第二話 ただもう一度だけでいいから微笑んでほしかった 〜 エンブレム 〜
「レイコォォォォ! ヌウォォォォォ‼︎」
あの変な肉の塊は、最大までチャージして俺が放った『アガレス砲』によって木っ端みじんに消し飛んだ。今は跡形もない。しかし魂だけは残していったのでそれはしっかりと吸っておいた。相手は大きいの一体と小さいザコ二体だったが、何故か小さな魂だけがたくさん浮いていた理由はよくわからなかったが。
アガレス砲はあの肉塊を消しとばすだけでなく、この吐き気のする部屋の壁にもポッカリと……いやドッカリと大穴を空け、夜空を駆け抜けて行った。
大穴からは夜の風が心地よく通り抜け、淀んだ空気の入れ替えを無言でしてくれているようだった。
「ふぅ、今回も何とかなったな。ユイちゃんすまん、親父さん助けられなかった」
ユイは思い詰めていたであろう複雑な表情を、無理に笑顔で取り繕って言った。
「いえ、これで良かったんです。いったいこの部屋で何をしていたのかは定かではありませんが、その……絶対に良くないことをしていたのは間違いありませんから」
血まみれの斧や壁から垂れた鎖、床に転がる肉片……。警察だったら死刑宣告か無期懲役かもしれない。さらに言うなればあんなバケモノ、警察の手には負えないだろう。
そう思えばここで滅された方が、何かと都合がよかったのではと思える。野放しだったらいったいどうなっていたことやら。実の父親のこととはいえ、きっとユイも同じ事を考えているであろう。
しかし、母親だけでなく父親まで亡くしたという事実は拭えなかったのか、その気丈な女子高生の目には涙が浮かんでいた。
「その、今回のことは残念だったな。俺で良かったら、このさき色々と手伝うぜ」
あぁ……なんて声を掛ければいいのかわかんねぇ。マキは心の中で頭を抱えた。
しかし、ユイは首を横に振り「私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」と言った。
ユイは何でも一人でこなせそうだから、俺なんていてもしょうがないか……と、何故か少し納得してしまった。恐らくこの先、叔父叔母あたりを頼ることになるとは思うのだが、俺なんかを頼っても仕方がないのはユイもよく理解していることだろう。それはそれでなんか虚しいが。
それにしても今回の相手は戦闘力自体はたいしたことなかったが、超高速再生という厄介な能力の持ち主だった。またフュージョンの力に頼ってしまうことになり、マキは自分の力の無さを痛感した。
うーん、やっぱり修行し直した方がいいのだろうか。頭に浮かぶのは、修行していた頃の、辛く険しい地獄絵図……。
思わずブルブルっとした。や、やっぱり忘れよう。
マキが嫌な思い出から我に帰ると、ふとユイが口を開いた。
「マキさん、父は独りでここまでの事を行ってきたのでしょうか。ついこの間まで普通の会社員だったのに……。急にこんな事、できないですよね?」
さすがしっかり者のユイだ、いいとこを突いてくる。
「そうだな。単独で、しかもこの短期間であのハーデスを呼び出すなんてまず無理だ。なにか相当な後ろ盾があったに違いないな」
そう、あまりにも合点がいかない。誰であろうがそんなにほいほい呼べるほどハーデスは安くない。むしろ百年に一回あるかないかくらいだと思う。実際、俺も見るのは初めてだし、まさかこの眼で目撃することになるとは思ってもみなかった。
とある物知りジジィの話では、『大昔に死者蘇生を研究している変わり者がいて、成功させたんだか失敗に終わったんだかわからないが、その研究内容を記した本が世界のどこかにある』と、言っていたのを思い出した。
もしかしたらそれを手に入れたのかもしれない。もちろんそれは奇跡以外のなにものでもなく、ただの偶然にしては出来過ぎている。
「何か手掛かりがあるかもしれないから、探してみるか。ユイちゃん、悪いけどちょっと待ってて」
部屋の中を一通り見て回ったが、それらしきものはある一つを除いてはない。それは親父さんがハーデスの釜に入れられて落ちた場所にあった、このバッヂのようなものだ。まだこれが手掛かりかどうかはわからないが、あの釜に入って無事に出てきたとなると、かなり特殊な素材か何かで作られているということだろうか。怪しい。
うーん、なんだこのバッヂは。黒地に赤の五芒星、そして真ん中に蛇の紋章か。
「ユイちゃんコレ、何か知ってる? 親父さんのみたいなんだけど」
ユイがパタパタと小走りで来て、マキが右手に持っているバッヂを覗き込んだ。
「ああそれ、父が良く着ていた上着の内側に付いているのを何度か見ました。バッヂ……というかエンブレムですね。それを何のために付けていたのかまではわかりませんが」
しかし、手掛かりになりそうなのはこれだけだ。何かの手助けになるかもしれないなので、エンブレムをポケットにしまっておくことにした。さて、やることはやったし撤収するか。
「ユイちゃん、このエンブレムは預かるけどいいよね。よし、帰るか。もう夜遅いし車で送っていくよ」
「ありがとうございます」
きっとユイは家に着いたら、この先どうするかで頭がいっぱいになるのであろう。もうすでにそうなのかもしれないが。それを思うと本当に残念なことになったなと胸が痛む。
そして、二人を乗せた車はまだ見えぬ明日に向かって走って行くのだった。
この後、もう一節あります。
そこで第二話エンドです。




