別れと出会い
次の日は、息苦しさで目を覚ましたような朝だった。息苦しさは罪悪感からではなく、彼に抱きしめられているからだったと気づき心地よさへと変わった。彼の手をほどき、顔を洗い歯磨きを済ませ、また彼が眠るベッドへと戻った。いつもはすましている彼の寝顔をまじまじと見つめ、そっとまぶたに触れた。綺麗な二重の線もぷっくりとしている唇も岩のようにゴツゴツしている手も今はすべて私のもので、二人だけの秘密。
「ねえ、起きてよ」
そう言って体を揺らすと彼は不機嫌そうな顔ですぐ目を覚ました。ボソッとおはようと言い洗面台へ向かった。その後をちょこちょこついていき、歯を磨きだした彼にお腹空いたと伝えた。
「準備できたら朝ごはん食べよっか」
そんな会話を彼とできる日が来るなんて思いもしなかった私は笑顔で頷いた。まさか、泊まることになるとは思わず、お直し用のリップ一つできてしまった私はすぐに身支度を終え彼を待った。
数分して、準備を終えた彼とホテルを後にし車に乗り込んだ。
運転しながら話をしている彼の横顔も、ハンドルと私の手を握る彼の手も、なにもかも愛おしくて、全開に開けた窓から入る風も十二月なのにさんさんな太陽も彼と私の再会を祝福してるような気持ちだった。私と彼しか知らない曲が車内に流れ、私と彼しか知らない話をする。彼の冗談でふふっと笑う私と、それを見てまた笑う彼。こんなに幸せな時間は後にも先にもないと思った。
徐々に見慣れた地元の街並みが現れ出し、車内の空気が重たくなってゆく。あの交差点を曲がれば、私と彼はしばしの別れをすることになる。私は地元の近くを走っているときからそっぽを向き静かに泣いていた。彼は気づいてはいたが、沈黙を守った。別れ際の言葉は覚えていないが、泣きじゃくる私を抱きしめ、またすぐ会えるから。と声をかけてくれたことは鮮明に覚えている。
一〇分前の自分に嫉妬しながら自分の車の運転席へ乗り込んだ。彼がいないというだけで寂しい現実へ引き戻された。誰にも言えないような恋で辛いなんて思わない。誰に言ったって反対されることぐらい頭の悪い私でも分かることだ。彼が誰かの男とかそんなのどうでもいい。私が二番手の都合いい女でも構わない。私の全てを好きじゃなくていい、目が好きとかお尻の形が好きとかそんな些細な好きで構わない。それで彼が私に会いに来て力いっぱい抱きしめてくれるなら私はそれでいい。辛くなんてない。
寂しさのせいで流れる涙で前がよく見えなかったが、無理やり運転をして帰路に着いた。
私は、幸せの一歩を踏み出した。その先が、奈落の底だった。