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不屈の勇者と過去のない少女  作者: みつきここのつ
はじまりの国、サニスタ
4/8

大人になれない少年とお弁当




「っはぁ、はぁ、ロブさん! ロブさんいますか!?」


 何とか町に戻ってきたボクたちは、町医者のロブさんの所に駆け込んだ。小さい頃から風邪を引いたときとか、モンスターに襲われて負傷した兵隊さんとかが何度も助けてもらってるんだ。


「はいはい、どうしたユウ」


 診療所の扉についたガラスの向こうに人影が現れて、少し遅れて扉が開く。大きな体を覆う白い服で、ロブさんが何をしてる人なのかが誰にでも一目でわかる。



「ロブさん、森の中でこの人と出会ったんですけど、人さらい3人を倒して、いろんなモンスターとも戦って、それに森の主にも襲われて、この人が木に吹き飛ばされて、全身怪我してるんです! それで」


「私が見た感じ、最低でも切り傷と、刺し傷と、打撲と、スライムの中毒だと思います」


 慌てちゃってうまく説明できないボクの代わりに、この人の体をよく見ていたルミが、負っていそうな傷の種類を的確に挙げていく。最初は要領の得なかったロブさんもルミの言葉で状況を把握して、扉をあけ放ってボクたちを入れてくれた。


「よし、私は解毒薬や治療用の道具を持ってくる、あいつと一緒にね。ユウは彼女を奥のベッドに運んでくれ」


「はい!」



 廊下の一番奥にある部屋の、真ん中のベッドに背中の女性をゆっくりと下ろす。ロブさんの病院のベッドは特にたくさんの羽が詰まっててふかふかだから、きっとこの人もゆっくり休めるはず。ボクも何度かここで寝たことあるから知ってるんだ。


 今日はどうやら、他に患者さんはいないみたいだった。安心して、途端にここまで走ってきた疲れがボクの足に来る。


「大丈夫? ユウ」


「うん、大丈夫。もう平気だって安心したら、力抜けちゃって……」


「二人とも、後は私たちに任せて、外で待っててちょうだい」


 ロブさんと一緒に入ってきた助手――ロブさんの奥さんはボクたちに外に出てくよう言う。だからボクたちは先にお城に行くことにした。あの人のことは心配だけど、今ボクたちに出来ることは何もない。









「おうユウ、それにルミも! ……どうしたんだ二人とも、そんな汚れた格好で」


 跳ね橋の(たもと)、城門を守ってる兵隊さんが、槍を持ってない手を上げて挨拶してくれる。


「あっ、オリバーさん! 突然ですいません、王様に会えませんか? 森の奥で主と遭遇して、女の子が更に奥に逃げ込んじゃってて」


 よく町の中を巡回してる兵士のオリバーさんだ。今日は二人でお城の入り口を守ってるみたい。知ってる人で良かった、王様に会いやすくなるから。



「なにっ、お前ら森の主に出会ったのか? それになに、女の子が森の奥に行った?」


 仲間と頷きあうと、ボクたち二人を手招きして、オリバーさんは城の中に向かう。どうやら、直接王様のところまで案内してくれるみたいだ。




「お前たち、よく生きて帰ってこれたな。うちの仲間も何人も、森の主に出会ってはやられちまってるんだ」


「ボクたちのことを、助けてくれた人がいるんです。その人は気絶してしまっていて、今はロブさんの所で治療してもらってます」


「そうか、それは幸運だな。にしても、お前の事を助けられるとはそいつもかなり強いらしいな、元気になったらぜひ手合わせしてみたいもんだ」


「あはは……そうですね」


 ボクとオリバーさんは何度も練習で一緒に戦ってるんだけど、あの人はオリバーさんと同じくらい強いと思う。槍を――練習中は棒だけど――持ったオリバーさんと、同じくらい。


 今治療を受けてる一体あの人は何者なんだろう。出会ったときから持ち続ける疑問が、どんどん大きくなっていく。












「国王陛下! 執務途中での突然の無礼、大変申し訳ない所存でございます。ですが事態の緊急性を考え、こうして御目通り賜った次第でございます」


 立派なお城の一番上、大きくて真っ赤な階段の先に、立ってる時のボクと同じくらいの大きさの椅子があった。


「よい、そう畏まるなと何度も言っておるだろう。おや……ユウとルミか? アカデミーの誇る二つの傑物が揃い立ち、何の要件だ?」


 顔と同じ大きさの王冠を頂いた王様は、白く蓄えた髭を人差し指で触ると、椅子の上から気さくにボクたちに声をかけてくれる。


「王様、突然すみません。よければこうして失礼をした理由を語らせて頂けますでしょうか」


「うむ、構わん」




 王様とは何度か謁見したことがある。だけどそれでも緊張するし、その厳かさに圧倒されちゃう。王様自身はとっても優しいし、気さくな人なんだけどね。


「ありがとうございます。先程ボクとルミは、迷いの森の入り口にて野草や木の実の採集をしていました。そこに突然人の血の匂いがし、ボクた……我々は森の奥へ進みました」


「そこで壊れた馬車と御者の遺体を発見しました。ですが馬車の装備から、恐らくは隣国のディアンで頻発している人さらいの一団と考えられます。更に森の奥深くより女性の声が聞こえたため、我々は意を決し足を進めました。

 そこには今すぐにでも死んでしまいそうな女性と、人さらいに捕まっていたであろう幼い姉妹、そして巨大な魔物『森の主』がいたのです」


 ルミは緊張なんてしてないのか、うまく状況を王様に伝えてく。隣のオリバーさんも、少し遠くの王様も、同じように険しい顔をしてた。



「それでそなたらはどうしたのだ?」


「……ユウは咄嗟の遭遇にも関わらず、背後からの魔物の一撃を防ぎましたが、私は全く手が出ませんでした。魔物の動きは外見から予想される数倍早く、稲を刈り取る鎌より素早い一撃と、百年の大樹をなぎ倒すような力の前で、出来たのはユウに防御魔法をかけることのみでした」


「ボクもルミの魔法がなければ、防いだ両腕を失っていたかもしれません。それほど森の主は強く、既に瀕死だった女性による身代わりがなければ、きっとこうしてご報告することも出来ませんでした。しかしその様子を見ていた姉妹が更に森の奥に逃げてしまい、主はそれを追って姿を消しました。ボクたちは女性を担いで、逃げ帰ってきました。

 王様、この女の子たちを助けてください!」



 言いたかったこの一言のためにお辞儀をしたり(つくば)ったりしたけど、それもようやく言えた。王様は少し後ろに控える女性――王様の補佐で、細かい相談とかをいつもしてるらしい――を呼んで、小声で何か話をしてるみたい。あとはオリバーさんたちならきっと……






 ……きっと?






「ふむ……その女性というのは、今は医者であるロブの所にいるのか?」


「はい。ですが全身にあまりに深い傷を負っているため、話を聞けるほど回復するにはかなり日数がかかるとみられます」


 何食わぬ顔でルミが、あの女性が話せないことを隠すために上手な言い方をする。とりあえずは姉妹を助けることの方が大事だ。


「そうか……よし、わかった。我が国は国民の願いを無下にすることも、無辜の命を見捨てることもせん。直ちに兵を集め、10年に渡り我らを苦しめ続けた魔物、『森の主』を討伐せん。二日後の夜半にこれを開始する」


 ボクたちは同時に顔を見合わせる。思ったことは同じみたいだ。



「王様、ちょっと待ってください! 魔物の退治よりもあの姉妹の救出を優先して頂けませんか?」


「何故だ?」


「森の主は本当に強いです。あの狭い森で戦ったら間違いなく被害が出ます。それに二日後じゃ、女の子たちが!」


「おいお前ら、口出し過ぎだ!」


 オリバーさんが小さな声で、だけどしっかりとボクたちを止めようとする。ボクだって失礼をしてるとは思う。でもそれを制したのは、他でもない王様だった。



「よい兵士長。そなたらが最後に確認したとき、魔物は子供らを追いかけて行ったのであろう? ならば救出を念頭に置こうとも、魔物の撃滅を目論もうとも、これら双方と遭遇することが考えられる。であるなら、より被害の大きな目的を据え、想定外の損害を生み出さぬべきだ。そして森の主ほどの魔物の討伐であらば、相応の部隊が必要となる。これを集めるに少なくとも二日はかかるであろう」


「そんな、そんなに大規模な部隊じゃなくていいんです、魔物の隙を縫って助けることは出来ないんでしょうか?」


「そなたは我が国が誇る兵士をそれほど危険な状況へ駆り出せと言うのか? そなたは我がサニスタの善良なる国民だが、それは軍の兵士にしても同じこと。(いたずら)に国民の命を危険に晒すことは許されない」


「っ……」



 言い返せないボクたちを見て、王様は椅子から立ち上がる。


「その子供らはそなたらの姿を見たのだろう? ならば我らは救援を出さぬわけにはいかぬ。

 ……そなたらはそれぞれ魔法、剣術に秀でていて、共に成績も非常に優秀である。だがしかしまだ成人祭も迎えておらぬ子供。軍事や(まつりごと)がわからぬとておかしくはない。大人になればわかろう」


 右手をちょいと動かして、出てくようボクたちに促す。王様は別に意地悪をしてるわけじゃないことくらいわかるから、きっとここでこのまま話しててもどうしようもないんだ。


「ちょ、ちょっと、まだお聞きしたいことが……!」


「やめとけユウ、下がるぞ! 失礼いたしました!」


 オリバーさんに連行されて、謁見の間から連れ出される。まだ聞かなきゃいけないことがあったのに。






「馬鹿野郎、国王様に食って掛かる奴がいるか! 本当は、国民でもない、下手な話生きてるかどうかもわからねえ子供らを救出しようってだけでとんでもないお人なんだぞ!」


「それは私たちにもわかってます! ……でも二日も持ちこたえられるとは思えないんです。あの子たち、錆びた手枷から強引に抜け出したのか、両手から血を流してました。その上魔物に追われて、二日もなんて……」


「……でもな、どうしようもないことだ。俺達には離れた仲間に連絡出来る魔法使いが数人いるが、それだって距離も人数も限られてる。それに呼んだ奴らも、常に武具を持って生活してるわけじゃないんだ。招集して、目的を伝えて、役割を分担して、ようやく作戦開始だ。ルミ、それにユウ、しょうがないんだよ」


 オリバーさんは熟練の兵士だし、言ってることが正しいって理解してるつもり。しょうがないこと、どうしようもないこと。


 どうしようもないんだろうけど……。














「はぁ……疲れた、おなか減っちゃった」


 お城を出ると、両腕を伸ばして息を漏らす。井戸に座って、自分の感情を口に出してみたところで、お母さんに持たせてもらったお弁当があるのを思い出した。太陽を見てももうお昼くらいみたいだし、お昼ごはん食べよっかな。お腹が減ってたら何もできないし。



「ルミ、お弁当持ってる?」


「うん、持ってるわよ。今日は確かパンと木苺のジャムだったかな」


「ボクは……ガメラ肉と玉子の炒め物と、玉子焼きだ。……でも、ご飯とおかずの量が」


 明らかにおかずの方が多かった。確かにお母さんは多めにしといたって言ってたけど、これじゃ絶対残っちゃうよ。


「ルミ、ちょっとおかず食べない? なんか今日多くてさ」


「ん、いいの? じゃあちょっとちょーだい」


 ジャムを塗るためのナイフで器用に炒め物を取ると、パンの隙間に詰め込む。


「じゃあはい、お返し」


 肉がはみ出さないよう両手で掴むルミが、そのままボクに差し出す。このままかぶりついてってことなのかな。


「ありがと、じゃあ遠慮なく……」


 なんだかちょっと恥ずかしい気もするけど、でもサンドイッチは確かに美味しかった。



「美味しいね」


「んっ……んん、確かに美味しいわ」








「それでさ、ルミ。さっきの王様の話なんだけど……」


「二日後なんて待ってられない」


 やっぱりルミもボクと同じ気持ちだ。二日も森の主から逃げ続けることなんてできないし、あの子たちは怪我してる。


「だけど、今すぐが無理だってのもわかる。それに国王様の言うことは絶対だから」


「そうなんだけどさぁ……」


 ルミはこういう時、驚くほど大人になる。お母さんと一緒にお店をやってるからなのか、それともお城の魔導士と一緒に働いたことがあるからなのかはわからないけど、それもたくさんあるルミの尊敬できる所だ。



「……とりあえずは、これ食べたらロブさんの所に戻ろっか。あの人のことも気になるし」






 だけど……ボクはそこまで大人にはなれないかな。











 お昼ご飯を食べ終わったボクたちは、もう一度診療所のロブさんの元へ戻った。お城までの往復や謁見は思ったより時間がかかったから、きっと治療も終わってるはずだ。



 診療所の扉を今度は優しくノックして、ロブさんが疲れた様子で出てくる。


「ロブさん、あの人は……?」


「うーん……いやね、一命は取り留めたよ、一応ね」


 昔から変わらない特徴的な話し方だけど、こんな状況だとすごく不安に感じる。もしかして何か問題でもあるのかな……



「人間の体には体液が必ず必要なんだ、知ってるだろ? 私に出来るのは怪我の治療や、傷口から推測されるモンスターに対応する解毒薬を投与することは出来る。医者だからね。だが彼女は大量に血を流してる、彼女には血液が足りない」


 ロブさんはいつもの目を細める癖をしながら、羽の沢山入ったベッドへとボクたちを案内する。そこには全身に包帯を巻いて、白布の服に着替えた女性が仰向けで目を閉じていた。あの不思議な衣装は脇の小卓の上にたたまれて置いてある。そこにロブさんの奥さんが水を満たした桶を持ってきて、女性の額に水で濡らした布を当てる。もしかしたら熱もあるのかな。



「この子はしっかりと生きてるよ、不思議なくらいにね。刺創(しそう)が2つに切創(せっそう)が4つ――刺してから刃を滑らせることで傷口を悪化させている、流石は人さらい、無法者だな。

 更に無数の擦過創、下肢や腹部の打撲、傷口に入り込んだスライムの粘液による中毒、そしてここから大きく離れたナクナ砂漠に生息するモンスターに似た咬み傷があった。たまたま、私がこの町に移住する前に遭遇したことのあるモンスターだったので解毒薬を持っていたが、そうでなければかなり危険だったろう」


 話を聞いてるだけで痛い。だけどこうしてあの人は生きてるんだから、すごいと思う。女の人について何も知らないけど、少なくとも体力、それか生命力って呼ぶべきものは、人並み以上にあるらしい。これだけの怪我に毒と中毒を受けててあの動きなんだから。




「ちょっと待ってください。ナクナ砂漠って……『迷いの森』『隣国ディラン』『清きアグラディアの泉』の更に先にあるっていう砂漠ですか?」


 ルミの質問で、ロブさんは昔、ここからはるか遠くの北から過ごしやすい南の国に――つまりこのサニスタに移住してきたって言ってたことを思い出した。きっとナクナ砂漠も、その途中で通ったんだ。


「ああ、そうだ。この子も随分な長旅をしてきたようだ、靴を脱がしたら――これまた中々奇特な靴でな、ロープのようなもので布を縛り上げているようだった――足には水疱がいくつも出来てしまっていた。たった一人で移住という荷物でもあるまい、何が目的でここまで歩いてきたんだか」


「それもこれも、彼女が目覚めればわかるんですけどね……」


 ボクの何気ない呟きに、ロブさんは頷くように首を縦に振った。お医者さんのそういう動きはすごく心臓に悪い気がするよ。


「外傷は出来る限りの処置をした、当然。だが不足している血液はどうすることも出来ない。もっと医術の発達した国ならば血液を体外から入れる手法も存在するようだが、残念ながらここではこの子の体が作り出すのを待つしかない」







 その時、布の擦れる音が聞こえて、ボクはベッドを見る。そこには上半身を起こした女性が、寝ぼけ眼で欠伸をしているところだった。




「あなた……! こんな早く目覚めるなんて……」


 隣で看病をしていたロブさんの奥さんが、驚いて桶の水を零す。



「なに、もうか? わかった、今痛み止めの薬草を煎じてくる。お前は」

「あっ、奥さんもロブさんを手伝ってきてください! ボクたちが看病しておきますので!」



 ああそう? と言って奥さんも一緒に別の部屋に移動したのを合図に、ボクたちは女性と扉の間に立つ。それからボクは、ここに来るまでに用意しておいた小さな羊皮紙を見せて、描いておいた絵を指さした。




「……?」


 絵とボクの顔を何度も見て、痛むらしい頭を押さえる。描いた絵は簡単だ、点が三つと丸で出来た人の顔と、大きくバツを書いた吹き出し。それに隣では、ルミが口に人差し指を立ててる。これだけやったら喋っちゃ駄目だってのは伝わっただろうし、きっと『言葉が通じない』ことがまずいってこともわかってくれるはず。



「ボクは、ユウ」


「私は、ルミ」


 それからボクたちは、いつまでも『この人』とか『女性』って呼ぶわけにもいかないから、せめて名前だけでも尋ねようと思って、自己紹介をしてみた。


「やあ、ルミ」


「こんにちは、ユウ」


 こうやって繰り返せば、何となくわかってくれるかなって。



「あなたの名前はなんですか?」


「私、ルミ。あなたの名前は何ですか?」


「ボクはユウ。それじゃ、あなたの名前は何ですか?」


「……僕、44y、at́4……ワタシ、私……」


 ボクたちは驚いて、同時に頷く。


「名前。名前、教えて?」


 まるで、赤ちゃんに言葉を教えるみたいだと思った。だけど赤ちゃんとは比べることも出来ないくらい飲み込みが早い。絵はまだしも、言葉でここまですぐに会話が出来るようになるとは全然思ってなかった。



「……私、名前……」


 だけどそこまで言って、突然首を横に振ってしまう。どうしたんだろう、まだボクたちの事を信用できないのかな。






 ……それか。




「……自分の名前が、わからないの?」



 ボクの考えを、ルミが言葉に出す。その言葉を不思議そうな顔で見つめるから、ボクは身振りでその意味を伝えようとする。


「私、名前、わからない?」


 肩を竦めたり、バッテンを作ったり、頭を抱えて見せたり。


「……わからない。私、私わからない……b@/yuxe」


 ベッドの上で膝を立てて、ごめんなさいって言ってる……きっと。次にボクは2人の手をつないだ女の子の絵を描く。そして森の主も。


「これ、覚えてる? 女の子、森の主」


「……覚えてる」


 『覚えてる』って言葉を繰り返しただけなのか、それとも一回で理解してくれたのかはわからないけど、少なくとも描いた絵に見覚えはあるようだし、すると記憶がなくなってしまったのは森の主の攻撃を受けたからじゃないみたいだ。




「どうしたユウ、羊皮紙なんか持って」


 そこでロブさんが部屋に戻ってくる。ボクとルミは急いでもう一度口元に人差し指を立てると、振り返って首を思いっ切り横に振った。


「……? まあいい、これを飲ませるついでに、どうしてこんな大移動をしてるのかでも聞いてみるか、王様に説明するためにも」


「そ、それがロブさん、その人、記憶を失ってしまってるらしいんです」


「なに、記憶を失っている? それは大問題だ、強く頭を打ってしまったのか、それとも忘却魔法を受けたのか……」


「え、ええ、そう、森の主のせいで木に叩きつけられて、きっとそのせいだと思うの。だからほら、今はゆっくり休ませてあげてもらえませんか?」


「そうだな、それならしばらく一人にしてあげた方が良いかもしれん。整理が必要だろう」


 頷いて、深い色をした薬草を煎じた液体が入ったお椀を置く。それから女性をボクたちに任せると、隣の部屋に戻って行ってくれた。





「女の子。女の子、m4q@/uk……?」


「……女の子、まだ森の中。……ごめんね」


 ボクの服の裾を掴む声に木の絵を描き足してそう説明する。すると彼女は、ボクの申し訳なさそうな様子から意味を悟ったのか、首を横に振って、とっても悲しそうな顔をした。


「ごめんね……? 私、私、ごめんね……」


「『私の方こそごめんね』でしょうね。この人が謝ることは何もないのに」


 ベッドの反対側に腰かけたルミが、薬草のお椀から液体をすくって、彼女の口元に運ぶ。最初は怪訝そうな顔をしていたけど、ゆっくりと口に入れて、それですっごく苦そうな顔をするんだ。最初は気分が沈んでたボクたちも、あのすっごく強かった人にこんな顔を見せられたら、ついつい笑っちゃうよ。



 だけどその笑顔も、苦そうな顔も、すぐに薄らいでいってしまう。きっとボクたち三人の脳裏には、同じ姿が浮かんでる。









 ……うん。やっぱりダメだ。ボクは大人にはなれない。ボクには、諦めるなんて、出来そうにないや。剣の柄頭を握りしめて、自分の意志を確かめる。









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