9 衝撃の真実は年齢にあり
酸化しはじめて赤黒くなりつつある血液の中に、虹色の石が溶けてしまった。
じゅう、という音を刹那立てただけで、煙すらも挙げなかったから、「溶けた」というのが正しいのかはわからないのだけど。でも、明らかに血の厚み以上あった石が消えたから、どう考えても、溶けていると思う。
「……溶け、ました、ね?」
それでも一応確認しておく。恐る恐る聞いてみると、石を落とした姿勢のまま硬直していたヴィルディさんは、ゆっくりと頷いた。
「ええ」
「これって、どういうこと、なんでしょうか」
「端的に申し上ゲテ、膨大故に測定不能な魔力がアル、ということデス。先程の検査と合わせると、アナタが『純なる血』の持ち主であるコトを証明したコトにもなりマスね」
「それっていいことなんですか、まずいことなんですか」
常識がないから判断ができない。
でも、直感があるからなんとなく答えはわかる。
その答えを否定して欲しくて、常識を持つヴィルディさんに尋ねると、彼はゆっくりと血の入った小皿に指を伸ばし、その縁を撫でながら答えてくれた。
「それはアナタの身の振り方によりマス。魔法、もとい魔力というモノは、母親から受け継がれマス。母親が魔術師ならば、魔力を持つナラバ、その子は皆魔力を持ちマスが、父親が魔術師であったり魔力を持ってイテも、その子は魔力を持たぬのデス」
「なるほど」
魔力、というものがよくわからないが、たぶんあれだ。もしもこの世界の人間が私の世界の人間と同じような構造をしているというのなら、魔法の才能に関する遺伝子が母系からしか伝播しない遺伝形質の中にあるってことなんだろう。ミトコンドリアDNAとかが有名だろうか。遺伝については高校生物に毛の生えた程度の知識しかないから、上手くは説明できないのだけど。
「もしもアナタが、フラーマ王国に身を寄せ、その保護を全面的に欲し受け入れるとイウのナラ。魔術師の力を子に与えたいと願う有力家に嫁ギ、始祖の母となることができマス。得られるのは金銭、衣服、美味なる食、その他色々。反対に失うノハ自由デス。アナタには子を産む責務が与えられ、何だったら一日中子作りさせられるヤモしれマセン」
「うっわぁ」
どん引き待った無しだ。オブラートに包まない言い方をされているから尚のことそういう反応になってしまう。ヴィルディさんはご丁寧にも左手の人差し指と親指で丸を作り、右手の人差し指をぴんと立てて丸の中に入れるというジェスチャーをしてくれたが、すぐにそれを見たルブルムさんに後頭部をはたかれた。
「アホなことをするんじゃない!お前は子どもか!」
「イテッちょっとした冗談ジャないデスカ」
「うら若き乙女にそんなもの見せるんじゃない」
ごり、とげんこつが再度下る。余程怒っているらしい。
彼はヴィルディさんの脳天の辺りをゴリゴリすると同時に私に目をやり、「申し訳ない」と言ってきた。
「すまない」
「いいえ、お気になさらず。私、これでも三十二ですよ。性的嫌がらせのいなし方及び限界突破した際の対処法くらいは備えております」
「え゛」
「え゛」
「ちなみにうちの国では女性の平均寿命が八十七才です。この国では何才なのですか?」
そういえば、日本人は若くみられがち、というのを忘れていた。それに加えて、明らかに文明レベルが低いここでは平均年齢だって相応に低いだろう。そう考えて余計な勘違いをされる前にぺろりと言うと、彼らは目に見えて安堵した。
「そういう訳でしたカ。一瞬森人族かと思って焦リましタ」
「フラーマ王国の平均寿命は……わからないが、相当長生きでも、六十じゃないか」
「うわ、早死に」
定年退職前に死ぬとか嫌すぎる。老後にまったりお茶を飲みつつ本を読みたいなぁと思っていた私には非常に嫌なコースだ。
思わず率直な感想を呟くと、ヴィルディさんは脳天のあたりを撫でながらしみじみとした様子で呟いた。
「魔法がないノニそれほど長生きな人間の国はスゴいですネ」
「ちなみに一番長生きな人で……ええと、百十七才くらい?までだったはず」
「待ってくれ。それは森人族じゃないのか?」
頭が痛い、という顔をして、ルブルムさんが言う。それに私はハッと鼻で笑ってあげた。
「エルフってあれですよね。耳が長くて、色が白くて、いや黒いのもいて、そいでもってめちゃくちゃ長寿で魔法に秀でた種族」
「そうだが」
「私の耳とんがってます?」
伸ばしっぱなしの黒髪は、暫く前に拾った枝を綺麗に削ってイーストさんから戴いた油で磨いたものを使い、一本挿しでまとめあげている。それで露わになっている耳を引っ張って示してやれば、彼はじっとその耳を見て首を横に振った。
「尖っていない。森人族の最大の特徴は、君にはない」
「でしょう。私は人間ですよ」
「デモ、寿命も、魔力も、アナタの後ろにある文化も、人間のモノとは思えませんヨ」
「私に言わせればあなた方の方が人間とは思えません。魔力って何ですか。なんでそんなに寿命が短いんですか。女をそこまで孕むための体と言い切れる文化はどこからきたのですか」
疑うような視線に怯えてはいけない。それは探られる腹があるのだと相手に示すことになり、引いては向こうに追いかける者、こちらに追いかけられる者というレッテルを貼りかねないから。
それを厭うなら、こちらからレッテルを貼ってやればいい。こっちが追いかける者なのだ、君達は詳らかにされる側なのだ、と。
私の切り返しに、ヴィルディさんは「ほう」と呟いた。
「不思議な所で胆力ヲ見せてきますネ、アナタ」
「三十過ぎればそこそこ図太くもなってきますよ。って、そうだお二人は何歳なのですか」
ルブルムさんは見た目からして年上だろう。体が大きいのを置いておいても、この、堅気とは思えない目つき及び顔つきと、それに付随する皺の形がそこそこの年齢を思わせる。
ヴィルディさんは、正直からだの殆どが見えないから、わからない。でもルブルムさんと幼なじみと言っていたから、きっと私よりも年上だ。
私の質問に、彼らは数秒顔を見合わせてから、気遣うような声で答えた。
「二十四だ」
「同じク」
「まじかよ」
彼らが小学一年生の時に私は中学生。それは、オタ的感覚でいえば、確実にジェネレーションギャップが発生する年齢である。なんだったら二年前まで学生でしたとか言われてもおかしくない年齢とか、信じられないし、信じたくない。
「うわ、大丈夫か!?」
あまりに酷い真実に、私の膝が砕ける。そのままがっくりと床に両手と両膝をついてうなだれてしまった上から、ヴィルディさんの「女性に年齢の話は禁句だったのデシタ」という呟きが聞こえてきた。