第3話 お姉ちゃんのお手伝い
徐々に・・・徐々にこの世界に慣れて行きましょう〜〜。
次の日。
一晩寝て、頭痛は解消された。
明るい朝日に刺激されて、頭もスッキリ冴えた。
考えても分からないものは、放置!
元来奈々美は楽天家だ。良いことはもちろん、悪い事でさえも“面白い経験をした”と喜ぶくらい、楽観的発想を持ち合わせている。
というわけで、今日は一日村の様子を見学してみよう!
(めったに来れない異世界だし?)
というわけで、朝からチコ姉のお手伝い。
一から十まで丁寧に説明しながら、同時にお手伝いも大量に頼まれる。「あれ?私病み上がりじゃなかったっけ?」と疑問に思う間もなく、チコ姉とともに、朝から台所、近所の人の家、おばさんや祖父母の家、と巡り歩く。
悩んでる暇なんて、どうやら無いらしい。
でもトイレまでチコ姉と一緒なのは一体どういうわけなのだ。トイレくらいゆっくりさせてくれ。
・・・ナコには知らされていなかったが、チコ姉は母さんから『とにかくナコのことを注意して見てて!』とキツく注意されていたから、どにかくずっと一緒にいる、というわけだ。ちなみに大量にお手伝いを頼まれたのはチコであってナコではないのだが、それをナコは気づいていない。
朝から色々なところに行き、忙しそうなチコ姉。最初は何をどうやれば良いか分からず、ただチコ姉のやることをじっと観察しているだけだったが、手持無沙汰な私はだんたん退屈になってきて・・・そして見様見真似で手伝いを始めた。(それが間違いだった。)
一度お手伝いを始めたら、有用だと思ったのか、次々にお手伝いをすることになってしまった。
そしてチコ姉が今やっているのは、糸巻き。筒状の芯にひたすら糸を巻いていくという仕事だ。
原料となる糸の素材は父さんたち村の男性陣が森で捕ってくる。原料の糸は、蜘蛛のような魔物が吐き出す糸の塊だ。通常はそれを敵に巻き付け捕獲し、肉のみを食する魔物だ。
それを母さんたち村の女性陣が塊から糸に生成したり、さらに染色したりする。余談ではあるが、染色に使う染料は、村の男性陣が森で採ってくる草木である。
その染色した糸を、筒のようなものに巻き付けていき、糸を小分けにするのがチコ姉たち村の子供たちの仕事だ。村の子供たちは学校へは行っていない。そもそも村にも近隣の村にも学校というものが無い。大きな街まで行けばさすがにあるが、村や小さな町では、親や村の博識ある者に教えて貰うか、ちょっと裕福な家であれば家庭教師が付く。そんなわけで、チコもナコも学校へは行っていなかった。というわけで、子供たちは親の仕事を手伝うのが毎日の日課となっている。
左手で糸巻の芯となる筒を持ち、右手で糸をくるくると巻き付けていく。
ひたすらくるくる・・・くるくる・・・くるくる・・・と巻き付けていく。
5分・・・10分・・・30分・・・ひたすらくるくると巻き付けていく。
30分程かけて、ようやく1つの糸巻きが完成する。
単純な作業なので、特に詳しい説明も必要ない。
1本巻き終わったチコ姉が糸巻をケースにしまい、こちらを向く。
「どうナコ?糸巻くのできそう?・・・!!えぇえ??」
チコ姉は驚き、ナコの手元を凝視する。
果たしてそこには見本と同じ幅だけ巻き終わった糸巻が一つあった。
さらに手元には次の糸筒があり、その糸筒にも糸が半分くらいは巻き進められている。
「は、早いね・・・!それに・・・」
それに糸の巻き方も、チコ姉のそれとは異なっている。
チコ姉のは単純に糸筒に糸をくるくると巻いて着ぶくれした子供みたいに雑なシルエットになっているのに比べて、ナコの糸巻きの完成形は筒に対して台形の円柱になっている。さらに細かく糸を見ると、規則正しく上へ下へとバッテンを描くような模様を形どっている。糸筒に対して斜めに糸を巻き付けていき、少し幅が出来たら、今の糸に対してバッテンになるように逆の斜めに糸を巻き付けていく。それを一定の幅ずつ交互に行っていく。そうすると最後にはバッテンの模様がいくつも見える糸巻が出来上がる。
「え、もしかしてやり方違っていた?・・・ごめんなさい。」
チコ姉の困ったような表情をみて、失敗した!と慌てて謝る。
糸巻といえば、ミシン。ミシンと言えばミシン糸。
糸筒に巻かれた糸の完成形は、この台形の形&バッテンのような模様を描くような巻き方が当たり前だった者にとって、違うやり方はイメージもしなかった。
「ちがうの、キレイに巻けているからビックリしただけよ!これでいいの、大丈夫よ。」
そして二人はさらに糸巻を何個も作っていく。
チコ姉にはいつもの作業なので淡々と糸巻を仕上げていく。一方のナコにとっても(日本では)慣れた作業だ。(さすがにミシン糸を巻く機会はないけれど)編み物の毛糸を巻き直したり、使いかけの刺繍糸をまとめたり、意外にちょこちょこ発生する作業の一つで、その手つきは慣れたものだった。
巻く糸の色も色々だ。生成りの染色していないベージュ色もあれば、チコ姉が来ている紺色のワンピースの色。緑やピンクもある。これらは全て村の女性が染めているのだが、その染色に使う染料は父さん達村の男性陣が森から採ってくる草木で、それを煮たり蒸したりして色出しをしている。
「不思議なのよ。染色に使う葉や茎は同じ物なのに、染める度に違った色に仕上がるのよ。染色に失敗すると黒になっちゃう。キレイな色に仕上がると市場で高く売れるのよ。」
染色に使われるのは主にカオカという植物だそうだ。花は咲かず、子供の背丈ほどの茎や葉っぱである。ギザギザした葉で、茎には棘もあるから採取の際は要注意だ。
このカオカの植物は森の至るところで採れるのだが、どうやら生育場所によって染色される色が異なってくるのだそうだ。
どこのカオカがどんな色になるのか、カオカの生育場所を父さん達はある程度覚えていて森の特定の場所に行きもするが、なにぶん目印も案内標識も何もない森の中だ。同じ葉を採ってきたつもりでも思っていた色と違う色に仕上がることもあり、毎回いきあたりばったりの染色なのだそうだ。
染色談義をしながら、二人は糸巻を積み上げていく。いつもの2倍(正確にはナコのペースが少し早かったので2.5倍くらいだ。)の作業量で、最初に用意したケースには収まりきらずその上に積み上げられている。
「糸筒、無くなっちゃったね、今日の作業はこれで終わり~!」
事前に用意した糸筒には全て糸が巻かれ、ケースに置かれている。一方原料である糸束はまだたくさん残っている。
「・・・糸筒無くても、巻けるよ?」
一瞬考えて、ナコは答えた。
「え?どういうこと?・・・どうやって?」
「えーと、ここをまずこうして・・・次にこうして・・・」
ナコは人差し指と中指を出し、その指先にくるくると糸を少し緩めに巻いていく。少し緩くしておかないと、糸から指が抜け出せないのだ。くるくると糸を巻いていき、ある程度の幅になったら指を抜く。今度は今の糸巻き方向に対して垂直に糸を巻いていく。ちょうど×のように糸が巻かれた。
次はそのバッテンの間に糸の方向がくるように、糸を巻いていく。それを2回。今度は*のような形になった。その次は、糸巻を90度動かし、*に対して円周をぐるっと回るような角度で糸を巻いていく。
そこまでするとシルエットは丸い球のような形になった。
「すごーい!丸になった~!面白い~♪♪」
「おばあちゃんにやり方習ったのよ。昔ね~。」
「おばあちゃん?トト婆ちゃんに??」
あ・・・マズい。褒められて嬉しくなって、ついポロっと出てしまった。
もちろん、この異世界での祖母=トト婆ちゃんに教えてもらったのではない。教えて貰ったのは奈々美の祖母である。昔々、奈々美がまだ小学生の頃の話である。
「ゆ、夢の中でねっっ!」
必殺『夢で見た』スキルを発動。
(・・・ご、ごまかせたかな?(汗))
「そっかぁ、ナコいっつも変な夢見てたもんね!」
ほっ。本当のナコも夢の話を何度かしていたらしい。チコ姉はそれ以上追及することもなく、糸を丸く仕上げていくのに夢中になっている。
なんどか方向を変えて糸を巻いていくと、子供の手の平にすっぽり収まるくらいの大きな丸い球が出来た。
「うん、カワイイね!いっぱい作ろう♪」
糸筒は無くなったけれど、引き続き丸い糸玉を何個も作っていく。
最初は少し手間取っていたチコ姉だったけれど、筒が無いだけで糸を巻く行動は同じ物だ。すぐに慣れてチコ姉もナコも丸い球を量産していった。
「あら、ナコもお手伝いしてくれてるの?」
村での仕事が終わった母さんが帰ってきた。
「ずいぶん沢山糸巻出来たわね・・・ってあれ?」
いつも見慣れたチコ姉の糸巻の他に、ナコが巻いたキレイに台形の形に巻かれた糸。それから二人で糸筒なしで巻いた丸い球の糸巻。それが大量にケースに山積みに・・・さらに丸い球の糸巻はコロコロ転がってしまうのでいくつかはケースの近くに転がっていた。
「ナコね、とっても上手だったんだよー。それにこの丸い球の糸玉はナコがやり方教えてくれたのよ。」
チコ姉が嬉しそうに母さんに今日の出来事を話す。いつもなら3~4時間で飽きてしまう糸巻の仕事だったが、今日は台形の糸巻やら丸い球の糸巻やら新鮮な作業が多くて丸一日飽きずにずっと作業をしていた二人。
「お、・・・お、あの・・・」
ナコは“お母さん”と言えずにいた。奈々美のお母さんではないが、ナコ=私のお母さん。が、そう簡単には口に出来なかった。
「えと、糸を少し貰ってもいい?・・・ですか?」
聞きたかったのは、糸のこと。
糸巻していると・・・楽しい。楽しい作業だ。だけど、“ハンドメイド”ではない。言うならばハンドメイドのための下準備のようなものだ。とすると・・・やはり実際にモノづくりをしたい。そのためには、やっぱり糸が欲しい!
ナコは——―奈々美はハンダメイド欲がうずうずしてきていた。目の前に素材があるのに、やらないという選択肢は無い!!たとえ自分が死んだとしても!たとえ異世界に来たとしても!!
「余った糸なら構わないけれど・・・糸なんて何に使うの?」
糸巻をしている間、糸巻の長さに合わない中途半端なものがいくつか出ていたのをナコは知っていた。その糸はチコ姉がぽいっと横に捨てるようによけていたので、おそらく要らないものだろうということも予想していた。案の定、今日出た半端物の糸は全てナコの物になった。
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【アイテムを獲得しました】
獲得物:半端物の糸 1束
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ゲームならここで『チャララララーン♪』なんて効果音が鳴るんだろうな、なんてどうでもいい事を思いながら・・・
「母さん、かぎ針とか・・・編み棒とか・・・何かある?」
この世界では何と言うのか、そもそもあるのか無いのか、恐る恐る聞いてみた。
「か・・・?棒?何のこと?」
「えーと、糸で編んだり、飾りを作ったりする時に使う・・・・・・なんて言えばいいんだろう?あ、あみもの?」
何と説明すれば良いのか。母さんやチコ姉の表情から“かぎ針”とか“編み棒”とかいうネーミングではないことだけは確かだ。
「うーん、ごめんナコ、母さん何を言ってるのかよく分からないわ(汗)」
チコ姉も同様の表情だ。ぐるりと部屋を見渡し、無さそうだ、ということはナコにもすぐ分かった。
家具の他にあるのは、食器と、糸巻、まだ巻いていない糸束、それから竹や蔦で編んだような籠&作りかけの籠くらいだ。
うーむ、どうするか。
うむ、大丈夫!
道具がなければ自分を道具にすれば良いのだ。
ちなみに、台形のような形でバッテンの模様が見える巻き方は、ロックミシンでよく使われるミシン糸です。家庭用ミシン糸だと模様が出ずインパクトが薄いため、ロックミシン糸で書きました。