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Sword・Solid/End”Day”  作者: キアリア
1-《Birth-Day》
15/19

【14】

「フィオン、遅いなぁ。」

 エルフォードの家の玄関前で、今か今かと待ち人を望むのは、もちろんシンディだった。二人を迎える準備は万端。後は弟と妹が帰宅するのを待つばかりである。

 いつでも来いとどっしり構えて、まだそれほど時間は経っていない。しかし、彼女はしきりに独り言を呟いた。

「どこまで行っちゃったんだろ、迷子になってないかなぁ。」

「じきに帰ってきますよ、シンディお嬢様。」

 隣に立っていたバトラーは、少女にそっとコートを羽織らせてやった。屋敷の周りに生い茂る木々の隙間から、その身を殆ど隠しきった日が見える。太陽が沈みゆく山々の頭上は、火で炙られたような赤黒い色に染まっていた。

「ありがと、バトラー。……それにしても遅くない? わたしがせっかちすぎるだけ?」

 少女が尋ねると、バトラーは暖かな笑みを浮かべて言った。

「いいえ、急きたい気持ちはよく存じ上げています。楽しみごとと言うのは、訪れるまでが長く感じるものです。」

「バトラーにも、そういうことってあったの?」

 バトラーは頷いた。

「ええ、今までにたくさんありましたとも。」

 すると、シンディは興味津々だと言わんばかりに従者を見上げた。

「へぇ~? バトラーの楽しみごとって、どんなこと? 教えてくれる?」

 今度の質問には、従者は苦笑いを浮かべた。

「年寄りの昔話ほど退屈なものはありませんよ。それより、ここは冷えます故、中で待たれてはいかがでしょうか?」

「ううん、もうちょっとだけここにいる。」

 話を逸らされ、シンディはちょっとだけつんとした。しかし、バトラーの言うとおり今日はよく冷える。厚手のコートがあっても、冷ややかな風に体温を奪われていく。

「わかりました。では、何か体の温まる飲み物を用意しておきますから、いつでもお申し付けくださいね。」

「ええ、三人分用意しておいてね。あの子たちも、寒い中を帰って来るでしょうから。」

 バトラーはにこやかに頭を下げると、家の中へ入っていった。バタン、と分厚い木の扉が閉まる。話し相手が居なくなったシンディは、ぶるりと身震いした。

「早く帰ってきなさいよ、バカフィオン。」

 玄関口から、林へ続く道をじろりと睨んで、シンディはひとり言を言った。


「シンディ!」

 急に名前を呼ばれて、シンディはびくりと背筋を伸ばした。「シンディ! 居ない!?」

 声の主は、ちょうどシンディの視界に入る場所へ差し掛かったところだった。フィオンとアイリュスの帰宅だ。

 暗がりを目を凝らしてよく見ると、妹の手を引くようにして、フィオンは早足でこちらへ駆けてくる。それだけなら微笑ましい景色にも思えるが、フィオンの声の調子から、何かただ事ではないということが伝わってくる。

「居る、居るよ! どうしたの、フィオン?」

 シンディは二人に走り寄った。それから凄く渋い顔をした。近づいてみて分かったが、何故かアイリュスは泣いていたのだ。

「ねえちゃん、おれ、なにがなんだか……。」

「何があったの?」

 フィオンを制して、シンディは尋ねた。なにせ、フィオンも妹に習ってぐしゃぐしゃな表情を浮かべ、今にも泣いてしまいそうなほど目の縁に涙を蓄えていたのだ。自然に話すに任せたら、要点は聞き出せない様に思えた。

 シンディは、フィオンから要点を聞き出した。図書館へ行き、時間が余ったので林の中の大樹へ向かったこと。そこで少し過ごしていたら、アイリュスの箱が無くなっていたこと。それを受けて、彼女が泣いてしまって、泣き止まないこと。

 話しを聞き終わってからシンディは、少し考え込んだ。

「他の場所に置き忘れたってことは、無いかな。あの林自体、人が入り込んでくるなんてそうそうないし……。ましてやあの木の場所なんて、やみくもに進んだって行けやしないだろうし。」

 それを聞いて居たアイリュスは、言葉を発せず、ただ首を横に振って意思表示をした。

「それは無いと思う。俺も、アイリュスが箱を持ってるのは見てたし。」

「それ、絶対?」

 シンディはフィオンに詰め寄った。するとフィオンは、「……ぜ、絶対とは……言い切れないかも。」

 歯切れの悪い言葉に、シンディは深いため息をついた。

 頭上を見上げると、もう空は真っ黒で、一つ二つ、三つ以上星が見え始めていた。町の方は、まだ少しばかり明るいかもしれないが、じきに夜の闇に染まるだろう。

「……仕方ないなぁ。それじゃ明日、探しに行こうか。」

 シンディの言葉に、アイリュスはハッと顔を上げた。

じいっと姉を見つめる彼女は、より一層大粒の涙をぽろぽろと流しだした。本人はしきりに目を擦って、涙を止めようとしているが、あまり成果はあげられていない。ただ、赤く充血した眼で、何かを言いたげにじっとシンディを見つめた。見つめられた当人は、うるんだ瞳を正面から見つめられず、目を逸らした。

「……ぐっ。そ、そんな顔されたって……、いくらなんでも、もう真っ暗だし……。」

 困り果てたシンディは、髪を指に巻きつけながら唸った。なんだか自分が泣かしているような、そんな居心地の悪さを感じたのだ。

「ねえちゃん、おれ、探してくるよ。」

 俯いていたフィオンは、顔を上げるや否や突然そんなことを言い出した。

 シンディは驚いて、「駄目、暗いから。」と、フィオンを止めた。

「おれは大丈夫だよ。林の中なら誰よりも歩いてるし。それより、あの箱を見つけないと。」

 言うが早いか、フィオンはアイリュスの手を放して、駈け出した。真っ直ぐに、町へ続く道を駆けて行った。

「ちょ、ちょっと! 駄目だったら!! 戻ってこい、バカフィオン!!」

 姉が呼び止めても、その足が止まることは無い。弟の姿は、あっという間に暗い林へ消えて行った。

 シンディは思わず、とても汚い言葉で罵りそうになった。丁度バトラーが家から出てこなかったら、妹の前であっても関係なくその言葉を叫んでいただろう。

「お嬢様? 何か騒ぎですか?」

「バトラー、貴方、ほんとになんて出来る執事なのかしら! 凄くちょうどいいタイミングで来てくれた!」

 喉まで出かかった罵り言葉の代わりに、シンディは惜しみない称賛を叫んだ。執事はと言えば、ただ家から出てきただけであるのに驚くほど称賛されたので、わけのわからないまま礼を言って頭を下げた。

 シンディは自分の羽織っていたコートをアイリュスに被せると、執事に事の次第をかいつまんで説明した。

「なるほど、それは一大事。……お坊ちゃまが暗闇に吸い込まれていったという点を含めて、全て一大事です。では、一大事を少しでも和らげるべく、フィオン様は私が探してきましょうか。」

「ううん、あいつはしたいようにやらせてあげればいいよ。放っておけばいい。」

 その言葉に、バトラーは眉を吊り上げた。

「いいのですか?」

「いいもなにも、追いかけたって、アレは素直に帰りやしないよ。……それより、バトラー。少しお願いをしてもいいかな。」

 シンディは泣き続けるアイリュスを神妙に見つめながら、執事を頼った。



 一方、弟はと言えば、暗い林の道を、全力で駆け下りていた。日の光等、殆ど無い。星の微々たる銀の光が、彼の足もとを辛うじて照らしていた。冷たい空気を割きながら、フィオンは転がるように駆けた。

「なんで、なんでだよ……。どうして……っ。」

 息を切らしながら、フィオンは自身を叱責した。

 もっと気を使っていれば、回避出来たことじゃないのか。余計なことをせず帰れば、アイリュスは泣かずに済んだんじゃないのか。責めようと思えば、自分を責める言葉は湧水の様に溢れてきた。

 フィオンは、自身が自身を責める声に押しつぶされそうになりながら、無我夢中で走り続けた。途中転んで泥だらけになったり、背の低い枝が足に刺さって、痛い思いをしたが、彼の足が止まることは無かった。


 全力疾走の甲斐あって、五分と経たずに目的地へ辿りついた。森の中のひっそりとした広場だ。大樹のある周りだけは、生い茂る木々の葉が、頭上の星々を覆うことは無い。光は辺りの地面を照らしている。探し物は何とかできそうだ。

 呼吸を整えるのも忘れて、フィオンは大樹を中心に、暫く草の根を分けるような根気よさで辺りを探し回った。あれだけ大きな箱だ。多少草に沈んでいたって、ちょっと探せば見つかりそうなものである。

しかし、成果は上がらなかった。フィオンが幾ら指先を土に塗れさせ、凍てつかせても、それらしきものは見つからない。

 何度も同じ場所を探しているうちに、フィオンは呆然としてしまった。考えたくはない話だが、あの箱は本当に消えてしまったらしい。

「……なんでだよ、……そ、そんなのありえないだろ。」

 ぽつぽつと独り言を呟く。もう今にも泣きそうになっていた。あの箱が無くなって、アイリュスは泣き止まなくなってしまった。……もし、このまま箱を見つけられなかったら、妹はずっと泣いたままになってしまうのだろうか。自分のせいで、彼女の笑顔はこの世から消えてしまうのだろうか。


 フィオンは踵を返すと、再び林の中を走り出した。真っ直ぐに、斜面を下に向かって駆けていく。町の方へ、再び走り出した。

 立ち止まることはしたくなかった。もし止まって、泣き出してしまったら、きっと自分も、二度と泣き止めない。

 そんな嫌な予感が、フィオンを突き動かした。

もしかしたら、町のどこかへ忘れてしまったのかも。自分やアイリュスが勘違いしてるだけで、あの場に箱は持ち込まれていなかったのかも。ここに無いのだから、町をくまなく探せば、もしかしたら見つけられるかも。モノが消滅するなんてありえないのだから、きっとそうに違いない。


 そう思うことで、フィオンは自分の心を繋ぎとめていた。


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