第15話 異世界文字を習いたい
ようやく、市の日に買った紙とインクとペンを使える日が・・・!
「ねぇ、父さん、私手紙を書きたいんだけど、文字を教えて貰えない??」
村中から「青い石輝くネックレス」の製作依頼を受け、ナコとノンノと2人で……チコは糸を撚って紐にするお手伝いをして……3人で何日もかけ、ようやく落ち着いた頃、ナコは父さんに頼みごとをした。
「テガミって何だ?ナコ」
「先月行った市の日に、ペンとインクと紙を貰ったでしょう?――インクは買ったけど――あの紙に、自分の気持ちや伝えたい事を書いて、誰かに渡すのよ。その文章を書いた紙が手紙なのよ。……だからお願い、文字を教えて?父さん。」
上目遣いで、目をウルウルさせて、極上の笑顔で、ナコはキクリに「お願い」のポーズをする。
「う……」
(娘からのお願いは断れないよね?父さん?)
ナコは勝利を確信していたが、答えは渋いものだった。
「そうだな、ナコのお願いを聞いてやりたいのはやまやまなんだが……その……父さんは文字が得意じゃなくて、な、……すまん。」
「こんな小さな村では、文字なんて使わないのよ、仕方ないわ。街でお買い物をする時に、値段が読めればそれで充分なのよ。ナコ。」
ノンノが横から夫をフォローする。
(むぅ〜〜せっかく紙とインクをゲットしたのに、まだ日本語しか書いてないよ。――先日の市の日の集計をしたきりだった――お店のおじさんと、文字の練習をするって約束したのに……名前くらいは書いて見せに行きたかったんだけど。)
渋い顔で悩んでいる様子に、渋々キクリが答える。
「村長やカリン様なら分かるかも……文字を教えて貰えるかは分からないが、聞いてみるか?ナコ。」
カリン様に頼みごとなんて恐れ多いと、まずは村長に尋ねてみることにするキクリ。
(うふふん、文字……市の日に見た「数字」は見たことない象形文字のようだった。文字もきっと異世界の文字だろう……どんな文字だろう?習えるといいな!)
*****
その日の午後、キクリとナコは村長を訪ねた。
「……というわけで、村長さんか、誰か、文字を教えて貰えないだろうか??」
キクリの話を聞いても、村長は渋い顔のまま。……やっぱダメかぁ、とナコが諦めかけた時、扉が開いて若い男性が入ってきた。
「父さん、ちょっと話があるんだけど……ってごめん、来客中だった?……ってキクリさん……とナコ?珍しいお客さんだね。」
「こら、シュヌ、挨拶くらいせんか!」
「ごめんごめん、キクリさん、お久しぶりです。お元気ですか?」
シュヌさんはとても気さくで明るい雰囲気の、でもちょっとやんちゃそうな目をした男性だった。
「シュヌ、休みの日だというのにまた狩りか、あいかわらずだな。」
「あはは、家にいるより森にいた方が楽しいからな、兄さんに見られたら激怒されそうだけど。」
シュヌさんは村長の息子である。上に兄が居るが、兄は街に出て所謂役所のような職場で書類書きの仕事をしているらしい。めったにこの家には帰ってこないらしい。
「全くお前ときたら!ヤーゴが居れば、ナコちゃんに文字を教えられたんだがな、儂も今はもう教えられる程は覚えておらんなし……シュヌじゃ言わずもがなだな。」
兄と違って、シュヌの方は文官向きの仕事はさっぱりという話だった。街の仕事に就いたり村長の仕事を引き継ぐのを嫌がり、こうして毎日森へ出掛けて狩猟や採集ばかりしているらしい。――もっとも若くて力のある男性なので、かなり頼りになる戦力なのだか、村長にとっては期待外れらしかった――
「……ナコちゃん、文字を教わりたいの?」
「え、はい!そうです!先月の市の日に紙とインクとガラスペンを買ったので、ぜひ文字を習いたいんです!……シュヌさん、教えてくださいます……か……??」
村長の様子からして、シュナという人は文字が不得意そうだったが、果たして教えて貰えるのか?なんだか不安になってしまって、ナコは語尾がとても弱々しいものになってしまった。
「いやいや、俺じゃ無理なんだけどさ、父さんの言う通り机に向かうなんて柄じゃないからな。……でもそうだな、心当たりなら、ないこともない……かも。」
「ほんとですか!シュヌさん!!」
(希望の光が見えたかも!)
ナコは期待に目を光らせてシュヌの言葉を待つ。
「今森の調査で、街から来ている調査官がいるんだ、その人なら、何か教えて貰えるかもしれない。すごくいい人なんだ。……今うちの離れに滞在してるんだけど、行ってみるかい?ナコちゃん。」
「はい!ぜひ!よろしくお願いします。」
そうしてシュヌとナコは村長の家の離れ――かつてシュヌの兄が住んでいた部屋である。――へ行って、調査官という人に会いに行くことにした。
「キクリはこっちだ、久しぶりに軍儀勝負をしようじゃないか?」
「はい、いいですよ、村長。シュヌ、ナコをよろしく頼む。」
「ええ、頼まれました。……でもあんまり期待はしないでくださいよ、聞いてみるだけですから。」
「あぁ、分かってるよシュヌ。ナコもダメならダメで理解するだろう。」
キクリは村長との遊戯に駆り出され、シュヌとナコは離れへ向かった。
*****
「こんにちは、ナコちゃん。私はバマハ。フォルナンテ村から魔獣の調査に来ている調査官ですよ。……ナコちゃんは文字が習いたいとお聞きしましたが?」
「はじめまして、バマハさん。はい、文字を教えて頂きたいんです。ぜひお願いできないでしょうか?」
(今まで交渉した3人とは明らかに反応が違う!もしかしてもしかするかも!)
バマハのとても好意的な表情に、ナコは期待する。さらに、部屋の奥にある執務机の上には、大量の本や書類らしきものが溢れている。これは期待大だ。
「なるほど、とても知的そうなお子さんですね。とても5才とは思えない。」
そうしてチラッとシュヌを見てニヤっと笑う。
「……なんだ、何が言いたい、バマハ?」
「いやなに、シュヌとは気が合いそうにない女性だなと思いましてね、ふふ。」
「……ふんっ。」
言い返す言葉が見つからなかったシュヌは、部屋の奥の執務机の椅子へドカッと座り込んだ。――どうせ俺は知的じゃないよっと分かりやすくいじけて。――
「……奴は放っておきましょう、すぐ機嫌も直ります。」
(町の調査官と村長の息子というから、お偉いさんと接待係かと思っていたが、なんだかとても仲良しさんみたいだね。)
ナコの予想とは違ったが、好意的な雰囲気であることは、ナコにとっては現時点でとても都合が良い。
「さて、文字を教える件ですね、結論から言えば、可能ですよ、教えて差し上げますよ。」
「ほんとですか!!ありがとうございます、バマハさん。」
「ただ、この村へ滞在するのは後1週間程ですから、その間だけということになりますが、それでもよろしいですか?」
「はい!それでも構いません、一生懸命勉強します。」
(文字を教えて貰える!いやっふう!)
分かりやすく喜んでいるナコに対して、バマハも嬉しくなった。こんなに喜んでもらえるなら、教え甲斐があると言うものだ。
「とても賢そうなお子さんですから、基本文字だけなら1週間で覚えてしまうかもしれませんね、楽しみです。ナコちゃん、一緒に頑張りましょうね。」
実はバマハは今回の調査官の仕事以外にも、街で町長の兄ヤーゴと同じように、普段は役所の文官仕事もしている。常に人手不足で、人材発掘も急務だというのは裏の事情だ。――ナコが将来文官になってくれたらいいなという下心はここでは隠しておく。――
「では明日から、私とシュヌが森へ調査に行く前に、文字を習う時間を取りましょう。朝食を終えたら、紙とペンとインクを持って、ここへ来て下さいね。」
「はい!バマハ先生、よろしくお願いします。」
バマハは先生という言葉にビックリ。
「……先生……確かに物事を教える人物は先生と呼びますが、なんだか擽ったいですね。」
いつの間にか機嫌が直っているシュヌは、執務机の椅子で大笑いしていた。
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