第一話 『変わったの専門』なんでね 〜 ボスクラス 〜
束の間の休息。休息といってもマキは全然疲れておらず、刀の背を自分の肩にトントンと当てて暇を持て余していた。
一方、カオリはこの非現実的な出来事を頭の中で整理しながら、次に現れるであろうそのボスクラスに複雑な念を抱いていた。サヨの仇が姿を現わすという期待と、やはり相手は猟奇的連続殺人を起こしたバケモノだという恐怖である。
カオリにはマキのような余裕などどこにもなかった。
少しの間をおいてズシン、ズシンと巨躯が地面を踏みしめる音が辺りに鳴り響き、その音がだんだんと近くなってきていた。
カオリはその音に恐怖していたが、マキは赤い眼をギラギラさせながら刀を構え、音の主を今か今かと待ち構えていた。
「へっ、やっとおいでなすったか」
霧の向こうに見えてきた大きな黒い影に、マキはニヤリとし、反対にカオリは戦慄した。
「ま、マキさん……アレはさすがにマズいんじゃないですか⁉︎」
カオリの足がまたガクガクと震えだした。見た目の迫力と、発せられている威圧感に身体が恐怖していた。
姿を現したのは、緑色の……二メートルくらいのムッキムキの筋肉ダルマだった。地面に着きそうなくらいの、長く丸太のように太い腕、睨みの効いた一つ目、片手に斧まで持っている。
完全に戦闘向きな体格で、ゴブリンとは全く比にならない相手だった。
「フシュー。ウバーっ‼︎」
迫力満天の雄叫びに、カオリは肌がビリビリと痛かった。緑色の巨躯はやる気満々で気合いも充分なようだ。
「ホブゴブリンか! 相手に不足はないぜ‼︎」
マキも気合い充分なようだ。
「カオリちゃん、アイツが今回の犯人だ。見てみ、あの片手に持った斧。血がべっとりだろ? アレで何人も切り裂いたんだろうよ。おまけに見た目通りの怪力とくれば、人間なんて簡単に真っ二つだ」
カオリも同じように思っていた。
「マキさんお願い! サヨの仇を取って!」
「まかせろ!」
シュッと突風が吹いた。
キンっ!
マキの疾風の太刀にホブゴブリンが反応出来たようだ。首元に襲いかかって来た刀を斧で防いでいる。
キンっ! キンっ!
激しい攻防が繰り広げられている。これまでの余裕だったマキとは打って変わって、今回は互角に戦っている。
よくもあの体格差で渡り合えているもんだとカオリは感心していた。しかしその均衡も破れるのに、時間はそうかからなかった。
「うおっ」
鍔迫り合いに負けたマキは、思いっきり吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「い……いってぇな。このクソ怪力野郎っ」
マキはフラフラしながら立ち上がり、そう唾を吐いた。
カオリは思う、たぶん自分だったら背骨が折れてたんじゃないかと思うくらい強烈だった、と。それほどまでの強打であった。
「マキさん、大丈夫ですかっ⁉︎」
「ああ、超痛え。どっか折れてるかも」
マキは苦笑いした。
対してホブゴブリンは「ウバッ! ウバァァァッ!」と勝利の雄叫びみたいなものを上げていた。
「えぇー……ここで二人とも殺されて終わりってないですよね? アイツ、強すぎでしょ」
カオリの胸は不安でいっぱいになった。しかし、マキは不敵な笑みを浮かべていた。
「いや、そうでもないと思うぜ。さぁて、もうそろそろいいよな。仕上げるぜっ」
何か作戦があるようだ。マキさん、勝ってお願い!
シュッとまた消えた。
ザシュン!
「ブワァァァ!」
ホブゴブリンは片膝をついた。マキは脚を斬りつけたようだ。
「それっ、次だ!」
ザシュン!
左腕がドテっと落ち、地面に転がった。
「へへっ、しっかりフェイントに引っかかったな。もうあとは楽勝だな。バカ正直に真正面から戦ってたのはこのためだってな」
毎回正面から上体ばかり狙っていれば、自然とそちらに気がいってしまう。そこで、急に低い位置を狙われたので、対応が遅れて斬撃を許した、ということをマキは言いたいのであろう。
最初から作戦あったんじゃん、ヒヤヒヤさせないでよね!
「ヴバーっ! ウバッウバッ!」
ホブゴブリンは満身創痍なのに、まだ抵抗する気で体勢を立て直そうと躍起になっていた。
「∂ゞ⊃∧∋§⊿」
あれ、なんだろう。どこからか何か聞こえてくる。
「いい加減、てめぇもさっさと寝ろやボケェっ!」
マキが飛び出した。
ザシュン!
マキの刀はホブゴブリンの首を吹っ飛ばし、その首はしばし宙を舞った後、床を転がった。
一時はヒヤヒヤしたものの、ホブゴブリンもようやく大人しくなった。例の如く、ホブゴブリンの身体もシューシューと蒸発が始まり、ゴブリンの時の二倍くらい大きい人魂が浮き出した。そしてマキの身体に吸い込まれていった。
「ふぅ、よしっ。いっちょあがりだな。いやぁ、今回はちょっとマズかったね。強さ的には中級悪魔だったと思うけど、何気にアイツ結構強かったし、おかげで背中超痛えし。しばらくは事務所で安静だなこりゃ」
あの衝撃を受けてよく無事でいられたなとカオリは思った。さらにマキは「でも」と付け加えた。
「サヨちゃんの仇は取れたし、これで依頼達成だね」
「はいっありがとうございます! これでサヨもうかばれます。本当にありがとうございました‼︎」
カオリはガクガクでちょっと痺れた足を起こし、感謝を込めてペコリとお辞儀した。マキは「いいって、いいって」と照れ臭そうにしていたが、しっかり感謝の気持ちを伝えた。
その後、カオリはサヨの献花のところに行き、膝をついて手を合わせた。そして「サヨ、あなたの無念は晴らしました。安らかにお眠りください」と報告をした。
「さて、帰るか。あっカオリちゃん、怪我の治療費、上乗せしといてね」
「えぇーっ! あの額で精一杯ですよぉ。私、生活できなくなっちゃいますってばぁ」
「あはは、冗談だよ。じょーだん」
まったく笑えない冗談だ。
それにしても、悪魔という非現実的なものが、この世に本当に存在していたことが今でも驚きだった。それを退治するマキもだいぶ現実離れした存在な気もするが……。
とにかくサヨの無念は晴らせたのは事実であり、マキには感謝しなければならないとカオリは思った。ここを離れて落ち着いたら、しっかりと報酬金を渡そう。
マキとカオリは現場を離れ、車に戻ろうと歩き出した。しかしその時だった。
「……っ! 待てっ、まだ何かいる!」
マキが突然声を上げた。
「∂ゞ⊃∧∋§⊿」
さっきの変な言葉が微かにまたどこからか聞こえてくる。マキは今気づいたようで、前回カオリがこの声に気づいた時は戦いの真っ最中だったせいか、マキは聞こえていなかったようだ。
しかしなんだろう、やはり聞いたことのない言語だ。それにどこか不安をかきたてるというか、危険な感じがする。悪魔がいるくらいだ、だったらこれは呪文だったりするのだろうか。
そうこう考えているうちに、マキはその呪文らしきものが聞こえてくる方へ駆け出していた。
「ちょっとぉ、私を一人にしないでよぉ!」
カオリは必死にマキを追った。
薄暗い霧の中を夢中で走っていると、だんだん呪文らしきものがはっきりと聞こえてくるようになってきた。
路地という迷路を、声が聞こえる方へ彷徨いながら走るマキが、急に立ち止まった。
「こ、こいつは! 高位の召喚魔法陣‼︎」
マキの前方には、地面にくすんだ紫色のラインで描かれた大きな魔方陣があった。所々にろうそくがメラメラと燃えており、その魔法陣の真ん中に先ほど逃げたゴブリンシャーマンが立っていた。こちらには目もくれず、さっきから聞こえてくる呪文らしきものを無心に唱えている。
「ちっ! コイツこんなこともできたのか!」
マキは刀の鍔に指を掛け、すぐにでも飛び掛かりそうなところだった。しかし、ゴブリンシャーマンは両手をフワッと上げ、そのままバタンと地面に倒れた。
カオリには何事が起きているのか見当もつかなかった。
「マキさん、どうなってるんですか? なんか倒れちゃいましたけど?」
……マキは何も言わずに押し黙っている。
「あっ、魔法陣でしたっけ、なんだか光出しましたね。もしかしてヤバいのですか? さっきみたいに説明してくださ……」
「カオリっ離れてろ! スゲぇのがくるぞ!」
マキは魔方陣から目を離さないまま怒鳴り声を上げた。
カオリはマキが怒鳴ったことにも驚いたが、いつもどこか余裕のあるマキが焦っていることにもっと驚いた。緊急事態であることをその様子から察知し、急いで遠くに離れようとしたが、もう遅かった。
これまでに感じたことのないとんでもない威圧感が二人を襲う。先ほどのホブゴブリンの時も強烈だったが、それをも凌ぐ圧倒的な威圧感だった。
さすがのマキも固唾を呑んだ。
カオリはというと、腰が抜けて逃げように逃げれず、その場にへたり込んでしまっていた。
「アイツ一匹の生贄で、こんな上級悪魔呼べるなんて聞いてねぇぞ!」
ますますマキが憤る。
上級悪魔……マキがほぼ敵わないであろうと公言した、どうしようもなく強い敵……。いったいどうするというのだろうか。




