第五話 レッツ・マキ車‼︎(後編) 〜 機関室で待つもの 〜
スライド式ドアを開け一両目から外に出ると、魔汽車本体が煙突から灰色の煙を上げて先頭を走っていた。その姿は漆黒のボディに赤いラインの入った頑丈そうな汽車だが、見た目的には特に変わったところはない。……異空間を走っているところ以外は。
魔汽車本体の後部には扉が付いており、おそらくここが機関室であろう。きっとここに魔汽車を操っている者がいるか、操縦席があるハズだ。ここからが正念場であろう。
冥府までの時間もあまり残されていないかもしれないので、意を決して機関室の扉を開けてみた。やはりそこも空間が歪んでいるのか、外観から見た時と比べものにならないほど広かった。そこは機関室という機械だらけの無機質な部屋ではなく、応接間のような小綺麗でキチンとした作りになっており、操縦席のような本来ならありそうな無骨なものは見当たらない。
奥にはデスクがあり、背もたれの高い椅子が入り口とは逆方向を向いていて背を見せていた。
近づいていくと、どこか気品を感じさせる芯の通ったハッキリとした声が響くのだった。
「あなたたちですか、招かれざる客は」
やはり何者かがいるようだ。きっとここの主人に違いない。
「ああ、そういうことになるな。アンタがここを仕切ってるヤツか⁉︎」
椅子を回転させ、その謎の人物はマキ達の方を向いた。燕尾服にシルクハットの英国風老紳士が、肘掛けに握り拳で頬杖を付き、脚を組んでそこに座っていた。
「そうです。私がこの魔汽車の総責任者であり、操縦者でもあるバロン・ゲーデと申します。以後お見知り置きを」
立ち上がって丁寧にお辞儀をした。
身綺麗で礼儀正しい、内も外もいかにも紳士な人物だった。ゲテモノ揃いの魔汽車のイメージとは真逆にクリーンな感じである。
とりあえず敵対心を持ったヤツではなさそうだ。もしかしたら、ここは穏便に済ませられるかもしれない。
「俺達、ある用事でこの汽車に乗ったんだがいきなり動き出しちまって降りるに降りれなくなりましてね。ところで、ここどこなんですかね?」
バロンと名乗る老紳士は静かに答えた。
「ここは冥府に至る道の途中です。周りを見てお判りかもしれませんが、平たく言えば異空間を走行中です」
やっぱり冥府に向かっていたのか。で、この変な風景も異空間で合っているわけだ。ここまでは予想通りだな。しかしここからが重要だ。
「ふむ。下車……ですか。降ろすのは簡単ですが、なにしろここは異空間ですからね。『フジノジュカイ』に戻るには、この魔汽車を反転させて冥府とは逆に向かわなければなりません」
何やらそれをするには都合が悪いようだ。
「私も魔汽車の責任者である身、ちゃんと冥府まで死人の魂達を送り届けなければなりません。しかも今さら引き返すなど面倒なことこの上ない。いっそのこと、このまま冥府に行きハーデス様に生きたまま裁かれてはいかがですか。無断で乗り込んできたあなた達に非があるわけですし」
うっ……意外と厳しいヤツだ。しかしそれでは困る。
「そこをどうにかなりませんかね? お願いしますよぉ」
あくまで下手に出る。余計な戦いはしたくない。
「そうですねぇ……ところであなた、ここに来るまでに死人達の魂に何かしませんでしたか? いくつか魂の気配が消えてしまいしてね」
うっ……吸魂したせいだろうな。本当のことを言ったら機嫌を悪くさせてしまうだろうか。
「いやぁ、ど、どうだったかな。ちょっと見に覚えはない、かな。あはは」
「いいんですよ、隠さなくても。あなたぐらいしかそれらしい人物はいませんから」
バロンの表情は笑顔だが、明らかに眼は笑っていなかった。マズい展開になりそうで先行きがとても不安だ。
「するとあなたはかなりの強者とお見受けします。この前の車両で『クラモトゲンジュウロウ』と仕合して、見事打ち負かしましたね? 大変素晴らしい!」
バロンはうんうん頷きながら拍手した。ちなみに『クラモトゲンジュウロウ』とはオニのことであろう。
「あ、ありがとよ。で、それが何か関係あるのか?」
すでにバレッバレのようだし、なぜか喜ばれているのでもう隠さなくても良いだろう。
「私の知る限りでは『クラモトゲンジュウロウ』は相当な手練れです。老いたとはいえ、彼に引導を渡せる者などそうそういません。そんな強者を破ったあなたの強さに興味がありましてね」
バロンの眼が鋭く光った。
「どうでしょう、私と手合わせ願えませんか? もし私を満足させることが出来ましたら、すぐに『フジノジュカイ』に戻って下車させてあげましょう。もちろん勝ち負けは問いません。ただ私が楽しめればそれで結構です。悪い話ではないと思いますが」
意外な提案だった。もちろんそれで帰れるのならやるしかない。勝っても負けてもどちらでもいいようだし、適当なところで切り上げてさっさと帰らせてもらおう。
「いいぜ。それで帰してもらえるんなら拒む理由はないからな」
結局、穏便に話は進んだがやっぱり戦うハメになってしまった。このバロンとかいう老紳士、まだどんな力を持っているのか定かではないし、強さもまったくの未知数だ。少なくても先ほどの話から察するに、オニ以上の強さの持ち主であろう。
いったいこの先どうなることやらと、マキは心の中で溜め息をつくのだった。




