第4話 初めての物づくり
ハンドメイド魂、徐々に見えてきます。
ナコは貰った糸を指に絡めていった。
糸は細いので、まずは10本くらいを一束にして1本の紐として扱う。5本の指を器用に使い、糸をからめていった。
「何作るの~?」
興味津々のチコ姉に見守られ、さらに糸を指へからめていく。
親指の手前、人差し指の向こう側、中指の手前、薬指の向こう側、小指の手前・・・といった具合に、5本の指に対して波型に交互になるように糸を絡めていく。親指から小指へ、小指から親指へ。
波型に糸を絡めたら、5本の指の周りをぐるりと一周するように糸を巻く。絡めた糸の下側の糸を引き出し、手の平側から手の甲側へ糸を送る。5本の指全てに同じ動作をしたら、これで1ターン。
また5本の指をぐるりと一周するように糸を巻き、先ほどと同じように下側にある糸を引き出し手の平から甲側に送る。これで2ターン。
先は長い・・・。長いよ・・・。でも久しぶりに何かを製作出来るという喜びに、奈々美・・・今はナコとなっている奈々美は嬉しくて仕方なかった。
チコ姉は何を作るのかと尋ねたが、何を作るかなんて決まっていない。決まっていなくとも良いのだ。今はこの“作る”という行為が楽しいのだから。“作る”ことが重要であって、“何を作るか”はこの際どうでもよいのだ。
*****
次の日もナコは同じ作業を繰り返した。無言でひたすら指編みを長く、長く伸ばしていく。
一方母さんは竹ひごのようなもので籠を編み、チコ姉はそのお手伝いをしている。
最初は興味深々でナコの指編みを見ていたチコ姉は、ただふわふわして長いだけの紐が出来ていくのを見て飽きたらしい、見るのを辞めてしまった。
「出来たぁ!」
約1メートルほどに伸びた指編み。
糸は、毛糸よりも細い糸なので、なかなかに細かい作業であった。ミシン糸ほど細かくははないけれど、手縫い糸の太いものくらいの太さはある。それを10本まとめて太い一本として扱い、さらに指編みで紐状に編んでいく。1ターンで出来るのはわずか0.5センチ。それをひたすら続けた。
半端物の糸であるから、糸の長さは様々であった。時には短い糸もあり、糸が無くなると次の糸を繋ぎ合わせて作業を続ける。
数時間経ち、ようやく1メートルほどになった。
「何が出来たの?」
「・・・まだ完成じゃない・・・」
「?・・・出来てないの?今出来たって言わなかったっけ?」
出来たぁ!と叫んでしまったけれど、まだ完成品までの道のりを考えれば、まだ途中経過だ。“指編みで作る部分”が出来た、というだけのことであった。
ナコは指編みをしながら、この紐を何にしようか、ずっと考えていた。何か特別な道具があればもっと色々できるのだか、あいにくこの家には手芸や工芸の道具なんてどこにもありそうにない。
「母さん、針・・・糸を通して縫い物をする道具、ある?」
「ああ縫い針ね。それなら・・・ここに。洋服を縫う時の針があるわ。」
棚の一角から木の箱を取り出し、中から少し太めの針を出してくれた。
(良かった、針はあった!)
ワンピース=縫い物があるのだから、針はあるだろうと予想はしていたが、あって良かったと改めてホッとしたナコ。いかんせん、日本よりもかなり文明の遅れたような印象のあるこの村の生活からして、ない可能性も考えていた。
「針、気をつけてね?」
そう言って貸してくれた針は、日本の針よりも二回りほど太いものだった。毛糸用の針くらいだろうか。素材は日本でよく見かけるような金属ではなく、歯や象牙のようなエナメル質っぽい素材だった。針先は尖っていて、反対側は糸を通す穴があった。フォルムは日本にある針とよく似ている。
渡された針に糸を通し、先程の指編みに向き合う。
ふと、母さんとチコ姉の方を見て、思いつく。
「母さん、その竹ひご?・・・を1本貰える? 」
「いいわよ、どうぞ。」
何をしているのかはよく分からないけれど、楽しそうだからいいわ、と籠に使うはずの竹ひごを1本ナコに分けてくれた。
娘はずっと高熱で寝込んでいたのだ。それも一度は死ぬとまで言われてしまったほどの病。それなのに今は楽しそうに笑って何かに夢中になっている。
(元気にしていてくれたら、それでいいわ。)
母は楽しそうにしているナコを見て、自分も微笑む。
記憶を失ってしまったことについては大変心配している、だがそれは大きな問題ではない。大事なのは、娘が元気でいてくれることなのだ。まだ小さい子供だ。忘れてしまったことは残念ではあるが、また一から色々と教えてあげれば良い。
一方ナコは貰った竹ひごで新たな物を作っていた。竹のしなり具合を確かめ・・・
(うん、これなら大丈夫そう)
今から作る物には、しなりが大事なのだ。まず小さな輪っかを作る。2回目は少し角度を変えてまた輪を重ねる。糸を球状に巻いた時と似ているが、少し違う。糸はひたすら上に上にと重ねて巻いた。だが竹ひごでは、上に下にと交互に重ねて組み上げていく。小さな球状の玉が出来るが、竹ひごを交互に重ねたおかげで重なり合った竹ひご同士が支え合い、玉の形を維持している。
それが出来ると今度は指編み紐に向き合う。
左手で紐の端を固定して、それを中心にぐるぐると渦巻きを形成していく。全て巻き終わるとそれはまるで薔薇のような花の形に見えた。
花の形を維持できるよう、針で花の底側を固定していく。花の底を一度針で拾うと、ギュッと糸を絞る。少し角度をずらして、また花の底側を針で拾い、糸を絞る。何度か底を糸で縛ったら、逆に反対側=花の部分はさらに開く満開の花のようになった。
その花の中心に、貰った竹ひごを縫い付ける。さっき作った竹ひごの玉とは別のものだ。短くカットした竹ひごをVの字に軽く曲げ、それを5本くらい用意した。
Vの時の窪みの部分に糸を絡めて花の中心に縫い付ける。少しずつ角度をずらしたものを5本、縫い付け終わると10本の棒が花芯のように円状に広がった。
(ふふん♪これは雄しべよん♪)
雄しべの環の中心に、今度は竹ひごの球を縫い付ける。
(ふふふん♪これは雌しべよん♪)
だんだん何かが出来上がっていく様子に、興味深そうにチコ姉は覗いている。最初は遠巻きに見守っていた母も、籠作りの手を止め、チコの隣に座りナコの製作の手に注目している。
そうして出来たのは中心に竹ひごの飾りが付いた可愛らしい花の飾り。仕上げに底に麻紐(これは父さんの仕事用の麻紐を少し拝借した)を通すと・・・
「チコ姉、ちょっと後ろを向いてくれる?」
「え、うん、なになに?」
後ろを向いたチコ姉。縛っていた髪留めの麻紐を一旦解き、母さんに櫛を借りてチコ姉の髪を梳く。
髪の上半分だけを束ねて後頭部の上の方で縛る。さらにそれを三つ編みにしてぐるぐると巻きお団子状にする。その出来上がったお団子に、花飾りを括り付ける。
「わぁ、素敵!!可愛いわ、チコ♪」
右から、左から、色んな角度から眺めては素敵、可愛いを連呼する母。
「えーん、見えないよ~!どうなってるの~?」
嘆くチコ。母には大絶賛されたが、後頭部にある花飾りが見えないチコにも見せるために、飾りはすぐ取ってしまい、花飾りだけをそのままチコ姉に渡した。
「チコ姉にプレゼント・・・その、色々と教えてくれたから・・・。」
「貰っていいの?嬉しい!・・・ナコ、だーいすきー!!」
感激したチコからハグの応酬を受け、床に倒れこんだナコ。
「あ、ごめんごめん、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ・・・喜んで貰えて、嬉しい。」
「あの・・・ナコ?」
大感激するチコの一方、さっきまで大絶賛していた母は、恐る恐る尋ねた。
「母さんにも・・・作って欲しいな♪・・・お願い?」
そうしてこの日、私は時間の許す限り製作を続けて追加でもう一つ同じものを作り上げた。
「指編み」で検索すると、you tubeとかで動画がいっぱい出てきます。
気になる方は検索してみてね!