第二話 ただもう一度だけでいいから微笑んでほしかった 〜 秘密機構 〜
「さぁ、着きましたよ。ダンナさん」
「えっ」
着きましたよって、ここはギンザの一角にあるナイトクラブじゃないか。こんな所にいったい何があるというのだろうか。(もちろん今は昼間なので閉まっている)
「いいから、いいから。コッチコッチ」
店の裏手に案内された。正面の入り口とは別に、店の裏には地下への階段があり、派手スーツは慣れた足取りでタタンッタンっと、リズミカルに階段を降りた。もちろんタカシも後に続いておずおずと降りた。
すると、階段を降りたところに裏口があり、恐らく門番であろう、屈強な男が立っていた。
「やっ、ご苦労さん」
派手スーツは軽快に片手を上げた。それを見て、門番はその屈強な身体には似合わず慌てふためいた。
「め、メルフィ様ではございませんか! 本日はいかがなされたのですか⁉︎」
「いや、ちょっとね」
派手スーツは門番にニカッとスマイルした。恐らく白い歯がキラッとしたに違いない。
どうやらこの派手スーツ……もといメルフィという男は、高いポジションの人物なようだ。この男の来訪に、門番がありえないほど動揺しているからだ。詳しいことはわからないが相当な人物であることは間違いない。
メルフィとのやりとりを終えると、あたふたしていた時とは一転、門番が訝しげにタカシを睨みつけた。
「遅れましたが、タチバナと申します」
とりあえず名乗っておいた。
するとメルフィは門番に「じゃ」と言って裏口に向かって歩き出し、門番の横を通り過ぎた。
続けてタカシも遅れまいと門番の横を通り過ぎようとしたその時だった。突然、門番の左腕がタカシの胸ぐらを掴み締め上げた。無論、その怪力のせいで身体は宙に浮き、足をバタバタとさせた。
「あぁ、その人はいいんだ。通してやってくれ」
メルフィの一声で門番はパッと手を放した。タカシはそのまま地面に落下し、尻を強く打った。
「ゴホッゴホッ。いたたたた……」
強打した尻をさすりながらメルフィに追いつき、裏口を入った。
中に入ると、そこはエレベーターとそれに続く通路しかない殺風景な場所だった。上か下にフロアがあるということなのだろうか。
「ウチのが手荒くて、申し訳ないことをしましたね」
通路を進みながらメルフィは言った。
「いえ、大丈夫です」
本当は全然大丈夫でもなかったが。
「本来ここは会員制なんですよ。だから会員でもないアナタが入ろうとしたから締め出されそうになったわけです。ただ今回はワタシの客人ということで特別にオッケーにしていまして、ワタシといれば伝わるかなと思いきや、全然伝わらなかったワケですね!」
額の上に手をやり「Oh……」とやっている。
タカシは苦笑いを浮かべた。しかし、痛い目にはあったが、妻を生き返らせる方法を教えてもらえるのなら安いものだと思っていた。
「ダンナさん、エレベーターに乗りますよ」
「あっはい、わかりました」
二人はエレベーターに乗り込んだ。派手スーツがボタンを押すとスーっとエレベーターが下がった。……よく見るとB1とB30しかボタンがない。しかし、逆側の壁面にはいくつもの鍵穴と何かを隠すカバーらしきものが一対ずつある。これはいったいなんなんだろう。
「ここを降りたところがウチの本番です。ぜひ、楽しみにしていてくださーい」
「わかりました」
ウチの本番とかよくわからないが、とにかく目的を果たせればそれでいい。……それにしてもなんだか緊張する。門番もいて、地下三十階とかとんでもない所にある会員制の何かとは、どういうものなのだろうか。
「まぁ、そう肩肘張らずとも大丈夫です。安心してご期待ください」
またもやメルフィは私に向かってニカッとスマイルした。
キラッ。
「さぁ、ダンナさん、ここです! ここが我が『ドムドラムス教団』のギンザ支部でございまーす」
……といっても、通路といくつもの部屋に仕切られた構造のようで、特に変わったところはなく、至って普通なように見える。
ちなみに辺りの通路を往来している人達も普通に見える。教団というからには何らかの宗教で、怪しい格好をした人達が邪神像のような物を崇めて、アブナイ思想の下に活動している危険な集団のようなイメージがあるが、べつにそういうわけでもないようだ。
「さぁ、またワタシの後について来てくださーい」
メルフィについて歩いていると、いくつもの部屋を通り過ぎた。さりげなくチラっと部屋の中を覗きながら歩いていたが、やはりそんなに怪しいところはなかった。印象としてはオフィスのような、図書館のような感じであった。パソコンに向かっている人、本を読んでいる人、本棚を閲覧している人、椅子に座り飲食をしている人、タバコを吸っている人、そんな感じであったからだ。なんとも普通だ。
年齢層も老若男女問わず、服装も普段着からスーツまでいるとなると、どちらかというと図書館に近いイメージだろうか。
メルフィはやはり偉い人物らしく、時折「メルフィ様、こんにちは」と挨拶をする人とすれ違った。
ドムドラムス教団……教団というからには何かの宗教団体なのではあろうが、まったくと言っていいほどに宗教感はない。
また、ここを『ギンザ支部』と言っていたが、他の場所にも支部があるということなのだろうか。それにしても、まさかギンザの地下にこんな空間が広がっているなんて夢にも思わなかった。
「あの、メルフィさん。どちらに向かっているのですか?」
「気になりますか? ワタシ達はここの教団長の所へ向かっていまーす」
メルフィはルンルン気分で言った。なぜルンルンしているのかはわからないが。
やがて一際大きな扉の前にたどり着いた。するとメルフィは声高らかに叫んだ。
「ダイモンさーん、いますかー?」
扉を開けながらメルフィは誰かに呼びかけた。そしてそのまま部屋の中へ入って行ってしまった。タカシもはぐれまいとメルフィに続いた。
部屋の奥には初老の白髪の男が座っており、手に持っている書籍を睨みつけるように読んでいた。返事がなかったのをみると、おそらく今までその書籍に目を通すのに没頭していたのだろう。
「ダイモンさーん、今日も勤勉で何よりでーす」
「おおっ、これはメルフィ様! お久しぶりでございます!」
様付けとは、どうやらメルフィは教団長より上の位なようだ。この珍妙な男はいったい何者なのだろうか。
「ダイモンさんもお元気そうで! 今、少しよろしいですかな⁉︎」
「もちろんですとも! どうかなさいましたか⁉︎」
すると派手スーツはタカシの方を見てパチッとウインクした。
「ワタシが以前お渡ししました『バルドゥス奇書』を返していただけないでしょうか? ちょっと入り用でしてね」
「っ! よもやメルフィ様、まさか『死者蘇生』を行うのでは⁉︎」
派手スーツはニカっとした。きっとダイモンはキラッとしたのを見たに違いない。
「ダイモンさん、よくご存知で! そうですともっ、まさにその通りですとも! さすがダイモンさん、熱心なお人です!」
どうやらこの『バルドゥス奇書』というものがレイコを生き返らせる方法が書かれているものらしい。……熱心な人というのはどういう意味かは分からなかったが。
ダイモンは「しばしお待ちくだされ」と言い、この部屋に設置された無数の本棚の中に消えていった。すると、先ほどダイモンが座っていた所の後ろ手に隠し扉が出現し、静かにその扉が開いた。ダイモンは本棚から現れると、その隠し扉の奥に入っていった。
メルフィはその光景を見守りながら誇らしげに言った。
「ダイモンさんは、これまで書かれたたくさんの研究報告書を、一つ一つ丁寧に目を通し、それを理解・記憶して次の研究者に助言をしたりしています。それはもう大変熱心な方でありまーす」
研究書を読んでるとなると、ここは研究所なのだろうか。あまりそうには見えず、図書館っぽい印象の方が強いと思うが。
「そ、そうなんですね。ところで、研究とはなんのことですか? そもそも『ドムドラムス教団』とはどのような組織なのですか?」
ついにこの質問をしてしまった。気になって気になってしょうがない事項ではあったが、何故かそれを聞くのが恐くてずっと聞けずにいた案件だった。こんな都心の地下深くにこんな空間を作り出すなんて、正気の沙汰ではないだろう。
「おぉっ、気になりますかダンナさーん。では教えてしんぜましょう。いいですか、ドムドラムス教……」
「メルフィ様、お待たせ致しました。こちらが例の『禁書』で御座います」
あぁっちょうど良いところでっ! もう少しで聞き出せたのに! っとタカシは心の底から悔しがった。
「ありがとうございますダイモンさん。それとダンナさん、後でゆっくり教えてあげますから、心配しないでくださーい」
「えっ、はい。ありがとうございます」
なんだかまた、心を読まれた気がする……。
「ふむ。おおっさすがダイモンさん、こちらで間違いないです。仕事が早くて助かりまーす」
メルフィはまた教団長にニカっとした。ダイモンの顔色が変わらなかったのを見ると、どうやらキラッとはしなかったのか、もしくはすでに見慣れているかのどちらかであろう。
「それは安心しました。しかし、メルフィ様、こちらの『禁書』はまだ……」
「いいのです! 研究とはそういうものですからね」
メルフィが少し声を荒げた。一瞬もの凄い威圧感が走った気がしたが、すぐに何事もなかったように穏やかな空気に戻った。いつも軽快なノリでふざけているようにみえるが、意外な一面もあるようだ。
「では、ダイモンさん。向かいの小部屋を少しお借りしますが、よろしいですかな」
「ええ、もちろんで御座いますとも。メルフィ様に使用していただけるなんて光栄です」
持ち上げるなぁ、この教団長。この派手スーツはそんなにも大物なのだろうか。とてもそういう風には見えないが。
「ではダンナさーん、行きましょうか。これからのこと、そこでゆっくりと話し合いましょう!」
「はい、お願いします」




