11 驚きの提案
まさかネット小説じみた事態に巻き込まれた挙げ句ナマモノジャンルに目覚めるとは思わなかった。
そんなことをしみじみ考えつつ、正座して汚れたスカートを払い、立ち上がる。変なものを見る目をしている彼らにごまかし笑いをしてみせれば、彼らは彼らで自分達がかなり子供じみた動きをしていたことを自覚し、襟を正して距離を開けた。
でもその距離がまた、いじらしい。ヴィルディさんの腕一本ほどの距離なのだ。今この瞬間にここで何かがあった時、ヴィルディさんは安全圏に飛び込むのにツーアクション必要だけど、ルブルムさんはワンアクションでヴィルディさんを抱きかかえて退避できる。素晴らしい。そういう差を大事にしていきたい。体格差は王道です。
そしてそんな光景、私は見たい。いますぐここにミサイル飛んでこないかな。飛んできたら見られそうなんだけどな、そんな夢みたいな光景。
見られるのならば、私は是非とも。
「ン゛ン゛ッ壁になりたい」
「頭大丈夫か?」
「ど、どうしまショウ。やはり女性にはショッキングなお話デしたカ」
おろおろとヴィルディさんが手を伸ばして私の頬をぺたぺた触る。痙攣しています、と呟く彼には申し訳ないが、これはニヨニヨ笑いを止めるために表情筋がお仕事しているだけです。
「いや、大丈夫。大丈夫です。お二人の輝かしさに、ちょっとこう、『三十路を過ぎた腐った蜜柑の芯』が反応してしまっただけで」
「よくはわかりませンが、よくない状態だということは、わかりマス。店まで送りマショウ。今日はもうお帰りナサイ」
「あ、でもその前に、今後の方針だけでも決めた方がよいのでは?」
今までで一番青い顔をしている二人に真顔で言うと、彼らはううんと唸った。
「正直、今のアナタに正常な判断が出来るトハ思えないのデスガ」
「言っておきますけどこれが私の素ですからね。今、私最高にリラックスしている状態ですからね」
素、というか、本性、というか。
「なるほど」
「何に納得したんですか。まあいいや」
ルブルムさんの「なるほど」の後ろに「だから君の故郷はおかしなところなのか」という言葉が聞こえた気がしたが、幻聴ということで無視し、話を薦める。
肩をすくめて言葉を流し、私は右手を挙げて、握った拳の指の方を彼らに向けた。
「一、フラーマ王国に身を寄せる。二、フラーマ王国以外に身を寄せるために、ここで抵抗し、お二人に捕まる。三、冒険者になる。四、神殿に入る。私に許された選択肢は以上の四つですね」
一つ挙げるごとに指を一本立てていく。人差し指、中指、薬指、小指、という順で立った四本の指は、そのまま私の生きる道の比喩でもある。今私は手首の辺りにいて、どの道を取ろうか迷っている所なのだ。
「ハイ。その中で現実的ナものは……」
「一ですよね。どう考えても」
一番最初に立てた人差し指を振ると、ヴィルディさんは頷いた。
四についてだけは、ヴィルディさんが嘘をついている、という可能性がちょっとだけある。この町には神殿がないから、神殿のことがよくわからないのだ。
でも、この世界の時代感と、嘘をつくという行動のリスキーさをわかっている彼の発言から考えて、神殿についての彼の言葉は正しいと考えられる。
時代云々については「ルター」「宗教改革」「免罪符」って言葉で適当に検索してほしい。反吐が出るような「神に仕える者達の歴史」が見られるから。
三については、憧れないかと言われれば嘘になる。でも、冒険者ギルドにパンを搬入する時に見かける冒険者さん達を見る限り、私にはああいう荒くれの仕事はできないなぁと思う。
もしもやるとしたら、職業は魔術師だろうか。まりょく、があるそうだから。
でも、そういうのってある程度の修行が必要なはずだ。今日からいきなり冒険者でーすとか、魔術師こそ言えるわけがない。
「仕方ないので一を取りましょう。で、そうすると、私は現状でどこに嫁がにゃならんのでしょうか」
ぶっちゃけたことを言わせてもらうと、学生時代はそれなりに恋愛をしたが、その全てが清い交際だった上、就職してからは仕事とオタ活動の両立で忙しく男の入る隙間なぞなかったためにノー彼氏状態だった。それはつまり、未だ私は清い体というわけで。
「先程は有力家と言いマシたガ、男を許した肌でショウから、行って中堅くらいでショウか」
「あ、すいません私処女です」
「……三十過ぎて?」
「その綺麗な歯並びガタガタにするぞ」
うそぉ、というリアクションをしたヴィルディさんにシャドウボクシングのポーズを取ってみせる。彼は私の臨戦態勢を「冗談ですヨ」という中々酷い一言でさらりと流した後、「それならば」と言ってローブの襟を正して言った。
「一足飛びニ、王族、というのがよろしいカト」