27 戦闘に犠牲者はつきもの
この世界に来てから、たぶん一番騒々しくて血生臭い日が終わっていく。
一日の終了は普通日没とともに迎えるはずなのに、此度の終了は日の出をもって迎えられる。それはたぶん、この一日の重さの比が昼間じゃなくて夜にあったからだと思う。
鬱蒼と茂る森を視界に入れぬよう高く厚く建てられた壁の向こうから、朝の光が伸びてくる。それを浴びながら、私はイーストさんとメアリーさんと、それからヴィルディさんと一緒に街の大広場に向かった。真ん中に大きな舞台とかを作れるスペースがあり、端っこには朝の時間に近所の奥さん方が集まって洗濯する大井戸がある広場である。
ヴィルディさん曰く、その大井戸の底に至るまでの側面に、森からの横穴が掘ってあり、狼人族はそこからでてきたらしい。なるほど、と頷きつつ広場に向かえば、そこには綺麗な朝日を台無しにする光景が広がっていた。
目の前にあるのは、色とりどりの頭髪がひしめく人の海。
海の向こうから、ぷんと血臭を漂わせて存在を主張してくるのは、死骸の山、山、山。
私はまだ血に濡れている足が立てる足音を止め、人の海の外側で立ち止まった。
冬が間近な朝の街。とても冷え込む、おそらくは午前七時。霜こそ降りていないものの、強く吹く風に雪の匂いが混じり始める今日この頃。であれば当然地面なんてびっくりするほど冷たいわけで、素足でなんて歩けないはずだ。けれど私は靴下すら履いていない足に微塵も寒さを感じていない。まるで内側から何かが溢れて、私の体を守っているように。
それをわかっているからだろうか。ヴィルディさんは、広場に行くまでの道すがら、私の足下を見て血に何か言いたげに唇を動かしたものの、結局何も言わなかった。メアリーさんとイーストさんは「寒くないかい?」と聞いてきたけど、寒くないと応えたら、そうかい、とだけ言ってそれ以上は何も言ってこなかった。でも、寒いと言い出した時のために、メアリーさんは瓦礫と化した住居部分から靴を探して手に持ってきてくれた。いい人だ。
「魔法長!」
人の海とその向こうにちらりと見える山を見ながらつらつらと考えていると、不意に人の波を割る大声が私達の元に、正確に言えば、私の隣に届いた。
音に遅れて、人混みを掻き分けて人間が一人やってくる。くすませた銀色の部分甲冑を着た、騎士の一人だ。確か名前は。
「ブルグさん」
「よ、テーヌさん。すまんが今取り込み中なんだ」
兜から覗く明るめの茶色の髪すら毛先が黒くなりかけている状況から、それくらいは察せられる。顔に点々と飛んだり掠れて擦れて伸びている黒色は、きっと今は肉袋となっているものから飛び散ったものだろう。
魔法長、というのは騎士団におけるヴィルディさんの役職名らしい。職で呼ばれた彼は顔をブルグさんに向けた。
「どうしマシタか」
「怪我人が」
「アナタ方に?」
不思議そうにヴィルディさんが首を傾げる。それにブルグさんは首を横に振った。
「いいえ、街民に」
「どなたですカ」
隣にいる人の雰囲気ががらりと変わる。なんと言えばいいのだろう。ヴィルディさんから魔法長になったかんじ? 仕事モードになった、って言ったらわかりやすいかもしれない。
「冒険者ギルドの職員です。入り込んだ小型の狼人族に噛まれたらしく……」
「案内ヲ」
白いローブを翻し、ヴィルディさんはブルグさんに近寄った。頷いて、ブルグさんは踵を返し、自分が割った人の波を戻っていく。その後をついていくヴィルディさんの後ろを、当然私もついていった。
だってギルド職員さんは皆顔見知りなんだもの。てことは、私が知っている誰かが傷ついた、ということになるわけで。
これでも私は社会人をやっていたのだ。怪我をした顔見知りのお見舞いはできることならばこなすべきイベントだと把握している。別に好感度を上げたいわけでもなければいい顔をしたいわけでもない。社会常識が私に「そうせよ」と囁くのだ。そして私はその囁きに反発する理由もないので冷たく感じない石畳の上を歩いて行った。ぺたぺたという、間抜けな足音を立てて。
そうして、辿り着いた先で見たものは、私が今生で初めてみる「生きている」惨状だった。