第7話 銀色のコインの貨幣価値
ナコ達村人にとっては、銀色コインはとても高価なんです。
「母さん母さん、見たことないくらいいっぱいお金があるよ!!」
興奮した様子で喜んでいるチコ。声には出さないものの目を見開いて小銭袋を凝視している母。沢山の銅貨や小さな銀色のミニコインが並ぶ中、ひと際輝く大きくて銀色の硬貨。これは町長のお嬢様から頂いたコインだ。
(銀貨って、どれくらいの価値があるんだろう?)
ナコは一つだけ異質に輝く銀貨を見つめていた。
母さんと町長のお嬢様とのやり取りから、高価であるだろうことは分かった。だがこれが、1万円なのか、10万円なのか、はたまた千円なのか、さっぱり分からないナコであった。
とりあえず。銀貨の価値はチコと母さんの興奮が落ち着いてからゆっくり尋ねるとして、本日の集計だ。
商売を本業とするプロではないが、イベントに出展したことのあるナコは、当たり前のように本日の収支を計算していた。
PCはおろか、紙やペンも見当たらず、とりあえず市場では地面に正の字を書いて売り上げ個数をメモしていた。そしてそれを、その辺に落ちていた白い石で、木の破片に清書していく。滑らかとは決して言えないが、一応メモ帳としての役割は果たしてくれそうである。
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本日の売り上げ
糸玉(180レク×37)6,660レク
楕円糸巻(200レク×14)2,800レク
台形糸巻(250レク×25)6,250レク
花飾 銀貨1枚(貨幣価値不明)
竹の籠(900レク×7)6,300レク
ミニ籠(500レク×12)6,000レク
麻紐の籠(700レク×6)4,200レク
木の実の籠盛(400レク×15)6,000レク
木の実の籠盛+ミニ籠付き(800レク×6)4,800レク
フルーツの籠盛(900レク×21)18,900レク
フルーツの籠盛+ミニ籠付き(1,300レク×4)5,200レク
素材:葉っぱや茎など 1,500レク
鉱物:綺麗な色の鉱石など 2,300レク
日用品:薪や小枝など 900レク
出店料-1,000レク
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合計 70,810レク+銀貨1枚
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(こんな時にエクセルがあればいいのに!)
IT企業に勤めていた奈々美は、毎日のようにエクセルやワードといったパソコンソフトを使っていた。それこそエクセル=表計算の数式を諳んじられるくらいに熟知していた。
手元にはPCもソフトもない。しかたなく頭の中で暗算していく。
「うん、全部で70,810レクの売り上げだね!……もしかしたらメモのし忘れあるかもしれないけど……」
接客しながら地面に書いてメモしていたため、もしかしたら記載ミスや漏れがあったかもしれない。会社では1円の差異ですら大問題になるが、今回はそこまでは言われないだろう。母さんとチコ姉に売り上げ金額を伝える。
「ええ??見ただけで金額分かるの??数えていないのに?」
チコ姉は驚いて小銭袋とナコを交互に見やる。母さんも同じく驚いた表情でナコを見つめる。
「え?えーと、あの、売れた数を書いておいて、それを計算しただけだから……あの、多少金額はズレてるかも、だよ」
先程メモした木札を見せて、何がいくつ売れたから、小計いくら、という説明を二人にする。
母さんは、なるほどーという顔をして少し納得したようだが、チコ姉はあいかわらずよく分からないという顔で、興味を薄くしたようだった。
「7万レクって……すごいわ!!初めてよ、こんなに売れたのは」
70,810レクと銀貨1枚だ。銀貨の価値を足せば、7万レク以上の利益は確実だ。
「銀貨は……どれくらいの価値になるの?」
母さんとチコ姉が少し落ちついたのを確かめて、改めて銀貨の件を訪ねる。
「銀貨、そう、銀貨をいただいたのよね」
「初めて見たよ~!銀貨なんて」
恐縮している母さんと、はしゃぐチコ姉。
2人の説明によると、銀貨には大と小があって、頂いたのは小の方。小銀貨は1万レクの価値になるということだった。――つまり合計80,810レクの売り上げ、ということだ。
1レクは光っていない鈍い色の銀色のミニコイン。これは袋の中に一番たくさんあった種類の硬貨だ。一般的にはレクコインと呼ばれる。
10レクが小銅貨1枚。
100レクが中銅貨1枚。中銅貨は小と大と見分けるために、真ん中に五円玉のように穴があいている。
1000レクが大銅貨1枚。
ここまでは村でもよく使われるのだそうだ。
そして1万レクが小銀貨1枚。
10万レクが大銀貨1枚。
大きな商店や、町長などの有力者などが主に使ってる貨幣だ。
その上はお目にかかることはおそらくないだろうが、
100万レクが、小金貨1枚。
1000万レクが、大金貨1枚だ。
王都に住む貴族や王族でなければ、利用する機会もない。
「では、花飾りの小銀貨改め1万レクを足して、本日の売り上げは80810レクです!」
改めて計算し直した金額を母さんと姉さんに伝える。
「8万・・・す、すごい・・・!!」
言葉を失う母さん。
いつもなら、食べ物や糸巻きが少し売れる程度。市の終わりに残り物を叩き売りしても、1万5千レクくらいが普通で、良い時でも2万レクには届かないのだと母さんは話した。それが今日はいつもの4倍以上の売り上げである。チコ姉や母さんが興奮するのも無理はない。
「さぁ、そうしたら、市が終わる前に私達も必要な物を買いに行きましょう」
母さんに促され、荷物は一旦一緒に来た村の人に荷物番をお願いし、買い物へと出掛ける。
糸巻きや森で採った木の実などを売り、その売り上げ金でお肉や日用品などの生活必需品を買って帰るのだ。つまり、手元にはお金はほとんど残らないらしい。――村ではお金を使う機会も無いのでいらないとも言えるが。
お肉、干物、塩や香辛料、村には無い種類の果物や木の実、父さんが使うだろう工具や何かの道具らしきもの。布や何かの素材や鉱石と言ったものもある。母さんは次々と購入していき、チコ姉と私でそれをリヤカーまで運ぶ。
「ちょっと買いすぎちゃったわね、ふふふ」
リヤカーに満杯の荷物を満足げに見つめて微笑む母さん。チコ姉もいつもより多い購入品を前に、嬉しい様子だった。
「母さん、あれ欲しいの、買ってもいい?」
ナコは買い物途中で見つけた生地屋の前で止まる。
色とりどりの布、レースのように薄い布、刺繍のような装飾が施された布。母さんも別の露店で布を買っていたが、それは農作業者が着るような適度な厚みと強度がある生成りの生地であって、この店にある布とは全く異なる種類のものだった。
「この布は、町長のお嬢様が着ているようなドレスの生地なのよ、高いのよ。すっごーく高いのよ……買えない、のよ……」
チコ姉がコソコソと耳打ちで教えてくれる。
「……これは、おいくらかしら?」
最初は困った顔をしていた母さんだったが、少し考えたのち店員に値段を尋ねた。
「カラー布は18,000レク、レース布は25,000レクだよ」
ガーン、た、高い!
貨幣価値が分からなくても、いままでの肉や日用品の金額を考えれば、とんでもなく高いということはナコでも分かる。
「反物じゃなくて、少しでいいんですけど……」
ナコは両手を広げて、1メートルくらいの幅を示す。
「少し?少しってなんだい?一反ずつでしか売ってないよ」
布の切り売りはしていないらしい。
日本では布といえば長さの量り売りが当たり前で、メーターいくらで買うのが当然だった。一反単位なんて、業者しか行かない問屋街みたいなものだ。
(趣味のハンドメイドも無さそうな世界だし、手芸屋なんてものも当然無いか)
母さんや父さん達、村の人々を見ていれば、みんなで協力して日々を暮らすのがやっとというのが感じ取れる。ナコは趣味の布を買うのは諦めて、生地屋を後にした。
「母さん、これは?」
こちらの店は日用雑貨を扱う店のようだ。見慣れた形状の物を見つけ、足を止める。
「これは、紙とインクね、ほら隣にガラスペンや羽根ペンがあるでしょう?あれで文字を書くのよ。」
やはり!思った通りの品物だった。
「母さん、これは?これは買える??」
「こんなの何に使うの、子どもには必要ないでしょう?」
横からチコ姉が口を挟む。
ノンノもチコも、村長やカリン様が使用するのを見たことはあるが、自分で使用する機会なんて無かった。存在は知っているけれど自分には関わり合いのないものという認識だ。
「そうね。紙なんて、村長さんとか商人の人とか偉い人しか使わないわよ」
母さんも必要無いという顔。
「いやいや、これからの時代は、子どもだってちゃんと読み書き出来た方が良い仕事に付けるってもんだよ?街に行けば、読み書きが出来るかどうかで給金は2倍にも3倍にもなるんだ」
雑貨屋の店主が横からオススメする。だが店の客には良い身なりの客しかおらず、薄汚れた服を纏う田舎者はどうやら私達3人だけのようだった。チコ姉や母さんが言うように、一般家庭に普及しているものではなく、一部の必要性のある人達の間でしか使われていないだろうことは容易に想像できた。
「とはいえ子どもには最高品質の物じゃなくても良いよな、えーと確かあそこに……」
ブツブツと独り言を呟きながら店主は、店の奥の方へと歩きゴソゴソと何かを取り出した。
「これはちょっと質が悪かったり、半端なサイズの紙なんだ。店でメモしたりするのに使っているものなんだが、全部使い切れるわけでも無いしな。それにこっちは息子の使い古しの物だが……これで良ければ」
そう言って、ナコの前に30枚くらいの不揃いの紙と、古いインクが染み込んで汚れた羽根ペンを差し出した。
「これで良いよ、母さんお願い!これ買って?」
「そうねぇ、これは全部でおいくらでしょうか?」
新品よりはたぶん安いはず。母さんの気持ちは買ってくれる方向に少し傾いた。
「使い道も無かった紙に、誰も使わない羽根ペンだ、嬢ちゃんにあげるよ。そのかわり、しっかり勉強するんだぞ、お嬢ちゃんの将来に関わってくるからな!」
ガハハと豪快に笑う店主はナコの頭をくしゃくしゃと撫でた。見た目は気難しそうな高級店の店主といった堅苦しい外見だったが、その実気さくで優しいオッサンだった。
「で、ではこのインク瓶を一つ、いただけますか?」
「おう!インクは確かにいるよな、1,500レクだ、まいどあり!」
母さんが大中小と3種類あるインクの瓶の中で、一番小さい瓶を指差し、購入を依頼する。
大中小の瓶の前には、それぞれ小さな紙片が立てかけられており、何やら文字らしきものが書いてあった。書かれているのはおそらく商品名か価格だろう。明らかに日本語では無い別の文字なので、ナコにはなんと書いてあるかは分からなかった。
母さんが1,500レクを小銭袋から出して店主に渡す。店主はインクの小瓶を手に取り、小さな麻袋に入れた。……否、入れようとした。母さんがふと目を離した隙にその小瓶を横にスッとズラして置き、代わりに中瓶を手に取り麻袋に入れた。
(えっ!?)
驚いて店主を見つめると、ニヤッと笑い、ウィンクして
「また来いよ!」
と言ってインク瓶の入った麻袋をナコに渡した。
(うわぁ、めっちゃいい人や〜〜♪)
店主の好意にはあえて何も言及せず、ありがとうございます!とだけ元気よく伝え、3人は店を後にした。
2019.9.5
第7話までを、修正しました。
【追記】
町と街、出店と出展、誤字ではなく意味を持たせて使い分けています。
町・・・大きめの村や大きめの集落を指している。“ちいさなまち”という意味で使っています。
街・・・いくつもの村や集落があつまって、さらに商業施設や遊戯施設や教育施設も集まっている“おおきなまち”という意味で使っています。
村<町<街<王都、という順にまちが大きくなっていきます。
出店・・・商品を売ってその場の利益を得ることが目的。売れればそれで良いので市の日のように店名もなく路上で販売して利益を出しています。
出展・・・ブランド名や作家名を有名にすることが目的。商品販売も行う事もあるが、当日の利益そのものが目的ではないので、作品を展示するだけだったり、試食や試作品をサービスするだけの事もある。奈々美はハンドメイド作家として屋号を広くアピールしたかったので、こちらに当てはまる。