静寂。それが終わると、爆炎が瞬く間に黒い体を包み込む。その時の轟音は、あの障壁を展開した時の咆哮にも負けていなかった。





 この威力の魔法は見たことがない。だけどこれだけの魔力の持ち主は一人しか知らない。ボクが物心ついた時からの友達で、すぐに怒ったふりをするけど、本当はすっごく優しい女の子。しっかりした大人みたいに見えるけど、実は誰よりも不安な心を隠してる、寂しがりな女の子。




「随分ぼろぼろじゃない、私を置いてった罰が当たったのね。……いい? これから先、二度と私から離れないで!!」


「……ルミ……!!」


 風に髪をたなびかせて、この国一番の魔法使いは、そこにいた。



「いくよユウ。反撃開始!」




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