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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「き」 -記・棄・基-

作者: 牧田沙有狸

か行

汗ばむ初夏の休日、あたしは大掃除を始めた。

活動的な温かな陽気に背を押され、年末よりも豪快でまるで引越しするみたい。

本当に引越しでもできれば、気分が変わるんだろうが経済的に無理である。 

引越しで気分転換なんて海外に行けば私を誰かが変えてくれるかもしれない!と

他力本願な自分探しみたいなもんよ。自分の無力さを知り何も得られず帰ってくるのがオチ。

変わろうと思えば場所なんか変わらなくても変われるのよ!!と、

貧乏独身女は引越し願望を必死で否定してみる。


引越し並みの大掃除で、あたしはついこないだまでの記録を棄てようとしている。

記憶じゃなくて記録。失恋に傷心できるほど、記憶に残っていない自分の恋愛。

ひととおり恋人たちがするようなことはやってきましたという記録。

一人になったことの寂しさも痛み軽すぎて、次の恋が自分を変えるなんて期待ができない。

どんな人と付き合ってもぜんぜん学習しないあたし。 

悲しい思い出を棄てるとか、そういうんじゃなくて、あたし自体を根本からやり直したい気分。 

リセットと言うと、いつが初期化されたあたしか分かんないから違う。

やっぱり大掃除。自分に本当に必要ないものを棄てたい。


部屋内の秘境、押入れの奥に踏み込んだ。

お歳暮かなんかでもらったA3版ぐらいのお菓子の箱があった。持ち上げると結構重い。

何が入っているか覚えていないので、幼い頃の宝箱ではない。

思い出という添加物がついて捨てられずにいる不用品の箱詰め。 

浦島太郎の玉手箱のごとく時間を圧縮した何かが出てきそうで恐る恐るあけた。


「なつかしー」

最初に登場したのは、少女マンガ誌の付録のノートであった。

……仲のいい女友達との交換日記。 

ノスタルジックな心地よさを感じながらノートを開くと幼すぎる自分がいた。

「うわっ」

ノートの中には、ありのままのその時代の自分がいた。記憶の中で美化された自分じゃない、

懐かしんで浸れるような美しいものではない、恥ずかしすぎて封印したいぐらいの自分。

「バカじゃん」

そう言わずにはいられないほど、どうでもいいことが綴られている。

よく相手の子は読んでくれたと思う程ひとりよがりな日記。

絵とか詩とかも書いてあって、小説まで連載している。

ああ、いきなり事故死して、この日記が世にでることがあったらどうしよう。

その時は自分死んじゃってるんだから恥ずかしいとかないんだろうけど、絶対嫌だ。

今、ノートを読んでいるこの現場も誰にも見られたくない。

若さというのは本当に恐ろしい。

大掃除の中での過去の自分との秘密の通信。日記の文章は交換しあった友達宛なのに、どこか自分にも報告してくれているように感じる。恥ずかしさに今の自分とできるだけ引き離そうとすると、どこか別人のようにも見える。あたしが一番知っている、あたしを一番知っている特別な存在。 


 あたしを一番知っている……


自分で自分の痛いところをついてしまった。

一人になった時の寂しさも痛みも軽い、なんて嘘。

二人の時から、一人で寂しくて痛かっただけ。

寂しくて痛いのに、怖かった。

あたしを一番知ってもらいたいのに、相手がきちんと向き合おうとし始めるとサヨナラしてしまう。

最初の恋愛ゲームだけ楽しんで、マジメに心が近づくたびに逃げ出す。

それを繰り返してきた。


恥ずかしいもんだ。赤裸々な自分ってやつは。

未来の自分が恥ずかしいと思えるほど素直に人と向き合えてた日記の頃のあたしは、

どこか幸せそうだ。

学習しないあたしだけど、変わってしまていた。

大人のなり方を一部履き違えていた。

  

初期化とか大掃除じゃない。

きちんとここまで歩いてきた道があるけど、もう一度基本に戻る。

それがあたしに本当に必要なことかもしれない。

 


そんな気がして、そのノートを本棚のよく見える場所にしまった。

 




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