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24 ゴジ●みたいな暴走は遠慮する

「……はぃい?」


 うん、静止した。間違いなく。間違いようなく。まるでものが落下する途中の映像を一時停止したかのような唐突さと不自然さで、私の体は落下運動を放棄した。


「え、は、なんで? え?」


 極限状態の中での異常事態に脳みそが容量過多(キャパシティオーバー)を起こし言語能力を放棄する。その結果として、私の口から出てきたのは意味のない戸惑いの声だけだった。そらそうだ。どこの世界にいきなり空中で落ちもせずに止まって「うん、計画通り」みたいな顔をする奴がいると思う。少なくとも私はそういう人間じゃないから、こんな異常事態にびっくりするのは至極当然の反応だ。


 それでも時間は過ぎるし周りの状況は変化する。夜闇の中、怪獣にぱっくり囓られたかのように中途半端に行き先を失った廊下から、イーストさんとメアリーさんが手を伸ばす。こっちに、と言う彼らに、私はなんとか空中で動こうとした。しかし動けない。空中で止まっている理由がわからないので動きようがないと言った方が正確か。


「す、すみません、むりです」


 なんとか動こうとして、泳ぐ要領でじたばたしてみる。某エプロンがトレードマークみたいなアニメ監督の作品にありがちな「空中で平泳ぎ」をやってみたが、当然空気を掌なんて小さなもので掻いたところで推進力を得られるわけもなく。私は呆然とするしかなくなった。


 そんな私にきらりと光る穂先が向けられる。下にいる狼人族が構えた長槍の先だ。

 槍投げ競技の選手が如き(正確に言うなら彼らが後でこっちが先なんだろうけれど)動きで、ぐい、と彼らは槍を持った腕を後ろに引く。そのまま力を込めて放たれた槍が、びゅんと音を立てて私に向かってくる。


 そう、そりゃそうなるだろう。串刺しにして殺したくて、でも落ちてこないってんなら、自分達から迎えに行くしかないもんね。


 でもそれをされると私は死んでしまう。腹の一部、肺腑の一つでも貫かれれば、私はあっけなく出血多量で天に召される。私の体の赤血球さん達が体の外に投げ出されて死んでしまうか、出血性ショックからの低体温で大雪原と化した体の中で死んでしまう。はらくべき細胞がはらけない細胞になってしまう。


 そんなの絶対に嫌だ。少なくとも、私はこの世界で見つけたお気に入りのカップリングがセッふふんするのを確認するまで死にたくないし、欲を掻いたことをいうのなら、セッふふんした後だってずっと見守っていたい。くっつくまでの物語も好きだしくっついた後のどたばたコメディやらなにやらも好きなのだ、私は。


 そういうわけで、この槍を受けるわけにはいかない。


「いやだ!!」


 それを端的に言葉に出して拒絶する。回りくどいながらも確固たる「生きたい」という意思と、それにともなう拒絶の反応は、またも不思議な現象を私の周りに起こした。


 狼人族の手を離れて向かってきた槍が、私の目の前で、強い風に押しのけられたのだ。

 ぶわりと吹いた風が、頑丈そうで重そうな槍の横っ腹をぶん殴り、その軌道を大きく変える。まるで風に吹かれたレシートのようにふわはらひらりと力を無くした槍は、軌道をおかしくして、がきん、という音を立てて残っている二階部分の断面部分にぶちあたった。丁度イーストさんとメアリーさんの横だ。


「うわ」


 幸いなことに、槍はその穂先を彼らに向けるのではなく、横をぶつけるような形で飛んでいった。だから音は大きくても彼らには一切の害は出なかった。


 よかった、と安堵する。そしてまた考える。どうしようかな、この状況、と。


 眼下の狼人族達は私に槍の攻撃が効かないとわかると、その目を見開き、何事か叫んだ。内容はわからないけど、雰囲気から察するに「馬鹿な」とか「嘘だろう」とか「マジか」だと思う。

 ややあって、二人のうちの一人が何事か言って、その場を離れる。がうがう、わうわう、と言っている様子から察するに、「お前はここで見張っておけ。俺は応援を呼んでくる」だろうか。たぶんあってる。そしてそれは私にとっては非常にまずい状況だ。だって、私がいる位置は、槍が届かなくても、普通にものを積み上げれば届く距離だもの。そして私は動けないんだもの。


「う、うわ、だめだ。考えたらまずいことなのがよくわかる。イーストさん!メアリーさん!逃げてください!」


 たぶん、私が今こうなっているのは私が今一理解しきれていない「魔力」というもののせいだと思う。実年齢が三十二歳だろうとも、この世界に現れてから積み重ねた年齢はまだ一年にも満たぬ四ヶ月。生後四ヶ月の赤ん坊が自衛のために不思議な力を行使した、と考えれば、こういう状況にもある程度の説明がつく。

 問題は説明がついた所で対処法が思いつかないことだ。唯一解決策を知っていそうなのは、騎士団の魔法使いであり、たぶんこの街唯一の魔法使い、ヴィルディさん。でもヴィルディさんは今とても忙しくて私に構っている暇なんてないだろう。


 だったら私は一人でなんとかしなくちゃいけない。やりかたはわからずとも、そうせねばならない。そしてそうする際に、可能な限り「とばっちり」を受けそうな人を排さなくてはならない。そう、イーストさんとメアリーさんのことだ。


 なのに、彼らは逃げようとはしてくれなかった。逆に、手元に転がるたくさんの瓦礫の欠片を手にして、なんと私の下にいる狼人族に投げつけた。

 いくらイーストさんの腕が丸太のようであろうとも、どれほどメアリーさんの腕が実は重いものを軽々持ち上げる密度の高い筋肉で構成されていようとも、所詮は人間の腕である。故に瓦礫は相応のスピードで飛びこそしたものの、狼人族はそれを鼻で笑っていなした。

 ばしん、ころころ、と瓦礫が転がる。


「あっちにいけ!テーヌに手を出すな!」


 勇ましい声とともにぽんぽんぽんぽん瓦礫が飛ぶ。数秒もするとそれは瓦礫から壁から剥がれかけていた板に代わり、瞬きする間に重そうな煉瓦になった。

 いなすには不便する大きさだ。狼人族は飛んできた板の一枚のささくれた断面ががぐさりと毛皮に刺さったのに吼えた。同時にイーストさんとメアリーさんの所に完全に顔を向ける。


 あぶない、と思った。狼人族は私が拒絶して叩き落とした槍を拾い上げ、構えた。目標は、言うまでもなく、二階の際まで身を乗り出していたイースとさんとメアリーさん。


「!」


 私と違って彼らには魔力はない。つまりそれは、ふしぎなちからで守ってくるものがないってことだ。私が使いこなせれば守れるのだろうけれど、そういうことができるなら、中途半端なUFOキャッチャーみたいな現状を一番に解決していると断言できるから、たぶん無理だ。


 じゃあどうするか。考えてみる。よい手は思いつかない。


 がむしゃらに叫んでみる。でも、狼人族は私を見すらもしなかった。どうやら私が「動かない」のではなく「動けない」のだとバレてしまったらしい。


「やめ、ろ! やめて! その人ら関係ないでしょう!」


 じたばた動く。現状は動かない。


 腕を伸ばす。届かない。


 狼人族の腕が引き絞られる。それを止められない。


「~~~!」


 好転したと思う間もなく状況が悪化した。それに、止められない蛮行に、驚いて止まったはずの感情がまた大きく揺さぶられる。ぐらぐらとお腹の中の熱が熱くなる。


 熱の温度は加速度的にその高さを増していく。指数関数の形をして高まった温度は、先程の「一定量」を瞬きの間に超過した。

 先程の超過は、災いを招いた。だから今度の超過も災いを招くかもしれない。ならば止めなければいけない。そう思うのに、無事であってほしいと思う人達の危機に、心の動きは止められず。


 いやだ、こわい、だめだ、つらい、さむい、こわい、いたい、くるしい、かなしい。


 そんな、感情と感覚のごたまぜがお腹からせりあがり頭の中に溢れ出す。それはたぶん、口から出たら、非常におぞましい形をしたものになるだろう。でもそれは、おぞましいからこそ、私のいやなものを全て排除できるだろう。


 だったら出したほうがいい。例えるなら、放射熱線のように、悪しき見目のものででも、嫌なものを排除するべきだ。


 論理思考と感情感覚の果てに、私は口の中に「おぞましいもの」をため込む。そして、それを、腕を伸ばす際になった、狼人族に向けて吐き出そうとした、その瞬間。




「おやめなサイ。ヒトを辞める気ですカ」




 冷静かつ上がった息とともに吐かれた言葉と、冷たい手で、私の口は背後から押さえられた。

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