婚約者殺しの真相
太陽の光で宙を舞う埃が目に見える法律事務所の窓際の席に僕、高橋栄は座っていた。
四年の月日を経て、やっと弁護士免許を手に入れたものの、司法試験にニ度落ちた僕のことを信用できないと言い上司の金子はアルバイトでもできそうな雑務しか回してこないのだ。困っている人を助けたい一心で弁護士になった僕からしたら迷惑な話だ。
僕はこれから自身の身になにが起こるのか分かっていなかった、それは金子も一緒だった。
新人の僕がこんな大きな事件の担当をすることになると分かっていたら弁護士にはなっていなかった。
それは急に転がり込んできた。その日も、静かな事務所に僕がシュレッダーをかける音だけが響いていた。突然電話が鳴ったが、暇そうにしてる金子が出なかったため僕はムッとして電話に出た。
「お電話ありがとうございます。金子法律事務所の高橋です」
よそ行きの声で言ってみせた。
「あのご相談させて頂きたくてお電話しました」
綺麗な声の女性で、彼女は続けて言った。
「木本と申します。今日の2時ごろにそちらへお伺いしてもよろしいですか?」
急な依頼に少し驚いたが、こういうところへ電話する人は大体心に余裕がないからなのか荒っぽい人が多い。しかし、木本と名乗る女性から余裕のない雰囲気は感じ取れなかった。その代わり、本当に困っているから急なのかなとも思った。
金子に2時に来てもいいか聞こうとしたが、この暇そうな感じなら問題ないと判断した僕はいいですよと答えた。分かりましたとだけ言い彼女は電話を切った。
一応、なにもしていない金子に2時にみえることを伝えるとめんどくさそうにまず俺に聞けよと言われたが、一日なにもしていない金子より一日中シュレッターをかけ、仕事をしていた僕がそんなこと言われる筋合いはないと思い無視した。
2時になる前にドアは開いた。僕は、入口の方へ小走りで向かい、彼女を迎えた。
臍まであるアッシュの髪の毛にヌーディな肌色のタイトワンピースを着こなす彼女を見て釘付けになってしまった。大きくクリッとしてる目が特徴的でつい見とれてしまう。彼女は、下から上へと舐めるように見てしまった僕を若干引き気味に見ていた。
「えっとー…先程お電話した木本ですけど、よろしいですか?」
そう言いニッコリと笑う彼女を見て、ドキッとしたが冷静を装い、かけてお待ちくださいとだけ言い急いで金子の元へと向かった。
「金子さん、めちゃくちゃ美人なお客様ですよ。僕びっくりして変な目で見ちゃいました。」
小太りでメガネをしている金子は鼻でふっと笑った。
「女に飢えてるの?お客さんのこと変な目で見ないでよ、全くお前はさ。」
そう言って美女に興味のないふりをしている金子だが、美人と言った瞬間に眉がピクッと動いたのを僕は見逃してなかった。白々しいやつだ、自分だってろくに女に相手にされないくせに、そう思いながら金子の後ろへ続いて美女の元へと向かった。
談話室に通し、ソファーに腰掛けた。
「それでお名前から宜しいですか?」
少しカッコつけて言っている金子にゾッとした。
「木本藍子です。」
「木本さんですね、それで今回はどういったご用件で?」
用意していたお茶を出しながら木本さんの顔を見た。横から見ても綺麗な人だったが、よく見ると目が潤んで泣きそうになっていた。
「実は…」
そういって言葉を詰まらせる木本さんにすかさずティッシュを渡すとなぜか僕の手を掴んで勢いよく言った。
「私、ある殺人事件の犯人と疑われてるんです」
そう言い彼女は目から溢れる涙をティッシュで拭いた。僕と金子は驚きのあまりお互いの顔を見合ってしまった。
この金子一人でやっていた法律事務所に入社して半年。雑務をやらされていても依頼内容を聞くときはこうやって僕も同席させてもらっている。今まで聞いてきた内容は、離婚調停や親権争い、不倫などと言った民事裁判を主に担当していた。それが突然、殺人事件と言われたら驚くのも無理ない。金子はやや引きつった顔で訪ねた。
「その…事件の内容をお伺いしてもよろしいでしょうか…」
彼女はおもむろに鞄の中から新聞の一面を取り出した。
「これです。」
そこには記事一面に堂々と
「不倫の果て婚約者を殺害 美女の恨み」
そうはっきりと書かれている記事を見て固まる金子に僕は慌ててちょっと相談しましょうと言い、二人で席を外した。廊下に出るなり驚きのあまり呆然としてしまった。
「えっと、僕理解できないんですけど。」
「いや、俺もできないよ。」
「あの事件ってだいぶ大きく取り上げられてた事件ですよね?婚約者と不倫相手の料理か飲み物かなにかに毒を盛って殺したって。婚約者は死亡で不倫相手の女性はかろうじて生きているものの重い後遺症を患ったって事件ですよね。三ヶ月前の事件ですけど。」
「怪しいのは奥さんってわけか…」
「怪しいもなにも絶対奥さんですよ。だって、そんなことに首を突っ込む人なんていないですよ。そう思いませんか?」
金子は困った顔で
「いや、思うけどいまここにいるってことは怪しい人物だけど決定的な証拠がないから捕まってないってことじゃん、だってもう3ヶ月も前の事件だよ、ボロが出て捕まっててもおかしくと思うよ、俺。」
少しの間沈黙が続いてしまった。二人で悩んでいても埒があかないと思い、僕から切り出した。
「話だけ詳しく聞きませんか?」
金子は悩んだ挙句に、そうしよと言い部屋の中に戻ってソファーに腰掛け木本さんに尋ねた。
「事件のこと詳しく教えて頂けませんか?」
そして、謎の美女木本さんが話し出した内容に僕と金子は引き込まれてしまうこととなる。