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17 あろえを求めておんもにGO

 フェデラムは、その周囲を高い壁で覆われている、要塞都市だ。都市って言っていいサイズなのかは疑問だけど、立地と来歴から考えたらそう言うのが正しいと思う。

 だから、その高い壁を通り抜けるには一部に作られた大きな門から出なければいけない。そしてそこには騎士さん達がいる。

 彼らは街の外と街の中に二人ずつ人を置いて関所を守っているらしい。その、内側の二人が、歩いてくる私を見て「お?」と声を上げた。


「あなたはパン屋の」

「テーヌです。どうも。表にアロエを取りに行きたいんだけど、いいでしょうか?」

「あろえ?」

「あ、違う。サニタル草」


 アロエっぽいアロエっぽいって思ってたら頭の中にアロエで登録された上、口からもアロエで出てしまった。いけないいけない。

 口元を抑え、言葉を誤魔化し言い直す。すると騎士さん達は「ああ」と頷いた。


「薬草か。森の側は危険だから近寄らない方がいいんですけど」

「亜人が出てくるかもしれないから?」

「はい」

「ここ暫く出てないって聞いてますし、そもそも魔物が出てくることも滅多にない所に行くだけですよ」

「んー」


 やけに渋ってくる。怪しい。私を通すか渋っているうちに後ろから来た子ども三人組と商人一人をあっさり通した所も、非常に怪しい。


「もしかしてヴィルディさんに私を街から出すなとか言われてます?」


 思いつく理由を言ってみると、騎士さんは頷いた。


「そうです。上官命令なので、私にはあなたを通せません」

「なるほどー。じゃあ、これを見ても同じことが言えますか?」


 ポケットを漁り、取り出すのはギルドで剥がしてポケットに入れた依頼票だ。薬草採取と書いてあるそれを手に持ってぴらりと振って見せる。

 ぴらぴら揺れるそれを読んで、騎士さんの顔が強ばった。


「それは……」

「はい、冒険者ギルドの依頼票です。ランクは最下位の琥珀(アンバー)級のものですが、冒険者ギルドのもの(・・・・・・・・・)であることには変わりません。

 フラーマ王国に仕える騎士様。これを持つ私を、あなたが上官命令で留める行為がどういう意味を持つのか……それが解らないわけがないですよね?」


 ヴィルディさんから聞いた、国は冒険者ギルドには強く出られない、という言葉。それはつまり、こういう関所でも国は冒険者が出て行くことを止められない、という意味を有する。

 もちろん、今の時点で私は冒険者ではないから、彼らが止めたとしても何ら問題はない。槍の柄をクロスさせて私を止めようが、それはあくまで『冒険者ではない国民の安全を守るため』であり、それに私が文句を付けられることは何一つない。

 でも、彼らは今のやりとりで勘違いした。私が冒険者である、と。私は自分が冒険者だなんて一言も言ってないけどね。『冒険者ギルドのもの』という言葉を、私は『冒険者ギルドの()』って言い方をして、でも彼は『冒険者ギルドの()」って聞いちゃったんだ。言葉って面白いよね。


 何れにしろ、勘違いして、そう判断したのなら、彼らは自分の行為が非常にまずいものだと自動的に認識してしまう。事務処理に必要な反射反応をしてしまう。

 だから、そう。彼らはその槍で私を止められなくなってしまう。上官命令よりも、国からの命令の方が遙かに重いから。あと、付け加えるなら、自分が国と冒険者ギルドの争いのきっかけを作るなんて悪夢みたいな状況の原因になんてなりたくないから。事なかれ主義みたいなものだ。日本人ではおなじみの感覚だ。

 いいよね、行動原理がわかりやすいのって。騙しやすくて私は好きよ。


「ど、どうぞ……あ、でも、日が暮れる前に戻ってきて下さいね。日が暮れたら門を閉めますから」

「閉め出されたくはないので、はい、その前には戻ってきますよ。じゃあいってきまーす」


 ぽてぽてと歩き出す。頭上に落とし格子の鋭い穂先が控えているのを見上げながら壁を通り抜けると、冷たい風が広がる街外に出た。




 街の外、というのを私はまじまじ見たことが無い。気付いた時には街の中にいたし、森で気付いた時には周囲の状況なんて気にする余裕が髪の毛一本分もなかったからだ。

 なので、今この場で観察してみよう。


 まず、目に付くのはなだらかな起伏を持つ平野と、街の入り口に少しだけある草が払われて土が剥き出しになったエリアだ。こっちは森側の門だからそれしかないけれど、たぶん、反対側の門にはそこから伸びる街道とかもあるんだろう。

 平野は全体的に背丈の低い草で覆われている。足首くらいまでの高さだろうか。スニーカーのような丈の低い靴で歩いたら踵の所から虫やら土やら入って大変なことになりそうだが、私のようにブーツを履いている場合は気にしなくていい。むしろ、スカートの裾が草と擦れて変に汚れることを心配しなくては。

 顔を上げれば、平野の端に森が見える。平野に障害物がないために遠近感が狂ってしまい、近いように思えるが、実際は歩いて一時間以上かかる程度には森は遠いと思う。


 色々と考えつつ、スカートの裾を持って心持ち引き上げ平野の中をずんずん歩く。私が探すのは、適度な生育環境と種さえあれば雑草根性でモリモリ伸びるのがキダチアロエに似てる奴。だから、そんなサニタル草もそういう所に生えると思う。


(キダチアロエはなー……街路樹の根元とかにもたまに生えてるんだよな。わっさりと)


 あれは元は外国の植物だった。それが大昔の、それこそ鎌倉時代くらいに日本に渡ってきて雑草なみにもりもり繁殖していって、ああいう所でも元気に生えるようになった。外来生物、って言い方もできるけど、千年近く前から日本にいて、もう帰化してしまっているので外来生物って言い方はされていない。

 話が逸れた。まあ、それだけ根性のある草だって私は言いたいのだ。だから、そこまで必死になって探さなくても、そのうちこんもり生えている場所が見つかるはず。


 はず、とか言ってるうちに見つけた。


「あった」


 鬱蒼と茂る森が視界に入る場所。生えている草の背丈がまばらに高くなってきた辺りに、アロエの、いやちがうサニタル草の群れがあった。もっさりしているそれを、腰のポケットに入入れていたナイフで切って採取する。

 ざくり、といういい音とともに草が切れる。切り口から滴った水は薬効がありそうな匂いがした。

 と、そこまで考えた所で、私ははたと気がついた。そういえば、採取したものを入れる籠のようなものを持ってきていなかった、ということに。


「あちゃあ」


 思いつきの行動はこういう所でボロが出ていけない。片手に草、片手にナイフをもった状態で頭を掻くこともできない私は、暫く考えた後、この二つを比較的綺麗そうな草の上にいったん置いた後、スカートの前に付けているエプロンを取り外した。大判なバンダナのようなサイズのそれの端を適当にぎゅっと結び、立体に作り直す。

 結び方を工夫するだけで針と糸を使わずに大きな手提げバッグに変身した。日本人の風呂敷文化は偉大だね。


「さて、これに……」


 最初に切った草を手提げバッグに放り込む。さらにナイフを手にとって、草をざくざく切って収穫していく。十本で一束とか言われたけど、まあ、余ったら余ったで自分で使えないか研究する用にしてもいいかなと思い、手当たり次第に採っていく。

 暫く採ると腕に食い込む重さになったので切り上げた。まるで週末に一気に牛乳を四本買ってしまった時のような重さに腕がびっくりするが、耐えられない程ではないのでがんばって耐える。

 立ち上がって辺りを見れば、どうやら草を採っているうちに大分街から離れてしまったらしく、街の灰色の壁が遠くにぽつりと見えるだけになっていた。反対に、森は私の眼前に迫っている。腹具合からして昼時を少し過ぎた頃くらいだというのに、伺ってみた森の中は鬱蒼とした暗さで満ちており、何も見えない。


「こっわ」


 まるで夜中の廃校寸前の公立小学校だ。怖すぎである。あ、ちなみに『寸前』って所がポイントね。どうでもいい? ごめん。


 背筋を凍らせる何かを感じるので、そそくさと側を離れる。ナメクジが通った後にできる透明のぬらぬらラインのようにくっきりと伸びたサニタル草の苅られた後を辿るようにして戻ると、門の所ににこりと笑った人が腕を組んで立っているのを見てしまった。


 ヴィルディさんだ。

 その隣には、若干青い顔をした騎士さんもいる。


 当然、回れ右をした。


「待ちなサイ」

「グェッ」


 回れ右してサニタル草をもうちょっと採りに行こうとしたら首の後ろに何かが引っかかるような感覚があった。そのまま後ろに引っ張られる。倒れる、と思ったが、その前に引っ張るそれが外され、踏みとどまることができた。

 しかし首が締まったのは純然たる事実だ。暴行案件だ。抗議のために振り返ると、ヴィルディさんはいつの間にか数十メートルはあるはずの距離を一瞬で詰めて私の後ろに立っていた。

 瞬間移動(テレポート)かと思ったが、それはあり得ないと思い直す。であれば考えられる可能性は二つ。風の魔法で超加速したか、生命魔法で身体能力を引き上げて一気にここまで跳んできたか。ファンタジー能力のセオリー的にはこの二つのどちらかだ。

 直感的に、たぶん前者だな、と思った。私のスカートがぶわりと風で舞い上がったからだ。だからどうというわけではないけれど。

 舞い上がったスカートを押さえる。パンツ代わりのドロワーズの白さが男の目にさらされてしまったために。


 どうでもいいことを言うと、実はドロワーズは私のお手製である。他の女性はドロワーズって概念からして知らなかったのだ。

 パンツ代わりのこれが私のお手製であり、他の女性が履いてないって現実が示す事実って何でしょうか。答えは簡単、女性陣皆ノーパンって事実です。びっくりしたよね。ちなみに男も半分くらいノーパンみたいです。二度びっくりしたよね。全く嬉しくないって気付いて三度びっくりしたよね。


 確かにパンツってものが発明されたのは中世以降である。中世が終わり、フランス革命・ナポレオンの時代を経て、欧州が戦争の渦の中にあった時代。下着を着けていないと戦闘中にズボンが破けてブツがバルンボヌンドブリュンしちゃうわけだ。それが大変およろしくないってことで、ズボンの下にもう一枚着る流れが生まれた。で、それが巡り巡って下着となり、ドロワーズとなり、パンツとなったわけだ。

 こういう流れがあったことを踏まえると、中世くらいの文化レベルのここにパンツ文化がないことはあんまりおかしなことではないのかもしれない。でもやっぱりびっくりするよね。だからびっくりしました私。

 なんでそんなことを私が知っているのかといえば、生活保護申請の処理をするにあたって「下着を何枚買えるくらいなら必要最低限度の文化的生活を維持できるのか」という思考実験をせねばならぬ機会があったからだ。そのために下着の歴史まで調べたのである。

 私の思考実験について、詳しいことを知りたい人は「朝日訴訟」「一年パンツ一枚」という単語でぐぐってほしい。中々興味深い議題だから。


 大分話が脱線してしまった。話を元に戻そう。


「いやん、ドロワーズ見えちゃいますぅ」


 私はめくれ上がったスカートを押さえながらわざとらしいシナを作って言ってみた。でも、この茶番はヴィルディさんには通じないらしく、彼は「ふん」と鼻を一つ鳴らしただけで私の言葉をはたき落としてしまった。ごむたいな。


「今更淑女みたいなことヲ仰らなくてモ宜シイ。大事にせねばならぬ身の上デ、よくもマア、うまいこと街の外に出やがリましたネ」


 ドロワーズ、が何かはよくわからずとも私の挙動で「女っぽいとこ見せてごまかしたろ」と思ったのはわかったらしい。

 これがルブルムさんなら騙されてくれたんだろうなぁ、と思いつつシナを解いて普通に立つ。そのままポケットから依頼票を取り出して、ヴィルディさんの眼前でぴらりと振ってみせた。


「えー、冒険者ギルドの依頼票は見せたでしょう」

「でもアナタ冒険者じゃないデショウ」


 唯一見える口元が、僅かも引き攣ることなくその両側を綺麗に上に向けている。笑顔だ。でも、怒っている笑顔だ。


「てへ。バレましたか」


 たぶん、本当はあの関所では「私は冒険者です」って言う人間が来たら冒険者の登録証的なものが(あるのであれば)提示しなければならない仕組みになっているはずだ。でも、街の人間であればそんなもの無しで顔パスで外に出られる。

 でも、あの時私は街の人間であればヴィルディさんによって止められるが冒険者であれば止められないという立場にあった。だから「顔パスで身元を保証できる人」が「冒険者の権利を使う」ように見せかけて、外に出たのだ。二つの認識の隙間を突くってやつである。詐欺師の常套手段だ。私は詐欺師ではないけれど、詐欺師の手口はよく知っている。知らなきゃお仕事できなかったもんでね。


「とんでもない知略デス。でも、衛兵は騙せてモ私は騙せまセンよ」

「ルブルムさんは?」

「たぶん騙せマス。が、私が阻止しマス」

「ひゅー、お熱いこって!」

「茶化さナイ! ……オヤ?」


 ぴしゃりと怒られた。と、同時にヴィルディさんの視線が私から外れるのを感じる。

 顔の向きから視線の先を推理してみると、それは私の腕に引っかかっているサニタル草の山に向けられているのだとわかった。


「どうです、いっぱい採ってきました」

「ああはい」

「雑ゥ!」


 量に感心したのかしらんと思ってドヤ顔で草の一本を引っ張り出して見せてみても、リアクションは薄かった。ま、下位のポーションの材料なわけだから、そういうリアクションになるのは仕方ないというか、当然だろう。

 でも、そしたら彼は何に気を奪われたのだろう。


「これ、なんデスか」


 彼が手を伸ばし、触れたのは風呂敷バッグの方だった。そっちかーい。風呂敷初めて見た外国人かーい。いや、確かに外国人(ノットジャパニーズ)なのは合ってるけども。


「布を結んで作ったバッグですよ。こっちでは見かけませんが、私の故郷でよく使われていたものです」

「エプロンを結んデいるル……なるほどなるホド。面白い発想デス」

「ヴィルディさんって、『折り紙』とかも好きそうですね」

「オリガミ?」


 こて、と首を傾げた彼に、私は笑顔を浮かべて頷いた。


「ええ。今度、いい紙を見つけたら教えてあげますよ」

「成る程。デハまずは騎士団団長室ヘ。ルブルムがお待ちですヨ。眉間の皺ヲ大変なコトにして」

『生活指導の先生かな!?』


 めっちゃ行きたくない。あまりの行きたく無さに門を構成する柱の一本にしがみついて抵抗してみる。しかし、女の細腕の抵抗なんてやっぱり男性にとってはあってないようなものらしく、ヴィルディさんは笑いながら私を引きはがし、団長室に連行していった。


 そこでルブルムさんに「あなたは大事な体なんだから云々かんぬん」と妊婦さんもびっくりな長いお説教を立ったままされ、うっかり怠った水分補給と合わせて立ちくらみを起こし彼らをさらに心配させたのだった。てへぺろ。ごめんて。


 ちなみに、薬草は彼らの部下の誰かが冒険者ギルドで買い取り処理してもらってきてくれたらしく、帰る時には現金になって私の手の中に戻ってきた。銀貨一枚と銅貨数枚である。少ないようで多いのか、多いようで少ないのかは、今の私にはわからない。

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