第二話 ただもう一度だけでいいから微笑んでほしかった 〜 バルドゥス奇書 〜
「ではお待ちかねの『生き返らせる方法』について、話し合いましょう」
ゴクリ。タカシは思わず固唾をのんだ。
メルフィは『バルドゥス奇書』を開き、タカシの方に向けた。
「やり方や必要なモノ、またその必要なモノの保存の仕方など、すべてこのように記されています」
「えぇっと、まず必要なものはサソリの尻尾、馬の腸、カラスの眼……」
うわっ、どれもこれも普通に集められそうにないものばかりじゃないか。……供物についてはまだ続きが何ページかあるな。えっと、なになに……。
「若い女の心臓だって⁉︎ そんな馬鹿なっ‼︎」
禁書に分類されるだけあって、要求されるモノも規格外れだ。他にもそんな類いのものがたくさん記載されており、身体から血の気が引いていった。
メルフィはそんなタカシを見て大笑いしながら言った。
「ダンナさーん、大変ですね。げひゃひゃひゃひゃ。人殺しという一線を越えること確定ですね!」
手をパチパチ叩きながら大笑いしている。そしてひとしきり大笑いした後に「失礼失礼」と付け足した。
「でもダンナさーん、今から死者を蘇らせるという、この世ではありえないことをするのですから、このくらいの事で驚いていてはダメですよ。なにせ『冥府の王ハーデス』を呼び出すのですから」
えっ……、今なんて言ったんだ。冥府の? ハーデス?
「えっと、その、何を呼び出すんですか?」
「だから、まぁ早い話が悪魔を……しかもとびきりの大悪魔を呼び出して死者を蘇らせてもらうってことですよ、この奇書に書かれていることは。普通、オモテ側の人間にとっては死者蘇生なんてありえないでしょう? でも悪魔のチカラを借りれば可能なのです」
パチっとウインクをした。
そんなことがこの奇書には書かれていたのか。しかし、書いてある通りにやれば死者を蘇らせることが実現可能ということだ。人知を超えたことでも実現できるんだ!
タカシにとって妻レイコが帰ってくるということが、ようやく現実味を帯びてきた。その喜びを静かに心の内にしまい、これから儀式までに繰り返すであろう、非人道的な行いを乗り越えようと決意した。
……それが例え悪魔を呼び出すための行いであっても。
「メルフィさん、いや、メルフィ様! 私はこの奇書通りに儀式を行い妻を生き返らせます! 紹介していただきありがとうございました!」
タカシは激しく一礼をして、感謝の意を示した。
「いやいや、困っている人を助けるという当然のことをしただけですから。ワタシが見る限り、ダンナさんは相当お困りのようでしたから」
派手スーツはニカっとした。キラッとしたのが今では頼もしく、安堵すら感じる。
メルフィ様、本当にこんな機会を与えて頂き心から感謝しています。必ずや成功して見せます!
きっとすれ違いに挨拶してきた人達も同じ様に、メルフィに心から感謝している人達だったのであろう。
「あっそうそうダンナさん。もし必要なもので困ったらここのダイモンさんをはじめ、教団員の方々に頼ってみるといいですよ。みなさんお優しい方ですから、手持ちがあれば譲っていただけたり、情報を提供していただけたりと、何かしら手助けをしてもらえると思いまーす」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
なんてここの教団員の人達は親切なのだろうか。さすがに、人体関係の譲渡は頼めないだろうが……。
「ではワタシはダイモンさんとお話ししてきますので、ダンナさんはここで好きにしててくださーい」
そう言うとメルフィは席を立ち、再び大きな扉に向かって歩いて行った。
好きにしてていいって言われても……とりあえず奇書に目を通しておこう。
タカシはこれから自分が行う研究、いや実証か? なんでもいいが、それについて理解を深めようと読むのに没頭した。
しばらくして、メルフィが相変わらずのルンルン気分で戻ってきた。
「ダンナさーん、ハーデス様の召喚には広い敷地と高い天井、そしてそれを覆い隠す壁が必要です。要は倉庫のような広くてがらんとしたような建物が必要です。しかし、それはこの地下に用意することは出来ませんので、我が教団が持つ別の建物で行いましょう。今後はそこを拠点に必要なモノを集め、召喚を行うといいでしょう。もちろん、困ったらまたここに来て誰かに相談するもいいでしょう」
本当に至せり尽くせりだ。
「わかりました。何から何まで本当にありがとうございました」
「いえいえ。では行きましょうか」
メルフィの後ろに続き、外に出るため再び地上へ繋がるエレベーターに乗った。
するとタカシはふとそういえばと思い質問した。
「あの、メルフィ様。エレベーターのボタンとは別に、この鍵穴とスライドカバーみたいのがセットになってたくさんありますが、これは何ですか?」
不思議な組み合わせが、エレベーターボタンの逆側の壁面にたくさんある。
「それはVIP用の階層に行くためのものです。例えば、この国の首相が隣に座って本を読んでいたら、ソワソワして研究に集中できないですし、話題になってみんな気にし始めたらもっと集中できないですよね? その場にいるだけで周りに影響を及ぼすような方は、B30とは別の個人階層、言わばVIP階層でお願いしています」
そんな秘密もあったのか。さらにメルフィは「そして」と続けた。
「この教団には、かつての偉人と呼ばれた人たちも、この教団の一員として研究に励んでいました。もちろんここの支部や日本国内だけでなく、各国の支部でそこの熱心な教団長などと相談しながら偉大な功績を残されたケースが幾度となく繰り返されています。ですのでそういう人達のオモテには出回っていない、貴重な報告書も蔵書としてたくさんあるのでーす」
まさかのワールド展開だったのか、この組織は。とんでもない組織どこではなく、とんでもが十回くらいついてもいいような組織であった。一体どういう偉人が教団員として参加していたのか気になるところではある。
エレベーターは地上に着き、扉が開いた。もちろん前方には先ほどの屈強な門番が立っている。
「や、ご苦労さん」
派手スーツは気軽に声をかけたが、タカシは痛い目にあわされた手前、さっさと黙って通り過ぎた。
階段を上がり地上に出ると、外はすっかり日が暮れ夕方になっていた。
「それでは、ワタシがお供出来るのはここまでです。我が教団が用意した建物には、ダンナさん一人で行っていただきます。地図を用意しましたので、これを頼りに向かってください。近くには何もないところですのであまり迷うことはないと思いまーす」
印刷された地図を渡された。さすがにもう日も暮れいい時間だったので、今日は家に帰り明日に向かうことにした。奇書もゆっくり読みたいという理由もある。
タカシは横に抱えた奇書を、あたかも自分の宝物のようにしっかりと大事に持ち直した。
「メルフィ様。今日は本当にありがとうございました。またお会いできればと思います」
「そうですね。ワタシもダンナさんの様子が気になったらまた顔を出す予定です」
タカシは「ではまた」と別れを告げ、一礼してその場を去ろうとした。するとメルフィが急遽もう一言付け加えた。
「あっ、ダンナさーん。最後にいいですか。ハーデス様は大変気紛れな性格ですのでお気をつけください。気を抜かずしっかり集中して行えばきっと成功するはずでーす」
メルフィはパチっとウインクをした。そうして満足気に教団に戻っていった。
タカシはその後ろ姿を見送った後、しっかり奇書を抱えその場を去ることにした。




