第8話 生活改善㊙︎大作戦
2019.9.5
内容大幅に修正しました。
今日以前にブクマしてくださった読者の方、申し訳ありませんが第1話から読み直していただけると嬉しいです。
その日ナコ達3人が村へ帰ると、我が家はちょっとした騒動になった。
大量に持ち帰った食料や日用品の多さにまず驚かれ、さらにそんなに大量に買ってきたにも関わらず、小銭袋にはいつも以上のコインが大量に入っていた。
「こ、これは……銀貨?なんでこんなものが?」
ビックリして口をあんぐり空けて目をパチパチさせている父さんと、どういうことなのかと問い詰めるモモト爺ちゃん。母さんは小一時間ほど今日あったことを説明するが、現場を見ていない父さんとモモト爺ちゃんにはさっぱり状況が分からないようだった。
「そうか、町長のレティーナお嬢様が花飾りを気に入ってくださったのか……でも……うーん……」
市の立つ町の町長だもの、近隣の農村には超有名である。そのお嬢様もしかり。市には積極的に覗きに来るレティーナお嬢様は、ある意味町長本人よりも有名人だった。
だがしかし、そこは雲の上の人物。
遠くからお見かけすることはあっても、声を掛けるなんて、ましてや何かを売るなんて、ありえない。町長なんてお偉方と関わりを持つなんて一般人にとっては恐怖でしかないものだ。
売り上げが大幅に上がったのは喜ばしいことだったが、妻子が町長の娘と関わりを持ってしまったと聞いて、悩ましい顔をする父さん。
(『また出来たものを見せてね!』とレティーナお嬢様と約束してしまったことは、秘密にしておこう……)
ナコは昨日の出来事を一部黙秘しておくことに決める。
ナコ達3人が買ってきた食料や日用品は、父さんや爺ちゃんだけでなく、隣に住む叔母2人にも分けられた。月に一度の市の日が家族にとって大切なイベントの一つになっているのだとナコは知る。
父さんや爺ちゃんは、以前から欲しがっていた仕事道具をようやく買ってもらえてホクホク顔。叔母2人は月に1度しか入手できないめずらしい果実に顔をほころばせた。
その日の夕食は久しぶりに肉と魚が食卓に上り、家族の中でも特に爺ちゃんのテンションがうなぎ登りだった。この世界に転生してからナコは、穀物と野菜の食事しか見ることが無かったから、ナコにとってもテンションの上がる食事内容である。
食事が終わると、銘々が思い思いに時間を過ごす。
キクリ父さんとモモト爺ちゃんはお酒を飲んでいるし、ノンノ母さんと婆ちゃんは今日購入した食料品を解体したり下ごしらえしていた。チコ姉は、珍しくうちで食事をした叔母2人と遊んでいる。(普段は叔母達も爺ちゃん達も、それぞれ自由な時間に自宅や共同食堂で各々食事を取っている。)
まったりとした時間が流れる中、ナコは前から思っていたことを実行に移そうと席を立った。
転生してから約1週間。ずっと気になっていたのだ。
(あの窓!窓とも言えないただの穴!外から見える!丸見え!)
もちろん着替える時も、丸見え。ある時には着替えてる最中に爺ちゃんが通りかかり、目が合ってしまった!
(女子として無いわ!無い!絶対嫌!!)
「母さん、布……レースとか無い?」
「レース?今日布屋さんで見たような薄い布?……無いわよ、うちにはそんなもの」
帆布なら母さんが買っているのを見たが、カーテンには適さないだろう。あれはおそらく父さんや爺ちゃんの道具入れなどに使うのだろう。
うーむ。やはり今日何がなんでもあの生地屋で適した布を買っておくべきだった。高いからと諦めてはいけなかった。失敗だ。
「レース?何に使うの?網じゃダメ?」
ナコの布への興味を知っているチコ姉が、横から会話に入ってきた。
(網?網って魚取るようなアレ?確かに大柄なレースと言えなくも……ないか……?)
チコ姉に言われて、一応網を見てみる。森での狩猟用に父さんや爺ちゃんが使っているものだそうだ。村の女性達が紡いだ糸から作られており、そんなに高価なものでもないため、古くなって使わなくなった物に関してはその辺に放置されているらしい。
素材はタコ糸のような、糸が何本も寄り合わさった太い糸を編み合わせて作られている網である。森の小型動物に使うものらしいが、汚れやほつれはあるものの工夫すれば何とかなるかもしれない。
「これ頂戴!!」
素材を見つけたナコは、そこからは早かった。
玄関横にあるミニキッチンに水を貯め、ネットをジャブジャブ洗う。洗剤も無いため、そんなに綺麗になるわけではない。だが、森で使っていたというから、ほとんどは土汚れや埃である。何度か水を変えてはジャブジャブと洗っていくうちに、洗い水も透き通っていった。「超汚くて黒い」から、「ちょっとシミが付いた」程度には綺麗になった。
網を洗い終えると、外は真っ暗だというのに外に干しに行った。転生してから約1週間。チコ姉の手伝いをしていたナコは、物干し場の場所もバッチリ把握していた。夜だから当然他の人はいない。
(物干し場、少しお借りしまーす。)
いつもキクリ一家が使用している場所だけでは足りず、隣の物干し場も借りて、網をいっぱいいっぱいに広げる。
(網だし、明日には乾くかな!)
そうしたら次は糸の準備だ。網は編み目が広すぎて、窓に付けるカーテンとしては役に立たない。まったくもって光を遮ることができないのである。これをカーテンとして利用するならば……アレが必要だ。
網が乾いたらすぐ作業できるように、母さんから糸を大量に貰う。来月の市の日に出品する用の糸束であったが、来月分の収入も既にクリアしている。反対されることなくナコは大量の糸束をゲットした。
(あとは……あれが要る)
ナコにとってどうしても必要な道具が一つ。以前花飾りを作った時には指編みで代用したが、今回はもう少し細かい作業が必要であり、指編みではどうにもならない。
父さんから木片と小刀を借りて、道具を作ることにする。
「何作るんだ?だ、大丈夫か?」
最初は恐々見ていた父さんだったが、特定の形があると分かると、後半は手伝ってくれた。
箸のような細い棒、その先端はVの字に尖っており、そこが鍵となる手芸道具の一つだ。
(かぎ針……かぎ針……ふふふん♪)
日本でよく見かけるのは、金属製や安いプラスチック製が主で、木製は逆に高級品だ。厳密には棒というより少しくねった形状で手に持った時に馴染むようにゆるやかなカーブがある棒だ。先端はVの字に尖ってはいるが鋭利というわけはなく、毛糸やレース糸が引っかからず滑らかにスライドするように、滑らかな表面になっている。
大まかな形状を木片からナコが削り取った後は、父さんがより精密に凸凹を削ったり表面をヤスったりしていく。
「これくらいで・・・どうだ??」
15分ほど集中してヤスリをかけた後、父さんは満足げにナコにかぎ針を渡した。
日本製のような、手にフィットするためのカーブは無いものの、先端の鍵の形状や、ヤスってツルツルになった表面は記憶にあるかぎ針と同一だった。
「うん!素敵よ、父さん!」
明らかに煽ててるのは分かりそうなものだが、キクリはヘニャっと頬を緩めてチコ姉や母さんにもどうだ、とかぎ針を見せに行った。
「これで、何を作るの?」
「ふふふ、明日のお楽しみよん!」
まだ網が乾いていないから、今日は製作出来ない。
それに……
「父さん、これのもうひと回り小さいヤツを作って貰えない?」
合格を貰えた!と喜んでいる父さんには申し訳ないけど、かぎ針のサイズが少し大きすぎる。これは毛糸用くらいのかぎ針サイズだ。だがナコが今から作りたいのは「レース編み」なのだ。母さんに貰った糸束の糸の太さを考えても、もうふた回りくらい小さいサイズのかぎ針が欲しい。
その後、2度ほどダメ出しをくらった父さんだったが、3度目にようやくナコの希望するサイズのかぎ針を作り出したのだった。
(うふふん♪明日には網乾くかな?いよいよカーテン作りよん♪)
ニヤニヤと明日を想い一人ほくそ笑んでいるナコを見て、チコは微妙な不安を覚えてその横顔を見つめていた。