第18話 ふしぎな子
バマハから見た、ナコという生徒の様子。
ナコは特に普通のことだったので、気にまとめていない言動ばかりですが、バマハにとってはちょっとした不思議体験でした。
16話と比べてもらうと、その温度感の差がより分かりやすいかと思います。
Side バマハ
「ほんと面白い子だったよ、ナコちゃん。」
今日の基本文字の授業を思い出し、俺はシュヌに様子を伝えた。――まぁシュヌは勉強には興味ないだろうけど。――勉強のことを除いても、有り余るくらいにナコちゃんは特別な何かを秘めている気がする。
「頭の良い子なんだろう?ナコちゃんは。」
それはもう聞いた、と少し面倒臭そうにシュヌは答えた。
「……それはもちろんそうなんだけど、子供っぽくて、大人っぽくて、不思議なんだ。普通子供は勉強が嫌いだし、大人は粛々と上の者の言う事を聞く。――まぁ陰では好き勝手に文句も言ってるだろうがな――だけど、ナコちゃんはそのどちらでもない。」
「それはどういう事だ?……頭が良いとは別なのか?」
シュヌはイマイチ理解出来ない様子で、バマハに尋ねる。
「一般的に、頭が良いと言うのは、教えられた仕事や勉強を間違えずに行うことが出来るという意味だ。」
このカリンの村では日常的に勉強する習慣は無いが、フォルナンテ街では、子供の半分くらいは文字や計算の手習いをする。将来文官や軍人になるためだ。
その全ての子供たちが、大人が教えることを単純に教えられた順に覚えようとする。そして多くがその覚える作業という勉強が嫌いだ。
大人もしかり。見習いで入ってきた若者は、業務を覚えようと必死ではあるが、既存のやり方に否を唱える者はほとんどいない。
「ナコちゃんは、文字を書いた時、文字が踊ってるみたいだねって言ったんだ。それに……俺が見本を書いて見せた時、これはどんな意味を持っているのか?どうしてこの順に書くのか?って質問してきたんだ。」
「……質問の意図が分からないが、バマハはなんて答えたんだ?」
一呼吸おいて、バマハはシュヌに答える。
「答えられないさ、昔からそうやって書いてる。理由なんて考えたことないさ。」
「まぁそうなるわな……。」
ほんの一刻話しただけで、10個も20個もナコの普通の子とは違う変わった様子が見えてくる。
「シュヌは*と言う文字が、どうして*と書かれるようになったか?なんて考えたことはあるか?」
「あるわけない、覚えるだけで充分だ。」
シュヌは村長の息子だ。結果的に文官や村長候補にはならなかったが、一通りの文字や計算の習得は終えている。
「俺もそうだ。子供の頃は、親や先生から教わったことを覚える。大人になってからは、上司や教官から指示されることを覚え実行する。」
なんで?どうして?なんて聞いてる暇も無いし、そんなことに興味も無かった。――ただ粛々と従い成果を挙げれば、上司は喜ぶし自分の評価と給与は上がる。それで良い、それ以外には考えたことも無かった。
だけどナコちゃんは……*はどうして*なのか?**はどうして**なのか?
文字の「○」や「ー」や「≡」や「∃」など、文字を構成する一画一画に何の意味があるのか、文字を書くことそのものよりも、その意味や成り立ちを聞いてきた。
「俺は文官の一人として、多くの見習い達に仕事も勉強も教えてきた。……だけど、今日ほど自分の知識不足に嘆き、同時に恥ずかしい思いで一杯になったことはないよ。」
「俺は……バマハは、街一番の知識人だと思ってるけど……」
言いにくそうに、でもシュヌのバマハに対する率直な見解だ。
もちろんバマハの上司からの覚えも目出度い。一番とは言わないけれど、そこそこ業務に貢献している自負がバマハにはあった。だからこそ、バマハはフォルナンテ街の代表として、今回の魔獣調査にエデナの森へ派遣されたのだ。調査し解明出来る能力があると見なされていることは確かである。
「知識とはちょっと違うのかもしれない。……知識は、無い、と、思う……。文字は知らなかった、村長も、文官も調査官についても何も知らなかった。母親がお礼にと持ち込んだ果物や木の実の名前すら知らなかったし、カリン様の事だって、よく分かんないけど偉い人くらいにしか思ってなかったよ、ナコちゃんは。」
「カリン様まで?……それは……何とも不思議だな。」
シュヌはこの村の人間である。バマハは別の村だが、概ね村の概要は似たり寄ったりだ。
村の5歳児程度の子供が、親から一番に教えられるのはカリン様を始めとする「結界師様」の話だ。子守唄代わりと言っても差し支えない。
結界師は、魔力の力でもって村を守る結界を張り巡らす。(それは街であっても同様だ。)その結界は、外部からの魔獣の侵入を防ぎ、同時に結界内の実りを豊かにする源でもある。また、魔力の力を利用して人の体を検診したり、時には病を改善させもする。村長が政の長ならば、結界師は人と自然の生命維持の長である。
そしてこれらの知識は、たとえ子供であろうとも、誰もが知っている知識のはずだった。
「……知識ではなく、ナコちゃんは思考を持ってる。」
「思考?どういう意味だ?」
よく分からない顔をしているシュヌに、バマハは説明を続ける。
「文字は知らない。……でも文字に一つ一つ意味があり、成り立ちがあり、法則があると思っている。」
「文官も調査官も知らない。……でも、多くの職業があり、相互に影響しあって社会が成り立っていることを知っている。」
「果物や木の実の名前は知らない。……でも、食べられる物、食べられない物、薬になる物ならない物、何かの素材や部品になることは知っている。」
一つひとつ丁寧に説明すると、シュヌはようやく合点が行った顔をした。
「なるほど、普通の人ならまず人や物の名前を聞くが、ナコちゃんは逆なんだな、こういう使い道の物はどれだ?と。」
「そう、そうなんだ。まるで有ることは既に知っている、ということなんだ。」
それから、バマハはもう一つの話をシュヌに始めた。
「これを見てくれないか。」
そう言ってバマハが見せたのは胸元にしまってあった青い石輝くネックレスだ。
「あぁ、それか、最近流行ってるみたいだな。」
村人の間で身に付ける人は多いが、シュヌは身につけていない。狩に邪魔なだけのアクセサリーを身に付ける趣味は無いらしい。
「これもナコちゃんが最初に作ったらしいんだ。母親にも、ナコちゃんが教えたと言っていた。」
「母親じゃなきゃ、誰が教えたんだ?祖母か?」
「ネックレスだけじゃない、髪飾りも作って、既に市の日に売り歩いているみたいだ。」
ナコの発想がどこから来るのか?バマハはこの1週間をナコと過ごすのがとても楽しみになっていた。
――そう、最初は村長とお世話になっているシュヌ達村人達への気遣いで始めたことだったのに。
ニヤリと微笑むバマハを見て、
「楽しそうだな、まるで宝物を見つけた子供みたいだぞ?」
シュヌは揶揄った。
それに対して、バマハは至極真面目に答えた。
「ほんとうに宝物かもしれないぞ?……ナコちゃんが明日は何を言って来るのか、楽しみで仕方ない。」
そう、ナコはもっと色々知っているに違いない。
「じゃあ俺は、明日も寝坊しよっと!」
野次るようにシュヌは言葉を繋げる。
「おっと!ようやくお出ましですよ、調査官殿?」
「ふむ、では行くとしますか、補佐役殿。」
二人の前に現れたのは、大きな大きな魔獣。
10数匹の小型の狼風魔獣を従えて、一際大きな魔獣は、少し離れた位置から、二人をじっと見つめていた。




