第二話 ただもう一度だけでいいから微笑んでほしかった 〜 ミートボール 〜
……此処はどこだ、私はいったい。頭の中が混濁としている。
「ゲハハハハ! さて、もうそろそろ出来上がっただろうか」
グルグルとかき回されているのが止まり、重力が逆さになったかと思うと、地面に叩きつけられたようだ。ぼんやりと見える景色は、いつもの材料集めの部屋だった。そうだ、さっきからここにいたじゃないか。
「ひっ! な、何なのアレ……。お父さんはどうなっちゃったの……?」
少女がブルブルと震えながら言っている。そして隣の男は右手に刀を握りしめ、しかめっ面で様子を伺っているように見える。
あの少女は……そうだ。娘のユイだ。何故ここにいるんだったか……。
「では、諸君。もうワガハイは飽きたが故、帰るとする。その出来立てホヤホヤの『ミートボール』はワガハイからのささやかな土産として置いていこうと思う。さらばだ!」
巨大なガイコツはそう言い残し、黒い空間の中に吸い込まれるように消えていった。アレはなんだったか……。
「あのデカいのはいなくなったが、ユイちゃんのお父さんはどうするんだ⁉︎ 悩んでんだったら何かしでかす前に斬っちまうぞ! いいか⁉︎」
するとユイは怯えながら言った。
「これが……お父さん、なの? こんなヒトが何人も折り重なった大きな肉の塊みたいなのが……嘘よ! 嘘って言ってぇぇぇ!」
何? 私がどうしたって……?
「もういいユイ! オマエは後ろで離れてろ。さっさと斬り殺す!」
いきり立った刀の男が眼前から消えた。
ザシュン!
痛っ! 今あの刀で斬りつけられたのか? ん、しかし感じるぞ……斬られた所が再生していくのを。なんなんだこれは。
「クソっ! なんだアイツ、再生能力を持ってやがるのか⁉︎ しかも治るのが異常に速ぇぞ!」
また刀の男が攻撃態勢に入った。
「だったら切り刻むだけだ!」
ザンザンザンザンザンザンザシュン!
痛いっ痛いィィィィ! やめてくれぇ!
タカシ……いや、ミートボールの身体はあちこち斬り刻まれた。だが痛みはあるがすぐに再生し、何事もなかったかのように元通りになった。
しかし、このままではあの刀の男がいる限り痛みの無限地獄になってしまう。死なない身体ではあるようだが、やはり痛いのは嫌だ。
「クソっ! 斬っても斬ってもすぐに元通りの新品ってか⁉︎ なんなんだコイツ!」
刀の男は焦燥しているようだった。
タカシは自分の身体がいったいどうなってしまったのか、詳しいことは何もわからなかったが、あの男のせいで何度も何度も痛い思いをさせられているのは確実だった。しかも、なぜか自分の娘といる……。
私を傷つけるだけでなく、大事なものも奪っていくというのか⁉︎
「イタイ! ニクイ! アァァァァァァ!」
怒りに満ちたミートボールの頂点から、腕が生えて伸びた。その長い腕を思いっきりなぎ払うと、刀の男は不意を突かれたのか驚きの表情で直撃し吹っ飛んでいった。
イイザマだ! ゲヘッ、ゲヘヘヘヘ。あっそうだ、私独りではサミシイ。仲間をフヤソウ。
ミートボールは自分の肉片を摘み取り、床に放り投げた。すると肉片はヌチュヌチュと動き出し、次第に翼を持った小さな肉々しいバケモノが二匹出来上がった。
「ゲヘッ! 仲間フエタ、ウレシイ。ゲヘヘヘヘ」
喜びに浮かれていると、吹き飛ばされた刀の男の下にユイが駆け寄り「マキさん、大丈夫ですか⁉︎」と心配そうに声をかけている。
なんだよ、ユイは私のムスメだろ⁉︎ なんで私のシンパイはシテクレナインダァァァ! そんなにそのマキってヤツが大事なのか⁉︎ 私だっていっぱいキラレタノニィィィーッ!
「グググっ! アァァァァァァ!」
ミートボールは長い腕をもっと伸ばし、マキにゲンコツを振り下ろした。しかしそれは、ただ床に穴を開けただけだった。マキは瞬時にユイを抱えその大きなゲンコツを回避したのだった。
「ユイにフレルナァァァァ‼︎」
ゲンコツをパッと広げ、マキを掴もうとした。しかしこれも空振りだった。
クソっ! クソっ‼︎
「オマエタチ! アノ男をコウソクしろ!」
ミートボールに触発された肉々しい二匹のバケモノは、ユイを抱え逃げるマキに、飛行しながら左右から挟み込んだ。
ゴチン!
二匹は拘束しようと飛びついたところで、マキが見計らったように跳び上がったため、そのまま正面衝突してしまった。
グヌヌ……、なんてことだ。
そのマヌケな二匹は、ぶつけた頭を痛そうにさすりながら私の両脇に戻ってきた。
その間に遠退いたマキは、ユイを下ろし「危ないから離れてろ」と言い避難させた。そして攻撃態勢に入ったのか、刀を抜いて構えた。
「避けてばかりじゃ、始まんねぇってなっ!」
マキは刀をその場で勢いよく二度、空を斬った。
何やってんだ。いや、一瞬だが何かが通り過ぎるのを感じたような……。
すると、横で「ギャァァァ!」と叫び声が上がりボトッボトッと二つ落ちた。肉々しい身体が半分ずつになって床を転がった。
「ワ、ワタシノナカマヲ、ヨクモォォォ!」
もう一本長い腕を頂点から出し、両手で組んでマキの頭上に振り下ろした。が、これも回避。
「クソ! チョコマカト!」
「うるせぇ! そんな攻撃当たるか! これでもくらえや、クソボケ!」
マキはまた空を斬った。
痛っ! と思った矢先、片方の腕がドンっと床に転がった。
「もういっちょ!」
ザシュン!
眼前からマキの姿が消えたかと思うと、もう片方の腕もドンっと床に落ちた。
グヌヌヌヌ……。
「いっくぜぇ! 覚悟しろやっ‼︎」
バババババババババババババババババっ!
マキは目にも留まらぬ速さで幾度となく斬り刻んだ。
ミートボールの身体はその猛攻に悲鳴を上げ、形を保てずにグチャグチャと崩れ落ちた。
「……ハァハァ。これで、どうだ……」
マキは肩で息をしながら辛うじて立っていた。
あそこまで急激な動きをとったのだ、息切れして当然だろう。よく立っていられるなと褒めてあげたいところでもある。だがしかし。
「……おいおい。マジかよ」
ミートボールの散り散りに飛び散った身体は一箇所にズルズルと集まり、再生してまた元通りになった。おまけに二本の腕も同じように伸ばした状態で再生した。
その様を見て、さすがにマキもガクッと落胆した。
そして私は悟った。『この身体は絶対に死なない』と。
「アッアッアッ! ワタシハ不死身にナッタノダ! イクラヤッテモすぐニ元通りダ! アッアッアッ!」
タカシは正直ヤケクソだった。『死なない身体』いや『死ねない身体』になり、すべての感覚がおかしくなっていた。
どうやら私はやはり正真正銘のバケモノになったようだ。
すると突然、マキは不敵に笑い始めた。
「へっへっへ。へへっあーはっはっは!」
コイツ、どうにもならないとわかっておかしくなったのか? 気持ちの悪いヤツだ。いや、私の方がこんな身体で気持ち悪いか。ゲヘヘヘヘ。
「いやぁ、もうこんなヤツお手上げだぜ。やってもやっても元通りの新品だもんなっ! あぁーっはっは!」
男は手を顔に乗せて「まいった、まいった」ともう片方の手をヒラヒラしている。
遠くの方の部屋の隅っこで、ユイが心配そうにこのやり取りを見ている。私とこの男、どちらを心配しているのだろうか。
マキは相変わらず笑いながら言った。
「だってよぉ、もうオマエを倒すにはチリ一つ残さず消し飛ばすくらいやらないと無理そうだからな。あーはっはっは! 人間の俺には無理無理ぃーひっひ!」
タカシが『そうそう。お前のような人間風情が、不死身であるこの私を倒そうなど到底無理だ。わかったらさっさと死ね』と言おうとしたその時だった。
「そう『人間』だったらな。ふっ、はっはっは! あーはっはっは! きたきたぁ、ははっぁぁアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ! アガレスっ! フューっジョン‼︎」
マキは赤黒い光をその身体から放ち、苦しそうにその場にうずくまった。
ん、なんだ? いきなり笑い出したかと思ったら、光ったりうずくまったりして忙しいヤツだ。アイツ、やっぱりおかしいんじゃないのか?
マキの身体は真っ黒く変色すると、デコボコと背中が気持ち悪く出っ張ったり引っ込んだりした。
そしてヨロヨロと立ち上がり赤い眼を光らせ怒号を轟かせると、眩しい光を放った後、黒い悪魔のような姿に変わっていた。




