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Sword・Solid/End”Day”  作者: キアリア
1-《Birth-Day》
13/19

【12】

 図書館を出た二人は、寄り道せずにまっすぐ帰路についていた。沈みかけた日が町を赤く染めている。夕暮れ時に差し掛かった町は昼間よりも少しだけ落ち着いて見える。ごたごたと走り回っていた人々は、次第に己が役目を終え、帰路へ着こうというところだった。業務から解放された人々は、悠々とした様子でのんびりと、夕焼けに染められた町を歩いている。


 フィオンは手の甲で目元を擦った。少しだけ眠気が残っていた。

 すぐ傍らを見遣ると、少し見下ろしたところにアイリュスの頭が見える。相変わらず黒くて長い、大きな箱を持って歩いている。フィオンはいい加減この箱の中身が気になりだしていたが、初日のことを思いだすと、箱を話題に出す気にはなれなかった。

 自分に並んで妹は、少し早足になりながらもしっかりとついて来ていた。大きな箱を持つ割には、その歩調が遅れることは無い。多少早足になっているのは、単純に二人の歩幅の違いだ。フィオンは気遣ってほんのり歩調を緩めた。すると、無理なく二人で並んで歩けた。

 二人は会話もなく歩いていた。話す話題も思いつかなかったため、フィオンはぼうっと彼方を見遣って歩を進めた。

 隣の少女を見遣る。彼女は静かな少女だ。それを知っている今となっては、無理をして沈黙を遮る必要も感じない。寧ろ二人を包む静寂に、フィオンは何か、居心地の良さを感じていた。


「……少し、お聞きしたかったことがあります。」

 町を出て少し歩き、いつもの長い上り坂へ差し掛かったころ。

 舗装された石造りの歩道は途切れ、黄土色の土を踏みしめた時、アイリュスはフィオンに話しかけた。

 彼女の方から話しかけて来るなんて、珍しいこともあったものだ。フィオンは歩きながら頷づいて、続きを促した。

 すると、アイリュスは続けた。

「今日は、シンディ姉様は一緒じゃないんですね?」

 フィオンは思わず、ばつが悪そうな顔をした。表情を見られまいとそっぽを向いて、彼は答えた。

「そうだね、シンディは、えっーと……。学校の宿題がたまってて、今日はそればっかりやってるのさ。ほら、シンディは頭はいいけれど行動はのろまなやつなんだよ、実は。」

 フィオンは予め考えていた通りに答えた。アイリュスは家で見かける限りでは、いつもシンディと一緒に居る。だから、シンディが来ないとなれば、当然そう聞かれることも予想は出来ていた。

 当のシンディがこの間抜けた嘘を聞いたら、顔を真っ赤にしてフィオンをひっぱたきに来るだろう。けれど、素直に“君の誕生日祝いを準備しているのさ”なんて言うよりは全然許されることのハズだ。アイリュスはこの嘘に納得したようだった。ごまかせたのならなんだっていいだろう、シンディだって分かってくれる。

 それよりも、フィオンにとって少しだけ、この質問に引っかかるところがあった。

「……ねぇ、やっぱりシンディの方がいい?」

 フィオンはアイリュスに訪ねた。

 それはフィオンがずっと感じていたことだった。シンディは同じ女の子ということもあって、アイリュスとは波長が合うように見える。それにシンディは彼女を愛称で呼んでみたりもしている。しどろもどろしている自分よりも、よほど頼りがいを感じているのではないだろうか。

 それに比べて自分は、アイリュスが来てまもなく“やらかして”しまっている。それ以降、彼女を前にしどろもどろしてばかりでもある。やはり、頼りがいのある男としては見て貰えてはいないのではなかろうか。

「えぇっと……、そういう意味で言ったのでは、無いのです。」

 フィオンの言葉の意味を悟って、アイリュスは慌てて首を左右に振った。

「ただ、フィオン兄様とは、初めて二人きりだなって。そう思っただけで……。」

「えっ? ……あれ、そうだったっけ。」

 フィオンは少し思い返してみた。十数歩歩いたところで、腑に落ちて手の平に握り拳をポンと置いた。

 言われてみれば確かにそうだ。アイリュスは学校などへは行っていないため、家からは出ない。彼女と過ごすのは常に自宅で、大抵バトラーか母、もしくはシンディが居る。先日一緒に出掛けた時もシンディが一緒だったし、彼女を迎えて二週間ほど経った割には、二人だけという状況はこれが初めてだ。

「あぁ、確かにそうだね。……おれも、ちょっとはお兄さんだって、思ってもらえるようになれたかな。」

 少し鼻にかけた様な言い方をした。フィオンは一応は意識を向けられていることに、多少嬉々としながら言った。すると妹は、「いい人だと、思っています。」と、控えめな口調で返した。


「……ねえ、アイリュスはここに来る前、どんなことをしてたの?」

 長い登り道、風以外の音が聞こえない帰り道。フィオンは自然とそんなことを、アイリュスに訪ねていた。“二人きり”を意識していたら、何か話しかけてみたくなったのだった。いつもしない口調をしてみても、今ならシンディにからかわれるようなことも無いのだ。

 首を傾げてぽかんとするアイリュスを見て、フィオンは言葉を続けた。

「……いやさ、今までなんとなく家族だって言って過ごしてきたけど、考えてもみればおれ、きみのことをあまり知らないなって思ってさ。ねえちゃんとはそういう話し、しないの?」

 アイリュスはそのまま首を傾けながら述べる。

「……シンディ姉様とは、あまりそういったお話はしません。シンディ姉様はわたしの知らないことを教えてくれたり、お茶を入れてみせてくれたり、家でわたしと親身になって接してくれています。……シンディ姉様はお話をするよりも、いろいろなことをやって見せてくれたりすることが多いです。」

 フィオンはへぇー、等と、相槌を打った。

 話しから察するに、シンディは自身を姉らしく見せようと必死だったようだ。シンディはシンディで、妹と向き合うために頑張っていたのだ。別に自然に仲良くなったわけじゃない。それを知って、フィオンは少し心が軽くなった気がした。

 淡々とした口調で述べる少女に、少年は口を尖らせた。

「そういえばいつの間にかシンディの名前は言うようになったよね。……おれは、まだ抵抗あるかな。」

 すると少女は、

「いえ、そんなことは無いです。」

 と、さらりと返した。

 この時のやり取りは、まるで普段のシンディとのやり取りみたいに、スムーズに言葉が繋がった。それに気を良くして、フィオンは続けた。

「じゃあさ、おれのことも名前で呼んでよ。」

 言われたアイリュスは、思わず身をカチカチに固めた。ちょっと思い切り過ぎただろうか。フィオンが表情を見ようと覗き込むと、躊躇いがちに、

「……えっと、フィオン兄様……?」

 と、呟いた。それを聞いたフィオンは思わず吹き出してしまう。

「兄様はやめてよ、家族に丁寧に呼ばれるのには慣れないよ、むず痒い感じがする。」

 不満を言うと、アイリュスは首を傾げた。

「バトラーさんは丁寧な呼び方をしているようですけれど……。」

 すると、フィオンはやれやれと肩をすくめた。わかってないなぁと、人差し指を立ててアイリュスの気を引いて、言った。

「バトラーは執事だから、あれでいいの。けど、アイリュスは妹でしょ。つまりおれと対等だ。あぁ、いや、おれがお兄ちゃんだから多少はそんけーして欲しいけど、だけどそんなに大きく上とか下とかは無いよ。」

 フィオンは早足になって彼女の前に先回りした。

「だから、もっと軽く言ってみて。」

 振り返りながら諭してみる。

 アイリュスは困った顔をしていたが、観念したのか、呟くように言った。

「……それじゃあ、……フィオン?」

「ああ、そう、それだ。その方がしっくりくるよ、アイリュス。」

「わたしは、慣れないです……。」

 少しぎこちない様子の妹を見て、フィオンは上機嫌に笑った。


 それからの帰り道は、何気ない話をしながら進んだ。

 調子を掴んだフィオンは、すっかりシンディと同じように、彼女と話すことが出来るようになっていた。あれだけ感じていた距離感は、だいぶ解消されてきたように思える。

 話の流れで、フィオンは感心してアイリュスを褒めた。

「きみはとっても、なんていうか、丁寧な女の子だよね。シンディも少し見習ってほしいよ。」

 シンディを貶めながら言うと、アイリュスはふるふると首を左右に振った。

「シンディ姉様は、フィオンさ……の、言うほど乱雑な方ではないと思いますよ。」

「それはシンディが、きみの前では気取って見せてるからだよ。時々物騒な言葉が出るだろ、シンディは。アレが本性なんだ。」

 フィオンはアイリュスのぎこちなさにも、可愛げを感じていた。

 何気なく出来る笑顔のある会話。ここしばらく求めていたことが出来るようになってきている。それが、フィオンにとってはとても嬉しい事だった。


 ――話しがひと段落したところで、フィオンは予てより聞きたかったことを、思い切って尋ねることにした。一寸の深い呼吸の後に、フィオンは、

「ね、アイリュスはもう、ここの暮らしには慣れた?」

 と、何気なく口にした。

 父には、彼女を任せると言われている。それはつまり、アイリュスがここへ馴染む様に尽力しろということだと、フィオンは考えていた。無論、彼は彼の意志で、妹を大切にしようと考えているわけだが、頼まれたからには、普段外出している父の分まで自分が頑張らなければならないと気張っても居た。

 そうして過ごしてきたわけだが、自分やシンディが一体彼女にどれほど影響を持てているだろうか。それは少し、気になるところであった。

 すると、フィオンの問いから少し間を置いて、彼女は答えた。

「……不満はありません。良くしてもらっています。」

 はぐらかすような言葉に、フィオンは気の抜けたため気が出た。アイリュスはどうにも象徴的な言葉を使いたがる。彼女の言葉から本心を悟るのは、フィオンにはまだ難しいことだった。

「それじゃわからないよ。思う事とか、無いの?」

 アイリュスは俯いて、何も言わなくなってしまった。あまり深く聞くべきではなかっただろうか。

 違う話題を切り出して、雰囲気を変えようかとも思った。しかし、結局フィオンは彼女の言葉を待つ事にした。何を見つめるでもなく足元に目を落とし、とぼとぼと歩くその姿からは何も読み取れない。ただ、自分の言葉に反応して、そうしているのは明らかだ。今は話しかけるべきではないような、そんな気がした。

 すると、少しして俯いていた少女は、ぽつぽつと話し始めた。

「……わたしは、おとうさんもおかあさんも居なくなって、孤児になって……。いろんな場所を巡って、今はエルフォードの家に、あなたのお父様に、養子として迎えられました。」

 視線を少年に向けながら、彼女は続けた。

「だけれど、わたしの名前は“アイリュス・デイ=ルイス”のままです。……普通、養子として引き取られた子は、その家の姓名に変わるもの、らしいのです。前の前に居た施設の先生が言っていました。……けれど、わたしは、”デイ=ルイス“のままです。」

 最初は淡々と、しかし語りは、次第に気落ちしているのがはっきりとわかる程、粛々としたものへと変わっていった。

 少女の顔を見やると、その表情は曇っていた。いつも無表情か、困った様な表情ばかりしている彼女だったが、その曇った表情からは他の表情とはだいぶ違った印象を受けた。他の表情は体裁的に形作られた様な、そんな印象を受けるものばかりだったのだが、今のその顔は、その瞳の揺れる光からして、彼女の心の内が外側へと出ているのだとはっきりわかるものだった。

「わたしの名前がそのままにされたことの意味は、なんとなくですが、察しはついています。だって……、先日耳にしたんです。元々お父様は、……ダグラス様は、わたしを引き取ることには反対をしていた、そうなのです。」

「た、確かにそうだけど。でも、それはおれやシンディに相談なく引き取れないって意味だよ。」

 フィオンは咄嗟に、彼女の言葉を遮った。語りながら浮かべる、物悲しそうな表情にこらえきれなくなったのである。彼の言葉を聞いて居るのかどうなのか、とにかく彼女は、それには答えず言葉を続けた。

「……なににしろ、わたしはやはり、この家の人間ではありません。望まれている存在ではないことは、理解しています。だから、無理やりにでも引き取ってくださったダグラス様や、皆様にはとても感謝しています。……そして、それと同じくらい、苦悩もしています。皆様のご迷惑になっているのが、心苦しく感じます。今までわたしを受け入れて頂いていた場所は、どこもわたしを嫌って、祓いました。……そういう存在なのです、わたしは。」

 少女は頭上を見遣って、大きく息を吸い込んだ。それ以上、彼女の言葉は続かなかった

「……アイリュス。」

 少年は吐息を吐くように弱々しく、彼女の名を呼んだ。自分より小さな少女が、今まで一体どういう境遇にあったのか。父には断片的に教えられていたが、又聞きするのと本人が話すのとでは、まるで重みが違った。彼女が思っていたことの一部をぶつけられて、彼は戸惑った。気の利いた言葉の一つや二つ、かけてやれればいいのに、それも浮かんでこない。


 そんな時、彼の頬を熱していた赤い光が遮られた。ハッとして目の前を見ると、さっきまで彼方に見えていた薄暗い林が、もうすぐ目前にまで迫ってきていた。

「そんなに歩いたっけ?」

 フィオンは背後を振り返った。遥か彼方丘の下に、ずいぶん小さくなった街並みが見える。夕日は先ほどからだいぶ傾いて、じきに山に身を隠しそうだ。

 ここまでの距離がこんなに近く感じたのはかつてないことだ。フィオンは生まれて初めて、もう少しこの道が続いて居ればいいのにと思った。彼女の言葉に、もっと時間をかけて、言葉を返してやりたいと思った。

 日の光は煌々と町を照らしている。フィオンは唸った。シンディに言われた時間には、まだ少し早い。

「……どうしましたか、フィオン。」

 フィオンは少し考えた。先ほど彼女の言っていた言葉を思い返して、眉間にしわを寄せた。このまま直線的に帰る様な気分じゃない。彼は短い時間悩んで、決断した。

「アイリュス、ちょっと来て。」

 フィオンはアイリュスの手を引いて、林を続く道から外れた。薄暗く、草が好き勝手伸びている道の外へ、足を踏み出して歩み始めた。

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