第一話 『変わったの専門』なんでね 〜 黒い悪魔 〜
「グッハッハ! もう誰にも止められねぇ、覚悟しろや!」
赤黒い光を放ちマキがいた場所には、黒く頑丈そうな巨躯に、赤く光る眼、一対の大きな翼を持った禍々しい悪魔のようなものが立っていた。
カオリはその見る者を震撼させる恐ろしい見た目から、悪魔であると思った。
唸りのような低い声で言い放った黒い悪魔は、跳躍によって一瞬で空高く飛び上がった。
空中で旋回すると急降下し、地面スレスレまで落ちて来たかと思うと、その低い高度でゴブリンキング目掛けて高速で一直線に飛行した。
「グハハハハ! オラァっ死ねやボケェ!」
黒い悪魔はその高速飛行から、思いっきり振りかぶった右ストレートをゴブリンキングの顔面目掛けてぶっ放した。ゴブリンキングは即座にガードしたが、想定以上の威力だったのかガードを突き破られ顔面に直撃した。
ドゴォォンっっっ!
その戦車砲のような右拳はゴブリンキングを吹っ飛ばし、はるか後方にあったマンションのコンクリートに激突させた。
ゴブリンキングの顔面の骨は窪んでしまったのか、酷い顔が違う意味でもっと酷くなってしまっている。
「あぁ、楽しくて楽しくてしょうがねぇ! オラオラっ次行くぜオラァ‼︎」
完全に優勢でも、黒い悪魔の勢いはとどまることを知らなかった。
ゴブリンキングは起き上がり、ダメージそのままの状態でヨロヨロと黒い悪魔に向かって歩き出していたが、黒い悪魔は踏み込みその距離を一歩で縮めると、その勢いでボディにアッパーを放った。
ゴブリンキングはその猛攻を避けることも受け流すことも出来ずにボディに受けてしまい、後方斜め上方向に吹き飛び、再度同じマンションの壁に激突した。
そしてバウンドして跳ね返ったところにさらなる猛攻が待ち受けていた。
「グハッ、グハッ、グハハハハ! まだまだぁぁぁぁぁ!」
黒い悪魔の昂りはさらに高揚し、攻撃の嵐を巻き起こす。
ゴブリンキングの高さまで飛び上がると、今度はマンションの壁をクッションに連打連打連打の嵐を吹き荒らした。
「グッハッハッハッハァ! ヒャァッハッハッハッ!」
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!
もう数えきれないほどの殴打音と、ゴブリンキングの身体と壁との激突音が鳴り響いた。ゴブリンキングは為すがままに連打の嵐を受けてしまっているため、生きているのか死んでいるのかすらわからない状態であった。
もはやこの有様は狂気としか言えないだろう。
カオリはただジッと、その光景を見ていることしか出来ずにいた。まだゴブリンキングの身体が蒸発を始めていないところを見ると、辛うじて生きているのだろうと思っていた。
「これで終わりにしてやるっ! くたばれっこのクソボケが! 《獄炎黒掌》っ‼︎」
限界まで引いた黒い悪魔の右腕に、赤黒い炎が燃え盛る。そこから繰り出された渾身の右ストレートは、ゴブリンキングの左胸を貫いた。
「ブバーっ!」
断末魔の叫びと同時に赤黒い炎がゴブリンキングに乗り移ると、その身体を勢いよく灼き尽くしていく。
黒い悪魔が腕を引き抜くと、黒こげになったゴブリンキング(だったもの)は力無く地面に落下し突っ伏した。
あれほど圧倒的だった上級悪魔も、この黒い悪魔の前ではまるで形無しだった。一撃も与えることも出来ず、ただ散りゆくのみであった。
蒸発していくゴブリンキングの身体から一際デカい人魂が浮き出し、黒い悪魔に吸い込まれていく。
「グハハハハハ! もう終わりか? つまらんな」
空中で腕組みをしていた黒い悪魔が、カオリの傍に着地した。広がった翼をたたみながら前かがみになると、黒い悪魔の身体は収縮し、見る見る内にマキの姿に戻っていった。
「ふぅーっ、はぁー……」
マキは大きなため息をついた。
「ま、マキさん。一体これは……」
今この目で見ていたが、黒い悪魔の正体は、やはりというべきかもしれないがマキであった。なぜ人があんな姿になれるのだろう。悪魔が出てきたり、それを退治する人がいたり、さらに魂を吸ったりと、常識はずれなことがこれでもかというくらいに連続で起きている。もうこの際、何を言われても驚かないだろう。
「えっ、あぁ、アガレスのことだろ。俺は……」
マキは口ごもった。先を言うべきかどうか迷っているのだろうか。しかし、マキは意を決したのか先を続けた。
「俺は『悪魔融合』っていうのが出来る特異体質でね。ほら、吸魂してたろ? ああやって悪魔の魂を吸収して、一つの形に具現化してるってわけよ。で、それがさっきのアガレスっていう黒いヤツね。……ま、信じられんだろうが」
…………。
まったく信じられないし、もはや追求する気すら起きない。この世で知らない世界もあったもんだとカオリは素直に受け止めることにした。もちろん、普通の感覚だったら頭がおかしいのかと思うところだが、これまでのことを目の当たりにしていれば、もはや「そうなんだ」で済ませられてしまう。慣れというのは恐ろしい。
しかし、カオリは聞きたいことがあった。ざっくりした質問ではあるが、自然と頭に浮かんだ素直なものだ。
「マキさんって何者なんですか」
一瞬の沈黙の後、マキは頭をボリボリ掻きながら答えた。
「さぁな、なんなんだろうな。俺にもわからん」
まさにお手上げと言わんばかりに両手を上げ、半分ふざけたようにジェスチャーした。
カオリは困惑の表情を浮かべた。自分でもわからないとはいったい……。
「ほら、見ただけで全て暗記できるヤツとか、とんでもなく遠くのものを正確に見えるヤツとか、世界には色んなのがいて、それで俺は『悪魔融合が出来る変わったヤツ』ってことで自分では済ませているんだが……」
さらにマキは「だからな」と付け加えた。
「もし、なんでそんな事が出来るんだって言われても、暗記のヤツも目の良いヤツも『わからん、でも出来るんだ』としか答えられないだろう。俺の場合もそれと一緒だと思ってる」
かなり強引に済まされたような気もするが、たしかにその通りかもしれない。自分では自然と出来ることに『なぜ出来るんだ』と聞かれても、答えられないことはたくさんあると思う。
マキは刀と鞘を拾い上げ、納刀しながら言った。
「さっ、もう帰ろうぜ」
「そうですね。あっ、いつのまにか霧が晴れましたね。……あの、私思うんですけど、最初からその黒いのになっていれば、ホブゴブリンっていうのも、ゴブリンキングっていうのも簡単に倒せてたんじゃないんですか? あんなヒドい目にあわなくても……」
カオリはマキの腹からあばら骨が飛び出していたのを思い出し、ちょっと気分が悪くなった。
「まぁ、まさにその通りなんだけどよ、なんつーか、出来るだけこの生身で、刀一本で勝ちたいわけよ。悪魔融合は強力だが危険もあるからな。この刀でブッた斬って勝つのがベストってわけよ」
「へー、そうなんですね。悪魔融合って危ないんですか?」
カオリはせっかくなので聞いてみようと思った。
「やけに突っ込むね。カオリちゃんには関係ないことだけど……まぁいいか。そもそも悪魔融合は悪魔の魂と俺の魂が一つになるから自制が難しいんだ。なにせ半分は悪魔の魂だからな」
マキは「それにな」と続けた。
「いつかは悪魔の魂に自分が塗り潰されてしまうんじゃないかって思うと、ゾッとするしな。悪魔融合すると妙にハイテンションになるのは、悪魔の魂が狂気や快楽、暴力を先行させるからなんだ。なんだろ、悪魔は本能の欲望的な部分が強いからだと思うんだがな。……ここまで聞ければ満足かい?」
悪魔融合者はそう語り終えた。聞けば聞くほど不思議な内容だった。
「なんか色々あるんですね。でも怪我したらやっぱり痛いと思うので、あまり無理はしないでくださいね」
「お、おう、ありがとよ。カオリちゃんは優しいんだね。でもそんな優しいこと言っても依頼料は負けてやらんからな」
「マキさんのいけずぅ」
カオリは頰をぷくーっと膨らました。
マキは「あははっ」と笑い飛ばし、車まで到着すると二人は車に乗り込んだ。
アクセルを踏み、まだ未明にも満たない空の下を、笑いながら平穏な日常に向かって走っていくのであった。
第一話 完
次は第二話です。




