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Sword・Solid/End”Day”  作者: キアリア
〈prologue〉
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【Prologue】

「良い夜だ。」

 まるい月を見上げながら、男は呟いた。夜風が頬をなぜる。火照った体には、冷気を帯びた風が心地よい。

 赤いコートの裾が、ゆるい夜風に翻った。黒く短いボサボサ髪も風でぱさぱさと音を立てていた。

 頭上には大きな満月が、静かに光を放っている。夜空には、程よく黒くどんよりした厚い雲がかかる。雲は幾万もの星を隠し過ぎず、見せ過ぎず。故に星明りは煩過ぎず、また、もの足りないほどでもない。黒い雲の合間に見える夜空は、月明かりでぼうっと蒼く照らされている。空から注ぐ薄い銀の光は男の立つ草原にまで煌々と届き、背の低い草花を藍の光で照らす。

 風で揺れた草が身を擦らせあい、小さくかさかさと音を立てる。男は膝丈ほどの草を掻き分け、延々と続く草原を進んだ。男の膝下で草が歌う。戦ぐ。そよぐ。身を寄せ合い、擦れあい、皆で夜の歌を歌う。


 男は鼻歌交じりに夜風を楽しんだ。心地よい葉の音が辺りを包んでいた。


 頭上を見上げ、月を仰ぎながら男は歩む。コートの下に携えた、重々しい銀の剣と鞘が、月明かりに報いようとするかの如く、にぶく輝いた。衣服の装飾と剣の鞘が擦れ、自然の為す音の中に金属の音を混ぜる。草原はゆったりとした上り坂がずっと続いている。男はゆっくり、自分のペースでずっとずっと歩いていた。

 男は上機嫌だった。何故なら、長らく目当てとして探していたモノが、今まさに手に入らんとしているからだ。

 目的のモノの在処は分かっていた。この男は勘が鋭い。ほしいモノの方向は、風の運ぶにおいで分かると、しょっちゅう人に言って聞かせていたほどだ。他者からすれば彼のモノ探しの旅は、なんの根拠も計画性も無しに進む、酷くあてずっぽうな探索にしか思われないものだった。

 彼は何かを探すのだと意気込む割に、地図も持たず、情報も集めず、自分の往きたい方へ向かうことしかしないのだ。しかし、当の男からすれば目当てのモノがあるかどうかの根拠として、自分の感以上に頼りになるものはないのだという。

 それに男は、仮に歩んだ先に求めるものが無くたって別に構わなかった。所詮、これは道楽だ。モノを求めてさまよう時間も含め、自分にとっては価値あるものだ。無駄足ならそれで結構。お楽しみが先に延びるだけである。無意味な道中だって、価値ある風景や状況にたくさん触れることが出来た。故に無価値ではありえない。

 自分の足跡は、そのまま自分の財産になるのだと、男は思っていた。


 いつもそんな考えをしていて、何をするにも労力を惜しまないのがこの男だった。このようにひょうひょうとした男であったからこそ、この鋭い嗅覚を身に着けていたのかもしれない。


「……風が香る。」


 ふと、足を止める。

 風の醸す雰囲気が変わったことを察知したのだ。男は目を瞑ると、草木の奏でる歌さえ耳に入れず、嗅いだ。ずっと向こうの空気を運んでくる、緩やかな夜風を身で感じた。

「……“憤怒”の匂いがする。人の怒り。猛る血が、荒ぶる感情が、暴力を欲してやまない。そんな人間たちが醸し出す空気が運ばれてくる。錆びた鉄のような、血の混ざった風の匂い。人が人を傷つける時の匂いだ。……そしてこれは。」

 言いかけたところで、男の目指す先の場所、その空が、突然赤々とした光で照らされた。それから間を置いて、空気を響かせ身をジリジリと震わせる、轟々とした音を聞いた。まるで、何か強烈な威力を持った火薬のようなものが破裂した音だ。

 男は肩をすくめると、目を開けた。

「……人が人に傷つけられる時の匂いだ。」


 目を開けた男は、目前の空を眺めながら、むっとした表情を浮かべた。

 静寂で、蒼く清んだ空が赤く燃え上がったのをみて、とても損を被った気がしたのだ。何か楽しみを邪魔されたような、不快な感じだ。没頭して本を読んで居る時にちゃちゃを入れられるような不愉快な気分だ。赤い空を作った現況が、その余韻を未だに響かせている。びりびりと空気を震わせる、野暮な音が煩わしい。夜の自然が奏でる音色は、切迫した騒がしさを含み始めた。風が強くなりつつある。

 前方の黒い雲が、その真下から赤い光を受け、身を赤く染め上げた。男の立つこの場から見ると、頭上の月明かりによって上面は青色に、下面は赤色に染まった雲は、いやに目について鬱陶しい。

 あの空の下で何が起こったのか、大方の予想はつく。この国は隣国との和平を保てなかった。故に、互いの国同士は小さな規模の嫌がらせを繰り返している。

 こんな辺境の地にも、人里の一つでもあったのだろう。大きな問題にならない程度の、小さな規模の集落を焼く。そんな嫌がらせが始まったのだろう。こんな山奥の村が一つ消えたところで、国同士の単位で見れば、“小競り合い”としか見られない。例えこの地の人間がどんな地獄を見たとしても、同じこの国に住む人間の多くにとって、隣人がたてる騒音よりもどうだっていい話にしかならない。

 下らない争いに巻き込まれた人々はあまりに不憫だ。事を起こすのは、いつだって人々に囲まれ、安全の保障されたご立派な椅子に座っている様な人間だ。しかし起きる事柄をまず最初に身に刻まれるのは、こうした辺境の、誰の目にも触れない地に住む人々なのだ。

 あの赤く光った空の下には、どんな人が居たのだろう。あの赤く焼けた雲の真下には、どんな願いや夢や、想いが募っていたのだろう。

「……俺には、関係の無い話か。」男は吐き捨てるようにつぶやいた。

 最初の爆薬がさく裂してから、未だに、断続的に小さな破裂音が響き続ける。遠く離れたこの場所から聞こえるほどだ、どれほどの規模の“こと”なのか想像はたやすい。翌朝、あの空の下には人の居た痕跡すら残らないだろう。無抵抗の人間相手に、アレはあまりにもやり過ぎだ。


 気を切り替えようと、ふと空を見上げる。雲の切れ目から差し込む光が、何物かを照らしだしている。空に舞う、鳥ではないモノ。殺意を持った人間を乗せて飛ぶ、ちっぽけな鉄の塊。アレが継続的に爆薬を含んだ鉄の雨を降らし、真下の大地を赤く焼く。大地が焦げ、燃え盛る火炎は天に浮かぶ雲さえ焦す。正面の赤から目を逸らし、上を見たところで、彼の気が晴れることはなかった。

 男は小さく首を振ると、冷たい空気をくんくんと嗅いだ。

「憤怒の匂い。……人の発する微弱なそれに隠れるように、違うものが混ざっている。」

 空の赤くなった方を見据えて、男は歩みを早くした。草木を撫でるようだった風は、びゅうっと一陣、彼の周りに広がる草を薙いだ。一雨来そうだ。少々急ぎ足になったほうが良い。頭上の空は、先ほどよりも多く、黒い雲に隠れていた。



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