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8 奇跡の血液 奇跡の女

 ルブルムさんは、一応、この建物で一番偉い人のはずだ。

 そのルブルムさんをべしべしべしべし叩いて立たせたと思ったら右足で腰のあたりを蹴飛ばして団長室から追い出したヴィルディさんは何なんだろう。わからない。

 わからないなら聞いてみるしかない。


「あの、ルブルムさんの方が、偉いんですよね……?」

「ワタシとアイツは幼なじみですカラ。公の場ジャない所デならこんなモノですヨ」


 待て待て!と叫んでいたルブルムさんの声が扉を閉められて遠くなる。そんなもんかしら、と思っていると、ヴィルディさんはもう一脚あった椅子を引っ張ってきて私の前に置き、座った。

 見た目とやったことのせいで、なんだか健康診断の内科検診のお医者様のようにも見える。


「さて、デハ改めましてお話シマショウ」

「ハイ」

「話を円滑にするためニ、右腕の内側を見せて下サイ」

「?」


 前後のつながりが、私には無いように思える。

 でも、見られちゃ拙いモノはないはずだ。

 だったら見せてもいいはずだ。

 シャツの袖をめくりあげる。左手で袖を掴み、ずり、と引き上げて差し出すと、むだ毛処理できてない腕が露わになった。そんなに体毛のある方じゃないのが救いといえば救いだろうか。

 差し出した腕を取り、ヴィルディさんはくるりとひっくり返した。腕の内側が上になる。そこを見て、私は「あ」と気付いた。


 献血の痕があったのだ。


 ヴィルディさんの視線も、献血の痕に感じた。


「これは」


 当然塞がっているが、長年続けた献血により、そこはもう消えない傷となっている。見る人が見れば注射痕だとわかるし、ヴィルディさんはそれがわかる人なのだろう。だって、それとわかっていなければ、こんな傷普通気にしない。


「『献血』の痕です」

「ケンケツ、って何ですカ」

「何ですか、と来ましたか。ええと、私の国で行われている、自分の血を無償で渡すこと……です」


 答えると、ヴィルディさんの顔がびょんとあがった。その口元に、驚きが滲み出ている。


「血を、無償で!?」

「え、あ、はい。事故とかで、血をたくさん失った方っていますよね? そういう人を治療するために、たくさんの血を使うから、その血を国民から少しずつ集めているのです」

「でも、無償ッテ」

「あ、場所によってはパンとか飲み物貰えますよ」


 ヴィルディさんは文字通り絶句した。言葉もない、という様子だ。

 そんな彼を見つめて暫し考え、私はハッと気がついた。この国では、そもそも奴隷制度があるらしい、ということを。


(献血が無償なのは、人の体に金銭価値を付けさせないためだ。お金で血を買えるようになってしまえば、奴隷制度を復活させることになりかねないからだ。

 この制度は奴隷制度がないことを前提としている。それが残っているらしいこの国では、血の無償提供なんて、きっと酔狂の極みだ)


「え、ええと、私の国では、その、人の売買っていうのが禁止されているんですよ。奴隷制度がないんです!」


 余計な勘違いをされる前に言葉を滑り込ませる。彼はそれにも驚いたようだったが、すぐに「なるほど、だから無償に」と納得してくれた。


「せっかく潰した『人体の金銭価値』を復活させない為ノ無償制度デスカ」

「そうです」

「それは大変理知的で結構ナ制度でス。デスガ、そんな国、ワタシは知りませんヨ」

「どうやら大変な遠方の国のようですね……」

「仮にそうだとしても、おかしいデス。ワタシの予想が正しケレバ、アナタの血は特別な血デスよ。それくらい簡単に調べラレルでしょうニ」


 価値あるものに、倫理のために価値をつけさせないというのは、まあわかる。

 しかし、その中でもさらにとてつもなく価値があるものに、それでもなお価値をつけさせないというのは、倫理があるというより狂っている。

 そう力説する彼に、私はこてりと首を傾げた。


「とくべつ?」


 O型のRh-であること、だろうか。

 確かに珍しい血ではあるが、AB型のRh-よりはいる。彼らよりは珍しくない。

 首を傾げたまま視線で説明を問うと、彼は小さく呟いた。


「まさか、魔力検査をしたことは」

「無いです。あの、私、魔法ってのもよく知らなかったんですよ」

「そうデシタ。では、それをシマスのデ、血を少し採らせて下サイ」

「え゛」


 この世界に注射器はあるのだろうか。百歩譲ってあったとして、ヴィルディさんは採血技術を持つのだろうか。


 昔、いつもの献血ルームとは違う所で献血した際、へたくそな職員さんに当たってしまい、内出血で腕が腫れたことがある。その後暫く献血をご無沙汰してしまった程度には嫌な記憶だ。

 その時の熱と痛みが蘇る。思わず腕を引っ込めると、ヴィルディさんは「チョットだけ、先っぽだけデスよ」と同人誌の中で以外聞きたくない台詞を吐いてきた。


「ちなみに、具体的にはどのように」

「指先をナイフで切らセテ戴きマス」

「痛いやつじゃないですか!」


 答えると同時に腰のホルダーから抜き放たれたナイフの煌めきに、私は全身に鳥肌が立つのを感じた。日本人として当然の感覚だと思う。目の前の、腕を伸ばせば自分に手が届く人間が、刃渡り十五㎝以上のナイフを持っていたら、誰だってびびる。

 それをわからないのか、或いはわかった上で無視してか、ヴィルディさんはゆっくりとした口調で言ってきた。


「必要な検査デス。今ココでやらないとしてモ、いつかやらねばなりまセンよ」

『インフルエンザの予防接種みたいなこと言わないで下さいよ!』


 思わず日本語で叫ぶと、ヴィルディさんは困惑した雰囲気になった。だが、私がダダをこねているようだというのはわかったらしい。

 はあ、とため息を吐き、彼は一度ナイフを腰に戻した。


「イイデスか、魔力検査は大切デス。それに、これが仮に陰性ナラ、アナタはとりあえず解放デきまスよ」

「もしも陽性ならどうなるのですか」

「身柄確保デス」

「悪いコトとか何もしていなくても?」

「アナタがこの国にとってアナタと同じ重さの金以上の価値を持つノデス。故の確保デス。保護、とも言えますかネ」

「どうしてそんなことになるのですか……」


 全くわけがわからない。検査して白黒付ける前に、色々ちゃんと知っておきたい。

 でも、白黒つけずに話を聞いても、こんがらがりそうで困る。いや、というか、今の時点で結構私はこんがらがっている。私にとって陽性であることと陰性であることは、それぞれどんな意味を持つのだろうか。


 ヴィルディさんは、どちらにしろ検査は免れないと言う。だったら、それら二つの可能性を確り聞いてから検査するよりは、検査して、片方の意味だけ聞けば事足りるのではないだろうか。


 ならば、検査してしまうのがいいかもしれない。いいのだろう。うん。考えることは少ない方がいい。


「……わかりました」


 私は数度深呼吸した後、改めて右腕を差し出した。

 白い指先を、ヴィルディさんの手が捕まえる。柔らかく、けれど離さぬというように掴み取る。

 空いている手で、彼はまた腰の短剣を抜き取った。すらり、と輝きが煌めく。それに身構えると、ヴィルディさんは「見ない方がよいデスヨ」と言ってきた。

 でも私は採血針を刺す瞬間は見つめるタイプだった。痛いのがくるタイミングを漫然と呆然と待つのではなく、しっかり構えておきたいのである。

 故に私は首を横に振り、自分の右手の人差し指をじっと見つめた。


 ナイフの切っ先が押し当てられる。


 ぶつ、という肉を切る音とともに、鋭い痛みが指先から腕を駆け抜けて頭に届く。思わずぶるりと震えると、震えた瞬間、ナイフが余計に大きく肉に入った。ずぷ、と入ったそこから血がぼたぼたと溢れ出す。


「ひ、いっ」


 痛い。まじで痛い。フッツーに痛い。

 目から生理反応で涙が出てくる。抑える努力をする前に溢れてきたそれを拭うことはできない。右手は押さえられているし、左手は痛みを我慢するために握り込むのに忙しいからだ。

 私が泣いているのをちらりと見たらしいヴィルディさんは、私の無様な姿を茶化すのではなく、すぐに腰につけている試験管のようなものを取り、その中に零れ落ちる血を受け取った。ぼたぼたと流れるそれが試験管の半分ほどまで溜まった所で、蓋をする。

 腰に戻した後、彼は短剣を膝の上に置き、片手で先程見た絵を描き、描いたものを私の指にそっと押し当てた。


 途端、傷がもこりもこりと動いて消えていく。同時に痛みも波が引くように遠ざかり、三秒後には痛みの痕跡は私の涙と床に落ちた血だけになった。

 そしてそれもヴィルディさんは別の魔法で消してしまった。そうなると、もう、痕跡といえるものは、腰にある試験管の血くらいしかなくて。


「頑張りましたネ」


 よく耐えました、と。

 まるで子どもでもあやすような口調で、彼は私の指先を撫でた。


「頑張りました。頑張りついでに教えてください。それの検査結果は何時出ますか」

「すぐにでも」


 言うが早いか、彼は立ち上がって団長机の所に行くと、手招きして私を呼んだ。

 机に寄ると、彼はそこに三つの小皿を並べていた。きっとどこからか出した私物だろう。


「三つも検査があるのですか」


 血液型検査でも試すのは二つだけだ。

 あれとの違いを思いだして聞いてみると、ヴィルディさんは「いえ」と否定した。


「魔力検査ハ一つで十分デス。ただ、気になるもう一つの検査モ、序でニやってしまおうかト」

「なーる。具体的には?」

「血の性質からご説明いたしまショウ。現在、血には型があるト魔術研究で解ってきてイマス」


 血液型のことだろうか。


「血は生きとし生ける全ての生物が備えているモノ。その中でも魔術を『扱う』ことの出来る生物の中で、人間にのみ、特異な血が現れるコトがありマス。

 その血の特異さとは、全ての生物に受け入れられる血であるコト。普通、血は同じ型の血シカ受け入れることガできないノニ、その血は他の血に無条件で受け入れられルのデス」

「あ-、それはわかります。私、たぶんそれです」


 O型のRh-だものな、私は。


 ああハイハイ、と軽い調子で頷く。するとヴィルディさんは信じられない、という雰囲気になって私を凝視した。


「否定、しないのデスか」

「しません。ていうか、同じような血の人は、珍しいけどいないわけじゃないですし」

「それはそうですガ……」

「で、それが特別の正体ですか?」


 もにょもにょしているヴィルディさんに先を促す。そうじゃあないっぽいので、「そうじゃないんでしょう?」と顔に書いて見つめると、彼は数度口を開いたり閉じたりした後、ため息をついて話を続けた。


「イエ。これだけならマダ珍しい血なダケでス。但し、この血の中で、魔力を同時に備えるモノがありマス。コレは様々な魔術道具の回路(まほうじん)作りに欠かせない素材でもありマス。

 通称、『純なる血』。アナタがこれであるかを調べる為に、私ハ三つの検査をしようとしているのデス」

「察するに、二つの小皿で『全ての存在に受け入れられる血か』、一つの小皿で『魔力の有無』の検査ですね」

「そうデス」


 頷き、それぞれの皿にぽたりぽたりと試験管から血を落とす。そこの一つに彼は自分の指を切って注ぎ、血が固まらないことを確認すると、扉の向こうに顔を向けて叫んだ。


「ルブルム!」


 名を呼ぶと同時に戸が開く。憮然とした顔で入ってきた彼に、私の体が思わず竦む。

 私の反応を見て、ルブルムさんはハッとした。さらに、机の上を見て、もっと驚いた顔をする。つかつかと歩み寄ってきた彼は、ヴィルディさんが私の方に寄ったことで露わになった机の上の小皿を見て声を上げた。


「血をもらったのか」

「とりあえず、検査のタメに。アナタは『火』の血でしたネ。真ん中の皿に血を落として下サイ」


 なんだか、血液型の検査のように見える。でも、もしもそうならむしろ血は『固まる』はずだから、正確にはそうではないのだろう。

 そんなことを思いつつ、待ってみる。ややあって、ルブルムさんはポンと手をうった。


「お前は『水』だものな。わかった」


 頷き、ルブルムさんはヴィルディさんと同じように腰の短剣を抜き、それに指の腹を押し当てて血を流した。ぽたり、と落ちた血が私の血と混じる。

 しかし血は固まらない。


「やはり」


 ヴィルディさんは呟くと最後に残った皿の上に右手を持ってきた。その指先に、親指の先ほどの丸いきらきらした石がある。


「それはなんですか」


 問うと、彼は指先で石を摘まみ回しながら教えてくれた。


「これハ魔石デス。魔獣の中からたまに採れる魔力の結晶体デス。魔法使いの体の中にもアルので、魔獣の、と限定するノハ不正確なんですケドネ」

「魔力の結晶体、ですか」


 ふあんたじーな代物だ。よくよく目をこらして見てみれば、それは油の膜のような虹色の輝きを有していた。虹色の石というとオパールを連想しがちだが、この輝きは、むしろビスマス結晶を思わせる。そういう虹色だ。


「それを突っ込むと、どうなるのですか」

「魔力がアリ、かつ、何の指向性も持たせて居なけレバ、反発シマス。魔石の力の方が強けれバ、血は飛び散りマス。血の魔力の方が強ケレバ、血が魔石を破壊シマス」

「危険じゃないですか!」


 どっちにしろあかん光景しか見えない。防護服とか無いのかよと思ったが、無さそうだ。

 私が焦っていると、ヴィルディさんは少し呆れながら指を動かし、魔方陣を四つ描いた。それが重なり、散開し、皿のまわりを取り囲む。


「これで大丈夫デスよ」

「よし」

「心配性デスね。もっとも、このサイズの魔石だったら、確かにヒトの血のが爆発四散スルのデスが」

「ちょ、ぉっ!」


 聞き捨てならない言葉とともにヴィルディさんが手を離す。

 ややあって、ぽちゃり、と魔石が血の中に落ちる。




 瞬間、じゅ、と音を立て、魔石が溶けた(・・・)



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