第一話 『変わったの専門』なんでね プロローグ 〜人あらざる者 〜
「はぁはぁ、なんなのよアイツ……」
宵闇に浮かぶ月が見下ろす薄暗い路地に、息を切らせ必至に逃げる若い女がいた。
辺りは白む霧が立ち込め視界も悪く、人気もまったくと言っていいほど感じられない。路地沿いにはビル群やたくさんの家々があるのに、不思議なことになぜか人の気配がしない。
そんな誰もいない路地の不可思議な霧の中で、たしかにその存在を目撃した。ヒトとは違う異様な姿をした『アレ』を。
見たからといって、何だってわけではないが、何故か胸騒ぎがする、嫌な予感がする、『ヤバい、危険だ』と。
女は後悔していた。同じ大学の友人とこんな遅い時間まで飲み、終電近いからと言って抜け出したのはいいが、歩きスマホで画面に夢中になってしまい、気づいたらよくわからない路地に入っていた。そして変な霧が立ち込める中で、例のアレに遭遇してしまったわけだ。
驚愕のあまりに咄嗟にここまで走ってきたが、これからどうしたものか。
今回の飲み屋は降りたことのない駅だったこともあり、この辺りの地理感は全くない。
しかし走っていた時のことを思い出すと、どうやら路地が縦横無尽に拡がっているように思える。家屋も沢山あるが、人の気配一つないことを考えると、ここで大声を出してもきっと誰も来てくれないだろう。
そう思えてしまうくらいしんと静まり返っている。まるでゴーストタウンのようだ。
とにかく大通りに出て人がいそうな所に行こう。そうすればひと安心出来るだろう。女はそう思った。
追っ手は来ていないようだが、辺りを注意深く警戒しながら進んでいると、ちょうど直角の曲がり角に差し掛かった。
この先に例の『アレ』がいたらどうしよう、そう嫌でもつい頭をよぎってしまう。
曲がり角に密着し、ブルブルと震える身体を制して、恐る恐る角から先を覗いてみた。
…………。
何もいない。ふぅーっと胸をなでおろし、緊張が一気に解けたせいかその場にへたり込んでしまった。きっと『アレ』は何かの見間違いか、酔いのせいだろう。そう思うことで少し気持ちが楽になった。
気を取り直し、曲がり角の先に歩み出そうと立ち上がると、ドスンっと重量感のある何かが目の前に着地し、地面を伝わるその激しい揺れで尻もちをついた。
「い、いったーい……なんなの」
痛い尻を摩りながら見上げると、そこには大きな異形の者が立ち塞がっていた。
「グフゥゥゥ、ヴッヴッ、ヴバーッ!」
目の前の巨体が奇声を上げた。
「あ、あ……」
その姿、その威圧感、その形相の恐ろしさに声がでない。足にも力がはいらない。でも逃げなきゃ、ヤバい!
女は突然の『アレ』の来襲に、腰が抜けてしまっていた。
異形の巨体は女を見て「ヴッヴッ」と声を漏らし、興奮しているのか喜んでいるのか、嬉しそうにしている。
脳からは緊急退避命令を絶えず送っているのだが、身体はそれが聞こえないのか動こうとしない。目の前のバケモノへの恐怖で、首から上と下で命令系統が分断されてしまったかのようだ。
巨体がゆっくりと腕を振り上げた。その腕の先にあるものは、鈍く微かに月の光を反射している。
動けっ私! はやくっ! はやくっ‼︎
「グフ、ヴバーッ!」
巨体は奇声と共にそれを一気に振り下ろした。
「い、いやぁぁぁぁっ‼︎」




