第2話 転生先は5歳の女の子
奈々美は、小さな女の子に転生しました。
ログハウス――我が家と呼ぶべき?――に戻ってしばらくすると、男性に連れられて年配のおばあさんが入ってきた。歳は70代か80代くらいだろうか。
この人が先程男性が呼んでくると言っていたカリン様?
真っ白な布を幾重にも重ねた、豪華で重そうな衣装を身に纏い、首、手首、足首に輪っか状の装飾を身に着けている。右手にはさらに水晶の数珠のようなものをはめていた。
白髪の頭――後で判明するが、年とともに老化した白髪ではなく、もともと白い髪色だそうだ。――は、編み込みをいくつもこさえて一纏めにしている。
「目が覚めたか、ナコ。どうじゃ調子は?」
・・・.なんか偉そうな喋り方だな、奈々美のおばあさんに対する第一印象はソレだった。テレビドラマでよく見る教祖様とか占い師とかが現実にいたとしたら、こんな感じだろうか?
そのおばあさんは、水晶の数珠を付けた右手で額や頬、手に触れる。検分している様だ。
「うむ、もう良いようじゃな。気分は悪くないかの?ふむ。
それで・・・キクリから聞いたのじゃが、ナコ。おまえさん何も覚えとらんのかの?」
キクリ・・・は男性の名前?
先ほどからの会話の流れから、ナコというのが私の名前らしかった。
(・・・覚えてるかって?覚えてるよ!事故にあったことまでハッキリと。)
だが、日本とかけ離れた環境の中、私の素性――木村奈々美26歳、IT企業に勤める派遣社員OL、家族と離れて一人暮らし中、彼氏なし貯金なし!――を言ってもいいものか迷われ、何と答えれば良いのか分からず黙っていることしか出来なかった。
「この村の名前はなんじゃ?」
「家族の名前が言えるかの?」
「5日間も高熱を出して寝込んでおったのじゃが、覚えているかの?」
矢継ぎ早に老婆=カリン様から質問を浴びせられるが、何も答えられない。こっちの質問についてはマジで何も分からない。
「何も・・・分かりません。覚えていません。」
とりあえず私の素性は隠しておこう、言わない方が良いような気がする。
カリン様はじっと私の目を見て、何かを探るような表情をする。しかし何も言わない。
少し経って、カリン様の後ろに立つ男性と女性の方を振り返った。
「ふむ、やはり記憶を失っているというのは本当のようじゃ・・・。」
「そんな!・・・そんな・・・・ナコ・・・・。」
女性が泣き崩れる。男性が肩を支えるようにしてテーブル脇にあった椅子に座らせ、流しから水を汲んだコップを持ってきて、女性に手渡す。一口飲んだあと、カリン様の方へ向いた。
「そう心配せんでもよいのじゃ。魔力の流れの滞りは解消されておる。
ずっと高熱で寝込んでおったのじゃ、一時的に混乱しているだけじゃろうて。
すぐに元気になる。日常生活に戻れば、すぐに思い出すじゃろう。心配せずともよい。」
カリン様は女性を安心させるように、大丈夫、大丈夫と何度も伝えていた。
キクリと呼ばれた男性もカリン様の言葉を聞き、心底ホッとしたような表情を見せた。
「すぐに元気になるって!良かったね、ナコ!」
満面の笑みで話しかけてくる女の子。ホッとした表情の3人を見ると、このカリン様という人の信頼はかなり高いように見える。女の子は結界師と言っていたが、診察する様子を見ると、医者としての役割も持っているようだ。
「私のことも、覚えてない?んだよね?両親のことも?」
コクンと頷く。
「そっかぁ、でも大丈夫だよね!カリン様もすぐ思い出すって言ってたし!
大丈夫、ナコのことは私が守るよ!だって私の可愛い妹だもん♪」
「そうね、チコ、ナコのこと、お願いよ。」
チコと呼ばれた女の子の笑顔を見て、女性もようやく笑った顔を見せた。
「あのね、私はチコ。チコ姉だよ。ピチピチの10歳!
そしてあなたはナコ。私の可愛いかわいいいもうと♪5歳だよ。
父さんのキクリに、母さんはノンノ。・・・覚えた?」
記憶喪失の私のために、女の子は色々なことを話してくれる。
その間に両親はカリン様を送ってくると言い、外へ出て行った。
カリン様と両親がいなくなると、チコ姉はベッドに潜り込み、私の横に並んで座った。
「ナコね、5日間も高熱で寝込んでいたんだよ。カリン様に視て貰ったんだけど、熱の原因も分からなくて、治す方法も分からなくて、もうダメかもしれないって言われて・・・。
でも良かった!元気になって。」
笑顔で喜ぶチコ姉に、なんだか申し訳ない気分になった。
私はナコじゃない、奈々美よ!
でもどうして?
なぜ今はナコなの?
考えても考えても答えの出ない問題に、これからどうしようかと、頭をかかえてしまった。
*****
「お腹すいてない?何か食べられる?」
『ぐーぎゅるるる~』
チコ姉に言われて反応したのは私の胃袋、だ。
確かにお腹が空いている。
出入口の横に設置されたミニキッチンのようなところから、チコ姉が小さな器とスプーンを持って来てくれる。器もスプーンも、木材から削り取ったような手作りの素朴な食器だった。
さっき水を飲んだ時のコップも、木で作られたコップだった。
部屋の隅に置かれた棚の中の食器類も全て木で作られている。金属やガラス、といったものは家の中には見当たらなかった。
それに、窓。
窓にもガラスははめられていない。木材の組み合わせでちょうど四角い形に穴が開いているのみだ。そこにはガラスははまっていない。それに窓枠もカーテンもない。窓からは外の景色がよく見えるし、日差しや風も心地よく室内に入ってくる。
「ゆっくり食べて?」
チコ姉から受け取った器には、白いお粥のようなものが入っている。
スプーンで一口、口に含み、ゴクリと飲み込む。
(う・・・!)
お粥ではなかった!フルーティーな甘い香りがする。食感はボソボソしていて、おからを大量の水でくたくたに煮込んだようなものだ。でも問題はそこではない、なんだか生臭い風味がするのだ。
フルーティーで美味しそうな匂いがするのに、このギャップ。マズくはない、食べられるけれど、決して美味しくもない。
「これはね、アケの実だよ。ナコが熱を出す前に、一緒にエデナの森に採りに行ったんだよ。・・・覚えてる?・・・覚えてないか。
アケの実ってね、簡単に採れるし、いい匂いがするし、みんな大好きなの。・・・ナコも好きだった・・・よ?」
記憶喪失の妹に、一から全部教えようという心づもりなのだろうか。聞いてはいないが色々と教えてくれるチコ姉。
そこへカリン様よりは少し若い初老の男性が家へ入ってきた。
「おーナコ、目が覚めたか!どれどれ、顔をよおーっく見せてくれ。」
「じいちゃん!声大きいよ、ナコがビックリしてる!」
おじいさん?ずいぶんと体も声も大きい男性だ。
父さんと同じ桃色の髪色をしている。父さんよりは少し濃いめのピンク・・・に、似合わない・・・(笑)
父さんと同じような作業着を着て、父さんよりもさらに沢山の道具をじゃらじゃらと腰にぶら下げている。
「ちょっと爺さん!まだ病み上がりなんだから行っちゃダメって言ったでしょう!
せめて明日まで待ちなさい!」
少し遅れて、初老の女性が入ってくる。
そして、あっという間におじいさんを連れ去って出て行ってしまった。
「い、今のは、ばあちゃんよ。すぐ隣のおうちに住んでる。
ばあちゃん家の隣には、もう1つ家があって、そこにはおばさん2人が住んでるよ。だから家族は全部で8人よ。」
チコ姉が一つずつ丁寧に説明してくれる。
一部屋=一軒という造りのログハウス。
このログハウスが3~4軒集まって、一つの家族、という構成。
それがこの村の中にいくつもあって、村を構成している。
その村の中心に建てられた家、そこはカリン様の住む家である。
通常の家の3倍はある広さで、村の集会所や魔力の儀式を行う際の聖堂を兼ねた造りとなっている、とチコ姉が教えてくれた。
ここはずいぶん日本とは住宅事情が異なる世界のようである。
日本ならば2.5世帯住宅ということか、こちらでは2階3階というものは無く、村中全ての家が平屋のワンルームということらしい。
この家には流しと台だけのミニキッチンが付いているが、それはどこの家も同じらしく、
トイレは共同トイレ、コンロなどのキッチン設備は共同の台所、そこには共同のダイニングテーブルも併設されているらしい。
(ほんとにキャンプ場のようだな。)
一軒一軒は家族で行くキャンプの様で、村全体を見ると、学生時代に行った林間学校のような集団生活だなと奈々美は思った。さしずめ白いログハウスは先生の居る管理棟か。
奈々美にはナコの記憶は全く無い。無いが、チコ姉の話と家のあちらこちらの面影から、確かにここに小さな子供のナコが存在していた軌跡が見て取れる。
壁にはナコが悪戯したという柱のキズがあった。確かに子供しか届かない低い位置にキズは多くあった。トイレのために外に出れば、村人が親しげに小さなナコの体調を尋ねてくる。高熱で寝込んでいたナコを村人は心配していたが、死の淵にあると聞き、あえて見舞いを遠慮していたのだ。元気になったナコの様子を村人は暖かく歓迎してくれる。
トイレに行って、帰って、15分程。
その往復の間に、村の女性たちが色々なものをくれた。野菜や果物・木の実と言った食べ物から、薪などの生活必需品、何かの素材と思われる用途が分からないものまで様々だ。
「籠を取ってくる!」
子供二人では持ちきれない程増えた頂き物に、チコ姉は急いで家から籠を持ってきて、その籠を二人で家まで運ぶ。
(ナコって、みんなに愛されてた子だったんだな・・・。)
そんなナコがどうしていなくなってしまったんだろう、死んだのか、消えたのか、私の中に眠っているのか、今はナコの外見に、奈々美の心が入ってしまっている。
一体ここはどこなのだろうか――日本では無いし、地球ですら無さそうだ――そして重要なのは、日本には帰れるのかということだ。
いやでも私は事故で死んだ・・・ような気がする。だとしたら、生まれ変わり?仏教的な魂の転生?前世の記憶を持ったまま生まれ変わったという話?――そういう話は、古来日本からよくあるよね、足の裏に前世と同じ痣を持ったまま生まれ変わったとか(あれ?手のひらだっけか?)、生まれたばかりの小さな子供が、時も場所も全く別の記憶をペラペラ喋り始めたとか。
考えれば考えるほど、奈々美の頭はグルグル回って、しまいにはなんだか頭痛までしてきた。
答えの分からない問いに悩んでいた頭は、チコ姉をはじめとする村人たちの暖かさで、ほんの少しだが、気がまぎれるような気がした。
投稿のシステムがよく分からず、「フリーメモ」が消えてしまった!
※執筆中→投稿済、にすると、フリーメモは消えてしまうらしい!
がーん( ̄◇ ̄;)
主人公とか転生先の家族の設定とか、ストーリーのプロットとか、色々メモしていたのに全部消えてしまったー!なんてことだ・・・。